二人目の新入部員 10
「ここでいいだろ。ハル、これに水入れてきてくれ」
ビニール袋と小さなバケツを手に持ったソウが俺に向けてバケツを突き出してくる
「わかった」
そう言って砂利道の奥――河原のところまで行って川の水を汲む。
「そんじゃ、さっそくやろっか」
そう言って俺の親友がビニール袋から取り出したのは花火だ。
神社の入り口で再会を果たした俺たちは神社の外からやってきたソウと立花さんに連れられて神社からほど近い川にやってきていた。ソウ曰く「歓迎会なんだから少しはそれっぽいことしないとじゃん」ということらしい。ついさっきまで歓迎会ということを覚えてすらいなかった素振りだったのだが、それについては指摘しないことにした。
「真琴、ロウソクに火つけといて」
「了解」
そう言って真琴はソウに差し出された小さなロウソクとチャッカマンを受け取って俺たちから数個離れたところで火をつけはじめる。
「じゃあとりあえずみんな一本ずつもってー」
真琴が火を準備している間にソウが適当に引っ張り出した手持ちの花火を配っていく。女の子に先に配っていくあたり抜かりがない。
ロウソクをセットしていた真琴のところまで行くとすでに明かりをともしたロウソクが砂利の上に立っていた。ロウソクをセットし終えた真琴もソウから花火を一本受け取る。
「それじゃ、改めて。楓ちゃん文芸部へようこそ!」
「ようこそ!」
その言葉を合図にソウと立花さんは自分の持っている花火に火をつけた。ソウと立花さんが歓迎の意を伝えるためにこれ以上ないくらいの笑顔で永沢さんのほうへ向く。
「あ、ありがとうございます……」
無邪気な笑顔に大きな歓迎の言葉。いささか子供っぽい歓迎会だが永沢さんは戸惑いながらもうれしそうに頬を染めて喜んでくれた。
永沢さんは立花さんに引かれて川のほうへ行ってしまう。ソウもそれに追いかけるように続き、俺と真琴だけが残されてしまう。
「俺らも行こうか」
後ろで気配を消していた真琴に振り返りながら言うと、真琴が俺の隣にやってきて言う。
「お前、あの子となんかあった?」
「あの子って……永沢さんのこと?」
「そう」
「あー、まぁ、あったといえば、あったかな」
永沢さんに恋愛相談みたいなことをされた、とは言えずにあいまいな答えになってしまう。
別に隠すことでもないんだろうが、他人のことをベラベラ喋ってしまうのもよくないと思う。まぁ、真琴はそういったことに興味ないから聞くだけ聞いて翌日には忘れてそうだけど。
ようやく部活の仲間としてのスタート地点に立てたような気がして胸の奥のほうがほんのりと熱を帯びていくのがわかる。それを自覚して頬も緩んでしまう。
「ずいぶんと嬉しそうだな」
「まぁ、ようやく話せたって感じだしね」
「…………惚れたの?」
「え!? 永沢さんに!?」
「名前は出してないだろ」
「え、あっ……」
興味なさそうな相槌が帰ってくるものとばかり思っていたからそんな反応をしてしまう。でも今のは話の流れ的にそういう意味で行ってるんだよな? そう思いながら真琴の顔を見るが真琴は眉一つ動かさず俺のことを見返してくる。
「何、まじなの」
「いやいやいや! 違うよ!」
なぜか必要以上に焦って声が大きくなってしまう。
そんな俺とは対照的に無表情で俺のことを見つめてくる真琴。
「じゃあどういうこと?」
「いやその、ちょっと会話ができて嬉しかったというか、話を聞いてくれるくらいには心を開いてくれたんだなーって」
「ソウ、ちょっといい話がある」
「んー? なによ」
川の近くで後輩二人がじゃれている様子を見ていたソウが真琴の呼びかけで俺たちの輪の中に入ってくる。
「なんか陽人に春が来たらしい」
「なんかダジャレみてぇだな。ってか春が来たって何? 彼女できたの?」
「いや違うって! だからさっきも言ったけど――」
「今新しく入ったあの子にアタックしてるんだと」
「おっ、マジで!?」
真琴が変な補足を入れたせいで話がややこしくなる。
「新しくって楓ちゃんのこと?」
ソウが真琴に尋ねるとこくんと頷く。頷いたはいいけどたぶん真琴は永沢さんの名前をちゃんと覚えてないぞ。自己紹介の時も興味なさげだったし、さっきも永沢さんの名前は一度も口にしていないし。ってそんなことはどうでも――よくないけどとりあえずおいておこう。
「いや、さっき神社でちょっと喋ったってだけでほんとにそういうのじゃないんだって」
「ついさっきもにやけてた」
「にやけてないって!!」
「……………………」
「ほんとだから! あれはちょっと嬉しかっただけで…………あっ、話せたのが嬉しかったってだけで、そういう意味じゃなくて!」
あまりに焦り過ぎたせいで弁解しようと口にした言葉が自分の首を絞めることに遅れて気付く。俺はフリーズ。真琴は表情一つ変えないがソウの表情が満足げな笑みへと変わっていく。
「ハルがそんなことにねぇ……。いいねぇ、青春だねぇ」
クククと笑いながらそんな風にソウが茶化すものだから焦りがだんだんと恥ずかしさへと変わっていく。今更だが、色恋沙汰を茶化されたりからかわれたりすると不思議と焦りや恥ずかしさがこみあげてくるものなのだろうか。事実でも何でもないはずなのに平然を装うことができなくなってしまう。
「先輩たち何の話してるんですか~?」
そんな状況の時に当の本人を含めた女の子二人が現れたら驚きで心臓が飛び上がってしまうのも必然で……っていうか相手の女の子の前でそんな話したら誤解されるとかじゃなく、せっかくさっき少し埋まったと思っていた溝が掘り起こされかねない!
「おっ、いいところに」
ソウの楽しそうな声とは裏腹に俺の胸中は危機を感じていた。
「なんか知らないけどハルと――」
「何でもないよ!! ただ後輩が増えてよかったなって! ねッ!!」
ソウが楽しそうにしゃべろうとするものだからそれを無理やりに遮ってソウと後輩二人との間に入る。
「それよりも花火やろうよッ」
まくし立てるように言って手に持った花火をみんなに見せる。花火をしにやってきたというのに俺と真琴はまだ一本も花火に火をつけていない。
「ま、それもそうだな」
フヒヒと笑っていたソウが先陣を切って花火を取りに行ってくれるので何とかこの話題から離れることができるかもしれない。そう思いながら俺もさっきソウに手渡された花火に火をつけるべくロウソクのほうへと歩いていく。
手に持った青い花火の先にロウソクの火をくっつけて火花が散るのを待つ。
先端のひだの部分がゆっくりと燃えていき、その炎が小さくなるとシューッという音とともに勢い良く火花が飛び出した。俺はロウソクを溶かしてしまわないようにロウソクから花火を逃がして、次に来る人の邪魔にならないように少し離れて花火を楽しむ。
勢いよく飛び出す青い炎。その内側から四方に飛び散る小さな黄色い光。立ち上る煙と火薬のにおい。遠くにはお祭りの喧騒と川の流れる音、なんとも日本の夏らしい。
「せーんぱい」
「なに? 立花さん」
急に後ろから話しかけられたが、声で立花さんだとわかり返事をしながら振り向く。それと同時に十数秒しか光をともしていない花火が終わってしまう。
「これ、いりますか?」
そう言って立花さんが差し出してきたのは花火の束だった。
「もらえるかな?」
質問に質問で返すと笑顔で「いいですよ」と言って花火を数本差しだしてきた。
俺はそれをありがたく受け取ると立花さんは踵を返してロウソクのほうへむかって小走りで去って行ってしまう。またソウのところにでも行くのだろうかと思っていると立花さんは自分の花火に火をつけるなり俺のほうへ走って戻ってきた。
「はい、先輩っ」
そう言って炎を上げる花火を俺の前に差し出してくる。ああ、そういうことか。
「ありがとう」
そう言いながら立花さんの差し出してくれた花火に自分の持っている花火をくっつけて火を分けてもらう。俺の花火にも炎が灯り火薬のにおいが広がる。
「いえいえ。ところで先輩、春が来たって本当ですか?」
「いやいや、来てないよ」
「えー、片思い的な奴ですか?」
「違う違う。してみたいとは思うけどね」
どうやら俺のところにやってきた理由はさっきの騒ぎのことを聞きたかったかららしい。
「じゃあなんなんですか? 教えてくださいよ、言いふらしたりしませんから」
そんな風に大きな瞳で俺のことを見つめてくる立花さん。ふいに見つめてくるものだから心臓がはねる。動揺を悟られないように視線を花火に落として、今火をともしている花火を火種にまた新しい花火に火をつける。
「ただ永沢さんと話してだけだよ。本当にそれだけ」
「どんな話ですか?」
「あーと、恋愛相談的な感じかな?」
自分で口にしてなんだが、あれは恋愛相談と言えるものなのだろうか。色恋沙汰とは少し雰囲気が違っていたが、ほかにうまく説明できる言葉が浮かばない。
「えっ! 楓好きな人いるんですか!?」
「そういう感じじゃないと思うよ。というか立花さん俺みたいな反応するね」
立花さんの反応が永沢さんと話をしていた時の俺とそっくりで思わず笑ってしまう。
「え? 先輩みたい、ですか?」
「うん。コイバナとかに過剰反応する感じが」
そう言いながらまた新しい花火に火をつける。立花さんも同じように花火に火をつけていく。
「そうですか? 私はともかく、先輩ってそういうタイプの人じゃないじゃないですか?」
「普段は外に出さないようにしてるからね」
「先輩も恋バナ好きなんですか?」
「かなりね。そういう小説とか漫画もよく読むし、恋愛が好きって感じかな」
「じゃあ恋バナしましょうよ!!」
「いいけど、俺恋バナなんてないよ?」
「今の話じゃなくてもいいですって!」
「いや、そういうことじゃなくてね……」
そう言いながら、少しばかり恥ずかしい自分の事情を口にする。
「俺、恋愛経験がなくてさ」
「えっ、本当ですか? 先輩もう高校生ですよね?」
「そんな風に言われるとは思わなかったよ」
ジト目で引き気味に言う立花さんに肩を落としながら言うと「冗談ですよ」と笑って返してくれる。
「でも、恋愛経験がないっていうのは付き合ったことがないってことですよね? 別に恋バナできないってことはないんじゃないですか? 片思いとか」
「いや、それもないんだよね。本当に、恋愛経験がないんだよ」
付き合ったことがないとかそういうとこではなく、単純に恋したことがない。そんな風に口にすると自分の学生生活がつまらないもののように思えてしまう。
決して今この状況がつまらないというわけではない。こうやってみんなでいるのは楽しいし、ソウや真琴と遊びに行ったりもする。人並程度の高校生らしい日々を過ごしてはいるのだ。ただ、俺には恋に対する強い憧れがある。そうした思いがある以上それを求めてしまうのは仕方のないことだ。
「じゃあ、次に好きになった人が初恋の人ってことですねッ」
苦笑いをする俺とは裏腹に、立花さんはキラキラと輝く目で俺ににじり寄ってきた。
「そういうことになるけど……立花さん近い近い!」
「あっ、すみません。えへへ」
そう言いながら離れてくれる立花さん。腕が振れそうなくらいに接近されて動揺する俺とは違って余裕そうだ。俺は普段女性と触れ合う機会なんかないから焦ってしまう自分がなんとも情けない。
「でも、初恋って良くないですか!? 甘く切ない初恋!!」
「それは大いにわかる!!」
立花さんが口にしたワードがあまりに俺好みで反射的に力強く肯定してしまう。いきなり反応が変わって引かれてしまうかと一瞬ヒヤリとするが立花さんはより一層表情を輝かせる。
「お互い好きって気持ちに自覚できなくで、でも惹かれあってみたいな!!」
「わかるよ! それで自分の気持ちに気付くと今度は素直になれなかったりとか!!」
「そうですよね!! 目が合ったりするとドキドキして!」
「手が触れると顔が赤くなったり!」
『恥ずかしくてお互いそっけなくしたり!!』
見事にハモる。俺たちは無言でうんうん頷いている。
何ということだ、こんな身近に同じ気持ちを分かち合える人がいるなんて。しかも反応やら思考回路やらがほぼ一致している、なんだこの運命的な出会いは!
恋愛感情は一切入る余地などないが、運命を感じていた。
「あっ先輩、理想の恋愛とかってありますか?」
「いろいろあるよ。今二人で騒いでたようなのも好きだし。……でも、一番はやっぱり一目惚れかな」
頭にいろいろなシチュエーションが浮かんだが、やっぱり俺は一目惚れというのに強いあこがれを持っている。
一目見ただけで惹かれてしまう。理屈も理性も無視して理由もなくただ目の前にいる人だけを求めてしまう。そんな恋がしてみたい!
「いいですよね!!!」
「わかってくれる!?」
「はい!!」
まさかこんなに力強く同意してもらえるとは思わなかった。そんなの幻想だとか言われないか内心びくびくしていたのだが、杞憂だったようだ。
一人のボルテージが相乗効果でどんどん上がっていくのがわかる。
いつの間にか二人とも持っていた花火に火をつけることも忘れて理想の恋愛について語っていた。
「やっぱり一目惚れって運命だと思うんだよ!」
「運命の赤い糸ですね!?」
「そうです!! 運命の相手ってすごいいい響きだよね! そういう恋愛がしてみたくて仕方ないんだよ!!」
「わかりますよ!! そういうの憧れますよね! 私もそう言うの大好きです!」
「同志よ!」
そして俺と立花さんはそうすることが自然なことのように固い握手を交わした。
立花さんが入部してからというもの、常にソウと一緒にいようとする彼女とソウの甘ったるい空間にいるのが耐えられなくて今日まで逃げていたことに後悔の念を覚えてしまう。もっと早く立花さんとこういう話したかった。
「……お前ら、何してんの」
そんな興奮する俺たち二人のもとに今にもため息を吐きそうな真琴がやってきた。
「あ、真琴。いやねいい相方を見つけたよ!」
俺がそう言うと俺と握手を交わしている立花さんへと視線を向ける。立花さんはどや顔でフン、と息を吐いた。
「……とりあえず花火の残り少ないから戻ってこい」
「あ、はい」
真琴の冷たい一言に少し冷静さを取り戻して真琴についていくと、ソウがひときわ細い花火を手にしながら手招きしていた。