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Primula  作者: 澄葉 照安登
第二章 最初の一歩
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最初の一歩 2

 週が明けて月曜日、今週が終われば待ちに待った夏休みだ。

 別に何か予定が入っているということもないが夏休みという言葉を聞くだけでなぜだかワクワクしてしまう。夏にみんなでどこか出かけたり、部活動で汗を流したりといったことは何もないというのに。

 七月後半に差し掛かり空に浮かぶ太陽が大地を焼き焦がさんばかりにじりじりと照り付けている。今日も今日とて屋外で部活動に励む生徒たちは大変そうだった。

 片や屋内の空調のきいた部屋で俺たち文芸部は過ごしている。

 真琴はいつものように教卓のところでノートパソコンをいじり、ソウは立花さんと永沢さんと楽しそうに談笑をし、俺はそれを見聞きしながらソウが書いた小説を読んでいた。

 ソウの原稿用紙詰めの短編小説を読みながらも三人の会話を盗み聞けばつい先日のお祭りのことや、花火をやったことを振り返って思い出話に花を咲かせていた。思い出というにはいささか最近過ぎる出来事ではあるが。

 永沢さんも談笑する立花さんとソウとに交じって笑顔は少ないながらも楽しそうに話に加わっていた。

「ハル、読み終わったか?」

「あ、いやごめんまだ」

 俺が三人で話す姿を見ているのに気づいたソウが俺に訊いてくるが、残念ながらまだソウの書いた小説を読了してはいなかった。

 ソウは「そっか」と言ってまた話に戻ってしまう。俺がなぜ会話に加わらずにソウの書いた小説を読んでいるかというと、普段からそうしているというのもあるが、大体ソウと真琴の書いた小説を最初に読んで感想を言うのがここでの俺の仕事のようになっていたからだ。

 部員が増えた今後輩二人にも読ませればいいのにと思うのだが、ソウは部誌に掲載するもの以外は原稿用紙に直筆で書いているため俺の持っている現品一つしかないのだ。コピーすればいいのだが、ソウのこの小説はついさっき出来上がったばっかりでコピーすることができなかった。

 学校のコピー機はそう簡単に使わせてくれるものじゃない。部誌を作るときや連絡用のプリントだとかのためには許可を得て貸してくれるが、普段書き連ねている短編一本一本をすべてコピーさせてくれるほどやさしくはないのだ。

 なので談笑する三人から仲間外れにされるように俺は一人でソウの書いた小説を読んでいた。

 大まかな内容は、卒業式を間近に控えた先輩に一つ年下の後輩が思い切って告白するというものだった。

 とてもオーソドックスでベタな話ではあるがソウの小説にしては珍しい。そもそもソウが恋愛小説を書くことが珍しい。

 ソウはいつもファンタジー要素が多い物語を描く。今まで読んだものは不思議の国のアリスのようなおとぎ話のような設定だったり鶴の恩返しのような昔話のような物語を現代風にアレンジしたものが大半だった。

 決して今まで恋愛ものを書いたことがないというわけではないが、現代の学生の恋愛物語というのは今までになかったような気がする。

 だが決して読みにくいということはなくすらすらと読めてしまう。まがいなりにも文芸部で一年以上小説を書いてきたわけだし、その前から物語を作るのが好きだったのだから文章力はこの部にいる誰よりも長けている。

 ならばさっさと読んでしまえということなのだが、なぜかさっきからソウたちが談笑する姿に視線が行きがちだ。

 部室の中で唯一の話し声だからだろうか。その一団の声を消してしまえば残るのは真琴がキーボードを打つ音と俺が原稿用紙を捲る音くらいのものだ。そんな空間だから自然と視線が集められてしまうのだと結論付けて俺は集中しようと原稿用紙に視線を落とした。

 集中できていないといっても数十ページの短編小説だ。もう八割ほどを読んでいて残るは数ページのみだ。

 そして今俺の読んでいるところは、女の子が告白をしてその答えを先輩が口にするところ。

 舞台は誰もいない部室。卒業式前日の放課後での出来事だ。

 別に俺に見せることを意識して書いたわけではあるまいが、かなり俺の好きなシチュエーションだった。いや、大体告白のオーソドックスなシチュエーションは全部好きなんですけどね。

 自分に突っ込みを入れながらソウの小説を読み進める。

 意識が原稿用紙の薄い束に集中して周りの音が遠ざかる。ようやく集中できて来たと思ったころには物語はもう終わりを迎えてしまっていた。

「ふぅ、読んだよソウ」

「おっマジか、どうよ?」

 自信があるわけではないのだろうが好奇心全開で俺のことをキラキラした瞳で見つめて感想を聞いてくる。

「ソウにしては珍しい内容だけど、面白いんじゃないかな。かなりベタだから人は選ぶかもだけど」

「お、そうか。慣れてねぇからベタなのにしたんだけど、なかなかいいみたいでよかったよ。……なんかこうしたほうがいいとかある?」

「んー、別に短編だしこんなんでいいと思うけど……」

「けど?」

 読みやすい文章のソウの物語で唯一俺がここはどうなんだろうと思ったところがあった。だからその一点を作者のソウに尋ねてみる。

「これ、なんで最後フラれて終わるの?」

 俺が唯一この物語で腑に落ちなかったところ。それはヒロインが報われなかったことだ。

 短編であるが故に出だしは主人公の女の子のモノローグから始まった。今まで先輩とどんな日々を過ごしてきたか、どんな話をしてきたか、どんな気持ちを覚えたか。そう言ったところから始まっている。そのためどんな出来事が起きてどんな関係の変化があってといったことは細かく伝わってはこないものの明らかに二人は両想いのように書かれていた。

 それなのに女の子が告白すると相手は平然と断ったのだ。すでに付き合っている人がいるだとか、ほかに好きな人がいるだとかではなく、女の子として見たことがないという理由で。

 内容を見るにどうも納得いかない。絶対に両想いだと思っていたのに何の脈絡もなく振られてしまったのだ。俺の趣味嗜好の問題ではなく流れ的に腑に落ちない。

 そんな俺の気持ちを込めてソウに問うとソウは苦笑いを浮かべながら説明してくれた。

「いや、それってその主人公の見た側からの話じゃん? だから相手から見たら全然違うって感じも面白いかなって思ってさ。……やっぱちゃんと付き合ったほうがいい?」

「いや、別に報われなくてもいいとは思うけど、いきなりフラれるから驚いたっていうか。その前の描写とかも絶対成功する雰囲気だったし」

「そこはほら、その主人公から見た光景だから」

 そう言われてしまうとそれもそうなのだが、告白が失敗して報われない物語をあまり読まないせいか違和感が残ってしまう。

 しかしまぁ、ソウの言いたいことはわからんでもない。物語としてはありだとは思う。

 今回のソウの小説にテーマをつけるなら視点の違いといったところか。そう考えるとこれはこれで面白いと思える。しかし、

「俺は報われる感じのほうがいいな」

 俺の趣味嗜好ではなく、文章の流れ的な問題で。

 そんな俺のつぶやきを聞いたソウがならさ、と俺に提案してくる。

「ハルも恋愛で一本書いてみろよ。結構いいの書けんじゃねぇの? ほら、真琴に借りた本とか使ってさ」

「えー、俺書ける気しないんだけど」

 妄想するだけなら簡単だ。だがそれを文章に起こすとなると全く勝手が違ってくる。自分の頭に浮かんだものをそのまま文章にしようとしても全然文章が浮かんでこないし、何なら文体も日本語を呈さなくなる。

「真琴に借りたやつ持ってきてねぇの?」

「いや、あるけどさ……」

 そう言いながら鞄の中から真琴に先日借りた花言葉の図鑑を取り出す。

 花言葉って言ってもそれをもとにどんな物語を作れというんだ。というか花言葉ってどんな感じなんだろう。そう思いながら適当に開いてみようとする。

「何なら誰かの誕生日で見てみようぜ」

「私も見たいでーす」

 ソウに続いて立花さんも身を乗り出してくる。

 俺が目次のページを開くとそこには四月一日から順に日にちが書かれていて、その隣に花の名前であろうものがカタカナで表記されていた。

「んー、じゃあソウのでいいか」

 俺は呟きながらソウの誕生日である四月二十六日のページを開く。

「えーと、スガビヨサ? えっと花言葉は……」

「不幸な愛、ですね」

 俺の対角線上に座っていた立花さんが身を乗り出してそこに書かれていた文字を読む。

「不幸な愛……」

 俺も続いて声に出す。

 ……花言葉ってこういうものなの? なんか俺はバラくらいしか知らないからもっと明るいポジティブなものばかりだと思っていた。それが一発目からこんな重そうなものになるなんて。

「さっきのソウの小説みたいだな」

「確かにそうかもな」

「先輩どんな小説書いたんですか」

 ふははと笑うソウ。それに対して若干引き気味な後輩一号。

「いや、ただ告白してフラれる女の子の話をね」

「先輩最低ですね」

 あっははと笑うソウにひきつった顔の立花さん。おい二人ともそんなやり取りをするな俺が悪いみたいになる、これが原因で二人の間に亀裂が生まれたりしないといいけど。

「じゃ、次は私でやってみてくださいよ!」

 立花さんがそう名乗り出てくれたので俺は目次のページに戻って立花さんの誕生日を……。

「立花さん誕生日いつ?」

「十二月二十日です」

 俺は立花さんの誕生日を知らなかったので聞いてからページを探す。十二月二十日っと。

「えーと、パイナップルリリー?」

「え、パイナップルって花言葉あるんですか?」

「いや、なんかそう書いてあるけど」

 何ならイラストも載っている。よく見るギザギザの葉っぱに楕円形の果実のパイナップルだ。とはいえパイナップルの成長前のようなものだが。

「花言葉って、植物全部あるのか?」

「いや、どうなんだろ」

 ソウと二人して疑問に思って真琴のほうを向くと俺たちのほうを横目でちらりと見ただけで何も答えてはくれない。カタカタとキーボードをたたく音がやけに早い。おそらく今真琴の小説も佳境に入っているのだろう。そっとしておこう。

「それより花言葉ですよ。なんですか?」

 ずいっと身を乗り出して俺の顔に近づいてくる立花さん。俺はのけぞるようにして距離を取って手に持った図鑑を見る。

「えっと、あなたは完全です」

 なんかカッコよかった。

「なんか嫌です! もっと乙女っぽいのがいいです!!」

 頬を膨らませながら俺に向かって抗議してくる立花さん。いや俺に言われても本に書いてあることをそのままいっただけなんだけど。

「あ、ほかにもあるよ。クリスマスローズ、スキャンダル、私の心を慰めて」

「どっちにしろ嫌ですよ!!」

なんとかフォローを入れようとしたけれど立花さんはご立腹だった。まさに私の心を慰めてと言わんばかりだ。

「まぁまぁ、花言葉だしそんな気にしなくていいじゃん」

 ついさっき不幸な愛という言葉をもらったソウがそんなフォローをする。

「次は先輩にしてください! 先輩のにしましょう!」

 そんな風に強く所望されるので今度は俺自身の誕生日で調べてみる。俺の誕生日は四月十一日。

 パラパラと最初のほうのページに戻る。

「えーと、ヒヤシンス」

「なんか醤油かけて食べれそうですね」

「冷奴じゃない? それ」

 おなかでもすいたのか立花さんがそんなこと言う。こうやって話してると立花さんって不思議というかちょっと面白い子だよな。

 俺の突っ込みもそこそこに俺は花言葉を音読する。

「悲しみを超えた愛」

「……先輩たちってなんか闇がありそうですよね」

 立花さんがぽつりとつぶやいた。確かに、ソウは不幸な愛。俺は悲しみを超えた愛。

 絶対に一筋縄じゃ行かない恋愛だわ。いや、でも俺のほうがよくない? 俺の場合悲しみ超えてるし。

「えっと、じゃあ次は永沢さんかな」

「え、私、ですか?」

 流れ的にそうだと思って俺の正面に座っている永沢さんに視線を向けたのだがなんだか戸惑っている。

「えっと、二月十二日です」

 どうしてだろうと思っている間に永沢さんは自分の誕生日を教えてくれる。

 俺は教えられたその誕生日のページを開いて音読する。

「プリムラ」

 正確にはプリムラ・マラコイデスと書かれていたが言いなれない言葉だし長くて口にしなくてもいいかなと思いそこで区切った。

「花言葉は、運命を開く」

 ようやく俺のイメージしていた花言葉らしい言葉が出てくる。

 運命を開くか。ずいぶんと仰々しいが永沢さんにはちょうどいいのかもな。前の部活を抜けてこの文芸部にやってきたこと、それは自分の力で一歩踏み出したからできたことだ。だからその花言葉がぴったりとあてはまる気がした。

「なんか花言葉ってこんな感じなんですね。私もっと一目惚れとか、愛してるとかそういうのばっかりだと思ってました」

 たいして立花さんは少し納得いかないといった感じで文句を口にしている。

 その考えにはおおむね同意できてしまうが、運命を開くって花言葉も同じくらい魅力的だと思うんだけどな。少なくともソウの不幸な愛よりは。

「というか、これでどうやって小説のネタにするの?」

「何でもいいんだよ。不幸な愛ならそれっぽい物語にすればいいし。運命を開くならなんかに挑戦するとかそう言うのでいいんだよ」

 ソウに尋ねると平然とそんなことを言う。

 そんな漠然としたもので簡単に小説が書けるくらいならもうすでにいくつか手を付けることができている。妄想だけならいくらでもできるのに小説を書くと身構えてしまうと、どうにもその妄想力も力を振るってはくれなかった。

「なんとなく、書き始めてみようかな」

「完成したら読ませてくれよな」

 笑顔でソウが言うが、まだ描き始めてすらいないのに完成の話をされても困る。

 普段からほかのメンバーが書いた小説を読んでいるだけで何ら文芸部らしいことを出え来ていないのでとりあえず始めてみようと思っただけで、ちゃんと完成させられるかはわからない。それでもそんな風に期待されてしまっては書かないわけにもいかない。

 俺はもう一度手元の図鑑に視線を落としてそこに書かれた文字を読む。

 運命を開く。

 いまいちピンとこないが、これをもとにいろいろ考えてみるか思って俺は顔を上げる。

「んじゃ、そろそろ解散しますかね」

 俺が顔を上げたのと同時、ソウが席から立って固まっていた体をほぐすようにぐーっ、と伸びをする。言われて時計に視線をやればもう六時を回っていた。

 外を見てもまだまだ明るいので気が付かなかったがこんな時間になっていたらしい。

 ソウの掛け声を聞いて各々が帰り支度を始める。離れたところでノートパソコンをいじっていた真琴にもしっかり届いているようで真琴もノートパソコンをパタンと閉じる。

 パイプ椅子を引きずる音がいくつも響いてその音がやむと今度はいくつもの足音が出口のほうへと向かう。みんなが出たのを確認してソウがカギを閉める。

「じゃ、また明日」


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