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目は口ほどに物を言う  作者: m.gru
開いた口が塞がらない
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 高校生になった俺、安藤愁也あんどうしゅうやは自他共に認める情けない男だ。

 母の強い要望で有名な名高い高校に入学する予定だったが試験勉強での疲労と緊張のあまり高熱を出し受験を受けることが出来ず、すべり止めとして受験したはずの高校では解答欄のずれがあったらしくまさかの不合格。

 結局、家から近い偏差値が低めの高校に入学することになった。俺に期待してくれていた母の心情は計り知れない、責めたりしてこない母に謝罪の言葉を返すことも出来ず。肩を落として生活する日々だ。

 ――心身共に強い男になりたい。

 そんな風に思う俺には密かに憧れる人が居た、吉田夏帆子という同い年の女の子。その子は所謂ギャル系の女の子で入学式に教師に暴言を吐いて同級生になる周りの生徒に一気に恐れられた子だ。俺もその時はなんて恐ろしい子だろう、関わらない方が身の為だと本気で思っていた。

 入学式から日が経つほど、吉田夏帆子の噂は広まっていた。なんでも喧嘩をすると凄く強いとか身震いするほどの恐ろしいことを平然とやってのけるそうだ。凄く強い女の子、恐ろしいけれど少し羨ましかった。

 俺はあまり人と接するのが得意ではない。得意ではないうえにこの高校には口に出しては言えないが頭の悪い連中が多く居た。気の弱い俺はそういう連中からすればなんとも都合の良い存在だったらしい。数人に囲まれて金を寄越せと脅される。俺が強ければガツンと言って相手を追い返してやれたのだけど俺にはそんな度胸も力も無かった。

 同じクラスに友人が居ないわけではないと思っていたが、その友人たちはいざとなると自分たちだけで逃げてしまって俺がガラの悪い連中に囲まれるのを見ると関わりのないフリをする。でも、俺が友人たちの立場なら同じことをしていただろう。それが本当に友と呼べる存在なのか俺には分からない……。

 俺が吉田夏帆子に密かに憧れを抱いていたのは入学式の時からかもしれなかったが、ハッキリと憧れを抱いたのはいつもと変わらない昼休みのことだった。

 昼休み、食堂に購買と人が溢れ返る場所に入って行くことが出来ない俺はいつも校外に出て昼食を買う。その日は学校付近にある小さなパン屋に行く途中だった、パン屋に行こうと公園を通るのだがそこで運悪くガラの悪い三人組に遭遇した。同じクラスではないのだけれど、三人組は俺の名前を知っていてとても親しげに話しかけて来る。以前にも財布を忘れたからと言われ強引にお金を持っていかれてしまった。


「安藤くんじゃーん、ナイスタイミング!」


 強引に肩に腕を回してきた男の体重が体全体にかかる。


「昼飯買いに行くからお金貸してくれよー」


 ここでまたお金を渡してしまったら俺は高校生活をずっとこの連中にお金を渡し続けなければいけなくなる。ガツンと言ってやれ! と思ったところで口からそんな強気な言葉は出て来ない。


「嫌だ……!」


 自分の口から出て来たのは震えた情けない声だった。


「一言もさぁー……くれって言ってないじゃん、貸してって言ってるだけだよオレたち」

「で、でも……、前も貸したよ……」

「今日も貸してよ」


 貸すって言うのは返って来ることが前提で成り立つんだ。一生返って来ないのならそれはもう貸し借りではない。思っていても口から言葉は出て来ない。


「昼飯買えねぇんだって」

「オレたち友達だろ、安藤?」

「……でも、」

「今日もお金持ってんでしょ? 貸してよ安藤くん!」


 名前も知らない相手を友達だなんて言わない。言い返してやれば良い、思ったことを口に出せば良いんだと相手の顔を見れば言葉よりも涙が出そうになった。

 ――こわい……!!

 駄目だ、やっぱり駄目だ、俺にはそんな度胸は無い。もうお金を渡してこの場から逃げてしまおう……。

 カバンから財布を掴めばその手は震えている。恐怖と自分の情けなさに嗚咽が漏れそうだった。財布からお札を取り出そうとした時にスコーン! と聞き慣れない音が聞こえて思わず手が止まる。


「痛っ!」

「誰だ!」


 一人が頭を押さえた、三人組の背後に誰か立っているらしい。背の低い俺には確認出来なかったけれど一人が「吉田夏帆子だ……」と呟いたのでそれが誰か分かった。



「安藤くーん、私以外に何勝手にカモになっちゃってんの? っていうか、何アンタたち?私のカモに手ェ出そうっての?」


 吉田夏帆子の声、自分の名前を呼ばれた事に驚いて心臓が飛び跳ねた気がした。

 カモ? でも、俺は吉田夏帆子と会話をしたこともなければその姿を面と向かって見たこともない。疑問だらけの状況で俺に背を向けて立つ三人組が焦っているのが分かった。こんな強面の男子三人相手に立ち向かうなんてやっぱり強さに凄く自信があるんだろう……。


「あ、じゃあ、安藤くんを賭けて私と勝負する?」

「そ、それはちょっと……!」

「吉田さんが安藤に目を付けてたなんて知らなくて! マジすんません!」

「失礼しましたァ!」


 吉田夏帆子の言葉に一人が首を大きく横に振る。そしてそのまま三人組は吉田夏帆子を前にドタバタと走って行ってしまった。その走る姿が変、というより股間を押さえて走って行った気がする……。あの噂って本当なのだろうか……。

 自分の体から血の気が引く。三人組が退いたことによって俺の目の前に吉田夏帆子が立っているのだ、それも黙ったまま俺を観察するように見ている。

 吉田夏帆子は派手な髪の色に化粧とやっぱり俺からすると関わることがないであろう人間だ、噂がどこまで本当なのか俺には分からないけれど恐ろしいことに変わりはない。

 ごくり、と唾を飲み込んでから言葉を発した。喉はとっくにカラカラだ。


「ぁ、あの……」

「ああ、うん、別に何にもしないよ」


 俺が声をかければ吉田夏帆子は変わらぬ表情のまま適当といった感じで俺に返事を返した。その返事はこの状況で俺を安心させてくれる言葉で胸を撫で下ろす。


「助けて、くれたんですか……?」

「カモにしても良いけど?」

「え!?」

「冗談」


 安心したところで突き落とされたかと思った……。

 バクバクと大きな音を立てる心臓を押さえる様にカバンを抱きかかえる。吉田夏帆子は地面に落ちていた紙パックを拾い上げてそのまま俺に背を向けて歩きだしベンチに座った。

 スコーン、っていう音は紙パックだったのかも。今考えるとそれくらいの軽い反響した音だった……。もう一度、ごくりと唾を飲み込んだ。とっくに唾なんて渇いてしまっているけれどベンチに座った吉田夏帆子を確認してから近くまで早足で駆け寄る。理由は分からないけど助けてもらったのは事実、ちゃんとお礼を言わないと……!


「あ、あの」

「……」


 近付いて声を掛ければ吉田夏帆子は無言で俺の方に視線をやった。その読み取れない表情に言葉が喉の奥に引っ掛かったけれど、勢いよく息と一緒に言葉を吐き出した。


「ありがとうございました……っ」

「……どぉいたしまして」


 深く頭を下げればどうでもよさげな声で返事が返って来る。

 どういう風に受け取れば良いんだろう、もっとちゃんとお礼をするべきなんだけど、この反応はさっさと何処かに行けっていう意味も含まれてる気がする……。

 少しその場で待ってみたけれど吉田夏帆子からそれ以上の反応は無い。チラリと吉田夏帆子に視線をやれば気だるげな目が俺を見ていた。いつまで居るんだコイツ、みたいなことを思ってるのかも……! そう思うとそれ以外には思えなくて慌てて頭を下げた。失礼します! という言葉はカラカラの喉からは出て来てくれなかったがそれどこじゃない俺は公園の外へと走った。


 

肩で息をしながらパン屋へと駆け込んだ。

 店番をしていたアルバイトのお姉さんが「やあ」と挨拶をしながら少し可笑しそうに笑みを零した。店に駆け込んできた俺の姿が滑稽だったのだろう。


「必死になって走って来るのが見えてたよ」

「すみません……」


 謝ることはないぞ少年、とお姉さんが笑う。ハキハキとしたお姉さんは俺が店に来る度に話しかけてくれる良い人だ。

 その話の内容は面白い話だったり愚痴だったりと突拍子もないことが多いがお喋りが好きな人なんだという印象が強い。俺もこれぐらい話し上手なら良かったんだけど……。

 

「クロワッサンが出来たてだぞー、外はサクサクで中はふわっふわ!」

「あ、じゃあ…それを頂きます」

「いつもありがとねー」


 お姉さんが袋に入れてくれたクロワッサンは確かに出来たてで触ればまだ熱いくらいだった。これは確かに外はサクサクで中はふわふわなのが見ても予想出来る。

 パンを受け取って財布をカバンに戻せばお姉さんが「そういえば」と言葉を発した。


「なんで走って来たの? まだ時間大丈夫でしょ?」

「えっと……、ちょっと、ありまして……」

「何がちょっとあったんだい?」

「……」


 なんて言えば良いんだろう。

 どう説明すれば良いのか……、不良に絡まれているところを不良の女子生徒に助けられてお礼を言ったものの怖くて走って逃げて来た……? なんだその状況、考えれば考えるほど意味が分からない。


「お姉さんに言ってみな!」

「あの、なんていうか……、ちょっと怖い連中に絡まれて……」

「ほうほう」

「それで、凄く怖い女の子に助けてもらって……」

「……んー?」

「お礼を言ったんですけど、やっぱり怖くて走って逃げたんです……」


 やっぱり言葉に出してみても変な説明だ。むしろ言葉に出して説明するっていうのが苦手な俺には説明し難い状況を言葉にするのは更に難しい。

 明日までに起きた状況を文章として書いて提出しろ、って言われた方がよっぽど楽だ。


「ちょっと怖い連中に絡まれてるところを凄く怖い女の子に助けてもらった? その女の子はなんなの? ゴリラみたいな? 凄く巨大でゴリラみたいな女の子なの?」

「え!? いや、細身で外見は派手な感じの女の子、です……」

「あ、チョーマジうざいんですけどーとか言っちゃう系のギャル!!」


 なるほど、と勝手に納得したお姉さん。

 お姉さんの中では凄く怖い女子=ゴリラみたいに大きい女子なのか……。


「派手な感じの子が怖いなんて少年はあれだね、草食系男子なんだね」


 え、なに? ソウショク系?

 派手に着飾った女の子が怖い男子で装飾系男子? いや、むしろ自分を装飾する男子のことなのかな……。それとも草や植物質のものを食べる草食? 寺院に勤務してる人は僧職……。あれ、なんか意味が分からなくなってきた……。


「モヤシっぽいね。お姉さんはもっとガツガツの肉食系が好きよ」


 ……肉食系、ってことは。さっきのは草食系ってことで良いのか。というか、人に対してモヤシっぽいって面と向かって言うか普通。酷いな……。強く否定出来ないくらい貧弱で情けないけど……。


「でも凄く怖い女の子だけど助けてくれるなんて優しいんじゃないのかな?」

「え……?」

「ね」

「……」


 そう言われると、そうかもしれない。

 恐ろしい噂ばかり耳にして吉田夏帆子のイメージを勝手に考えていたけど……。実は凄く優しい子なのかな……。


「お友達になれるかもよ」

「!?」


 ニコニコと笑うお姉さんの顔を見てから俺は自分の足へと視線をやった。

 俺にちゃんとした友達が居ないことなんてお姉さんにはお見通しなのか、それともただ本当に友達になれるかもと思って言っているのかは分からないがお姉さんの言葉に笑顔で頷き返すなんて事は出来なかった。

 ――俺はお姉さんとは違うんだ。

 お姉さんみたいに誰とでも親しく話すなんて出来ないよ……。だって、俺の口からはいつも言葉は出て来ない。喉の奥につっかえて、考えても何を言うのが正しいのか分からない……。

 分からないんだ……。

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