少女達のきっと変わらない日常
エピローグ
信じられないほどの日差しが照り付ける。朝も夜も暑いが日中が一番暑い。その暑さから逃れるように詩歌達は適度にクーラーの効いた店内で一息ついていた。
「はあぁぁ~、やっぱりここのドーナツはキャラメルナッツが一番だよ~」
詩歌はドーナツを一口頬張ると感嘆の息を漏らした。
「詩歌さんはいっつもキャラメルナッツだねぇ。私は今日はコレ!」
「おお、雅さんはビターチョコですかぁ。おっとな~。一口くださいな」
「いいですよ~。そのかわり詩歌さんのその美味しそうなドリンクを一口飲ませてくださいな」
詩歌と雅はきゃっきゃとはしゃぎながらドーナツを食べている。その横では佐羽が黙々とドーナツを平らげていた。目の前の皿には溢れんばかりのドーナツが乗っている。
「良く食べるな」
呆れるように言ってカゲノはストローをくわえてアイスティーを飲んだ。
「どれだけ食べようが人の勝手」
そう言いながら佐羽は次のドーナツへと手を伸ばす。と、見せかけてカゲノの前にあったストロベリーチョコのドーナツを素早く取り大きく口を開けて半分ほどを食べてしまった。
「な、お前何をするんだ…」
「味見」
「味見だと?人のものを勝手に半分も食べておいて何を言うのだ」
「美味しかった」
「イチゴ味のものが美味しいのは当然だ。いや違う、論点をずらすな。お前はいつもいつも人のものを…」
カゲノと佐羽の言い争いを詩歌と雅はいつもの事だと言わんばかりに聞き流す。
「あ、そろそろ時間じゃない?」
雅が自分の腕時計を覗いて言った。
「わ、本当?カゲノちゃん、佐羽ちゃん、それくらいにしといて急がなきゃ」
「わかった。急いで食べる」
「五百雀佐羽、話はまだ終わってないぞ」
そんな調子で四人はドーナツ屋を後にした。
「あー、美味しかった。ね?」
「私は今日もほとんど食べていないぞ」
「あはは…」
詩歌とカゲノは話しながら前を行く雅と佐羽を見つめた。二人は何やらじゃれあっている。
「平和だな」
カゲノが不意に口を開いた。
「うん、そだね」
二人は並んで歩き始めた。
いつもと変わらない街並みだ。しかし詩歌の目には以前と違って見えた。道路の真ん中に血まみれで立ち尽くす男が見える。ベンチに座る女子高生の姿は透けている。詩歌はそれらを横目で見ながらも黙って見過ごした。
まるで新しい世界に来たようだと思う。それは少し恐ろしくて決して明るくはない世界だ。最初は恐ろしいと感じたその世界も今では嫌いではない。カゲノと同じものが見えているのだと思うと怖くはなかった。
「私はいつか自分はキ厄になるのだろうと思っていた」
カゲノが徐に発した言葉に詩歌は驚き彼女の顔を見たが、その表情は穏やかだった。
「この生き方に悔いはないと思いながらも、どこか鬱悶としていた。自分の出自を恨んでいたのだと思う。そしてその恨みを残したまま死に、キ厄となる。私はいつも考えていた。キ厄となった私を滅ぼすのは誰だろうと」
そこでカゲノは詩歌を見た。
「へ?わわわ私はカゲノちゃんを滅ぼしたりしないよ!」
一生懸命に否定する詩歌を見てカゲノは薄く笑った。
「ああ、わかっている。だから、“思っていた”と言っただろう。今はそんなことは考えていない」
「私のお陰?なーんちゃ…」
「そうだ」
「て…」
「お前のお陰だ」
詩歌は顔が赤くなるのを感じた。『下らないことを』と、軽く受け流されるものと思っていたからだ。
「お前のお陰だよ、ありがとう」
カゲノの笑顔が強い日差しに照らされてキラキラと輝いて見えた。
「詩歌、霧咲さん、早く早く!」
雅と佐羽が振り返って声を掛けた。
「いつの間にかこんなに置いて行かれてしまったのか。行こう、佐伯詩歌」
「あ、待ってカゲノちゃん」
これからも様々なことが起きて、危険な目に合うのだろう。だが、カゲノの綺麗な黒髪がふわりと揺れるのを見て、詩歌はほんの少しの不安さえも消え去っていったのを感じた。




