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Primula  作者: 澄葉 照安登
第一章 二人目の新入部員
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二人目の新入部員 1

誤字脱字が多々見当たるかもしれませんがよろしくお願いします

 川越しに田植えが終わった田んぼを見つめながら今日も登校する。ふと思い出せば、田植えをしている風景を見たのはもう一か月以上も前になる。時間が過ぎるのは早いな、などと縁側で日向ぼっこをしているお爺さんのようなことを思いながら、学校指定の鞄を背負いながら歩く。

「今日はやけに熱いなー。7月に入ったばっかりなんだからもうちょい涼しくならねぇかなー」

 気候に文句を言う岡林総おかばやしそう――ソウにつられて俺のまわりの温度が少し上がったような錯覚に陥る。

「ほんと、今日はやけに熱いね」 

 ガードレールから川をのぞき込めば水面がキラキラと太陽光を反射させているせいで目を開けているのが辛い。隣を歩くソウの明るめの髪の毛も光に照らされて金髪のように見える。

「こんなんじゃ学校行くのヤになるなー。今から家帰って冷蔵庫のアイス食いてぇ」

「まだ家出て五、六分しか経ってないよ」

 俺は苦笑いしながら額の汗をぬぐう。

 家から俺たちの通う高校までは徒歩十五分ほどで到着する。いつもは自転車で駆け抜けて五分ほどで到着するところなのだが……。

「今日は朝から災難だしよー」

「まぁまぁ、たまにはこういうことだってあるって」

「せめて昨日の帰りならそのまま修理に出せたのによー」

「遅刻するわけじゃないしいいでしょ」

 朝から自転車がパンクするアクシデントにあったせいで今日は徒歩で登校している。俺だけ一人で先に行くという手もあるのだが、先に行ったところで話し相手がいるわけでもないので暇になってしまう。なので俺もソウに付き合って徒歩で登校している。

 いつもよりテンションが低く愚痴ばっかりこぼす幼馴染を励ましていると信号に足止めされる。この十字路をまっすぐ行けばすぐに学校だ、もう学校も見えている。とはいっても学校の周りには果樹園があるため交差点からだと学校の最上階が顔をのぞかせている程度だが。

「おはよーございますっ!」

 俺たちが信号が青になるのを待っていると俺たちの右側――駅のほうからタッタッ、と元気な足音とともに大きな声が飛んできた。

「おっはよ、美香ちゃんっ」

 さっきまでテンションの低かったソウがぱっと顔を輝かせて駆け寄ってくる少女のほうを振り返る。

「総先輩、松島先輩おはようございますっ」

「おはよう、立花さん」

 少し息を切らしながら俺たちの前までやってきた女の子は再度俺たちに挨拶してくる。

 俺たちのことを先輩と呼ぶこの子は、今年唯一の俺たちの部所属する部活の新入部員の立花美香たちばなみかだ。

 信号が青に変わると俺たちは三人そろって歩き出す。

「先輩方って歩きで通ってたんですねっ」

 肩にかかるくらいの長さの明るめの髪の毛を弾ませながら俺たちのほう、というかソウの顔をのぞき込む。

「いやいや、いつもは自転車なんだけど朝見たら自転車パンクしちゃっててさ。それで今日は歩きなの。いつもは自転車通学~」

 見た目同様チャラ男感満載でソウは答える。

 ついさっきまでのテンションはどうしたのやら。まぁ、気持ちはわからなくもないが。

 こんな風に朝から元気に話しかけてくれる後輩を目の前にしたら先輩としては気分がよくなるのも当然で、ましてやその相手が女の子で、周囲の視線を引き付けてしまうような美少女であればそれはもう仕方のないことだといえよう。

「あ、そうなんですか?」

「今日は運が悪い一日になりそうだったけど、美香ちゃんに会えたから運気回復したかも」

「そんなことないですよ~」

「いやいや、本気で思ってるって。かわいい後輩に朝から会えるのは運がいいって」

「行き先が一緒なんだからたまには会いますってー」

「でも朝から会うのは今日が初めてだし、これならむしろチャリパンクして運がよかったよ」

「そう言ってもらえると嬉しいですね~」

 ……………………気まずい。

 ソウの安っぽい口説き文句にまんざらでもなさそうな立花さん。二人はまるでカップルのように二人並んで歩いている。そして俺は一歩後ろでただその光景を見せられている。俺がいることなんてすっかり忘れて二人だけの世界を作り上げている。……なにこの二人付き合っってるの? 俺先に行ったほうがよくないかな?

「ハル、どうかしたのか?」

 気まずさに耐えられなくなって歩調を落としてその場から消えようとすると、思い出したかのようにソウが振り返って俺に声を投げかけてきた。正直、話しかけてほしくなかった。

「……俺先行ってもいい?」

 二人して俺のほうを見ながら言葉を待っているものだから気まずさもさらに倍増。ソウにだけ聞こえるようになるべく小声でソウに近づいて言う。

「へ? ああ、いいけど」

「じゃ」

 俺は食い気味に別れの挨拶を済ませ、落そうと思っていた歩調を一気に上げて早足にその場を後にする。

 いやーなんだろう、遠目にカップルとかを見てると幸せそうで羨ましくなるけど、あんな目の前でイチャイチャされると悪いことなど何もしていないのにこっちが何か悪いことをしたみたいな感覚に陥るから不思議だ。リア充爆発しろとか思っている余裕もない。ただその場から立ち去らなくてはいけないという使命感にも似たものに駆り立てられる。

 俺は二人に追いつかれまいと走りはしないものの、かなりの早足で学校まで向かう。これだけ早足だと一、二分で校門までたどり着くだろう。

 とりあえず校門をくぐってしまえば追いつかれることもないだろうと思い校門前で歩調を元に戻す。それにしてもあの二人いつから付き合ってたんだろう。まだ立花さんが入部してから二か月経ったかどうかってくらいだ。もしかして、二人して一目惚れとか? それですぐお互いを意識して、部活中も秘密でアイコンタクトしたりとか、俺の知らないところでデートしてたりとか? 告白どっちからしたんだろう!

 日差しも相まって過熱してしまった俺の脳内は妄想が止まらなくなってしまっていた。

 落ち着けるために、それと早足で歩いてきた体の熱を逃がすために一息つく。

「……ふぅ」

「何してんのお前」

 体の熱を吐き出すと目の前には、向かい側からやってきた俺のもう一人の親友がさして興味もなさそうな顔で俺のことを見ていた。

「あ、真琴まことおはよ」

 目の前に現れたのは中学の時に知り合った原真琴はらまことだった。

「おはよ。で、なんで競歩で登校してんの。……総は?」

 真琴はいじっていたスマホを指定の学生かばんの外ポケットにしまいながら尋ねる。

「いや、ちょっと気まずくなって、逃げてきたというか……」

「何言ってんの?」

 残念な人を見るような視線を向けられてしまった。なんと説明したものか……。いや、そのままいえばいいだけか。

「ちょっと後ろでいちゃついてるカップルを見かけて見てらんなくなって逃げてきた」

「……そうか。朝から楽しそうだな」

 そう言ってそそくさと歩き出そうとしてしまう真琴を俺は呼び止める。

「ちょっ、まって。あれは仕方ない、あれは気まずいんだって。真琴もあの場にいたら逃げるってっ」

「…………あれを見てってことか?」

 そう言って真琴は俺の歩いてきた道のほうを指さす。真琴の指指すほうには当然俺が追い越してきたソウと立花さんがいるわけで。

「……とりあえず避難!」

 さっきまでの二人の雰囲気が続いているとも限らないが、もしも続いているのならまたあの空間に逆戻りしたくはない。そう思った俺は真琴の腕を引っ張って下駄箱のある昇降口のほうではなく中庭へ続く道の陰に隠れる。

「なんで俺まで」

「いや、なんか反射で……」

 真琴と二人で身を隠しながら、あとからやってきた二人が通り過ぎるのを待つ。聞き耳を立てれば聞こえるかと思って少し耳に意識を集中させるが、朝は登校する生徒たちの足音や、ほかの生徒の話し声などでかき消されてしまって全く聞こえない。……もしかしたら二人で出かける約束とかしてるんじゃないかな、そうだったら羨ましいな……。

 そんなことを考えながら二人が校舎へ入っていくのを見送る。

「……二人とも行ったぞ。もういいだろ」

 そう言って真琴が立ち上がりそそくさと歩き始める。俺もそれに続いて立ち上がって、真琴の後を追うように下駄箱のほうへ向かう。

「お前、なんであれを見て逃げてきたんだよ」

 俺が真琴の隣にたどり着くとさして興味もなさそうに、こちらも向かずに真琴が訊いてくる。

「いや、なんか気まずくて。あの二人の邪魔するのも悪いなって思ってさ」

「……別にあの二人付き合ってるわけじゃないだろ」

「いや、わからないじゃん。もしかしたら知らないうちに付き合ってたりするかもしれないし! っていうかそうだとしたらどうやって付き合うようになったんだと思う!? どっちが告白してもおかしくないと思うんだよね俺は! でもこういうのってやっぱり男のほうから――」

「落ち着いてくれ」

 頭が沸騰する勢いで妄想をまき散らし始めてしまった俺の言葉を遮って制止を促す真琴。

 若干真琴の目線が痛い。ジト目というか、残念な人を見る目だ。

「お前はなんか幸せそうだな」

 俺の親友はため息交じりにそう呟く。

「どういうこと?」

「頭がおめでたいってことだ」

「…………それって誉めてはないよね?」

「ほんとにおめでたいな」

 呆れながら今度はしっかりとため息を吐く。残念な人を見るような目で、残念な人に接しているかのような真琴の反応に、自分がどうしよもない人間なのではないかと思い始める。

「……俺はあの二人が付き合っているようには見えなかった。ただ軽口言い合ってるだけみたいなもんだったろ」

「そ、そうかな……」

 俺のことをフォローするためか、真琴がさっきまでの話題をもう一度振ってくれる。

 でも、付き合ってない状態であんな口説き文句を言うかな。俺だったら絶対無理。緊張して噛むどころか声が出なくなりそう……っていうか言う相手すら見つけられない。

「お前は小学生か、馬鹿。総が簡単に誰か好きになったりしないだろ。あいつは小説が恋人みたいなやつなんだからな」

 確かに、ソウは暇さえあれば……というか暇がなくても自作の小説を書いているような奴だ。誰かと付き合ってしまえばその大好きな小説に関わる時間が削られてしまう。そう考えるとソウが誰かと付き合うなんていうことはあまり想像できない。でも……。

「いやさ、もしかしたらあるかもしれないじゃん! 急に好きになったりとか! 一目ぼれとか! ああやって話してたら意識したとか! よく漫画とかでも人を好きになる瞬間て結構唐突だったりするじゃん!」

「頼むから静かにしてくれ。深呼吸しろ」

 またさっきのように妄想を垂れ流してしまった俺に対して呆れながら落ち着かせようとしてくれる。

 俺は言われた通り深く深呼吸して、たいして冷たくもない外気を取り入れて過剰に熱してしまった自分の脳を冷却していく。

「落ち着いたか?」

「……お騒がせしました」

 俺はほんの少しだけ冷めた頭を下げてお礼を含めて謝罪をする。

「まぁ、いつものことだし」

 真琴はさして気にする風でもなく自分の下駄箱から上履きを取り出して履き替えている。

 俺――松嶋陽人まつしまはるとはたまにこういうことがある。恋愛脳というか、妄想癖というか。他人の色恋沙汰とか、男女で仲良くしているのを見ると深読みしすぎるというか。その二人の関係がどうだとか、今どんな状況だとか、付き合うきっかけとか。勝手に妄想を膨らませて一人で盛り上がってしまうのだ。

 原因は、簡単に言ってしまえば憧れなんだろう。

 俺は今まで女性を好きになったことが一度もない。他人の恋愛は多少なりとも見てきたが自分が当事者になったことはただの一度もない。誰かを好きになって、告白するなんてことも。ましてや誰かから告白されたりなんてこともない。

 だから自分が当事者になって恋愛するのは考えられない。でも、恋をしてみたい。だから俺は他人の恋愛を見て、というよりは仲のいい男女を見て妄想を膨らませることで自分を満たしている。

「恋人がほしいな」

 靴を履き替えながらぽつりと呟いた言葉は、いかにも男子高校生らしいものだ。

 ただ、俺のはほかの人とは少し意味が違うだろう。恋人が欲しい、と口にはしたものの恋人が欲しいと思っているわけではないのだから。

 ただ俺は、誰かに恋をしてみたい。それがどんなものなのか。体験してみたい、経験してみたい。叶わない恋でも構わない、報われなくても構わない、それどころか騙されて金づるにされるようなことになっても構わない。

 誰かを好きになりたい。告白までいかなくとも世間一般でいう普通の恋愛をしてみたい。

 恋愛という存在を知った小学校高学年のころから高校二年になった今も変わらず、ただ俺は恋に憧れて、恋に恋しているのだ。

「……真琴、どうかした?」

 ふと前を見ると靴を履き替えた真琴が、立ち止まって今さっき歩いてきた外を見つめていた。

「……結構遅いな」

「え? 何が?」

 ぽつりと呟いた真琴は俺の問いに答えることなくスタスタと歩いて行ってしまう。

 予鈴が校内に鳴り響き俺も急いで真琴の後を追うことにする。

 真琴の視線が気になりちらりと外に目を向けてみる。下駄箱から見える景色はグラウンド。サッカーゴールがあるが、それについて何か呟いたわけではないだろう。

 もう予鈴も鳴っているため、俺たちの後から来る生徒もほぼいない。誰か仲のいい人がいたというわけでもないだろうし、何を見ていたんだろう。遅いって何がだろう。何に対して言っていたのだろう。

 結局外を見つめて考えたところで分かるはずもなく、俺はもう一度チャイムが鳴る前に教室にたどり着くために駆け足で教室に向かった。


確認はしてから投稿していますが、誤字脱字などあったら指摘をよろしくお願いします。

それと更新ですが大体一週間に一回くらいで、たぶん金曜日の夜中か土曜日の朝になると思います。

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