協力・・・?
九
山をしばらく進んだところで詩歌はそういえば、とカゲノに気になっていたことを尋ねた・
「雛子さんってどんな子なの?見た目とかわかってた方が探しやすいかも」
「ああ、そうだな。雛子は…」
そこで切ると、カゲノは詩歌を守るように前に出た。
「何か来るな…」
「まさか、倭文子…?」
「悪い力は感じないが…。動かない方がいい」
緊迫した空気が流れる。
遠くから何かが近寄ってくる音がする。詩歌はカゲノの後ろで息を飲んだ。
ガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサッ!!
茂みを割って猛スピードでそれは来る!
「そこか!」
カゲノは懐から札を取り出し構える。茂みが大きく揺れ、大きな影が飛び出してきた!
「きゃあああああああああああああああああああああああ!」
飛び出してきたものは構えるカゲノの姿を見て悲鳴を上げた。
「雅ちゃん!?佐羽ちゃん!?」
飛び出してきたのはぴったりとくっ付いて走っていた雅と佐羽だった。
「し、詩歌!?」
「詩歌!」
雅は驚きの声を上げ、佐羽は詩歌に飛びついた。
「わ、佐羽ちゃん大丈夫?どうしてここに…」
「何かが追いかけて来るの!」
佐羽は涙目で詩歌に訴え抱える。
「何かって…」
雅を見ると、雅は困った顔で答えた。
「佐羽がそう言って急に走り出したんだけどさ。私は何もいないと思うんだけど…」
「いや、いるな」
詩歌が返事をする前にカゲノが答えた。
「低級霊か。普通の人間に可視できるまでになっているのは、倭文子の影響か…」
構えていた札を茂みに向かって投げつける。
しばらくするとギャア、と蛙が潰れたような声がした。
「祓えたようだな」
カゲノはそう言うと、雅と佐羽を睨み付けた。
「高澤雅、五百雀佐羽、お前たちはここで何をしている」
「あー、えっとー」
言いよどむ雅とは反対に佐羽はキッとカゲノを見た。
「最近詩歌の様子がおかしいから、ついてきた」
「私の?」
「霧咲さんに何をされたの?ここで何をしていたの?」
「ちょっとちょっと、佐羽。その言い方はダメだよ」
雅が窘める。
「でも…」
「お前たちには関係ないな。さっさと山を下りろ」
「関係なくない。詩歌はわたしたちの友達。それにさっきの黒い影は何?納得のいく話をしてくれないと、ここからは動かない」
「ならばまた低級霊にでも追い掛け回されるといい」
佐羽とカゲノの間に火花が見える。
「カゲノちゃん!二人は私を心配してきてくれたんだし、事情を話してもいいかな。ね、二人もちゃんと話すから、ここはカゲノちゃんの言うことを聞いて欲しいの」
カゲノは何か言い返そうとしたが、「勝手にしろ」と言うと近くの木にもたれ掛かった。
「ありがとう、カゲノちゃん」
詩歌はカゲノに微笑み掛けると、簡単に今までのことを説明した。
「…と、いうわけなの。だから、とても危険だから二人には山を下りて欲しいんだ」
言い終えて二人の様子を窺う。雅は困惑の表情を浮かべ、佐羽は何かを考え込んでいるようだった。
「あのさ、詩歌」
先に口を開いたのは雅だ。
「詩歌が嘘言うような子じゃないのはわかってるよ。でもさ…」
雅は気まずそうに目を逸らした。
「…佐羽ちゃんは?」
「わたし、わたしは…。さっきの黒い影のことを考えると、納得できる…」
「じゃあ…」
「でも、ちょっと考えたい」
そう言われて、詩歌はショックを受けた。自分は何も疑わずに信じた話は人によってはこうも受け入れられないものなのかと、信じられなかった。
「これが普通の反応だ」
「カゲノちゃん…」
「人ならざる力もそれを持つ者の話も…それが普通の反応なのだ。もう話すべきことは話した。納得できようができまいが、山を下りろ。出口まで送る。ついて来い」
カゲノは一人で歩き出した。雅と佐羽は顔を見合わせたが、黙ってその後ろに続いた。
(私も前だったらこんな反応してたのかな。雅ちゃんも佐羽ちゃんも悪いわけじゃない。幾らでも誤魔化しようはあったのに、わかって貰えるって勝手に思って、勝手に話して二人を困らせた)
詩歌は苦しくなった胸の辺りをぎゅっと掴んで二人に続く。
(カゲノちゃんは、どう思ったんだろう。今まで、力を持つことをどんな風に思っていたんだろう。人に信じて貰えないのってこんなに辛いことなんだね)
そう思うと、カゲノの背中が詩歌にはとても悲しく見えた。
しばらく歩いたところでカゲノは突然足を止めた。
「霧咲さん?」
雅が聞く。
「同じところを巡っているな」
「えっ!まさか遭難!?」
雅は慌てて言った。
「いや、違うな。これは恐らくここから出られないようにされたのだろう。倭文子の奴、やってくれる。力も充分に戻らぬのに何を狙っているのだ」
「カゲノちゃん、じゃあ…」
「大丈夫だ。この妙な術を解いてお前の友人たちは送り届けよう。ただ、余分に力を使うことになるから私たちも出直した方がいい」
「そっか…」
「待って待って!」
詩歌とカゲノの会話に雅が割って入った。
「さっきの話だと、雛子ちゃんって子を探してるんでしょ?私たちは自分で山を下りるから、気にしないで?ね、佐羽?」
「わたしは…」
「だから、出られないと…」
カゲノは言いかけて雅の顔をじっと見た。
「え、えっと霧咲さん、何かな?」
見つめられた雅は顔を真っ赤にして戸惑った。
「結界を張ったのに、どうやって入ってのかと思っていたがお前の仕業か」
「へ?私?」
雅は自分を指差して間の抜けた声を出した。そんな雅をカゲノはもう一度じっと見たあと、今度は佐羽を見た。
「お前は普通だな。どうやって入った?」
「わたしは、見えない壁にぶつかったけど、雅にくっついたら入れた」
「なるほどな」
一人納得したようにカゲノは頷く。
「どういうこと?」
詩歌が聞くと、カゲノは腕を組んで答える。
「高澤雅には霊感がない」
「………」
「………」
「………」
カゲノの他の三人は思わず黙る。
「あの…」
三人を代表して詩歌が口を開く。
「霊感ってないのが普通なんじゃないかと思うんだけど…」
「言い方が悪かったか。高澤雅には全く霊感がない」
「えっと?」
カゲノは、こんなこと説明しなければわからないのか、と言いたげな目で説明を始めた。
「普通人は大なり小なり霊能力を持っているものなのだ。そこにいる五百雀佐羽は平均的な霊能力を持っている。平均的な霊能力は例えば、何もいないのに気配を感じたり視線を感じたり、この今の山のように禍々しい気配が極端に高いところでは実際に霊と呼ばれるものを見ることが出来る」
「わたしが見た黒い影はそういうこと…」
「そうだ。それに反して高澤雅は全く霊感がない。僅かにも感じられない。それはつまりどんな場面場所でも霊能力、霊の姿、力の影響を受けないということだ。このような人間は初めて見る」
「え、なんか私褒められてる?照れちゃうな~」
雅はぽりぽりと頭を掻いた。
「褒めていないが。まあ、高澤雅がいればこの惑わしの力の影響を受けず山を下りられるだろう」
「お、私ってば良くわかんないけど凄いじゃん。じゃ、佐羽。私にぴったりくっついていけば大丈夫みたいだけど、どうしよっか?」
雅が言うと佐羽は首を横に振った。
「私は下りない」
「さ、佐羽ちゃん?どうしたの?」
「私は山を下りない。詩歌の手伝いをする」
佐羽はきっぱりと言い切った。
「お前、話を信じられないのに手伝いをすると言うのか。笑える話だな」
カゲノはさも馬鹿にした口調で言った。どうやらカゲノと佐羽は本能的に互いに合わないと感じているようだ。
「わたしは信じないとは言ってない。考えたいと言っただけ」
「何を考えたというのだ?」
「…あなたのこと。あなたと詩歌を二人にするのは心配。だからついていく」
「迷惑だな。力のない者が傍にいても足手まといにしかならない」
「自分の身は自分で守る。あなたの助けはいらない」
「いるだけで迷惑になるとは思わないのか?」
ピリピリとした空気が二人の間を流れる。
「詩歌、詩歌」
小声で雅は詩歌を呼ぶ。
「雅ちゃん、どうしよう。この喧嘩どうやって止めよう」
詩歌はあわあわとしている。
「ま、そのうち終わるでしょ。それよりさ」
雅は真面目な顔になる。
「さっき、ごめんね。疑うような感じになっちゃって」
「ううん、私が急に変なこと言ったんだもん。雅ちゃんが謝ることなんて何もないよ」
「ありがと。あのさ言い訳みたいになるんだけど、私も佐羽と同じなんだ。詩歌の話は信じたんだよ。でも、頭が追いつかなくて、追いついたところでどうするべきなんかわからなくて…。詩歌は私と佐羽が危険な目に合って欲しくないから山を下りて欲しいんだよね?」
「うん…」
雅と佐羽が信じてくれていたことが嬉しくて、詩歌は胸がじんと熱くなった。
「でも、私もホントは下りたくない」
「ダメだよ!本当に危険なの!」
「うん。佐羽が下りたいなら、私も一緒に行こうと思った。でも、佐羽が私と同じ気持ちなら、私は詩歌の力になりたい。危険だっていうなら尚更ね」
雅は詩歌に向かってウインクをした。詩歌はその気持ちが嬉しくて、喜びたいはずなのに何故だかとても泣きたくなった。こんなに優しい友人だから、だからこそ巻き込みたくないと思った。
「雅ちゃん、気持ちはとても嬉しいよ。だけど…」
「ストップ!私はもう決めたんだよ!霧咲さんと詩歌が逃げたって追いかけちゃうよ。佐羽もきっと同じ。知ってるでしょ?私も佐羽も決めたら絶対に引かない性格だって」
「でも、でも…」
「諦めろ」
いつの間にか佐羽との言い争いを終えていたカゲノが言った。
「諦めろって…」
「いくら言っても聞く者たちじゃない。時間の無駄だと悟った。自分の身は自分で守るそうだからな。放っておくことにした。行くぞ、佐伯詩歌」
カゲノはあっさり言うとさっさと歩き出す。
「え?え?カゲノちゃん!?」
詩歌は慌てて後を追った。雅と佐羽もついていく。
「だって凄く危険なんだよ!?」
「高澤雅にくっつかせておけば大丈夫だろう。あとは倭文子の傍には近寄らせない。あいつは体を持っているからな。高澤雅の肉体へ直接攻撃されるのを避ければどうにかなるだろう」
「いいのかな…」
「これ以上、五百雀佐羽と話したくない。大丈夫だ、どうにかなる」
「そうそう、どうにかなるって」
雅は詩歌の肩に抱き付いて言う。
「なる。安心して、詩歌」
佐羽は詩歌に微笑みかけた。
「…うん、ありがとう」
詩歌は心配の気持ちは拭えないものの、二人が自分のためを思って一緒に来てくれることに感謝した。
「ところでさ、雛子ちゃんを探すんでしょ?二手に分かれて探した方が効率よくない?」
雅がそう言うと、カゲノは呆れて言った。
「危険だと言うのがわからないのか」
「あ、そっかそっか。私ってば何も感じないから危険だってことすぐ忘れちゃうよ。佐羽は平気?」
「わたしは、山に入ってからずっと変な感じはしてる。寒気みたいなの」
「ならば下りればいいものを…」
カゲノの言葉に佐羽はムッとして返す。
「寒気がするだけで下りなければならない理由にならない。それよりもその雛子という子はどんな子なの?一緒に探すにしても特徴を知りたい」
「あ、そうだ!私もさっきカゲノちゃんに雛子さんの特徴を聞くところだったんだ」
「そうだったな。余計な邪魔が入ったせいで忘れていた」
カゲノは雅と佐羽を冷たい目で見てから続けた。
「雛子は年は私たちの一つ下だ。身長は低い。髪は肩までの長さでふわふわしている」
「ふわふわ…」
カゲノの口から出るに似つかわしくない言葉を詩歌は思わず反芻する。
「ふわふわだ。そして服装は学校のセーラー服だ」
「セーラー服か。それは見つけやすいかもね」
雅は佐羽に言った。
「…うん。ところで、どうしてその雛子という子がここに来たとわかったの?霧咲さんに報告をしていったの?」
「何故私が止めなかったのかと言いたいのか?」
「待って待って、二人とも!」
詩歌はまた言い争いを始めそうな二人の間に立った。
「手紙があったんだよね?だから今日カゲノちゃんは雛子さんに会ってないの」
「手紙?」
「…これだ」
カゲノは仕方なさそうに手紙を差し出した。佐羽は手紙を受け取り中身を確認する。雅はそれを後ろから覗き込んだ。
「わ。このキャラ流行ったよね。私は今でも好きだけど」
「わたしは好きじゃない」
そんなことを言い合いながら二人は手紙の内容に目を通した。
「ふぅん、なるほど。雛子ちゃんは霧咲さんに協力しようとここに来たわけだ。いい子だね」
「…ん」
佐羽はそれにどこか上の空で返事をする。
「カゲノちゃん、雛子さんの気配とかってどうなのかな」
「探ってはいるが、こう空気が悪くてはな。倭文子の居場所も探れない。それは雛子も恐らく同じだ」
「じゃあ雛子さんもまだ倭文子に接触してないよね」
「ああ。戦っていたらさすがにわかる」
「そいじゃ、地道に足で雛子ちゃん探しの旅に出よー!おー!」
雅は張り切って拳を空に向かって上げた。
「遊びではないのだぞ」
カゲノは厳しい口調で言うが、雅はあはは、と笑って返す。
「気持ちを暗くしてちゃダメダメ!こういう時こそ明るくいかなきゃね」
雅はそう言ってカゲノの肩に腕を回そうとしたが、すっとカゲノはそれを避けた。
「ありゃりゃ」
「下らない」
そっぽを向いたカゲノが怒ったのではないかと詩歌は心配になり、顔を覗き込んだがいつも通りの様子で安心する。
「お前の友人たちは騒がしいな」
「うう…。でも二人とも優しくて素敵な友達だよ。きっとカゲノちゃんも仲良くなれるよ」
「…下らない」
そう言うカゲノの言葉が詩歌にはいつもより優しく感じた。




