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闇呼びの声  作者: 小路阿須
3/16

倭文子のこと



「ぅ……ん」

 目を覚ますと見知らぬ天井が見えた。

(ここは…)

 はっきりしない頭で詩歌は考える。

(私、確かカゲノちゃんを探して…それで…)

 そこで詩歌の頭は覚醒し、今までに起こったことを全て思い出した。

(そうだ、私はあそこで化け物を…!)

 両手で口元を覆い、飛び起きる。

「気が付いたか」

「きゃあっ!」

 突然声を掛けられて詩歌は肩をびくんとさせた。

「叫ぶな」

 少し離れた座布団の上にカゲノは座っていた。

「カゲノ、ちゃん…」

 どうしてここに、と言い掛けて詩歌は自分が畳の上に敷かれた布団の中にいたことを知った。窓の外は暗くなっており、燈台の上の蝋燭が部屋の中を照らしている。

「ここは…」

「私の家だ」

「カゲノちゃんの…家?どうして…?だって、私、さっきまで……」

 そこで詩歌はハッとする。

「私、私!恐ろしいものを見たの!すごく怖くて、あれは、あれは…」

 言いながらカゲノを見ると、冷めた目で詩歌を見つめていた。

「え…あれ?あ、えっと…夢、でも見たのかな」

「夢ではない」

 きっぱりとカゲノは言う。

「え?」

「お前が見て、封印を解いたモノは夢ではない」

「封、印?」

 不思議そうに繰り返す詩歌をじっと見てからカゲノは続けた。

「私はお前が起きるまで、どのようにお前を責めようか考えていた」

 突然のその言葉に詩歌の顔は曇る。

「だが、そのようなことをしても、もうどうにもならないのだ。佐伯詩歌、お前も聞きたいことが多くあるだろうが、まずは私の質問に答え、私の話を聞け。いいな」

 有無を言わさないカゲノの迫力に詩歌は黙って頷くしかなかった。

「よし。ではまずはここひと月の間にお前の身に変調をきたす出来事は起きなかったか」

 詩歌は少し考えたのちゆっくり口を開く。

「…特に何もなかったと思う」

「それは本当か。些細なことでいい。体調を崩したでも悲しいことが起きたでも、何でもいい。何かないか」

 真剣なカゲノの様子に詩歌はまた考える。そして、あ、と思いつくことがあった。

「そういうんじゃないけれど、先月、私の誕生日だったよ。雅ちゃんと、佐和ちゃんがお祝いしてくれて凄く嬉しかったな」

「誕生日か…」

 カゲノはそれを聞いて何かを考え込んだ。

「ごめん…違うよね」

「いや、、納得した。他にはないか」

「うーんと、少し髪が伸びるのが早くなった気がする、かな」

「…間違いないな。お前は誕生日を迎え、一つ年を重ねたことで力が開花しつつある」

「力?」

「お前の話は後だと言っただろう。続けるぞ」 

「…はい」

 それからも子どもの頃の話や、普段の生活のことなど尋問のようにカゲノの質問責めは続いた。

「質問は次で最後だ。お前の近親者に霊能力者、僧侶、神主、巫女、イタコのように特殊な能力を生業にしている者、もしくはそういった力を持った者はいるか」

「ううん、いないよ。パパもママも親戚も、みんな普通の仕事だよ」

「…なるほど。では、やはり血縁の可能性は低いな…。そもそも力が血のものである場合、幼少期に力の目覚めがあっただろう。転生の可能性が高いか……」

 カゲノはぶつぶつと呟く。

「カゲノちゃん?」

「よくわかった。では、続ける」

「えぇっ、今、最後って…」

「質問、は今ので最後だ。次は私の話を聞け」

「う、うん」

「よし。ではまずはこれを読め」

 そう言ってカゲノが傍らから取り出したのは、和紙で作られた古い冊子だった。緑色の表紙で、こよりで和紙を綴じてある。丁寧に扱わなければ崩れてしまいそうだ。

「この本を?」

 詩歌は本を手に取り、そっとページをめくる。ぱらぱらと本に目を通し、詩歌は本を閉じた。

「ふー」

「それを読めば大体の事は理解出来ただろう」

「……い」

「何?」

「字が難しくて読めないよ~」

 半泣きで詩歌が言うとカゲノは目を丸くしたが、はぁ、とため息をついて詩歌の手から本を取った。

「では私が読み、説明するぞ」

「面目ないです…」

「最初に言っておこう。これはお前が先程“化け物”と言ったモノに関する報告書とも呼べるものだ」

「あれの…」

「始めるぞ。あいつの名前は倭文子。明治の中期に生まれた女だ」

「倭文子…」

 その名前にどこか聞き覚えがあった。

「倭文子の両親は共に、何の変哲のない農家の出で、幼馴染であった二人は、自然に互いを想い合いやがて結婚。結婚後もそのまま農家として田畑を耕し生活をしていた。そして結婚から数年の内に子が誕生する。それが倭文子だ。倭文子は生まれた時から、常人とは少しかけ離れた所があった。一度も泣かなかったのだ。産婆は倭文子を呼吸させるために泣かせようと、背を叩いたり逆さにしたりもしたが倭文子は泣かなかった。それなのに、倭文子は自ら呼吸を始めた。産婆は後にこの時の事をこう言った。『あの家に(あやかし)が生まれたように感じた』と」

「そんな…。それくらいで妖だなんて、ひどいよ…」

「だが産婆の感じたことはあながち間違いではなかった。成長するにつれ、倭文子に妙な力の片鱗が見えるようになったのだ。超能力や霊能力といったものだ。まずは物が勝手に動く、その程度のところから始まった。次に誰もいない部屋で誰かと会話をする、これは両親も大層気味悪がったようだ。そのようのことが幾つも続き、倭文子が五歳の時、決定的なことが起きた」

「………」

 詩歌はごくりと唾を飲んだ。

「ある日、村の子らが倭文子を取り囲み罵り始めた。化け物っ子は村から出ていけ、と。おかしな力を持っていようが心は人と変わらない。倭文子はそのうちに泣き始めたようだ。しかし村の大人たち、倭文子の両親さえそれを止めようとしなかった」

「………!」

 両親さえ、の言葉に詩歌はショックを受ける。その様子を見てもカゲノは顔色一つ変えず淡々と話を続けた。

「人の集団心理は恐ろしいものだ。倭文子を罵るうちに子どもらは徐々に敵意を膨らませていく。棒で小突く、砂を掛ける…。その中の一人が倭文子めがけて石を投げた。石は倭文子の額に当たり、一筋の血が流れる」

カゲノは言いながら詩歌の額を人差し指でツゥっと撫でた。

「…石を投げた子どもの指が五本とも手首まで裂けたのは一瞬だった」

「裂、け…!」

 詩歌は自らの指をぎゅっと握る。

「そこからのことは想像するに容易いだろう。村人たちは倭文子を糾弾し、彼女を排除することに決めた」

「排除って…どういうこと?」

「そのままだ。この世から亡き者にしようとした」

「そんな、お父さんとお母さんはどうして止めなかったの…」

「先程も言っただろう。両親は倭文子の味方ではない。それにここで倭文子を庇っては、自分達に火の粉が降りかかるだろう。むしろ一番に倭文子を責めたてたのは、この両親だと書かれている」

「そんなのって、悲しすぎるよ…」

「仕方のないことだろう。なぜお前が悲しむ」

「なぜ、って…。カゲノちゃんは今の話、悲しくないの?」

「理解に苦しむ。この程度で悲しんでいては私はこの世界で生きることはできない」

 隙間風が吹き、蝋燭の火が揺れる。二人の間に何とも言い難い空気が流れた。

「過ぎたことを悲しむ必要はない」

「…うん」

 到底納得のいかない顔で詩歌は頷いた。

「倭文子は追いつめられるが、どうにか山へと逃げ込む。山へ入られる前に十数人が重症を負う。村人の怒りは、もはや簡単に抑えられるものではなくなった。村人は農具や得物を手に山狩りを開始、倭文子は茂みや穴倉に身を潜め恐怖に震えた。山狩りはひと月続き、村人たちはさすがに倭文子を死んだものとし山狩りを止めた。しかし、わかるだろう?」

 突然のカゲノの問いに、詩歌は目を逸らして答える。

「生きていた、んだよね」

 倭文子の恐怖に怯える姿や、不安定な山道を警戒しながら進む姿が詩歌の頭に浮かぶ。それもまるで見てきたかのように鮮明に。

「そうだ。虫を喰い、川の水を啜り生き延びた。………倭文子が山を彷徨う下りは飛ばすぞ。どうせ同じような描写が続くだけだ」

 カゲノは数枚ページを送る。

「この辺りからでいいな。山を下りた倭文子は町へたどり着き、紆余曲折の上商人の家に下働きとして拾われる。劣悪な労働状況であったが倭文子は文句も言わず働き続けたそうだ。そして倭文子は十三になった。薄幸で陰気な雰囲気の倭文子は、家の子どもにからかわれることも多かったようだが、昔のように力を使うことはなかった。成長と共に力を操れるようになったのだろうな」

「子どもの頃のは無意識だったってこと?」

「ああ。倭文子程の大きな力だ。助けもなしに子どもが制御するのは難しいだろう。だが、また力の暴走といっていいであろう出来事が起きた。ある日商人の家に客人として招かれていた男が他の者の目を盗み、倭文子に襲いかかった。倭文子は咄嗟のことに力を使ってしまう。男は吹き飛び壁に叩きつけられた。動かなくなった男を見て倭文子は昔を思いだす。恐ろしい形相の村人が自分を追いつめる姿を。倭文子は商人の家を見つからないように飛び出した。まあ、男は気を失っていただけのようだが」

 倭文子が商人の家を飛び出してからの話は聞いていて気分の良いものではなかった。時にその身さえ売り、生活するしかなかった倭文子の苦しい日々が綴られている。

「…そして倭文子が二十歳になった時、彼女の人生は大きく変わる。恋人ができたのだ。名は清三(せいぞう)。倭文子はこの清三に自らの内に宿るおかしな力のことを打ち明ける。最初は信用しない清三だったが、実際に手を使わず物を動かしたり、伏せられた紙の文字を言い当てたりした倭文子を見て話を信じた。清三は戸惑うことなく倭文子の力も、倭文子自身も受け入れた。倭文子は生まれて初めて人生の中に喜びを見つけた」

 詩歌はようやく安堵する。倭文子の幸せを自分のことのように喜んだ。カゲノはそんな詩歌を険しい顔で見て言った。

「佐伯詩歌、お前まさか倭文子がそのまま幸せになったとでも思っているのか?最初に言っただろう。これはお前が見たあの化け物に関する話だと。幸せに生きた者があのような姿になるはずがないだろう」

「それは、そうだけど…。でもね、ずっと辛いだけの人生と、辛くてもほんの少しでも幸せがあった人生とではすっごく違うと思うの」

「綺麗ごとだな。幸せを感じようが倭文子は最終的に化け物と化したのだぞ」

「うん…でも、私はそう思うんだ」

 詩歌は胸に手を当てて言った。カゲノは密かに眉間にしわを寄せたが詩歌は気付かないようだった。

「……倭文子は清三と共に苦しいながらも幸せな家庭を持とうと決める。だが、一緒になってから気付くが、清三は三度の飯より博打と酒が好きな金のかかる男だった。それでも惚れた男だ、倭文子は清三のために身を粉にして働いた。それでも金は全然足りない。清三は思い付く。倭文子の力を博打に利用することを。最初は渋る倭文子だったが清三に懇願されては断れ切れない。その力は主に丁半博打の時に使われた。倭文子は壺の中の透視し、合図して教える。全てを勝っては疑われるので清三はたまに敢えて負けたりもしたようだな」

 カゲノはまたパラパラ何枚かページを飛ばす。

「次はここからでいいだろう。疲れたか?」

 突然の優しい言葉に詩歌は驚きわたわた両手を振る。

「ふぇっ?ううん!全然大丈夫だよ!」

「ならばいいが。お前は初めて力を使ったからな」

 力?と詩歌は聞きかけるが、カゲノの目線がもう本に向いていたので黙っていることにした。

「金を持った清三は酒、博打のみならず女遊びを始めてしまう。倭文子はさすがにこれは咎めるが、清三は聞き耳を持たないどころか倭文子に暴力を振るい出した。倭文子はそれでも耐えた。清三の暴力は次第に激しさを増していく。倭文子と暮らす家に女を連れ込むこともあった。倭文子は考え、決断する。清三がこうなってしまったのは自分の力を知ってしまったが為ではないかと。ならばこの力が無くなってしまったことにすれば良いのではないかと。そしてそれを実行した。結果は倭文子の思うようにはいかなかった。力を無くしたという倭文子に清三は怒りをあらわにし、連れ込んでいた女と共に倭文子への虐待を始める。柱に縛り、逃げられないようにし…」

「……待って!そこは、そこは、なんとなくわかるから…」

 詩歌の顔は青ざめている。

「弱いな、お前は」

「ち、違……!ううん、違わなくない。私きっと弱いんだね。さっきからカゲノちゃんが読んでくれてる話の光景が頭にはっきり浮かんじゃって、なんだか本当に見ているみたいで…」

 その言葉にカゲノはハッとした表情を見せる。

「どうかしたの?」

「間違いない、と思っただけだ」

「どういうこと?」

「………」

 カゲノは詩歌をちらりと見た。

「う…。後で、だよね」

「兎も角、倭文子はその虐待の末に命を落とす。力は使わなかったようだな。諦めたのか、惚れた男に最後まで力を使えなかったのか…この辺りのことはよくわからない。清三と女は倭文子の死体の処理に困り、それを山へと投げ捨てた。頼る身寄りのない身の上だ。誰も倭文子を探さない。心臓の音が止まり、何も見えなくなる、何も聞こえなくなる。倭文子は自らが死んだのだと理解した。そう、理解したのだ。死んでも尚、倭文子の意識はこの世にあり続けた。動かない体に存在し続ける意識。自分の体が腐っていくのを感じながら、己の人生を振り返る。人に恐怖され、蔑まれるだけの人生。苦しみが多を占めるだけの人生を。自分を見る嫌悪に満ちた人々の目を。日に日に憎悪が増していき、人間として最後に倭文子は思う。“復讐”。そして倭文子は蘇る。人間全てへの復讐を誓ったヒトならざるモノへと」

 嫌な風が吹いた。倭文子の憎しみが空気に溶けているようだった。

「倭文子はまず清三と女を殺す。手足をもがれた二人の死体は謎の怪死として当時の新聞を賑わせた」

 カゲノはそう言って詩歌に本を見せた。開かれたページには当時の新聞と思われる切り抜きが貼ってあり、その様子が絵で描かれている。鮮明な絵ではないが詩歌は目を逸らした。

「ここからは長いぞ。倭文子は二人を殺すと自らの出生地へと向かう。いつの間にか膝まで髪が伸びていたようだな。この時の倭文子の容貌は異様に髪が長く、全裸。伸びた爪に所々が腐った体。すれ違った旅人たちは倭文子の見た目に腰を抜かす間もなく殺されている。そして村に着いてからの行動は早い。順番など関係ない。赤子も年寄りも両親も、目についた順から顔を潰し喉を切り裂く。数十人いた村人はその日の内に全て息絶えた。倭文子は血に染まる村を一瞥すると幼き日に逃げ回った山へと姿を消した。数日後に隣の村の者がやってきてこの惨状を目にする。村人は慌てて自分の村へ戻り、村の長と男衆らと共に再び血に染まった村へと行った。男衆は集団での強盗強殺を疑うが、村の長はそれを否定する。彼は若い頃に霊山にて修行をし、特別な力を得ることはなかったものの、ヒトならざるものの気配を感じ取ることが出来るようになっていた。長はそこに残された倭文子の力を感じたのだ。そしてその恐ろしい力が山に向かっていったことも。最初は山の神の怒りと思ったようだな、供物を山へ供えたようだが、持って行った者が片っ端から殺されている。隣村の者たちはさすがに恐怖に怯えるようになった。長は事態を収拾させようと、各地の霊能者や霊媒師に山に住まうモノを祓うよう依頼するが、大半が偽物であったり、実際に力のある者が来ても倭文子の力に恐れをなし逃げ出す者ばかりであったそうだ。隣村の者らは村を捨てることも考えたが、最後の望み、と当時退魔師として最高峰の力を持った一族へ文を出した。それが…霧咲一族だ」

 カゲノの目が鋭く光った。力強いがどこか悔しさを滲ませた瞳だと、詩歌は思った。


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