~世界の果ての狼~
「グルルルルル!」
「うわぁー!」
「狼だ!逃げろー!!」
子供達がバタバタと逃げていく。後に残ったのは、一匹のハスキー犬と泣いている男の子。犬は男の子の顔を優しく舐める。まるで、もう大丈夫だよ、と言わんばかりに。
やがて、男の子は泣き止む。そして、犬と男の子は歩き出す。
あれは、ラッキーと僕だ。小さな頃の、ある日の記憶。
いじめられていた僕は、いつもラッキーに助けられていた。
僕がいじめられていると、どこからともなく、ラッキーが現れて、いじめっ子達を追い払ってくれた。
首輪を上手いこと外してくるものだから、ラッキーは、いつも母さんに怒られていたけれど。
「気づいた?」
「・・・う、うぇ?」
「大丈夫?」
「あ、トラ。うん、大丈夫だよ。」
「良かった。」
たしか、僕達は世界を渡るために、あの青白い扉の中に入っていったはずだ。
「ここは?」
「どうやら、上手く渡れなかったみたい。」
「えぇー!!」
ちゃんと願った。それは間違いない。だったら、何がいけなかったんだろう。
「でも、ここはたぶん、狭間ではないわ。」
「狭間じゃないんだ。だったら、ここはどこなの?」
「私にも分からないわ。」
僕達は今、白い靄というか、霧の中にいる。どっちが前で後ろなのか、さっぱり分からない。
「分からないって。。」
「ごめんなさいね。私も全部を把握しているわけじゃないの。」
「そうなんだ。僕の方こそごめん。」
そもそも、世界を渡ると決めたのは僕だ。トラは付いてきてくれただけ。トラを責めても仕方ない。
「とにかくさ、ここにいてもしょうがないし、ちょっと歩いてみようよ。」
「そうね。航太、足元に気をつけて。」
僕達は、真っ白な空間を進む。足元は、固くもなく柔らかくもなく、不思議な踏み心地だ。
しばらく進むと、何だろう、松明のような灯りが見えてきた。
「灯りが見えたよ、トラ。」
「何かしらね、あれ。」
灯りは二つあって、その間に、またお社のようなものがある。感じとしては、十二支神社のあれを小さくした感じだ。
「神社のと同じだね。小さいけど。」
僕達は、お社に向かって進んだ。
「とりあえず、あの難しい言葉みたいなやつ、唱えてみたら?」
「やってみましょうか。」
トラは、神社でやったように、ゴニョゴニョと言葉を唱えた。
「・・・、何にも起きないね。」
「そうね。」
「起きるはずがなかろう。それは猫の言葉ゆえ。」
「えっ!?誰?」
お社の辺りから、スルリと何かが出てきた。
「どなたかしら?」
トラが、ちょっと強めの口調で訊ねる。
「・・・ラッキー?じゃない。。」
急に出てきたそれは、見た目はラッキーのようだけど、たぶん犬じゃない。図鑑で見たことある、狼だ。
「ワシは、この地の守護者なり。」
「守護者?」
「いかにも。」
「守護者ってことは、ここを守ってるってこと?」
「その通り。」
それまで黙っていたトラが口を開いた。
「守護者さん、ちょっと良いかしら?」
「何だ、猫の導き手よ。」
「そこまで分かってるなら、話は早いわ。ここはどこかしら?」
「導き手のくせに存ぜぬのか?」
「まだ見習いなのよ。」
守護者の狼は、ちょっと困惑したような表情をしたが、すぐに固い表情に戻り、トラの質問に答えた。
「ワシらの住処側から見れば、その末端、狭間の手前だな。」
「ってことは、ギリギリ渡れた?」
「そうなるわね。」
とりあえずは、世界を渡れたらしい。安心、していいのかな。
「主らは、あちらから来たのであろう?」
「そうよ。彼の目的を果たしにね。」
トラは、僕の方を見ながら言った。
「その目的とは何だ?」
狼は、訝しげな顔で僕に訊ねてきた。
「会いたい犬がいるんです。」
「名は?」
「ラッキー。」
「・・ワシは知らぬ名だな。里まで行けば、あるいは。」
「会えるんですか!?」
「いちいち焦らないの。行けば、もしかしたらよ。」
「ごめんなさい。。」
「まあ、とにかく渡れたことは渡れたわけだし。」
「焦らず、だね。」
とりあえず、状況を整理しよう。
まず、世界を渡って、あちら側に来れたことまでは大丈夫。
でも、此処はあちら側の世界の端っこで、ラッキーはどうやら、狼達(犬も含む)の住む里に居るらしい(もしかしたら、だけど)。
つまり、此処からどうにかして、その里まで行かなきゃならない。
「トラ、里の事は知ってるの?」
「ええ、さずかにそれは知ってるわ。」
「行ったことはあるの?」
「あるわよ。こういうのは、一応、二度目だし。」
「さっきの、導き手が何とかっていうやつ?」
「そうよ。」
「行き方も分かるの?」
「此処からは、さすがに分からないけど、子の里からだったらね。」
どうやら、子の里なんていうのもあるらしい。入り口の神社が十二支だから、もしかしたら、丑や午とかもあるのだろうか。
「主らよ。」
「なんですか?」
「本来、主らのいる世界から此方へ渡ってきたのであれば。」
「はい。」
「まず子の里に着くのが、古来よりの慣わしである。」
「そうなんですか?」
「だが、主らは此処にたどり着いた。これには何か意味があろう。」
「その意味ってなんですか?」
「さあな。ワシには分かりかねる。」
「そうですか・・・。」
どうやら、僕らは、何か意味があって、通常より手前のこの場所にたどり着いた。これはちょっと謎だ。
「守護者さん、そもそも此処はどういう場所なの?」
「此処は、世界の果て。深い霧ゆえ誰も寄りつかぬ。好奇心旺盛な童ども以外はな。」
「つまり、あなたはそういう子達の保護をしてるわけね。」
「左様。」
「どうして、そんなことを?」
「・・まあ、単なる暇潰しだな。」
「ずいぶん物好きなのね。」
「前任が引退してな、手の空いているワシが請け負った。」
「そういうことね。」
そういえば、守護者さん(年長だろうし一応さん付け)の名前を聞いていないことに気づいた。
「ところで守護者さん。あなたの名前は?」
「ワシはジロウザ。」
「何か、侍みたいな名前ですね。」
「侍・・。あの鎧兜を着た連中か?」
「知っているんですか?」
「ああ。会ったこともある。」
「ジロウザさんは、長生きなんですね。」
「まあ、・・そうだな。ところで、お主らの名前を聞いていなかったな。」
「あぁっ!すいません。僕は航太です。こっちはトラ。」
「トラよ、よろしくね。ジロウザさん。」
「ああ、よろしく。」
「元々ワシは、侍達の村で暮らしておった。」
ジロウザさんは、若かった頃の話をしてくれた。
「けっして栄えてはいなかったが、皆が協力して村を支え、有事の際には、団結して事にあたる、本当の意味で強き集団であった。」
「戦とかもあったんですか?」
「ああ。戦など日常茶飯事であったよ。」
「へえ、かっこいいなぁ。」
「かっこいい、か。」
「違うんですか?」
「たしかに、戦は晴れの舞台かもしれぬ。だが、人が死ぬ。さきほどまで、元気に笑っていた若人がな。酷い話よ。」
ジロウザさんは、俯き、低い声で言った。
「そう・・ですよね。ごめんなさい。」
「気にするな。今を生きる航太には分からなくて当然なのだ。」
ジロウザさんは、そう言ってくれたけど、戦って、現代で言えば戦争だ。それくらい、子供の僕でも分かるし、それはゲームじゃない。撃たれたり斬られたらそれまでだし。スマホゲームばっかりやってると、そういうことにすら、鈍感になるのかな。何か嫌だな。そういうの。
「まあ、とにかくだ。侍達の村は、戦もあったが、豊作の祭りなどもあったからな。日々、充実はしておったよ。」
「お祭り、楽しそうですね。」
「ああ、年寄りから童どもまで、それは楽しんでおった。」
いつの時代も、お祭りといえば、皆盛り上がるんだなぁと思った。出店に打ち上げ花火、思い出すだけでも、ワクワクするなぁ。
ラッキーは、花火の音が苦手みたいで、小屋の中で震えていたっけ。犬は耳が良いから、かなり大きく聞こえたのかも。
ラッキーの事を考えたら、途端に目頭が熱くなった。やばい。
「どうしたの?」
トラが心配そうに見てきた。
「何でもない。大丈夫。」
「それなら良いけど。」
「さて、話はこの辺にして、子の里まで案内してやろうかの。」
「ありがとうございます。」
「こちらこそ、ありがとうな。久々に若いもんと話せて楽しかったぞ。」
「ジロウザさんは、その、ずっと一人というか、ここで守護を?」
こんな場所で、たった一人(この場合、一頭?)、子供達の見守りをしていたら、僕なら寂しくなってしまう。
「そうじゃ。まあ、たまに元気な童が迷い込んでくることもあるが。ほとんどはな。」
「そうですか・・。」
「そんな顔をするでない。今日は珍しい客人のおかげで、良き退屈しのぎになったわ。」
「ありがとうございます。・・あの、もし来れたら、また来ても良いですか?」
「また来るとな?ああ、楽しみにしておる。」
ジロウザさんは、何だか嬉しそうだ。
「・・・航太よ。」
「何ですか?」
「いや、何でもない。さあ、案内しよう。」
ジロウザさんは、何か言いたかったみたいだけど、案内してくれるというなら、そうしてもらおう。
僕達は、ジロウザさんの案内で、お社から移動(ゲーム的な言葉で言うなら、転移?)した。霧の中を歩いても行けるようだけど、ジロウザさん曰く、早くラッキーとやらに会いたかろう、だってさ。そりゃ、もちろん。会えるなら、1秒でも早く。
戌の里まで行けば、同族がたくさんいるらしいから、そこで聞いてみたら良いって。自分の名前を出せば、多少は力を貸してくれるとも言っていた。ありがたい話だ。
ジロウザさんの話では、こちら側の世界では、お社は、世界の要所要所を繋ぐもので、お社を管理する者の許可さえあれば、移動にも使えるとのこと。覚えておこう。
転移した僕達は、本来のスタート地点である、子の里に着いた。
「広い空洞、だね。」
「そうね。子の里は、鼠達の住処よ。見てごらんなさい。」
「何か、小さい穴がいくつも空いてるね。」
「あそこから、里に入ることができるわ。」
「里に行ったら、どうしたら良いの?」
「まずは、里の長にお目通りを願うわ。」
「それから?」
「長から与えられた試練に挑むのよ。」
「試練?テストみたいな感じ?」
「そうね。先へ進む資格があるかを問われるわ。」
「難しいの?勉強はあんまり得意じゃないんだよね。」
「勉強といえば勉強だけど、もっと大きな意味での、よ。」
大きな意味での勉強、まるで予想がつかないけど、先へ進むためならやるしかない。
「よし、行こう!!」
「ちょっと待って。」
「どうしたの?トラ?」
「この姿だといろいろあるのよ。」
そう言ったトラは、何やらゴニョゴニョと呟いた。
そして、マンガみたいな煙が出た。
「っよし。行きましょうか。」
そこには、どう見ても猫耳の女の子がいた。
「誰?」