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Primula  作者: 澄葉 照安登
第二章 最初の一歩
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最初の一歩 6

一学期も今日を含めてあと二日となった。明日は全校集会といつもよりも幾分か長いホームルームを乗り越えればみんなが待ちに待った夏休みが始まる。

 部活動に汗水流す生徒は夏の大会だの交流試合だのの話題が上がっている。日々バイトで貯めたお金で高校生ながらにして旅行に行く計画を立てているクラスメイトもいる。

 そんなどうでもいい教室内の雑音を聞き流しながら、俺は弁当箱から冷凍食品の唐揚げをつまみながら虚空を見つめていた。

 今週のはじめに永沢さんに起きた事件、そしてその後のこと。さらにはこれからのこと。そんなことばかりが脳内を埋め尽くしていてこの一週間授業もまともに聞いていなかった。

「ハール、大丈夫かよ」

「あ、うん。ごめんなんか話しかけてた?」

 ソウが俺の名前を呼んで反応することができたが、それまでの間に何か話をしていたのではないかと確認を取る。

「いや、なんか話してたわけじゃねぇけど。最近よくぼーっとしてんなと思ってさ」

 そう言いながらソウは購買で買ってきた総菜パンをかじる。

「もしかしてあの後なんかあったのか?」

 あの後、というのは今週初めにあった立花さんの件のことを指しているのだろう。俺は素直にうなずくこともできずに言葉に詰まってしまう。

「なんかあったのか?」

 この中で唯一その事情を知らない真琴が二つ目の菓子パンの袋を開けながら尋ねる。なおも虚空を見つめている俺に変わってソウが説明をする。

「いや、何日か前にちょっとした事件があったんだよ」

「事件?」

「ほら、真琴の家に泊まった時楓ちゃんの話しただろ?」

「……?」

 ソウがそれとなく言うが、真琴は全く記憶にないとでも言いたげに小首をかしげる。そのまま粉砂糖のかかったデニッシュを頬張る。

「楓ちゃんが漫研にいたって話だよ」

「…………それがどうしたんだよ」

 ソウが言うがそれでも真琴はわけがわからないといった様子でソウに視線を向けてわかりやすく話せと言わんばかりに軽くにらみつける。

「永沢さんが、漫研の先輩ともめちゃったんだよ」

 俺は唐揚げをつまんだまま硬直していた手を下ろして真琴に言った。

「もめたって何? 喧嘩?」

「えーと、なんていうか。永沢さんが漫研をやめたことを咎められてたというか……」

「んー」

 なんと説明すべきかわからずそんな風に言うと真琴はそんなことかというように適当な合図地を打つ。

「でも、永沢さんは被害者っていうか。相手が無理やり手を掴んだりしてたし。それに永沢さんは違うって言ってたし、それだけじゃなかったんだと思う」

 俺があくまで悪いのは漫研側の先輩だと説明するが真琴はいつもの通り、いや、いつもよりも幾分か冷たい視線で俺を見ながら興味なさそうに言う。

「それでも、自業自得だろ」

「そんなことは……」

「問題が起こるような半端なことするからそうなっただけだ。気にすることじゃない」

 そう言いながら真琴は甘いはずの菓子パンをおいしくなさそうに食べる。

「でも、漫研の状況はなんとなく想像つくだろ……?」

「まぁ、それなりには」

 俺のか細い呟きに真琴は冷ややかな声を飛ばす。

「それでも、自業自得なのは変わらない。漫研の環境をすぐに見抜けなかったあいつの問題だし、やめるにしても中途半端なやめ方したから今になってそんなことになってる」

 真琴の言うことは、一理あるのかもしれない。

 永沢さんは漫研をやめて文芸部に来るときに、しっかりと漫研の部員たちに説明したわけではないのだろう。先日漫研の先輩たちがなぜ来なくなったのかと言っていた。漫研にいる生徒たちはもしかしたら永沢さんが漫研を抜けたことすらちゃんと知らされていないのかもしれない。それはきっと真琴の言うように中途半端なやめ方だ。でも――。

「それでも、今は同じ部の部員だし、何かあるなら助けたいって思うよ」

「別に気にすることじゃないと思うけどな」

 真琴はなおも冷たい声で受け答えをする。いつの間にか真琴の手にあった菓子パンは袋だけになっていた。

「真琴は、助けないほうがいいと思う?」

「別にどうでも。陽人が助けたいなら助ければいいし、どうでもいならほっとけばいい」

「真琴は助ける気はないの?」

 真琴だってわかっているはずだ、あの漫研の状況を。簡単に想像がつくはずだ、永沢さんお現状が。こんなにも冷たいことを言っている真琴だけれど決して冷血というわけではない。だからそうではないと思いながら真琴に問いかけた。

「そうは言ってない」

 真琴は当然だとでも言いたげにそう言い放つ。けど、その言葉には続きがある。

「けど、助けを求めてないやつに何かしてもただのお節介だろ。それに、俺たちが何かやっても解決はしない」

「…………」

 それは、真琴の言う通りだ。

 永沢さんは今は俺たち文芸部の仲間だ。でも、今起きている問題は文芸部の問題ではなく永沢さんの前の部活の漫研の話だ。それを俺たちがどうにかしようとしても解決はしない。俺たちがこの子に手出しはするなと漫研の生徒に一喝したのならば問題を遠ざけることができる可能性はあるかもしれないが、俺たちはそんなことができるようなメンバーじゃない。先日だって俺とソウは怯えてそんなことできはしなかったのだから。

 この問題はきっと、永沢さん自身がどうにかしなくてはいけない問題だ。外野が何を言っても当の本人が黙ったままでは解決できない。

「まぁ、何かしたいなら。応援くらいでいいんじゃねぇの?」

 真琴ではなくソウがため息交じりで言った。

「俺らにできることはたかが知れてるし、漫研の先輩方はまともに話を聞いてくれるような人でもないしな」

「でも、それじゃ何かあったら」

 つい先日だって永沢さんは泣いてしまうほどに怯えていて、とても永沢さんだけでどうにかできるとは思えない。どうしたらいいかなんてわからないし、真琴の言うように何かできるわけじゃない。本当に応援することくらいしかできない。

 ここにいる全員が自分が無力だと感じている。みんな何かをしてやりたいという気持ちがないわけではない、それは二人の顔を見ればわかる。

「それはまぁ、止めに入るしかないだろ」

 ソウが笑って言う。

「隠れてみてるってこと?」

「まぁ、そんなとこかな。ちゃんとけりつけて終わらせれば一応どうにかなるんじゃね?」

 それでも、何かが起こってからでないと俺たちは動くことができないということだ。それを事前に防いだりはできない。

「んー、なんかいい方法ないかなぁ……」

 俺は机の背もたれに思いっきりもたれかかって天井を見上げる。

 いくら考えてもどうにもならないとはわかっている。この数日間ずっとどうにかしたいと思いながらも何もできなかったんだ。それが今日この場でどうにかなるとは思っていない。でも、少しでも前進してもいいと思ってしまう。

「ハル、マジで楓ちゃんのこと好きじゃないの?」

「え、なんで?」

 ソウがきょとんとした表情で俺に訊いてくる。俺は腹筋を使って体を起こしてソウに向かって首をかしげる。

「だってそうとしか思えねぇだろ、なぁマコ?」

「ま、疑われても仕方ないレベルではある」

 ソウが視線を送ると真琴も深くうなずいて同意する。

「……永沢さんにも同じこと言われたよ。そんなに下心あるように見える?」

 俺が訊くと二人は大きくうなずいている。そんなにか……。

「ソウだってあの時助けに行こうとしてたし。それと同じだと思うけど」

「いや、それとはまた違うだろ」

 ソウが若干呆れながら言う。真琴がしかたないと言いたげに息を吐いて説明してくれる。

「陽人、いつもお前が妄想してるので考えてみればわかる」

「例えば?」

「……不良に絡まれてるヒロインを助けようと立ち向かう主人公」

「これは恋が始まりますね!」

「そういうこと」

「なるほど…………。いやなんも納得できないんだけど!」

 真琴がさも当然のように話を終わらせるから納得しそうになってしまうが全然納得いかない。

「助けに行ったの俺だけじゃないし、ソウもいたし!」

「…………総、続き言ってくれ」

 往生際悪く言い訳をする俺にため息をこぼしながら真琴がソウに話を振る。ソウは、はいよと言って少し考えるようなしぐさをしてから口を開く。

「何も考えずにヒロインのところに全力で走り出す主人公」

「やばい、それすごい好き。絶対主人公その子のことが好きじゃん」

「お前自分で自分の首絞めてるのに気づいてないのかよ、ふはっ」

 ソウがいたずらっぽい笑顔を浮かべながら腹を抱える。真琴は菓子パンのごみをひとまとめにしながら馬鹿だなとつぶやいていた。俺は何か変なことを言っているんだろうか? いやこんなことをワクワクしながら話している自分はちょっとした変質者だ、間違いなくまともな人間ではない。

 それにしてもやはり二人の言い分は納得がいかない。確かに今あがったシチュエーションはラブコメで王道ともいえる一コマだろうが、だからっていきなり両想いというわけにはいかない。少なくとも自分の身を顧みずに立ち向かおうとする主人公はヒロインに気があると思うんだけど…………。

「……あれ? 俺、かなり誤解を招いてる?」

『今更かよ』

 真琴とソウが二人して呆れた声を漏らす。いや、だって俺そんなつもりなかったし。と言い訳をしたくなるが自分自身そういう場面を見てしまえば誤解してしまうのは間違いないし。現に今俺はそれを認めてしまった。

「ってか、ハルその妄想力生かして小説書けよ。結構いいの書けんじゃねぇの?」

「いや、それとこれとは話が別だって」

 というか、ソウにこういった妄想垂れ流しというか、俺の妄想癖の片鱗を見せたのは初めてだというのにあまり驚かないんだな。

「いいからやってみようぜ。ハル結構昔から妄想得意だろ?」

「へ? なんで」

 知っているの、と口に出そうになるがソウの笑顔を見てその問いが不要だと思う。

 ソウとは幼稚園のころからずっと時間を共にしてきたんだ。ソウが隣町の中学に行っても変わらず遊んでいた。いくら隠そうとしたところで俺の重度の妄想癖は隠しきれなかったんだろう。隠そうとしていた自分がばかばかしくなってしまう。

「まぁ物は試しだ。今日から書き始めようぜ!」

 そう言って無邪気に笑うソウ。真琴は頬杖を突きながらあくびをしている。

 なんだかいつもと変わらない感じがする。

 それは当たり前のことだ。俺が少し妄想癖を爆発させたところでこの環境が丸々変わってしまうことなんてない。そんな些細なことで簡単に変わったりしない程度には俺たちの中は深いのだ。

 それを少し実感して、さっきまで思い詰めていたことなどすっかりと忘れてしまって俺はソウと同じように笑顔を浮かべた。


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