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Primula  作者: 澄葉 照安登
第三章 淡くも確かなつながりを
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淡くも確かなつながりを 2

 夜の明かりが町を照らせば、ヒグラシの声も聞こえなくなりいよいよ一日が終わるという気がしてくる。

 風呂上がりに水分補給を終えて自室へと続く階段を上っているといつの間にやらテレビに砂嵐が走ったような音が聞こえていることに気付いた。

 俺は自室に戻るなり窓から外を見てみれば空から無数の水滴が落ちてきているのが見えた。

「夕立、じゃないよな……」

 俺は呟きながら自分のベットに放り出されていたスマホを拾い上げると天気予報のアプリを起動させて今日を含めて翌日の天気を確認する。

 今日は週末の金曜日、明日になれば文芸部の取材と銘打たれた江之島への遠征当日となっている。せっかくの外出だというのに雨では気分も落ちてしまうと思い、俺は翌日の天気を時間別に見る。

 明日の天気予報は朝六時から夜の十八時までしっかりと晴れマークがついていた。

 俺は安堵のため息を吐いてスマホをホーム画面に戻して充電しようとする。しかし、そこでスマホがちかちかと緑色の店頭を繰り返していることにようやく気付いた。俺が風呂に入っている間に誰かからメッセージが来ていたようだ。

 俺はベットに腰かけおなじみのSNSのアプリを立ち上げる。見ると新しいメッセージが一件。俺の最もよく使うグループに追加されていた。そのグループは言わずもがな、ソウと真琴三人のグループだ。

 俺はそのメッセージを横目で見ながら枕元から出ている充電器のコードを掴む。

『明日早めに集まって飯食ってから行こうぜ』

 俺はスマホを充電器に接続するとさっさと返信をしてしまう。

『いいよ。何時に集まる?』

『十二時に江之島でいいか?』

 十数秒でソウから返信が帰ってくる。今日はどうやら執筆はしていないようだ。執筆に夢中になっているときは翌日まで返信が帰ってこないからな。

『俺はいいよ』

 俺と同じように自室でスマホとにらめっこをしているのであろう幼馴染に向けて、同意の意味を込めた言葉を返信する。あとは真琴が了承すれば話は終わりだ。

 そう思いながら真琴が返信するのを待っていたのだが、なかなか真琴が反応してくれない俺の送ったメッセージの横には既読1と書いてあるのでソウだけしか見ていないということだ。

『マコー、それでいいかー?』

 待っていては仕方ないと思ったのかポコンとソウのメッセージが追加される。しかし真琴がメッセージを見る気配はない。何かしているのだろうか。

 このままスマホ片手に待っていても仕方ないと思い、俺は真琴とソウに誘われて始めたソーシャルゲームを起動させた。

 俺は普段からゲームを熱中してやるタイプの人間ではないが、友達がやっているとなると話は別で、その輪の中に混ざりたくなるのだ。ただ、俺が起動させたソーシャルゲームはフレンドとして友人の名前が表示されたりはするが、協力プレイなどはできないのでやることがないときにくらいしか起動させることがない。

 久々に起動させたのでゲームのトップ画面に行くとログインボーナス1日目の文字がど真ん中に出現する。俺はそのポップを閉じて知らぬ間に始まっていたらしいイベントのページを開こうとする。

 しかし、そこでメッセージを受信したスマホがヴヴッ、とバイブ音を鳴らした。真琴が反応したのかと思い、ゲームを中断してSNSを開く。

 しかし俺たちがさっきまで会話していたグループに新しいメッセージは見られない。その代わりに俺たちのメッセージを追い越して一番上に立花美香という文字が躍っていた。

「立花さん?」

 その名前を見て少々驚いてしまう。

 立花さんとは彼女が入部したときに連絡先を交換していたのでメッセージが送られてくること自体に不思議はない。しかし、立花さんが入部してから今までの間メッセージのやり取りをしたことがなかったので彼女からメッセージが来たことはとても意外だった。

 なんだろうと思いながら俺は新しくできた彼女とのやり取りのページを開いてみる。

『先輩! 見てくださいこれ! よくないですか!』

 そんな意気揚々とした言葉とともに送られてきたのは先日彼女と少なからず盛り上がった、江之島にある恋愛スポットの画像だった。

 海をバックに小さい鐘、そして海との境目の柵のところにはいくつあるのかわからないほどの南京錠がかけられている。

 俺はそれを見て漠然とすごいなー程度のことしか思わないが、立花さんはこれを見てテンションが上がっているようだ。

 文面からも彼女が明日の取材を楽しみにしていることが伝わってきて笑顔が浮かんでくる。

『明日楽しみだね』

 自分に妹がいたらこんな感じなのかななどと思いながら中身のない返信を返す。短い文章でそっけないと思われてしまうかもしれないと思って、最後に笑顔の顔文字を入れてみる。

 するとすぐに既読が付き、十秒と経たずに返信が帰ってきた。

『私絶対鐘鳴らしたいです!』

『誰かと鳴らしてくるといいよ』

 そんな風に返信したものの、相手など一人しかいないことを理解している。

 明日はそれなりに気を遣ってあげよう。そう思いながら俺はベットにあおむけに寝転がる。

『そうします! ではおやすみです!』

 最後に彼女からそんなメッセージが送られてきたので「おやすみ」と送り返す。

 俺たち三人のグループを開いてみるが、いまだに既読は一つだけ。真琴は気づいてはいないようだった。

 もしかしたらソウと同じで執筆に夢中になっているのかもしれない。真琴もそれなりに小説をよく書いているし、その可能性もあるだろう。俺は横に寝返りを打つ。

 すると、既読が付いたわけでもないのに俺の手元のスマホがブルブルと震えた。

 俺たちのグループにメッセージが追加されたのではない。ほかの誰かから送られてきたものだ。

 俺はSNSのトップページに戻って一番上の追加されたメッセージを見る。今度は間城からだった。

 間城から連絡が来ることも珍しい。立花さんのように連絡を一切したことがないというわけではないが、何か用事があるときにしか連絡は取らないので少し不思議に思う。

 とりあえず何の用だろうと思って間城のメッセージを読んでみる。

『松嶋って楓ちゃんと付き合ってるの!?』

『付き合ってません!』

 一瞬で返信した。いったいどこからそんな情報を仕入れてきたのやら。おそらくはソウや立花さんからだろうが。間城も間に受けているというわけでもあるまいにこんなことを送ってくるとは、それなりに暇をしているということだろうか。

『じゃあ美香ちゃんと付き合ってるの?』

『そんな事実はありません』

 なぜそういう解釈になったと突っ込みたくなるが、そんなことを送り返したところで間城が楽しそうにからかってくるだけなのは目に見えているのであくまで冷静に返信する。

 面と向かってだと反射的に弁解を口にしてしまいそうになるが、こういった文面だと考える時間があるおかげで冷静に対処できるな。などと自分を少し誇らしく思いながら既読が付いたのが目に入った。

『松嶋ってホモなの?』

『その発想はおかしいだろ!』

 反射だった。驚きと焦りで反射的に返信してしまっていた。何なら小声で押し殺すように叫んでいた。さっき少し誇らしく思った自分をビンタしてやりたい。

 自身を情けなく思っていると俺を休ませてくれる気はないらしい間城からまたメッセージが届く。

『じゃあ二股? 女の子はべらせて街歩いてたりするの?』

『間城の中で俺のイメージ悪すぎないかな?』

 驚きを通り越して呆れやら諦めやらで少しへこむ。

 俺って普段からそんなイメージもたれてたりするのかな。全く心当たりはないんだけど、もし後輩たちにそんな風に思われていたらいやだな……。

『いやいや、別に変なイメージは持ってないよー。じゃあうちは寝るからおやすみー』

 そして唐突に会話を切り上げてしまう間城。その態度からするに本当にただ暇つぶしのためだけに俺にメッセージを送ってきたのだろう。別に俺でなくともソウとか真琴に送ってからかっていればいいのにと思いながら真琴から返信が来たか確認する。

 するといつの間にか既読が2になっていた。ようやく真琴が確認してくれたらしい。そしてそれを見た直後、真琴から「ん」という短い了解のメッセージが届く。

 それを確認したので俺は寝る準備をしようとスマホを閉じた。しかしそこでまた鈍いバイブ音が鳴り、義務感に駆られてそれを確認する。

『明日うちも一緒にお昼食べるー ユサ』

 送り主は間城ではなくソウからだった。俺たちのグループにソウがそれを送ってきたのだ。

 おそらくソウと間城がやりとりをしていて明日どういう風にするかという話になったのだろう。それで俺たちと昼を食べるという話をして、間城も参加したいと言ってきた、というところか。

 一年前の文芸部のメンバーだな、なんて思いながらも返信することなく俺はホーム画面に戻る。そしてついさっきメッセージのやり取りをしていた四人のメッセージを見る。

 そこでふと、何かが足りないと思ってしまった。

 明日の予定は決め終わっているし、何か伝えなくてはいけないこともなければ今すぐ話したい話題があるわけでもない。けれど思った。何かが欠けている、少ないと。

 俺は何の気なしに今までのメッセージを適当にスクロールする。別に読んでいるわけでもないので目に見えない速さでメッセージが駆けていく。しかしそうやっても自分の中に生まれた違和感が消えることはなく、またSNSのホーム画面に戻る。

 一番上には今ソウから遅れれてきたメッセージが。

 その下には間城の意味のないやり取りが。

 もう一つ下には立花さんの明日に期待する無邪気なやり取りが。

 その下にはニュースや通販サイトの宣伝公式アカウントが。

 別に変なところは何もない。しいて言うならば普段あまりメッセージのやり取りをしない同級生と後輩の名前が上のほうにあるだけ、たったそれだけだ。

 しかしトーク画面の名前を見て、ああと思い至る。

 ついさっきまで俺は文芸部の仲間全員とやり取りをしていたのだ。そう、ある一人を除いた全員と。

 たった一人だけとやりとりを交わしていない、それが仲間外れにしているように感じられてしまったのだ。もちろんそんなつもりはないし、そんなことをしたいわけでもないけれど永沢さんを除いた全員とメッセージのやり取りをしてしまってそう思ってしまった。

 だから、というわけではないがなんとなく彼女にも何か送ってみるかと思いフレンドリストから彼女の名前を探す。

 決してフレンドの登録数が多くはないので、上から下までのリストを見るのにさほどの時間はかからない。俺はスマホの画面を撫でるようにして操作して、目当ての名前を探す。

「…………あれ?」

 一番下までスクロールしたのだが、永沢さんの名前が見当たらない。名前を変えてしまったのだろうかとも思ったが、そうしたのならばリストの上のほうに更新されたということでピックアップされているはずだ。

 見落としてしまったのかと思い、俺はもう一度リストの一番上に戻る。しかしやはり彼女のものらしきアカウントは表示されない。

 もしやブロックでもされてしまったのではないだろうかと一瞬ひやりとするが、ふと思って今までの彼女との出来事を思い出す。

 文芸部にやってきたこと、神社での花火のこと、漫研との揉め事のこと、花火大会でのこと。この一か月余りに思い返すほどのことができていると同時に、あまりにも密度の濃さを実感する。そして、思い返して今更ながらに気付く。

 彼女と連絡先を交換していないことに。

 別に彼女との連絡策の交換を拒否していたというわけではない。ただこの一か月はあまりにも濃すぎて、そんなことを切り出す暇はなかったのだ。

 そしてそれがひと段落してからも、とっくに彼女との連絡先の交換は終えたものだとばかり思っていたため確認することもしなかった。そのため今更、本当に今更ながらに気付いたのだ。

「…………どうしよう……」

 呟いてはみるものの、そんなの連絡先を交換する以外の選択肢はない。

 この先たった二年ほどの付き合いになるとしても連絡先を知らないのはいろいろと不便になることもあるだろうし、たった一人だけ、彼女の連絡先だけを知らないのはやはり罪悪感を感じてしまう。

 しかし、今頃になって連絡先を聞くというのもなんだか気まずいものがある。

 彼女との仲が悪いというわけではないのだが、今まで連絡先を聞いていなかった以上どんな風に誤解されているのかはわからないし、あまりいい顔はされないかもしれない。

 こんなことならば彼女が入部したときにソウと一緒に連絡先を交換しておけばよかったと後悔してしまう。

「……よし、明日だな」

 息を吐きながら口にして、決意を固める。

 明日のうちに永沢さんの連絡先を訊こう。せっかく会うことのできる機会なのだから逃す手はないし、今更感はあるがこういったことは早いに越したことはないだろう。

 そう思いながら俺はスマホの電源を落とす。そして枕もとの定位置にそれを置いて俺は天井を見上げる。

 それなりに言葉を交わしてきたし踏み入った話もしてきたはずの同じ部活の仲間。その連絡先を知らなかったという事実を知って自分にため息が出てくる。

 明日訊こうと決めたものの、果たして聞くことができるのだろうか。

 今まで聞けなかったというのもあるが、それ以上にそんなタイミングがあるのかどうかだ。

 みんなの前で聞くというのはやっぱり気まずい。どうせなら二人きりのタイミングで聞きたいものだ。

 自分が今まで気にしていなかったことがいけないのにそんな風に思って期待してしまう自分にもう一度ため息を吐く。

 明日本当に聞けるかな。

 自分自身のことを不安に思いながら、俺は部屋の電気を消した。


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