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目は口ほどに物を言う  作者: m.gru
開いた口が塞がらない
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4

 その日の夜、いつもと変わらず両親は仕事で冷蔵庫に入っていた夕食を電子レンジで温めてご飯を食べるのだけど夕食の時も延々と喋り続けるクチラと一緒に夕食を食べた。口だけなのにご飯を食べたがるクチラに夕食を分けつつ食事を終えてお風呂に入って、自分とクチラの歯を磨く。掌にある口の歯を磨くなんて不思議な感覚だ。

 そして寝る時になっても喋り続けるクチラに少し強引に「おやすみ!」と言い放てばクチラは口を尖らせてから「おやすみ」と返事を返してくれた。


 ――なんか良いな、話し相手が居るって……。


 次の日になってもクチラは居てくれるかな。目が覚めてクチラが居なくなっていたら寂しいな、と思いつつ俺は眠りについた……。

 その考えは杞憂だったと次の日の朝に思うことになるとは思わなかったが……。

 ――次の日の朝は目覚まし時計の音よりも先にクチラの声で目が覚めた。


『愁也! 愁也! おはよう愁也!』

「……ぉはよう、」

『お前が寝てたら真っ暗で退屈なんだよ! 早く起きて! 朝ご飯食べよう! あと、歯磨きして歯磨き!』


 歯磨きがお気に入りになったらしいクチラの声に急かされて洗面所へと向かう。身支度をすませてキッチンへと行けばコンビニの袋がテーブルに乗っていた。どうやら昨日は母の帰りが朝方近くだったのかもしれない。

 コンビニの袋からパンを取り出してクチラに食べさせる。そして、俺もクチラと一緒にパンを頬張った。


『母ちゃん、忙しいのか?』

「ん? うん、○○会社の女社長なんだ」

『カッケーなぁ! 父ちゃんは?』

「お父さんは××会社の社長。でもあんまり帰って来ないよ、海外に出張とかも多いらしいってお母さんが言ってた」

『そうかぁ、二人とも普段はほとんど居ねぇのかぁ……。寂しいなぁ……』

「……そう?」

『そういうもんじゃねぇの?』

「小さい時からそうだから、あんまり気にしたことなかった」

『へえー』


 パンを食べながら寂しいものなのかと考えてみるがやっぱりイマイチよく分からない。

 テレビとかで見る家族団欒っていうのが羨ましくないわけじゃないけど、ああいう風に家族揃ってご飯を食べても俺は上手く会話が出来ないだろうし……。

 一緒に居る時は居る時でいつも肩身が狭いんだ。両親はとても尊敬出来る凄い人だけど、俺はそれに見合った子供じゃないから申し訳ない。お父さんもお母さんも何も言わないけれど……。

 ――俺がクチラみたいだったらなぁ。

 ちょっとお喋り過ぎる気もするけど、ハキハキと喋れるクチラが羨ましい。クチラはきっとどんな人とでも気兼ねなくお喋り出来たりするんだろう。

 そうだ、俺がクチラみたいだったら吉田さんにだって普通に接する事が出来たかもしれない。今日こそ、一昨日の分と昨日のクリームパンのお礼を…!!


『愁也、牛乳くれよー』

「あ、うん」

『お前も牛乳いっぱい飲め! 飲んで背伸ばせ! チビなんだから!』

「…う、うん、ごめん」

『あと、牛乳は噛みながら飲むと良いらしいぜ』

「そうなの? なんで?」

『なんかなー、口の中で常温に戻してから飲むと腹を壊し難いとか、まあ一気にガブガブ飲むと腹壊すから噛みながらゆっくり飲めってことだってさー』

「そうなんだ。今度から噛んで飲むよ」

『おう』

「でも、それって何処で知ったの?」

『……、あれ? だよな、なんでこんな雑学知ってんだろ……。なーんか聞いた気がすんだけどなー。覚えてねぇや』

「今は忘れちゃってるけどクチラのお母さんが教えてくれたとか?」

『かもなー』


 学校へと向かう途中、吉田さんの後ろ姿を見つけてしまった。

 思わず「あ」と声を漏らせば周りには聞こえなかったみたいだが掌に居るクチラにはしっかりと聞こえていたらしい。というか、口と臓器以外を共有しているようなものなので必然的に俺の耳が捉える音はクチラにも聞こえているみたいだ……。


『どうしたぁ? 前方に見える派手めな女子になんかあんのか? ん?』


 ボソボソと小声で声を掛けて来るクチラにどう言葉を返せば良いのか口籠る。何かあるのかと言われるとそりゃ色々ある。怖い、でもお礼を言わなければ、でも……周りに沢山の人の目があるし……。


「なんて声を掛ければ良いのか分からない……」


ポツリと零した俺の言葉にクチラが訳が分からないというように「はあ?」と声を漏らした。


『朝一番に言うことなんて決まってんだろ、おはようって声掛けろよ!』

「そこまで仲良くないんだよ」

『挨拶するのに仲良し度なんて要るの?』

「……」


 い、言われてみると確かに……。挨拶をするのは仲が良くないと駄目なんて決まりはない。むしろ親しくなるきっかけにこそ挨拶は重要な気がする。何事も挨拶は肝心だもんな……。

 チラリとクチラへと視線を落としてから俺は吉田さんの背に近付く為、早足で吉田さんの傍へと向かった。「吉田さん」と声を掛けようとした時に吉田さんが「チッ」と舌打ちをして咄嗟に言葉が引っ込んだ。

 ――な、なんで……っ!?


『おはよー』

「!?」


 俺の代わりにクチラが声を掛けてしまった!!

 後ろからの声に吉田さんが振り返ったのでバッチリと目が合う。


「安藤くん!? な、なんで後ろに?」

「ぇと、すみません。声を掛けようと思って……」

「そ、そっか……。おはよ」

「お、おはよう!!」


 挨拶が出来たのは嬉しい! でも、吉田さんの表情がぎこちないのは何故? というか、視線も泳いでいるような……。


「……」

「……」


 お互いに無言。

 ここからなんて話を広げれば良いんだろう……。クチラ助けて! と言ってみたところでクチラにこのタイミングで喋られても誤魔化しがきかないし……。


「ぁの、」

「うるさい!」

「すっ、すみませんっ!!」

「え!? いやいや、安藤くんに言ってないよ! 今凄い耳鳴りがね!」

「あ、そうなんですか……」

「そう! 耳鳴りがうるさくてうるさくて! もう朝から大変!」


 アハハ、と吉田さんが困ったように笑った。もしかすると耳鳴りが酷くて気分が悪いのかな……。さっきの舌打ちも耳鳴りが酷くて、とか?


「私、先行くね。それじゃ」

「あ……」


 周りをチラリと見てから吉田さんが俺に背を向けて歩きだした。

 どうしよう、ここで教室まで一緒に行きませんか。とか言ったら迷惑だよな……。まだ話もしたいっていうか、お礼をまだ言えてないし……。


『先に行かなくても途中まで一緒に行きましょうよ』

「へ?」

「!?」


 吉田さんが訝しげな表情でこちらを振り返った。俺はもう慌てるしかない!

 ――クチラの馬鹿!


「えっと、今の安藤くん……だよね?」

「ぅ、あの、えっと……」

「私と一緒に行くとあれだよ、悪目立ちするからね」

「だ、大丈夫です!」

「……そ、そう?」


 吉田さんの言葉に俺はコクコクと頷いた。吉田さんはちょっと困った様な表情をしたけど「じゃあ行こっか」と俺を見て言ってくれた。

 ――クチラ! やっぱりありがとう!

 周りの目はそりゃ気にならないって言ったら嘘になるけど、嬉しい!

 吉田さんの隣を歩きながらドキドキしていると耳元辺りでボソリと声が聞こえた。


『なんか喋れよーぅ……』


 多分、俺の首辺りに居るんだろう。やたら近い声にびっくりしながらも吉田さんの方へと視線をやる。


「吉田さん」

「え? 何?」

「一昨日と昨日はありがとうございましたっ」

「一昨日は分かるけど、昨日なんかしたっけ?」

「クリームパンを頂いたので……」

「ああ、……安藤くんって律儀だね」


 気にしなくて良いのに、と言いながら前を見据えて歩く吉田さんの横顔を盗み見る。その表情はどうにも変化が見えなくて分かり難いけど返事を返してくれることが嬉しくて思わず口元が緩む。


「……ん?」

「え? どうかした?」

「いえ、大丈夫です。なんか凄い視線を感じた気がして……」


 周りを見てみるが他の生徒たちはもうさっさと学校へと行ってしまったのか人はほとんど居ない。多分、気のせいだ。


「視線、ね……」

「吉田さん?」

「いやいや、なんでもない……」

「……」


 眉間に皺を寄せた吉田さん。なんて声を掛ければ良いのか分からなくて俺は吉田さんから視線を外し前を向いた。


『吉田さん、今日の放課後は暇ですか?』

「え、まあ暇だけど……」

「!?」


 クチラの言葉に俺は慌てて吉田さんへと視線をやる。でも吉田さんは特に気にした様子もなく前を向いたままクチラに返事を返していた。


『暇ならお茶とかしません? 俺、吉田さんのこともっと知りたいし』

「はい!?」


 驚いた表情の吉田さんがこちらを振り返った。その驚きように俺は思わず「すみません!」と謝罪の言葉を返す。


「今の安藤くん? なんか声が違った様な気がしたんだけど…」

「『気のせいですよ!』」


 俺の言葉に上手く合わせたクチラの声。

 吉田さんは「んん?」と更に驚いたように俺を見つめた。


「今、声が二重に…」

「俺……あの変声期なんです! たまに声が低くなっちゃいまして!」

「そっかそっか、男子は声変わりがあるのか。なるほどね」


 嘘を吐いてしまうのは申し訳ないけど他に誤魔化しようがない。


『それで、放課後のお時間頂けるんですか?』

「え? うーん……」

「……ッ」


 俺の誤魔化しで声の変化にあまり気にしなくなった吉田さん。でも、クチラ! 勝手に話を進めないで!


「え!?」

「ど、どうしたんですか?」

「いやいや、なんでもない! 放課後ね、放課後はちょっと……」


 やっぱり駄目だよな。と納得しかけた時に吉田さんの眉間にぐっと皺が寄る。



「ちょっと……だけなら、良いよ」


「!?」


 うん、と小さく頷いて吉田さんが俯いた。


『嬉しいです、それじゃ放課後に』

「うん、分かった」


 じゃあね、と言って吉田さんが先に校門をくぐった。俺はその場に立ち止まって呆然とその吉田さんの背を見送る。


『デートの約束しちゃったよ!』

「クチラの馬鹿!」

『なんだよ、仲良くなりたいんだろー?』

「……、ありがとう」

『良いってことよ!』


 ああ、でも、どうしよう。

 放課後はどうすれば良いんだ。クチラが勝手に約束しちゃったし、あ、でもここで何か欲しい物とか聞けたらお礼が出来る……。

 これはチャンスだ! クチラが俺にチャンスをくれたんだ! 頑張って吉田さんと話をしよう! それにいざとなればクチラに助けてもらおう……。情けないけど……。


「なんか胃が痛い……」

『初デートだなぁ!』


 ――デートじゃないし……。

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