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Primula  作者: 澄葉 照安登
第一章 二人目の新入部員
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二人目の新入部員 9

 がやがやと騒がしい人の波から離れて一人でスマホをいじる。

 先ほどスマホにメッセージ二件届いてきた。

一件は真琴からの『今どこにいる』というメッセージ。

 もう一件はソウから『もうちょいしたら向かう』という連絡だった。

俺はそれぞれに集合場所と了解したというメッセージを送ってホーム画面に戻る。

時間は六時四十分過ぎ。この神社に来てからまだ一時間と経っていなかった。

「…………遅いな」

 しかし、永沢さんがわたあめを買いに行ってから数分の時間が経過していた。

 よほど混んでいたのだろうか。もしそうならば何の心配もいらないが、もし、もしも俺と一緒にいるのが嫌で先に神社の入り口に行ってしまっていたのだとしたら……。

 考えただけで胸が苦しくなる。

 そんなことはないと思いたいが、あいにく俺は永沢さんの連絡先を知らない。永沢さんが入部したあの日、連絡先を交換するタイミングを逃してしまったせいで俺は彼女と連絡を取ることができないのだ。仮にできたとしても、今の彼女が返事を返してくれるとは限らないのだが。

「…………見に行くかな」

 永沢さんが向かったわたあめの屋台は少し先に見えている。どちらにせよ自分の目で確認しに行ってしまうのが一番早いだろう。そう思った俺は十数メートル先のわたあめの屋台に向かったのだが――。

「今一人なら俺たちと一緒に回ろうよ」

「一人でいるより誰かといたほうが楽しいでしょ」

 ……わたあめの屋台のすぐ横でナンパを繰り広げている二人組の男が視界に入ってきた。不自然なくらい明るい金髪の二人組は俺と年も変わらないような連中だ。

 こんな神社のお祭りでナンパする奴なんて初めて見た。もっと大きな、それこそ花火大会なんかで一人の女性に話しかけたほうがまだ望みがあるだろうに。

「いや、です!」

 そしてそんな二人組にナンパされているのは胸に水色のわたあめの袋を抱えた俺の後輩だった。

 その光景を見てつい先日も同じように多対一で言い寄られていたことを思い出す。まああの時は相手側にも女子がいたしナンパという雰囲気ではなかったが、どちらにせよ新しく入ってきた後輩はそういったも揉め事なんかに巻きもまれやすい体質なのだろう。

 もう一度俺は永沢さんと対峙している金髪の高校生に目を向ける。

 ――。

なんでこんなことに、と思いながらもため息は吐かずにその一団のもとへと歩みを進める。

 俺が歩いていくとすぐにその気配に気付いた永沢さんが俺のほうを見る。

「こんなところで何やってんの」

 苦笑い交じりの茶化すような口調で俺は話しかけた。

 俺の声に目の前の同年代の男二人組がそろって振り向く。しっかりと目が合ったので俺はもう一言その二人に言葉を投げかける。

「二人とも久しぶり」

「あれ、松島。久しぶりじゃん」

「お前も来てたのか」

 俺があいさつをすると金髪の同級生はようやく俺だと気づいてくれたようで彼らなりの挨拶を返してくれる。

 目の前にいる二人は、俺の中学生の時の同級生だった。

 中学の時とは見てくれが多少変わってしまっていたが、大きな変化は髪の毛を染めていることくらいだったのですぐに気付くことができた

「……松嶋は一人なのか?」

「いや、後輩と一緒なんだ」

 そう言って俺はわたあめの袋を抱きかかえている後輩のほうへ視線を向ける。

 俺の視線につられるように二人の視線も永沢さんのほうへと向かう。一気に三人から見つめられてしまったせいか永沢さんが後ずさりしてしまう。

「あ、松嶋の連れだったのか。悪い」

「いや、こっちこそ悪い」

 別にこちら側に何の非もないはずなのだが俺は話の流れに何となく合わせて謝る。

「いやいや。かわいい彼女ができてて羨ましいよ」

 そう言いながら数年前まで同級生だった二人は踵を返す。

「じゃあまた。そのうち同窓会でもやるだろうからその時にでもいろいろ話そうぜ」

「ああ、またそのうち」

 もう同窓会なんて言葉が出るようになってしまったのかと思いながらもそれは口に出さずにひらひらと手を振って別れの挨拶をする。二人の知り合いの姿が人ごみに紛れて見えなくなるまで控えめに手を振り続けた。

「……あーと、永沢さん? 大丈夫?」

 わたあめの袋を抱きかかえながら呆気にとられたような表情をしている永沢さんに振り向く。

「…………永沢さん」

「あっ、す、すみません。……なんですか?」

「いや、大丈夫かと思って……」

 目の前の少女はわたあめの袋をぎゅっと抱きかかえてくびれを作ってしまっている。

 そんな風にしているのを見てしまうとそんな質問をするまでもないなと思ってしまう。

「ごめんね、一人にしちゃって」

「いえ、私が一人で買いに来ただけですから」

 確かにその通りなのだが、永沢さんに嫌な思いをさせてしまった罪悪感からどうしても謝りたくなってしまう。

「とりあえず、移動しようか……?」

「あ、はい」

 そう答えた彼女はとてとてと俺のところまでやってきて俺のすぐ後ろを陣取る。

 俺は肩越しにその姿を確認してから神社の入り口に向かって歩き始める。

 もう空はすっかり暗くなって、神社のちょうちんの淡い光が夏祭りの風景を映し出す。ちょうちんのオレンジ色の光が俺たち二人の影を揺らす。

 すぐ近くに永沢さんがいる。物理的な距離が近くなって心の距離まで近づくことができたのではないかと錯覚してしまいそうになる。

 だから、つい十分ほど前の気まずさなど忘れて永沢さんに話しかけることができてしまった。

「ごめんね、俺の友達が変なことして。……あ、触られたりしなかった?」

「大丈夫、です」

「そっか。ならよかった」

 ほっと安堵の息を漏らす。

 永沢さんに被害がなかったことはもちろんだが、あの二人も俺の知っているころの二人から大きく変わってしまったわけではなさそうで安心した。

「……あの、先輩」

 普段より少し大きな声で永沢さんが俺のことを呼ぶ。

 俺は返事をする代わりに歩いたまま首だけ永沢さんに振り返る。

「あの人たちと、仲いいんですか……?」

 そう言った永沢さんの歩調が少し落ちる。そのせいで俺と永沢さんの距離が開いてしまう。

 あの人たち。永沢さんが言っているのはさっきの二人組のことだろう。

「まぁ、それなりにかな。高校に入ってからは会ってないけどね」

「……そう、ですか」

 永沢さんは俯いてしまって表情はうかがえない。しかしどこか残念なようなニュアンスが声色に含まれていた気がする。

「あの二人は、悪い奴じゃないよ? たぶん浮かれてただけだと思うから、許してあげてくれないかな?」

「…………」

 そうお願いしてみるも永沢さんからの反応はない。

 無言の肯定、というわけではないのだろう。きっと考えているのだ。何を考えているかまではわからないが、何かを考えていることは読み取れる。

「先輩」

 大きな声ではないけれど、はっきりと聞こえる声で俺のことを呼ぶ。

 俺は肩越しに振り向いて永沢さんと目が合う。その瞳は先ほどまでの警戒や恐怖といったものがだいぶ薄れていて、代わりに何かを求めるような、期待のまなざしが込められていた。

「先輩も、ああいうのやったことありますか……?」

「ああいうのって、ナンパみたいなこと?」

「はい」

「いやいや、できないって。俺って女の子とうまくしゃべれないから」

 俺は即答した。はははと苦笑いしながら自分のコミュニケーション能力の低さを口にする。別に隠せることでもない。今現在進行形で心臓が早鐘を打っているし、少し前には何を話していいのかすらわからないような状態だったんだ。もしかしたら永沢さんにも俺が焦っているのが気付かれているかもしれない。

「えっと、ソウはそうやっていろんな人と仲良くするのが得意だけど、俺はそうでもないから」

 ソウのようにいろんな人とすぐに仲良くなれるような性格であれば今こうして永沢さんとのぎこちない距離感もなかっただろう。

男ならまだしも、女の子と話すのは耐性がない。

「…………」

「…………」

 今もこんな風に、うまく会話を繋げることができずに沈黙を作ってしまう。

 俺はちらりと後にいる永沢さんを見る。少し俯き気味に、何かを考えている。

 今は無理に話しかけようとしないほうがいいかもしれない。今話しかけても結局会話は続かないだろう。いや、いつも会話を続けることができているわけでは決してないんだけれども。

 少し進むと神社の入り口が見えてくる。しかしあたりには知っている顔は見当たらない。

 まだ皆来ていないとは思わなかった。いろいろとトラブルのようなものに遭遇してしまって時間がかかってしまったと思っていたのだが、あたりを見る限り俺と永沢さんが一番乗りだ。

「……先輩、もう一つ聞いていいですか……?」

「ん? なに?」

 神社の入り口付近では邪魔になってしまうので少し離れたところで立ち止まって永沢さんの言葉に耳を傾ける。

「先輩は、好きな人にどうやってアピールしますか?」

「もしかして永沢さん好きな人いるの!?」

 俺が声を上げると永沢さんがびくっと体をこわばらせてしまう。俺の悪い癖が出てしまった。

「ご、ごめん。驚かせちゃったね」

 苦笑いしながら深呼吸。落ち着け、ここで妄想垂れ流しにしたらドン引きされるぞ。いやそれ以前に今怖がらせてしまった気がする。

「えっと、好きな人にアピールする方法か……」

 小さく呟きながら永沢さんの質問に答えるべく俺は思考を巡らす。

 あいにくと自分に恋愛経験がないので俺がはたから見てきた恋愛を参考にするしかない。しかし、俺の周りで恋愛沙汰なんてなかなか起きたことがない。あげるとするなら今のソウと立花さんくらいだ。なのでなんとなくその二人の普段の様子を思い浮かべながら口を開く。

「……えーと、積極的に話しかけたりとかかな。そうすれば少なくとも仲良くはなれると思うし……。あとは……あんまり浮かばないかな……。ごめんねアドバイスとかできそうもないや」

 はははと頭の後ろを掻く。

 少なからず俺に気を許してこんな話をしてくれたのだろうが、いかんせん力になれそうもない。これだとまた会話が終わって気まずくなってしまう、そう思ったのだが。

「いえ、アドバイスとかじゃなくて……。先輩なら、どうしますか?」

「え? 俺?」

 それが目を見開いて尋ねると永沢さんは小声で「はい」とつぶやいた。

 俺ならどうするかとは、俺が好きな人にどうアピールするかということなのだろうか。

 なんとなく空を見上げながら自分ならどうするかと考えてみる。しかしどうするかどころか自分に好きな人ができるということすらうまく想像できない。

何せ俺は初恋だってしたこともない恋愛初心者どころか恋愛の土俵にすらあがれないような男だ。普段から自分の周りで起きる色恋沙汰や、街中で見かけるカップルを凝視して勝手に一人で満足できてしまうような男に自分ならどうかと言われても何か浮かぶはずもない。

「…………」

 しかし、永沢さんの問いに答えてあげたい。でも、明確な回答は出せない。

 せっかく永沢さんから話を振ってくれたんだ。ならこれを機に少しでも仲良く――少なくともにらまれたり避けられたりしない程度の関係になりたい。

 そう思ったところでいい言葉が浮かんでくるわけでもない。結局いくら考えても何も浮かばず。俺は何も浮かばないと、そのままのことを伝えることしかできないと気づく。

 しかしただ「わからない」と答えてしまうのも不愛想だろうと思い、自分が言いたいことを伝えるために言葉を探しながら声に出す。

「……えっと、実は俺人を好きになったことがないんだよね。だから、自分ならどうするかっていうのはちょっとわからないんだ」

 ソウや真琴といった友情としての好きという気持ちはわかる。でも、恋愛としての好きという気持ちはいまいちピンとこない。

 きっと、自分のことを誤魔化して言葉を紡いだところで意味はないのだろうと思う。

 だからあまり他人に知られたくないような自分の恥ずべき習性も冗談交じりにここで話してしまおう。少しくらい引かれたってかまわない。

きっと永沢さんは嘘が嫌いだと思ったから。駅で合流してから永沢さんの態度が厳しくなった理由を俺なりに考えてみると嘘を吐かれることが嫌い、という結論に至った。

もちろん彼女に直接確認したわけではないし、各省があるわけでもない。でも――。

嘘が嫌いな彼女には取り繕った言葉よりも、何も飾らない自分らしい言葉で話したほうがいいはずだと思った。

「誰かを好きにはなりたいんだけど、どうにもそれができなくてさ。ちゃんと恋愛してる人が羨ましいんだよね。関係ない話してごめんね。……えっと、だから俺だったらどうするかっていうのは…………」

 あまり長く語り過ぎても、彼女が求めている答えを口にしなくては何も伝わらない。だから俺はそこでいったん区切って、一度息を吸い込んでから――。

「好きな人ができてからじゃないと、どうするかはわからないかな」

 自分の身に起こったことがないことはうまく想像できないからと、そんな答えを口にした。

 一目惚れ、運命の相手。そんなものに憧れているだけだから自分に置き換えてうまく想像することができない。ソウならこうするかもしれない、真琴ならああするかもしれない。そんな風に想像することはできても、自分に置き換えることだけはできなかった。

今の自分がどう行動するかはわからない。それはきっと、いつか本気で好きになれる相手が現れたときに答えがわかることなのだろう。

ソウと立花さんのように積極的にアピールすることができるか。

さっきの二人のように強引なアプローチをするか。

それとも自分からは動くことができず、ただ待っていることしかできないか。

 それは、その時にならないとわからない。

「……そう、ですか」

「うん、ごめんねなんか。こんな答えで」

「いえ、ありがとうございます」

 そう言って小さくお辞儀をして抱えていたわたあめの袋を開ける永沢さん。おそらく俺の口にした答えは永沢さんの求めていたものとは違ったのだろう。しかし永沢さんは満足したようでわたあめをちぎって食べ始めた。

 また会話が途切れてしまった。けれど不思議と気まずいとは感じない。

 ようやく永沢さんとそれなりにちゃんとした会話をすることができたから満足できたのだろか。先ほどのまでのように鋭い視線でにらまれなくなったから安心したのだろうか。

 安堵と喜びとほんの少しの不安が入り混じってなんとも表現しがたいが、悪い気持ちではない。

 そのまま、俺と永沢さんは会話をすることもなく、しばらくやってきた仲間たちと神社を後にしたのだった。


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