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Primula  作者: 澄葉 照安登
第三章 淡くも確かなつながりを
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淡くも確かなつながりを 1

「文芸部って、普段何してるの?」

 夏休みも終盤に差し掛かろうというころ、数日ぶりに顔を出した間城が尋ねてきた。

 俺は原稿用紙から顔を上げ、隣で俺に小説の書き方をレクチャーしていたソウも同じように間城のほうへ視線を向ける。

「なにっていわれても、普通に小説書いたり読んだりとかだけど?」

「いや、それはわかるんだけどさー」

 間城はそう言いながら一瞬俺の手元にある原稿用紙に視線を向けたかと思うと、俺の前にいる後輩二人に視線を移した。

「二人はそういうわけでもないんでしょ?」

「あははー」

「えっと…………」

 間城に身もふたもないことを言われ苦笑いする後輩二人。

 夏休みも残り二週間となった今、二人は学校から課された少なめの課題を仲良く消化していた。

 間城は立ち上がると部室の後ろのロッカーに備え付けられている本立てのところまで歩いていって、おもむろにコピー用紙でできた小さな小冊子を手に取る。

「総と原君は前から小説よく書いてるのは知ってるし、松嶋も今書いてるみたいだけど、後輩ちゃん達には書かせたりしないの?」

 手に取った小冊子をパラパラと捲りながら間城が言う。今間城が手にしているのは去年文芸部が文化祭のために作った部誌だった。

「ほら、夏が終わったら文化祭が見えてくるじゃん。文化祭になったら何かしら書いてもらうことになるんでしょ?」

 間城が手元の部誌から視線を上げて肩越しにソウを見る。

 ソウは「まーな」と言いながら欧米かぶれの手ぶりをする。

「だったら今から書いたほうがいいんじゃないの? 去年うちも無理やり書かされたけど、短期間で簡単に書いたりできないじゃん?」

 間城の言葉を聞いてその通りだと思う。

 俺自身去年の部誌のために簡単な短編なりポエムなり書いてみろとソウに言われて書こうとしてみはしたが、結局俺は作品を完成させることができずに去年の部誌には俺の作品は掲載されていない。

 必ずしも作品を書かなければいけないという決まりはないが、文化祭の部誌となるとソウだって何かしら書いてもらいたいと思っているはずだ。俺自身も立花さんにも何か小説を書いたりしないかと尋ねていることがあったのを思い出す。

 俺が心の中で確かになーと他人事のように思っているとソウが笑いながら間城に言う。

「どうしたユサ。最近文芸部にも来るようになったし、やる気になったのか?」

「別に、そういうわけじゃないけどさ。後輩たちほったらかしとくのもあれじゃん?」

 半分からかうように言ったソウに少し頬を赤くしながら照れくさそうに顔を逸らす。間城のその反応を見て、お、先輩っぽーいとからかいたくなってしまうが口をつぐむ。

 しかし、間城は普段から後輩をほったらかしているような言い方をしているが、別にそういったことはない。

 今日ソウが俺の執筆のアドバイスをしているのは夏休みに入ってから未だにタイトルしか決まっていない俺を見かねての行動だし、普段の文芸部はと言えば教卓でパソコンをいじっている真琴を除いた四人で雑談をしたり、ソウの書いた小説をみんなで回し読みして感想を言い合ったりと、かなりコミュニケーションをとっていると思う。まぁ、文芸部らしい活動をしっかりしているかどうかは疑問に思うところではあるが。

 俺が普段の文芸部の様子を思い出しながら若干の苦笑いを浮かべているとソウがガタッと大きな音を立てて椅子から立ち上がった。

「よし! じゃあ取材にでも行ってみますかね!!」

『取材?』

 疑問の声を上げたのは立ち上がったソウを見上げる三人だった。

「そっ。ハルもなかなか執筆進まないし、二人にもそのうち何かしら書いてもらうことになるだろうし、だったら何かしらネタを仕入れておいて損はない! ということで取材に行こう!」

 楽しそうに声を上げるソウ。しかし俺たち三人はなおもきょとんとしている。

「取材って、どこか出かけるってことですか?」

 そんな俺たち三人を代表して、いつもソウと仲睦まじく会話をしている立花さんが尋ねる。

「そういうことっ。小説のネタになるようなところに行って、インスピレーションを働かせるのが目的!」

 ニカッと笑顔を向けながら答えるソウ。立花さんは「はー」と理解したんだかしていないんだか曖昧な声を上げている。

「あっ! うち出かけるなら海がいい!!」

 たいして間城はソウのしようとしていることを形の上では理解したらしく、去年の部誌をロッカーの上に置いてから早足に戻ってくる。

「海か、どうよ皆」

 そう言って俺の俺ななじみは俺たち三人を見回す。

「海って、水着とか着るんですか?」

「そりゃもちろん海行ったら泳ぐでしょ!」

 立花さんの問いにあたぼうよと江戸っ子のような雰囲気を醸し出しながら間城が答える。

 すると立花さんはんーと唸って考え込んでしまう。

「私、今年はもう海行かないって思ったのでちょっと準備が……」

「準備? 水着とか?」

 立花さんのつぶやきに反射的に訪ねてしまう。

「それもありますけど、ほかにもあるんですよー。……というか松島先輩それセクハラですよ」

「え、あ、ご、ごめんなさい……」

 後輩にジトーッとした目で見つめられてしまいつい敬語で返してしまった。そ、そうか、セクハラなのか……女の子はよくわからない。うかつなことは口にできないな……。

「楓ちゃんはー? 海行きたくない?」

 いい反応がもらえず今度は永沢さんに標的を変更する間城。

「えっと、私も水着は、ちょっと……」

「えー、泳ごーよ」

 間城は肩を落としながら自分がさっきまで座っていたソウの隣の席に座る。そんなに海行きたかったのか……。

「ま、今回は取材って名目で行くからそういうのはまた今度行こうぜ。今回はいろいろ見て回るのがメインだからさ」

 ソウが隣に座った間城を慰めるように言う。なんだが双子の兄と妹みたいだ。

 ソウに言われた間城は「わかったよー」不服そうな声を漏らす。

「まぁでも、夏だし海行くっていうのはいいかもな。花火大会とか神社の縁日なんかは行ったから、夏と言えばあとは海って感じがするしな」

「海、かぁ……」

 ソウが海に行くという話で進めようとしていることがわかってなんとなく呟いてみる。

 海なんて最後に行ったのはいつだろう。プールとかならば中学生のころにソウたちといった記憶が無きにしも非ずだが、海に行った記憶はほとんどない。かろうじて思い出せたのは小学校低学年の頃に潮干狩りで砂浜に行ったことくらいだ。

「私は水着じゃなければいいですよー」

「私も、観光とかであれば」

「じゃあ、二人もよさそうだし海でいいか」

 後輩二人の賛同も得られていよいよ話は海に行くという方向で固まりそうだ。

「泳がないのに海に行くの? 何するの? バーベキュー?」

 さっきまで肩を落としていた間城が少しテンションを取り戻して訊いてくる。

「バーベキューって、道具もっていかなきゃいけないし、俺たちだけで道具もっていくのはちょっと厳しいんじゃないかな」

「でも松嶋、海に行って浜辺歩いているだけで一日終わるとかつまらないと思わない?」

 俺が間城に異を唱えると、間城も同じように俺に異を唱えてきた。

 確かに、少しの間であれば砂浜歩いたりとか、少し幼稚な気はするが貝殻拾ったりとかそんなことをしてもいいかなと思えるが、丸一日海に入らず砂浜で過ごすとなると飽きてしまいそうだ。ビーチバレーなんかでもやればいいのだろうが、文化部の俺たちが積極的にそういうことをする人間ではないことはわかりきっているし、何よりもうすでに水着を着たくないと言っている人がいる時点でそんな提案をするのも野暮だ。

 間城の発言に頭を抱えるとソウが何言ってんだお前らと言いたげに口を開いた。

「別に砂浜じゃなくてもいいだろ。どっか海に面した観光地とかさ」

「観光地……この辺だと江之島?」

 そう言われて真っ先に浮かんだのが江之島だった。

 江之島ならば電車を使って三十分ほどで行ける距離だし、それなりに見て回るようなところもあるだろう。

「江之島! いいじゃないですか! 恋愛スポットとかもありますし!」

 真っ先に食いついたのは立花さんだった。

「あー、なんか南京錠に名前を書くやつだよね」

 俺もそれは聞いたことがある。だてに人様の恋愛を見て勝手な妄想を繰り広げてきてはいない。恋愛ごとに関するうわさ話なんかは少なからず耳に入ってきているのだ。

「そうですよ! 固いきずなに鍵をかけて強固にするんですよ! いいですよね!」

 そう言いながらテンションを上げていく立花さん。花火をしていた時に出来事がフラッシュバックする。

 いつもならば当然俺も同じようにはしゃいでしまいような話なのだが、いかんせん今回はテンションが上がらない。それには理由がある。

 恋愛ごとのうわさが好きな俺は何か聞くたびに調べたり聞いたりしてそれなりに地元の有名なスポットの話は聞いているので、よくないうわさも耳に入ってきてしまう。そして今回行こうとしている江之島にも、そう言ったうわさがたっているのだ。

「でも、あそこってカップルで行くと別れるっていう噂があるんだよね」

 俺は呟くように言った。

 そう、江之島にデートに言ったカップルは別れるというジンクスがあるのだ。何か理由があるかと言われれば明確なものはないのだろう。一説には江之島に祭られている神様が仲睦まじい恋人を見て嫉妬してしまい、そのカップルを破局させると言われているが。

 とにかく、デートスポットであると同時に破局の地であることも俺は知っているのでいまいちテンションが上がらない。不吉なうわさがあってはデートに来たカップルの気分も落ち込んでしまうだろうし。そう言った話があっては俺のテンションはそう簡単には上がっては――。

「ただの噂ですよ! それにそういうのも乗り越えてこその愛じゃないですか!」

「確かにその通りかも!! 立花さんいいこと言うね!!」

 簡単に上がってしまった。いや、乗り越えてこその愛っていうフレーズがなかなかに好みでつい。

 自分のちょろさに若干苦笑いが浮かびそうになるが、気分が上がってしまっているので俺の表情は満面の笑みだ。

「そうそう! そんなジンクスとかで簡単に別れたりしないよね!!」

「そうですよ! 恋人の絆なめちゃだめですよ!!」

「お互い好きで付き合ってるんだしね! ほんのちょっとやそっとじゃ壊れたりしないよね!」

「むしろそんなことで壊れちゃうなら最初から付き合ったりしませんよ!!」

「ほんとそれ!!」

 いつだか立花さんと話した時のように盛り上げってしまう。本当に立花さんの思考回路と俺の思考回路は似通っているんだなと実感する。同志よ。

「そもそも付き合うまでにどんなことがあったかもわからないしね!」

「いろいろ乗り越えてたりしそうですよね!!」

「そうそう。そういうカップルは簡単に別れたりしないでしょ!」

「私もそう思います!!」

 気付けば、しゃべっているのは俺たちだけになっていた。

 俺の隣の親友を見れば俺たちの様子が可笑しかったのか、机に突っ伏しながら腹を抱えて肩を震わせていた。

 俺の目の前の永沢さんは呆気に取られて俺と立花さんを交互に見ている。

 間城に関してはあんたら仲いいねーと言いたげに俺たちを生暖かく見も待っている。

 そして少し離れた教卓のほうからは耳慣れたため息が聞こえてきた。

「…………で! いつ行こうか!」

 そんな視線が恥ずかしくなって俺はごまかすようにみんなに話を振った。

 俺のあからさまな反応に隣のソウがガタッと大げさに震えていた。すぐには元に戻ってくれそうもないので俺がみんなに訊いて回しかない。

「間城はバイトが忙しいよね? いつ頃なら空いてるの?」

 とりあえず一番予定を合わせるのが難しそうな間城に訊いてみる。ほかのメンバーはバイトをしているという話は聞いていないし、いつもこの部室で顔を合わせているのでとりあえずは後回しでも問題はないはずだ。

 俺に話を振られた間城が人差し指で自分を指し示し小首をかしげる。

 俺はそれに頷きを返して、言葉を待つ。

「んー、それなりにポコポコ予定空いてるけど、ほかの子はいつがいいの?」

「とりあえず間城の予定を教えてくれたほうが決めやすいと思うよ」

 ほかのメンバーを気遣うそぶりを見せる間城に言うが、間城はんー、と唸ってしまう。予定は空いていると今言っていたのに、なぜそんなにも悩んでいるのだろうか。

「んじゃあ、とりあえず今週の土日はどうだ」

「あ、ソウ復活したのか」

 俺が疑問に思っているとさっきまで呼吸困難にでもなるんじゃないかと思っていたソウがなんでもなかったかのようにいつもの口調で提案した。

「土日なら何とかなるよ。でも希望は土曜かな。日曜は夕方からバイトだから」

「んじゃあ、今週の土曜日だな。みんな予定どうだ?」

さっさと候補日を上げてみんなに確認を取ってしまうソウ。手際がいいなと感心せざる負えない。なるほど、いつが空いているのか聞くんじゃなくて、この日はどうだと聞いてしまったほうが話が早く済むのか、覚えておこう。

今後使うかどうかわからない教訓を自分の心のメモに書き留めていると、ソウに話を投げかけられたほかの部員たちはいつだかのようにスマホを取り出して自分の予定を確認している。

「土日って明後日とかだし、ちょっといきなり過ぎないか?」

「まぁ、そうかもしれないけど、もし予定が合うなら別にいいんじゃねぇの」

 ソウは言いながら教卓のほうへと視線を向ける。俺もそれにつられて視線を向ければ真琴がいつも通りパソコンに向かい合っている姿が見える。しかし今日はキーボードをたたく音が聞こえないのであまり進んでいないようだった。

 真琴は俺たち二人の視線に気付くとなんだよと不満げににらんでくる。俺とソウはいやいやなんでもないよと手を振って視線を戻した。

「私はいつでも大丈夫ですよー。いつでも開けられるのでー」

 一番早く声を上げたのは、スマホを手に取るなり画面を一瞥しただけで机にスマホを置きなおした立花さんだった。

 まぁ、バイトもしていないならば予定を開けることは難しいことではないだろう。先約がいるとなると仕方ないと言わざるを得ないが。

 すぐさま答えた立花さんに続いて、少し間をおいてから永沢さんが口を開く。

「私は、ちょっと午前中は用事があるので、午後からであれば大丈夫ですけど……」

 永沢さんは何か予定が入っているらしかった。午後からならば大丈夫とのことだが、あまり予定を詰め込み過ぎると疲れてしまうのではなかろうか。そう思ったのはソウも同じだったようで唸りながら口を開く。

「んー、じゃあほかの日にするか」

「あ、大丈夫です! そのすぐに終わる用事なのでたぶん十一時には終わりますので、十二時くらいからなら全然、大丈夫……です」

 しかし、ソウのその気遣いは不要だと言わんばかりに永沢さんがいつもよりも大きな声で言う。それが少し恥ずかしかったのか、言葉の後半になるにつれてだんだんと小さくなっていってしまう。

「んー、じゃあ十二時に江之島に集合でいいか」

「あっ、できればもう少し後でお願いできますか……? ……すみません」

「ん、じゃあ一時でどう」

 ソウが訊くと永沢さんはこくりと頷く。

「よし、じゃあ一時に江之島集合ってことでいいか?」

 ソウがいいながら全員の顔を見回す。異論反論は上がってこない。

 ソウはそれを同意と受け取って「よし」というとニカッとまぶし気な笑顔を浮かべてさっきよりもいくばくかテンションを上げて言った。

「じゃあ、土曜は文芸部初の取材ってことで! 張り切ってこー!」

 なんだか妙にご機嫌なソウの掛け声にみんな何となくでこぶしを上げた。


更新が遅くなってしまい申し訳ありません!

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