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十三支の物語  作者: 暁 呼人
3/3

~子の里の試練~

「誰?」

トラがいたはずの場所には、見たことのない猫耳の女の子。

「誰って、トラよ。」

「は?」

「猫とネズミはまずいでしょ?だから、ね?」

「あー、なるほどね。ってなるかい!」

「そりゃ、びっくりするわよね。ごめんなさい。」

「ほんとにトラなの?」

「そうよ。猫の姿のままだとびっくりさせちゃうでしょ。」

「たしかにね。」

「あたしも本能的に、ね。」

猫とネズミ、想像するだけで、何かゾクッとする組み合わせだ。

ありがとう、トラ。いろんな意味で。

「よし、行こう。」

「行きましょう。」

僕達は、空洞をどんどん進み、その先の細い洞窟のうちの一つに入った。

しばらく進むと、ヒソヒソと話す声がそこかしこの穴から聞こえてきた。

〔人間だ。〕

〔やっぱり怖い。〕

〔大丈夫、(おさ)が守ってくれる。〕

穴の方に目をこらすと、小さな何かがチョロチョロ動いていて、こちらを覗いているのが見えた。

「大丈夫、里のネズミ達よ。」

「怖がられてる?どうして?」

「そのうち分かるわよ。行きましょう。」

トラに促されて、洞窟の中をどんどん進んでいく。

洞窟は、少しひんやりしているけど、寒いというわけじゃない。

壁は、何だろう、鉱石みたいなものがぼんやりと光っている。だから、暗くはない。

「もうすぐ里に着くわよ。」

「なんか緊張するね。」

「大丈夫よ。肩の力を抜いて行きましょう。先は長いわ。」

「うん。」

「そうそう。これからの事を簡単に説明するわね。」

「戌の里までのこと?」

「それも含めてね。」


トラの話によると、世界を渡った人間は、まず子の里に着く。それから、長の試練を受けて、その資格を認められたら、次の里へ向かう。そこでも、長の試練を受けて、これを十二支の並びに則って、亥まで行うらしい。

僕達というか、僕の場合は、戌の里が目的地なわけだけど、元の世界に還るには、この流れに沿って亥の里までいかないといけないらしい。先は長いな。しかも試練のオンパレード。

「まあ、とにかく子の長の試練に集中よ。」

「そうだね。」

「ほら、到着よ。」

「うわぁ!」

一気に視界が開けた。さっきとは比べ物にならないくらいの大空洞。そこに、小さな家がたくさん並んでいる。ネズミ達もたくさん動き回っている。何と二足歩行で。着物みたいな物を着ているネズミもいる。

「何だか、人間の町みたいだね。」

「そうね。彼らにとってここは楽園よ。」

「楽園?」

「まあ、詳しいことは長から聞けるはずよ。」

僕達は、ネズミ達の里に足を踏み入れた。広い通りを進んでいく。長の屋敷は、里の一番奥にあるらしい。

〔おい、人間だぞ。〕

〔でも、まだ子供だ。〕

〔でも二人だぞ。子供達は、家に入れておけ。〕

さっきのように、ネズミ達のヒソヒソと話す声。やっぱり歓迎はされていないみたいだ。

「やっぱり・・・。」

「今は、気にしないで進みましょう。」

「そうだね・・・。」

僕はとにかく、足を動かして前に進むことだけに集中した。

その間にも、ネズミ達のヒソヒソ声が、そこかしこから聞こえてくる。なんか気まずいなぁ。

とにかく長の屋敷へと歩を進めているうちに、里の一番奥、里の長の屋敷にたどり着いた。

屋敷の前には立派な門があり、その両脇には、ここまでに見てきた里のネズミ達よりも二回りほども大きなネズミが立っている。

「人間の旅人よ、長の屋敷に何用か?」

「えっと・・、長にお目通りを。」

「導き手の猫、トラよ。試練の為にお目通りを願うわ。」

「承知した。しばし待たれよ。」

門番のネズミ達のうち、一匹が、屋敷のネズミを呼び何か伝え、伝えを受けたネズミが屋敷の奥に消えていく。

そのうちに、奥の方から、着物を着た、立派な雰囲気のネズミが出てきた。


「君が旅人かね?ワシは子の長、チュウエモンと申す。」

「あ、初めまして。航太です。こっちはトラです。」

「導き手の方は二回目じゃな。匂いで分かる。」

子の長は、鼻をスンスンと鳴らした。ちょっとかわいい。

「此処に来たということは、長の試練を受けに来た、と。」

「はい、その通りです。よろしくお願いします。」

「よかろう。じゃが、ずいぶん若いの。」

「大丈夫よ、この子ならきっとね。」

トラは、強気な口調で言った。

「では、良いかな?若き旅人よ。さっそく子の長の試練を始めるとしようか。」

長は、僕の目をじっと見据えた。

「はい、お願いします!」

「では、こちらへ。」

長は、僕達を屋敷の中へ案内した。ちなみに、屋敷の大きさは普通の人間サイズで、入るには、特に問題なさそうだ。

僕達は、屋敷の一室に通され、座布団に座るように促された。湯呑みに入ったお茶も出されて、すごく和風な感じ。

「さて、試練の内容じゃがな・・。」

「どんな内容なんですか?」

「我ら一族の話を聴き、航太殿の考えをワシに述べよ。」

「それだけ?」

「それだけじゃが、ワシを納得させるだけの答えでなければ。」

「・・はい。」

何か、若干の拍子抜け感があるけど、話を聴いてみないと何とも言えないな。

「話し手よ、入りなさい。」

長が話すのかと思いきや、長の呼び掛けに応じて、小さなネズミ

が部屋に入ってきた。

「・・初めまして。。」

小さなネズミは、少し震えていた。どうしたんだろう。

「・・すいません。人間が怖くて。。」

「どうして?」

「酷いことをされたから。。」

「酷いこと?」

「航太殿、それが今回の話の内容じゃ。じっくり聴いてやるとよかろう。」

「分かりました。」

人間が、ネズミに酷いことをした。何だろう、まったく見当がつかない。


「それで、その、人間がどんなことをしたの?」

「・・・。実験。。」

「実験?」

「はい。。」

「どんな?」

「痛くて苦しいことを、たくさん。」

「そうなんだ。。」

痛くて苦しいこと、想像もできないけど、人間がネズミを使って実験してるなんてことは知らなかった。

「だから、人間が怖いんだね?」

「そうです。。あなた達は、皆怖い。」

たぶん、トラウマってやつなんだと思う。このネズミは、実験をされて、心に傷を負ってしまった。だから、人間が皆怖い。震えてしまう。僕はどうしてあげたら良いんだろう。

「僕は、まだ小学生。つまり子供なんだ。君から話を聴くまで実験のことは知らなかった。」

何のために、人間がそういう実験をするのかは分からない。けど、このネズミのように、誰かが痛くて苦しい思いをするなら、やっぱりそれは良くないって思う。

「知らなくて、ごめんなさい。」

自然と言葉が出た。

「・・ありがとう。あなたが悪いわけじゃない。」

「怖いのに、教えてくれて、話してくれて、ありがとう。」

少しだけだけど、このネズミのことを分かることができたのかなと思う。

「チュウエモンさん。」

「何じゃ?」

「どうして、人間は実験をするんですか?」

「人間自身の為。病を治したり、医学の発展の為。他にもいろいろじゃな。」

「人間の為なのに、ネズミを使うんですか?」

「そうじゃ。」

何か変だなって思った。人間の為なら、人間を使えば良いのに。

「詳しいことは分からぬが、何か新しい物を試す時、人間はネズミを実験に使う。危険、だからじゃろうな。」

「痛くて苦しいこと。。」

何だろう、胸が締め付けられる気がする。痛くて苦しいことだから、自分達じゃなくて、小さなネズミを使うってこと?それで、目の前の小さなネズミは、心に傷を負ったってこと?

涙が出てきた。

「航太?」

「・・トラ。・・大丈夫だよ。」

トラは、慰めるような視線を送ってきた。

「ネズミだって、生きてるのに。。」

「・・左様。我らも生きておる。」

「・・さっき、トラが里は楽園だって言ってました。」

「そうじゃ。ワシらにとって、ここは楽園。痛みも、苦しみもない。もう、怖い思いをしなくても良い。」

痛くて苦しいことが嫌だから、小さなネズミを使う。人間の病気を治す為に、ネズミが怖い思いをする。何とも言えない気持ちになる。


「実験は、良くないと思います。。」

「確かにの。じゃが、その実験が、今を生きる人間を支えておるのも、確かなことなのじゃ。」

「簡単に割り切れることじゃないわね。」

もしかしたら、僕が病気になった時に飲む薬だって、ネズミ達の痛くて苦しい犠牲の先にできた物、なのかも知れない。

「しかしの、実験の中には、無益なもの、過剰なものもある。」

「意味がない、やり過ぎってことですか?」

「そうじゃ。」

例えば、医学の発展の為に、実験が必要だとしても、ネズミを必要以上に痛めつけたりする必要はあるのかな。僕には、難しいことは分からないけれど、自分に置き換えたら、嫌だなと思う。

「あの。」

「何じゃ、航太殿?」

「僕は大人じゃないし、お医者さんじゃないから、難しいことは分かりません。でも、僕達人間の為にネズミ達が辛い思いをしてることは嫌だなと思うし、必要以上に痛めつけたりする必要はないんじゃないかと思います。」

「そうか・・。航太殿としてできることは何かあるかの?」

「僕は、実験のことは知りませんでした。でも、知ることから、どうしたら良いか考えることもできると思うんです。きっと簡単なことじゃないから、すぐには答えが出ないけど。」

「・・良かろう。若いのに見事、合格じゃ。」

「何か答えになってないような気もするけど、良いんですか?」

「大事なのは、自分の頭で考えることじゃ。」

「そう、ですよね。」

僕は、どうやら子の長、チュウエモンさんを納得させる答えを出すことができたらしい。これで、とりあえずは先に進むことができる。


「では、航太殿を里の出口まで案内しよう。」

「ありがとうございます。」

「良かったわね、航太。」

「泣いちゃったけどね。恥ずかしながら。」

「泣くことはいけないことかしら?」

「えっ?」

「誰かの為に、涙を流せるのは素晴らしいことよ。」

「でも・・。一応、男だし。」

「男の子だから泣いちゃいけないなんて、誰が決めたの?」

「航太殿。誰かの為に流す涙に、男も女もない。その涙に、ワシらは少なくとも救われておる。ありがとう。」

泣くことで救われる。何だか難しいけど、そういうこともあるんだと思った。同情ってわけじゃないけど、ネズミ達の立場を考えたら、自分なら嫌だし、苦しくて悲しい。だから自然と涙が出た。そういう感じ。しかも、僕は人間の側だし。なおさらだ。

「いえ、こちらこそ。そんな風に言ってもらえるなんて。」

「一つ、勉強になったわね。航太。」

トラが、肘でツンツンしてくる。ちょっと照れくさい。

僕達は、チュウエモンさんに案内され、里の出口に到着した。洞窟の出口を抜けると、一気に視界が開けた。そこには、見渡す限りの大草原。風が気持ちいい。

傍らには、やっぱり、例のお社。要所要所にって感じかな。

「これより先は、(うし)の里へ続く道。特に危ない場所はないが、気をつけて行くんじゃぞ。」

「チュウエモンさん、ありがとうございました。」

「ワシらの方こそ、ありがとう。」

「あの、ちゃんと考えますから。僕にできること。」

「焦らんでいい。少しずつ、無理なく、が肝心じゃ。」

「分かりました。では、また。」

「ああ、また会えるといいのぅ。」


僕達は、丑の里へ向かう。試練を受け、先へ進む為に。

草原の道は、まっすぐ続いている。この道を進んだら、いつか、ラッキーに会えるのかな。会えるといいな。

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