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Primula  作者: 澄葉 照安登
第二章 最初の一歩
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最初の一歩 10

 空気を震わす轟音と共に、空に光の花が咲く。

 七時をまわり、昼間とは段違いに人の増えた花火会場で俺たちは四人で空を見上げていた。

 隣の真琴は何を考えているのか分からない、いつもと同じの無表情で。その後ろにいる立花さんは小さめな歓声を上げながらスマホで花火の写真を撮っている。真後ろを振り返ってみれば永沢さんも瞳に花火を映しながら空を見上げている。俺もそれに倣って空を見上げる。

 ソウは先ほど間城から連絡が入ったため間城を駅まで迎えに行っている。数分後には文芸部が勢ぞろいするというわけだ。そう、全員が。

 俺はちらりと後を見てもう一度彼女の姿を確認する。久しぶりに見た彼女のことを。

 神社の時のようなジーパンにシャツというラフな姿の彼女は女性らしいという感じではない。隣にいる立花さんのほうが短いスカートをはいていたりと女の子らしい。けれど彼女もれっきとした女の子だ。ラフな格好ではある、だがだからこそ女性らしい体の線が見えて女の子らしく、綺麗に見える。

「…………あっ」

 目があった瞬間彼女は俯きながら明後日の方向へと視線を投げてしまう。

 まるで入部したての時のような、出会って間もないころのようなぎこちない関係。

 時間が戻ったわけではない、むしろ進んでしまったから。それなりに彼女がこの文芸部の一員として過ごしてしまったからこそ、今こうなってしまっている。

 彼女の事情を何も知らないままだったのなら、きっとこんなことにはならなかったのだから。

 ドォンとひと際大きな音がして俺は反射的に空へと視線を向ける。見れば大輪の花がキラキラと火花を輝かせている。追加の火薬の音なのかパチパチという音が遅れて聞こえてくる。

「先輩! 今のすごい綺麗でしたよね!!」

「え、ああ、そうだね」

 花火に負けず劣らず目を輝かせながら子供のようにはしゃいで顔を近づけてくる立花さん。ふわりといい香りがして逃げるようにのけぞってしまう。

 また、花火があがる。今度は金色の光が尾を引いて垂れさがっていく。大きな音や迫力には欠けるものの、目で見て楽しめる花火だ。

「先輩、ああいう花火って呼び方あるんですか?」

「え? 呼び方? 一尺とかそういうこと?」

 空を見上げながら疑問を投げかけられて質問で返す。

「そういう呼び方するんですか? あの、サーって落ちてく花火」

「あー、そういう種類ね。俺はよくわからないけど……」

 そう言いながら真横にいる真琴に視線を送る。立花さんも同じように真琴のほうを向くとその視線が気になったのか、一つ息を吐いてから俺たちのほうに体ごと向き直って説明してくれる。

「さっきのは柳っていうらしい。ほかは知らん」

「柳ですか」

 真琴の説明を受けて呟きながらまた空を見上げる立花さん。俺も心の中で柳、とつぶやいてみるがよくわからない。柳って木の名前だったか。そういった知識がないため説明を聞いたところでいまいちイメージができない。おそらく柳という植物を表しているのだろうかその姿すら浮かんでこない。

「花火ってやっぱり花をかたどってるんだよね? だから知ってるの?」

 ごまかすようにして真琴に訊いてみる。

「そうなんじゃないか? 別にそういうのはよく知らん」

「そうなの? 真琴花好きだからてっきりそういうことかと」

「花が好きでも花火が好きなわけじゃない」

「原先輩って花好きなんですか? なんか意外です」

 真後ろから立花さんが割って入ってきて二人して振り向く。真琴に話を振ったのだろうが真琴がすぐに答えなそうなので俺が説明する。

「俺も最近知ったけど、そうらしいよ。ほら、俺が前に持ってきてた花言葉の本。あれも真琴に貸してもらったものなんだよ」

「意外です。先輩あんまりしゃべんないしちょっと怖い感じがしてたんですけど、花育ててるんですか?」

「そういえばなんか育ててたな……。なんだっけ?」

 そう言いながら真琴に話を振る。前に説明してもらった気がするけれどまったく覚えていない。真琴の部屋に花があったのは覚えてるんだけどなぁ。

「……サマーミント」

「ミント育ててるんですか? なんかかわいいですね」

 立花さんのコメントに思わずにやけてしまいそうになる俺。からかっているわけでもないだろうが後輩にかわいいと言われる先輩ってちょっと面白いというかなんというか。

「ミントってかわいいの?」

「なんかかわいい感じがしませんか?」

「いや、俺はわからないけど」

 ミントってガムとかのあれだよな、と思ってなんとなく思い浮かべてみる。けれどかわいいというイメージが浮かんでこない。おそらくは立花さんと俺とのミントに対するイメージの違いなのだろう。というかそもそもミントってどんな植物なの? お菓子の味みたいなのならわかるけど。

 そんなことを想いながら真琴にかわいいの? と目で尋ねる。

「まぁ、それなりに」

 立花さんと同意見のようだった。植物を好きだと言っているのだからそれなりにかわいいとは思っているだろう。でなくちゃわざわざ自分で育てたりはしない。

「ですよね~。なんか先輩のイメージ変わりました」

「……そう」

 立花さんが真琴に詰め寄るが、真琴は素知らぬ顔で顔を上げて花火を見つめてしまう。多少の照れが入っているのかはわからないが、足を組みなおしている。なにこれ、ちょっといい雰囲気なんじゃない?

 そんな風に思いながら俺も足を組みなおす。すると自分の背中に小さな衝撃が伝わってくる。

「あ、ごめん」

「い、いえ…………」

 すぐ後ろにいた永沢さんにぶつかってしまって飛びのくようにして離れて謝る。

「…………」

「…………」

 なんとなく気まずくてお互いに口をつぐんでしまう。俺自身、話したいことがあったような気がするのに、言葉が出てこなかった。

「…………原先輩! 何か買いに行きませんか?」

 俺たちが口をつぐんで俯いていると立花さんが大きめな声で言った。

「二人で行くことないだろ」

 しかし真琴は不満そうな声を上げる。

「そんなこと言わずに行きましょうよ~」

「あ、なら俺と真琴で行こうか?」

 その会話を助け船だと思い俺は提案する。真琴が女子と二人で行きたがるとは思えないし、妥当な提案だろう。

「…………先輩」

「え、なに?」

 ところが立花さんは呆れたように俺のことを見るとずいっと俺の耳元に口を寄せて耳打ちする。

「先輩、何か話したいことあるんじゃないですか?」

 それだけ言って俺の耳元から離れる立花さん。その顔にはいたずらっぽい笑みが携えられている。まるでからかわれているような気分だ。

 しかし俺自身何かしゃべりたいことがあるのは事実なので否定もできずに黙ってしまう。

「さっ、原先輩行きましょう!」

 それを肯定と取ったらしい立花さんが立ち上がるとわざとらしく声を上げて真琴を引っ張って立ち上がらせる。真琴は抵抗しても無駄だと思ったのかため息を吐いて素直に立ち上る。

「じゃあ行ってきますね!」

 そう言って真琴の手を引いてさっさと行ってしまう立花さん。真琴はすぐにその手を振りほどいたがおとなしくついていくようだった。

「あ、いってらっしゃい……」

 最後に真琴が振り返って俺たちのほうを見ていたが、すでに引き留めるタイミングを失ってしまっていたので力のない声で二人を送り出す。

 残されてしまった俺たち二人は居心地悪そうに空を見上げたりしている。

 しかし、二人きりになってしまった以上相手のことが妙に気にかかってしまうのは当然のことと言えるだろう。俺はちらりと、肩越しに真後ろにいる永沢さんを見た。

 永沢さんも同じように俺を見ていたのだろう、またしても目が合う。けれどやはりその目をすぐにそらされてしまう。

 周りのガヤガヤという喧騒に人の歩く音。それをかき消さんとする花火の轟音。みんながみんな視線を空へとむけている中、俺たちの意識はお互いに向いている。

 こうも舞台を作られてしまった以上、俺自身が訊きたかったこと、話したかったことを口にするほかない。けれど、何を聞きたいのか、何を知りたいのか、どんな会話をしたいのかが形にならず俺の口から言葉は出てこない。

 何で部活に顔を出さなくなったのか。そんなことを聞きたいわけじゃない。

 漫研のことは気にしなくていいよと。そんな事を言いたいわけじゃない。

 花火は好きか。そんな雑談をしたいわけじゃない。

 言いたいこと、聞きたいことは確かにあったはずなのに、それがすぐに出てこない。この場で臆病風に吹かれて何を口にしていいのかわからない。

 また、傷つけてしまうんじゃないか。

 また、泣かせてしまうのではないか。

 そんな不安が俺の喉を塞いで言葉を詰まらせてしまう。夏休みに入ってから一週間以上の間、彼女の顔を見たくてたまらなかったのに。

「………………先輩」

 口を開いたのは、俺ではなく彼女のほうだった。

 俺は俯けていた頭を上げて彼女のほうを見る。しかし永沢さんはの俯いたままだ。

 しかし彼女はそのまま言葉を続ける。

「すみませんでした」

 彼女が、そう口にした。

 それが何に対しての謝罪なのかはわからない。だから、その場ですぐに気にしなくていいということができなかった。カラカラになった喉が動くことを拒否しているかのようだ。

 しかし、俺が何かを言う前に彼女の言葉は続いていく。それはただひたすらに謝罪の言葉だった。

「私のことに、巻き込んでごめんなさい」

 それはきっと、漫研の上級生に絡まれた時のこと。

「何も言えなくて、ごめんなさい」

 それはきっと帰り道でのこと。

「部活に顔を出さなくて、ごめんなさい」

 それはここ数日、すべてのことに対しての謝罪だった。

 漫研に来なかったあの機関の間、彼女は彼女なりに悩んでいたに違いない。けれどその悩みがもたらしたものはこれだった。

 ただ、何度も繰り返される謝罪。

 そんなもの、だれも望んではいない。そんな暗い表情を見せてほしいわけじゃない。

 また一緒の部室で、他愛もない雑談をして、バラバラの帰路に付くだけでいい

 なのに、そんな簡単なことが現実になってはくれない。

「…………気にしなくていいよ。誰も責めてないから」

 数秒の間を開けてから、俺はそう口にした。

 彼女の声は沈んではいたけれど、泣いているようではなかった。でもきっと同じような苦痛を伴っているはずだ。自分で自分を責めるのはとても苦しいことのはずだ。

 だから、その重みから少しでも開放できたらと思いながら俺は口を開いた。けれど、彼女はフルフルと首を振る。

「迷惑かけて、本当に、ごめんなさい」

「気にしなくていいよ」

 そう繰り返し口にする。けれど、彼女は俯けた頭を上げてはくれない。泣き顔を隠したいわけではないのだろう。頭を上げることができないのは、罪の意識から。

 ようやく、彼女と会えた。彼女と話せた。

 でも、俺が望んだのはこんなことじゃない。こんな風に、自分を責め続ける彼女を見たかったわけでも、謝罪を耳にしたかったわけでもない。

 なら、俺はどうしたかったのか。どんな言葉を聞きたかったのか。

 そう考えたとき、頭の中にちらりと小さな花火がよぎった。

 ああそうだ、きっとそんな顔が見たかった。沈んだ表情ではなく、明るい顔を。

 夏休みになってから、ずっと彼女のことを考えていた。なぜ彼女のことを気にするのかと、なぜ彼女のことばかり浮かんでくるのかと。それが今わかった気がする。

 彼女は文芸部の一員になった。河原で花火をしていた時、確かにそれを感じたんだ。これからはこの子も同じ部の仲間だと。放課後の時間を共にしていく仲間になるのだと。

 けれどすぐに彼女の顔には雲がさしてしまった。漫研の一件に俺たちを巻き込んでしまって、さっき彼女自身が口にしたように、迷惑を掛けてはいけないと考えたのだろう。そして部室に顔を出さなくなった。出せなくなってしまった。

 迷惑を掛けたくない、それだけのことで彼女は部室に来ることができなくなってしまった。

 そう、だから俺が口にする言葉はこれで合っている。口にしたかった言葉は何も間違ってはいない。だから俺は三度その言葉を口にした。

「気にしなくていいよ。永沢さんは悪くないから」

 けれど、それでは足りないのだ。それだけでは、彼女はまた首を振ってしまう。

 夏休みに入ってから、永沢さん気にかけていたのは俺だけではない。立花さんも連絡を取り合っていたし、ソウだって無関心ではいられなかった。真琴も俺が話をした時には俺と同じように考えてくれていた。

 俺だけじゃない、みんなが。文芸部にいる誰もが彼女を気にかけている。

 だから、そのことを彼女に伝えるために、言葉を紡ごう。小説はいまだに書けてはいないけれど、そんな俺の拙い言葉でも、伝えなくては伝わらないから。

「……永沢さん。神社の時のこと、覚えてる?」

 俺は、普段と変わらない。これから雑談でも始めるかのようなトーンで言った。

 俺が尋ねると永沢さんは髪の毛を揺らしながらうなずいてくれる。なので続けて尋ねる。

「みんなで花火をしたこと、覚えてる?」

 もう一度彼女の前髪が揺れる。

「楽しくなかった?」

 今度は、彼女の髪が左右に揺れた。

 夏休みにの間ずっと、彼女は部室に顔を出すことはなかった。けれどそれは、迷惑をかけてしまった、これ以上迷惑を掛けられないと思っての行動なのだ。

 彼女は決して文芸部を嫌いになったわけではない。ただ自分のせいだと、自分がいけないんだと、自分を責め続けてしまったから。自分が悪いと思ってしまったから部室に顔を出すことができなくなってしまったのだ。

 彼女にとっても、あの空間は、教室一個分の変わったところなど何もないあの一室は、楽しいと思えるに足る場所だったのだ。

「永沢さん。大丈夫だよ」

 だから、彼女に圧し掛かるその重みをどかしてあげたい。誰も彼女のことを責めてなどいない、それを伝えたい。

「気にしなくて大丈夫だから」

 彼女は、悪いことはしていない。漫研での出来事は彼女の責任ではないし、その環境を打破しようと文芸部に来たのも悪いことではない。

「でも、迷惑かけて……」

「大丈夫。迷惑なんかじゃないよ」

「そんなことっ――」

「迷惑じゃないよ」

 叫ぼうと顔を上げた永沢さんと視線が合う。

 迷惑なんかじゃない。みんな気にかけて、心配して、永沢さんのことを考えていたけれど。それは迷惑だからではない。

それを伝えるために、俺はその目をまっすぐに見つめて言った。

「永沢さんは、文芸部の仲間だから」

 俺だけでなく、部員全員が等しく思っていることを口にする。

 俺やソウ、立花さんはもちろん、不愛想な真琴も、まだ顔を合わせたくらいの面識しかない間城だって、永沢さんのことを仲間だと思っているから。

 今日の昼間に見たカップルを思い出す。転んだ彼女を心配するが大丈夫だと言い張られる彼氏。きっとあの二人を見ていたのは、これを教えてくれたからだったのだ。

 ここ最近、どうしたら永沢さんの問題を解決できるかばかり考えていた。

 けれど、そんなことを考えても意味はなかったのだ。

 真琴は言っていた。できることなど何もないと。

 ソウも言っていた。せいぜい応援くらいだろうと。

 その通りだったのだ。俺に、俺たちにできることなどその程度。永沢さんの問題を解決してあげることなど、できるはずがなかったのだ。俺にできるのは、始めから小さなことだったのだ。

「誰も迷惑だなんて思ってないよ。俺もソウも、立花さんも」

 漫研との関係をどうこうしてあげることはできない。

「間城も真琴も、みんな心配してるだけだから」

 それはきっと彼女自身がどうにかしなくてはいけない問題で、外野が代わりに何かをするべきではないことだから。

「だから、大丈夫」

 俺たちにできること、文芸部にできることは初めから一つだけ。

「――文芸部にいて、大丈夫だから」

 それは彼女の、居場所になることだけ。

 そして俺にできることは、それを、その気持ちを口にすることくらいだったんだ。

 気にしなくていいではなく、ここにいてもいいと。

 迷惑じゃないではなく、永沢さんが心配なんだと。

 一人にならなくていいと、ここにいていいと。ここがあなたの居場所だと。

文芸部のみんなが――。

「みんな永沢さんの味方だから」

 俺を見つめる瞳に、涙が溜まるのが見えた。彼女自身もそれを自覚したのだろう、顔を逸らすように俯いて目元を腕でぬぐう。

「……でも……やっぱり迷惑かけて――」

「おっくれてごめんねー」

 涙声になりながらも、また謝罪を口にしようとしたのであろう彼女の声を押しのけて、明るい声が聞こえてくる。俺と一緒になって永沢さんも振り返るとそこには間城とソウの姿があった。

「……あれ? 原君と美香ちゃんは?」

「あ、なんか買い出しに行ったよ」

 永沢さんは何かしゃべれる状態ではなかったので俺がすぐさま答える。

「あ、そうなん…………楓ちゃん!? なんで泣いてるの!? 大丈夫!?」

 しかし様子のおかしい後輩に気付けないほど間城は鈍感ではない。驚き声をあげ名から間城が永沢さんの傍による。

「あ、えっとこれは……」

 間城に詰め寄られた永沢さんが隠すように涙をぬぐうが、もう今更意味のないことだった。

「松嶋ぁ! あんた楓ちゃんに何したの!?」

「え、いや、なにもしてないよ!!」

 しかし、なぜか俺のほうに白羽の矢が立って慌ててしまう。

 ものすごい剣幕で俺のほうへ詰め寄る間城。怖い怖いマジで怖い。あまりの恐怖と驚きに肩がすくみ上ってしまう。

「お待たせしましたー。あ、もう来てたんですね。先輩方も食べますー?」

 そしてまるで示し合わせたかのように真琴と立花さんが戻ってくる。

「美香ちゃん! 松嶋が楓ちゃんを泣かせた!! 断罪だ!!」

「え、先輩何やってるんですか!?」

 間城が誤解を招くような説明をするなり立花さんも俺に驚きと怒りの混じった視線を向ける。

「いやちが……くはないけど話を聞いて!」

 慌てて釈明しようとするものの女子二人に言葉で勝てるわけもない。

「ほらみな! 楓ちゃんのかわいい顔が台無しだよ! どうしてくれんの!?」

「商品みたいに言わないで!」

「先輩! そんなどんなことしたんですか! 私たちを買い出しに行かせたのもこれが狙いだったんですか!? いったい何したんですか!?」

「買い物行ったのは立花さん自らでしょ!?」

「ごまかさずにちゃんと謝ってください!!」

「そうだ! 謝罪だ謝罪!!」

「ちがっ、永沢さん……!」

 女の子二人相手にするのすごい怖い。一人は後輩なのにものすごい怖い。ソウがすげぇ修羅場だなとか呟いてるけどとりあえず助けて涙でそう。

 俺が永沢さんに助けを求めると鬼のような女子二人が俺から離れて今度は永沢さんのほうへ寄って行って永沢さんを守るように両サイドへ座る。

「大丈夫だよ! うちらが守ってあげるからね!」

「私は楓の味方だからね!」

「え、あの…………」

 二人に挟まれて困惑している永沢さん。それはまぁあの剣幕で迫られたらそんな反応にもなる。いくら味方のような発言をしていてもその迫り方は怖い。

「ハル、お前何したのよ」

「ソウ、俺は無実だよ。誰か弁護人になって」

「目撃者がいないから無理だな」

「真琴……」

「痴漢の冤罪は捕まったらアウトだ」

「やめて、シャレになってない」

 親友二人からもこんなことを言われてしまう。まぁ、二人とも笑顔を携えているあたり冗談で言ってくれているのだろうが、これで本当に捕まったりしたら人間不信になる。

 俺の目の前には先輩と同級生に詰め寄られている女の子が一人。その瞳にはもう涙は見られずただ驚きと焦りだけが見て取れる。

 それを見て、俺も隣の親友二人のように笑みがこみあげてくる。

「……どうにかなったか」

「多分ね」

 ソウのつぶやきに同意しながらもう一度目の前の女の子三人へと視線を向ける。

「大丈夫だよ! 何があっても楓の味方だからね!!」

「そうそう! 松嶋なんか警察に突き出してやるからまた何かあったらうちに言いな」

「あの、だからっ…………」

 必死に説明をしようとしてくれているのか、二人をなだめようとしどろもどろに言葉を紡いでくれる永沢さん。けれど二人は止まる気配がない。

 きっと彼女はさっきの俺と同じように助けを求めて視線を巡らせていたのであろう。

俺と永沢さんの視線が合った。

「せ、先輩っ」

 助けを求めるような声が聞こえるが、別に助け船はいらないだろう。騒いでいる二人も気付けば満面の笑みを浮かべている。このやり取りは冗談だと自覚してやっているだろう。だから誰も不幸にはならない。もしなるとしたら周りにいる花火を見に来ているお客さんだ。うるさくして本当にごめんなさい。

 心の中で一応は謝っては見る者の、幸い花火の音でかき消されてしまう程度の声なので注意に来る人も今のところはいない。しかし、これ以上長引かせるのはあまりよろしくないだろう。

 けれど、今この空間を終わらせてしまうのは嫌だなと思った。

 うちに任せてと頼もしげなことを口にする間城。

私は味方だと励ます立花さん。

困惑する永沢さん。

そしてそれを見つめる俺たち三人。

 今、永沢さんを除いた五人の顔には笑顔が浮かんでいる。

「せ、先輩っ!」

 また助けを求める声が聞こえてそちらを見る。しかし俺は周りのみんなと同じように笑顔を浮かべながら、冗談めかして言った。

「迷惑?」

 そう口にすると、永沢さんははっと目を見開いた。

 さっきまで永沢さんの顔には焦りや驚きが見えていた。けれど、困惑や陰鬱な表情はかけらも見えなかった。だから、答えは聞かなくてもわかる。

 永沢さんは、一度視線を落としてから、俺に向かって叫ぶように口を大きく開けた。

 直後、空を叩く轟音が響く。俺はその音に引き寄せられるように空を見上げる。俺だけでなく、今まで騒いでいた全員が。

 空に咲き誇る大輪の花は幾重にも重なってまるで綺麗な花束のようだ。一輪一輪でもとてもきれいだけれど、それを束ねればより綺麗に、素敵に映る。

 いつしか、俺たちはさっきまで騒いでいたことも忘れて瞳に光の花束を映している。

 黄色、赤、青、緑、紫と様々な色の花が空に咲き乱れる。

 空を掛ける轟音を体全体で感じながら、俺たち六人はみんなで天空の花々を見上げていた。


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