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十三支の物語  作者: 暁 呼人
1/3

~航太とラッキー~

「早く歩いてよ!」

夕暮れ時、そう言われた彼は、我関せずといった様子で、耳を立て、クンクンと鼻を鳴らしている。

彼は犬のラッキー、オスのシベリアンハスキーで、年齢は13歳、人間で言えば、かなり高齢だ。

そんな彼を怒鳴り飛ばした僕は、中神航太。どこにでもいる普通の小学校6年生。最近は、スマホゲームに夢中で、今夜も19時から、レアアイテムがもらえるイベントが控えている。

「ちょっと前までは、もっと早く歩いてくれたのに。。」

このままのペースだとイベント参加が間に合わない、そう考えた僕は、半ば無理矢理、力ずくでラッキーのリードを引っ張り家路を急いだ。



「はぁ。。。」

結局、ゲームのイベントには間に合わず、参加できなかった以上、レアアイテムの配付もなし。これでは、明日の友達との会話にもついていけない。

その原因となった彼はというと、散歩の後、ゆっくりと御飯を食べ(最近は少し残す)、犬小屋でスヤスヤ眠っている。

「犬はいいよな、気楽で。」

ついついそんなことをぼやいてしまう。でも、実際そうだ。人間である僕には、学校があり、授業があり、友達付き合いというものがある。小学生だって、いろいろ大変なのだ。



翌日、学校では予想通り、昨日のイベントやレアアイテムの話題で持ちきりだった。参加していない、というだけで仲間外れ、まったくもって、つまらない一日になってしまった。

下校時間になったので、そそくさと学校を後にし、家路を急ぐ。 今日も19時からイベント。今回は限定のレア武器が手に入るため、昨日のようなミスはできない。

ラッキーの散歩は、余程のことがない限り僕の担当なので、昨日の反省を生かして、少し早めに済ませることにしようと考えた。

家に到着し、犬小屋がある庭を覗き込む。

普段なら、僕の足音なのか匂いなのかに気付いたラッキーと目が合うのだが、何故だか今日はそれがない。



「ラッキー?」

呼び掛けてみたものの、反応もない。

「散歩かな?」

それならば、と家の中に入ろうと玄関に向かう途中で、背中がゾクッとした。今日は僕以外、皆帰りが遅かったはずだ。父さんは会議と飲み会、母さんは友達と劇を見に行く、姉さんは塾があると言っていた。まさか。

慌てて犬小屋へ駆け寄る。犬小屋の中は空っぽ、鎖に繋がれた首輪だけ、ポツリと落ちていた。

外れた様子はない。ではどうやって。分からない。

ポケットからスマホを取り出し、とりあえず母さんに電話を掛けてみる。

「お掛けの電話は、電源が入っていないか・・。」

繋がらない。次は父さんだ。

「お掛けの電話は、・・。」

何だよ。そしたらあとは、姉さんか。

「お掛けの・・。」

心臓の鼓動が早くなる。こんな時に、僕しかいないなんて。



急いで二階の部屋に駆け上がり、ランドセルを放って、自転車の鍵を手に取る。そのままの勢いで階段を駆け下り、玄関を出て、自転車に跨がり走り出す。

とにかく手当たり次第に自転車で走り回った。普段の散歩コースや、ちょっと離れた公園、河原。ラッキーが居そうな場所はとにかく回った。汗や鼻水で顔はベチャベチャ、しまいには涙まで垂れ流しだ。端から見たら、かなりびっくりされるんじゃないだろうか。

「どこ行ったんだよ、ラッキー。。」

ペダルを回し続けた足は、とっくに限界で、普通に歩くのも儘ならない。日も暮れてきたため、とにかく一旦家に帰ることにした。もしかしたら、ラッキーが戻って来ているかも知れないし。

家までの道を、たった一人、足の痛みに顔を顰めながら歩く。この道も、普段なら散歩コースで、いつもラッキーと一緒だった。 そんな事を考えていたら、ぽろぽろと、涙が溢れてきた。



「ラッキー。。」

日が暮れて真っ暗な道を、泣きじゃくりながら歩く。嗚咽、という難しい言葉があるけど、たぶん、こういうのを言うのだろう。 胸が苦しくて、涙が止まらなくて、声も出ない。呼吸もうまくできない。ラッキーがいなくなることが、そのたった一つの出来事が、こんなに苦しいなんて思わなかった。

もうすぐ家だというところで、目の前を何かが横切った。そしてそれは凄い速さで、近くの塀の上に登った。

「お困りのようね。」

辺りは真っ暗なはずなのに、やけにシルエットがはっきり見えた。そこには、見慣れた近所の野良猫、トラがいた。

「そんなに泣いて、何かあったの?」

「実はラッキーがいなくなってさ。。」

「そうなの。それは大変ね。」

そんなやり取りを数回繰り返して、あることに気付いた。

「・・・何で猫がしゃべってるの?」



猫が人語を喋る、その光景にあれだけ出てきた涙もすぐに止まった。トラの言い分によればこうだ。

「そりゃ、猫だって必要なら人語くらい喋るし。」

「I can speak Japanese.」

「英語も多少はイケるわよ。」

等々、およそ普通なら叫びたくなるようなことを、ユーモアを交えつつ説明された。

「まあ、正確に言うなら、あなたが必要とするから、私達の言葉を理解できてる、って感じかしらね。」

「僕が必要とする?」

「そうよ。あなたは今、ラッキーのことだけを考えているでしょ?」

「うん。。」

「そういう純粋な、一途な思いには、強い力があるのよ。」

たしかに、一つのことだけ考えるということは、すごい力を生み出すことがある。例えば、スポーツ選手とかが良い例ではないだろうか。他の事を考えず、ただひたすらにその競技に打ち込むからこそ、すごい記録が生まれるわけで。

「たしかに、こんなにもラッキーのことだけを考えたことなんてなかったかも。」

「人間なんて、皆そんなものよ。」

トラは、少し寂しそうな声で言った。

「ところで、ラッキーのことだけど。」

「どこにいるか知ってるの?」

「まあ、大体ね。」

「連れて行ってよ!」

「そうねぇ。まあ、今のあなたなら資格があるだろうし。」

「資格?」

「そう、資格よ。世界を渡るためのね。」



「世界を渡る?」

渡るも何も、僕にとっての世界といえば一つで、まあ、簡単に言ってしまえば、この宇宙というか。もっと小さな単位で言えば、この地球だろう。

「おそらくだけど、ラッキーはそっちに居るはずよ。」

「世界を渡れば、その、会えるの?」

「たぶんね。」

「・・・なら、連れて行ってよ。お願いします!」

僕は、トラに心からのお願いした。

「一つだけ確認するわ。いい?」

「何?」

「仮に、あっちの世界にラッキーが居たとして、確実に会えるどうかは分からないし、もしかしたら、辛い思いをするだけかも知れない。それでも良い?」

辛い思い、どういうことだろうと思うけど、どこに行ったかも分からない、他に手掛かりもないなら、僕にとっての答えは一つしかない。

「それでも、お願いします。」

「分かったわ。なら、ついて来なさい。」

「うん。ありがとう!」

トラは塀から飛ぶように走り出した。僕もそれに続く。足は痛いけど、心がそれを引っ張る。置いていかれないように、自転車のペダルは全力回しだ。



「はぁ。。はぁ。。」

トラの速さは尋常じゃなく、自転車でもギリギリ付いていけるくらいだった。全身から汗が噴き出すし、足なんて立っていられないくらい、ズキズキ痛む。

「着いたわよ。」

「ここは?」

そこは見たことない神社だった。古めかしい鳥居が暗闇に浮かんでいる。一人なら、間違いなく引き返す雰囲気だ。

「ほら、行くわよ。」

「ちょっと待ってよ!」

トラは、スタスタ境内を進んで行く。僕も自転車を降りて、端に寄せ、恐る恐る、でも小走り的な感じで、トラの後に続く。

「真っ暗だね。。」

「そうね。」

「ここは、何の神社?」

「ここはね、十二支神社よ。」

「聞いたことないや。」

「でしょうね。」

わりと近所のはずなのに、初めて聞いた神社だった。こんな肝試し的な場所なら、子供達の格好の遊び場になるはずだ。

「ここは特別な場所なの。普通の人間には、そもそも立ち入ろうという気持ちが起きない場所なのよ。」

「そういうものなんだね。」

何だか不思議な感じだ。存在するのに触れられない、みたいな。 そういうの、ゲームか何かであった気がする。

そうこうしているうちに、暗闇の中にぼんやりと、お社のようなものが見えてきた。

「もうすぐよ。」

「あのお社に何かあるの?」

「あのお社が、あっちの世界への入り口よ。」

思わず、生唾を飲み込んだ。この静かな場所では、そんな小さな音さえも、やけに大きく聞こえる。

「怖くなってきた?」

トラが皮肉っぽい口調で聞いてくる。

「怖いけど、怖くないよ。トラが居てくれるからね。」

「嬉しいこと言ってくれるじゃない。」

この暗闇の中で、例え小さな猫であっても、自分の見知った存在が隣に居てくれるということは、かなり大きい。もし僕一人でこの暗闇を前にしたら、たぶん一目散に逃げ出してしまうだろう。

「ありがとね。トラ。」

「どういたしまして。でも、お礼なら、無事にあっちへ渡れたらにしましょうか。」

「無事に?」

「そうよ。世界を渡る資格があることと、無事に渡れるかどうかは、別問題よ。」

「・・・えー。」



「例えばさ、無事に世界を渡れないと、どうなるの?」

「世界と世界の狭間に閉じ込められるわ。」

「戻って来られなくなるってこと?」

「まあ、簡単に言えばそうなるわね。」

「うわぁ・・・。」

今の僕は、間違いなく顔面蒼白状態だろう。自分でも分かる。

「どうする?まだ引き返せるけど。」

トラが真剣な声音で尋ねてくる。本気で心配してくれているのだろう。

「・・・渡るよ。会いたいからね。会えるか分からないけど。」

僕は答えた。もしかしたら、を考えたら、そりゃ行かない方が良いだろう。でも、ラッキーに会えるなら、その可能性があるのなら、僕はそれに賭けたいと思った。

「分かったわ、では行きましょう。」

「うん。」


「着いたね。これからどうするの?」

「ちょっと待ってて。」

トラは、何やら聞き慣れない言葉をゴニョゴニョと呟いた。

「うわっ!?」

トラの言葉に反応するかのように、急に目の前に青白い扉のようなものが現れた。

「これは何!?」

「見ての通り、あっちの世界へ渡るための入り口よ。」

「開けて入ればいいの?」

「開ければ良いってもんじゃないわ。よく聞いて。」

「うん。」

「さっき、純粋で一途な思いは強い力を持つ、って言ったわよね?」

「うん。それで?」

「とにかく願うの。あなたの一番の願いを。」

「分かったよ。それで扉を開ければ良いんだね?」

「そうよ。」

「トラも一緒に来てくれる?」

「もちろんよ。」

僕は扉の前に立った。そして静かに、今までで一番、真剣な気持ちで願った。願いながら、青白い扉を開けた。


「僕は、ラッキーに会いたい。その為に、世界を渡る!」


僕達は、青白い扉の中に吸い込まれていった。

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