詩歌と、倭文子
十五
(私、どうしたんだろう…)
詩歌は浮遊感に身を任せながら考えた。
(ここ、どこだろう…)
(私は誰だろう…)
(なんだか、とても気持ちいい…)
陽だまりの中で日向ぼっこをしているようで、詩歌は微笑んだ。
『佐伯詩歌…』
どこかで聞いた懐かしい声が聞こえた。
(佐伯詩歌…?それは誰?そして今の声は誰?)
ゆっくりと目を開く。
「ん…」
眩しい光に顔を顰めた。陽光がキツく差し込んでいる。少しずつ慣らすように目を開いていく。ここはどこだろうか、目に飛び込んできたのは生い茂る緑の木々だ。森か山か、そういった類の場所だろうか。
「いたかー!?」
突然近くから怒鳴り声が聞こえた。
「いや、いねぇ」
「あの野郎、どこさ行きやがった」
ザ、ザ、と沢山の人が歩く音がする。詩歌はぼんやりそれを聞いていると、その足音の主たちが目の前に現れた。その手には鍬や鋤などといった農具、刀に似た太い刃物を持っているものもいる。
詩歌はそれを見てようやくぼんやりとした頭がハッキリとした。自分が誰か、ここはどこかは相変わらずわからないが、危険な武器を持った多数の男達が目の前にいるという危機感は感じることができた。
(逃げないと…!)
そう思ったものの、男達はもうすぐ目の前だ。ぐんぐんと迫ってくる彼らに詩歌はぎゅっと目を瞑る。
「ぃや…」
小さく声を絞り出すが、男達は詩歌に触れる位置まで迫り、そして詩歌の体を通り抜けて通過していった。
「え?」
自分の体をすり抜けて行った男たちを振り返る。彼らは相変わらず誰かを探すように辺りを見渡していて、詩歌の存在には少しも気付いていないようだった。
「どういうこと?」
そう言って、ふと自分の両手を見てみると微かに透き通っている。
「これは、なに?どうして、透けて…?私、は?ここ、は?」
頭に様々な疑問符が浮かぶと同時に詩歌は気を失った。
次に目を覚ますと辺りは暗くなっていた。場所は森か山かといった先程までと同じ所だと思われるが、微妙に景色が違う。
詩歌は自分が何者かもここがどこかもわからない、靄のかかった思考のまま歩きだした。少し歩くと人の気配がする。押し殺した泣き声だ。声の聞こえる方に行くと、小さな少女が大きな木の根元で体育座りをしている。体や着物はひどく汚れていた。
少女は顔を伏せて泣いていたが、突然ぴくりと肩を動かすと顔を上げた。そして正面に立つ詩歌を驚いた顔で見た。男達と違い彼女には詩歌の姿が見えているようだ。
「あなた、どこかで…」
詩歌が声を掛けると少女は怯えた目で首を振った。
「ご、ごめんなさい。わざとじゃねぇんです。どうしてだかそうなってしまうんです。もう何もしたりしねぇのでどうか、どうか…」
少女はぬかるんだ土の上に額を擦り付けて懇願した。詩歌は最初、何故少女が自分にそんな態度を取るのか不思議だったが、男達が憎悪を帯びた目で探していたのはこの子なのではないかと直感した。そして、少女は詩歌も彼らの一員と勘違いしているのではないかと思った。
詩歌は膝をついて少女の両頬に手を添える。少女は体を強張らせたが、詩歌は優しく顔を上げさせた。そのまま涙や汚れた顔を手で撫でるように拭った。少女はぽかんとしていたが、やがて不思議そうに詩歌を見つめて口を開いた。
「捕まえに来たんじゃねぇんですか?」
「うん、違うよ。ねえ、あなたはどうして追われているの?」
そう聞くと少女の顔が曇った。
「…いっぱい悪いことしちまったんです。とんでもなくひでぇことを…。でも、勝手にそうなってしまうんです。怖いと思ったら、他の人を傷つけてしまううんです。どうしたらいいか自分でもわからねぇんです」
少女はまた大粒の涙を流し始めた。詩歌はどうしたらいいのかわからなくなり、ただずっと少女の頭を撫でることしかできなかった。
「ありがとうございます…。姉さんはきっとこの山の守り神様か何かなんですね。こんな風に優しいのは初めてで、とても嬉しいです」
少女は始めて笑顔を見せた。
「違うの、私は守り神じゃ…」
言いかけたところでまた意識が遠のいていった。
目を覚ますと立派なお屋敷が見える。多くの人の動く気配のする賑やかな屋敷だ。詩歌は導かれるように歩き出す。
たどり着いた広い庭の片隅で女の子が沢山の衣類の山の中で洗濯をしているのが見えた。
「あの子は…」
あの山の中で出会った少女ではないか。あの時のより少し成長しているが彼女で間違いない。
声を掛けようと近づくと、どこからか紙つぶてが飛んできて少女の頭に当たった。しかし少女はそれを無視して作業を続ける。近くからはクスクスと笑い声がして、その方向を見ると綺麗な着物を着た数人の子どもが二個、三個と紙つぶてを少女に当てて遊んでいた。何個かを当てると飽きた子どもは屋敷の中へと去っていった。
「大丈夫?」
詩歌が声を掛けると。少女は少し驚いた素振りを見せたがすぐに洗濯物に目を落として詩歌の方を見ようとはしなかった。
「私のこと、覚えてないかな?」
「………」
少女は何も答えない。
「前に会ったことがあるよね?」
「…やめてください」
「え?」
「普通に生きたいんです。人でないものとは関わりたくないです」
少女は突っぱねるように言うともう口を開かなかった。
「…そっか。じゃあ、あなたが幸せになれるのを祈っているから」
自然にそんな言葉が口から出た。そしてまた、意識が飛んだ。
今度は宙に浮いたまま地上を見下ろしていた。また、あの少女が見えた。いや、もう少女というよりは立派な女性だ。
横には男がいて、女性は幸せそうに笑んでいる。
(良かった。幸せになれたんだね)
詩歌は微笑んだまま意識を手放した。
とても嫌な気配がする。黒く濁り凶悪さを孕んだ何かの気配。目を開きたくはないと思うのに抗えない。目を開く。詩歌はその光景に息を飲んだ。
女性の横にいた男だ。そして隣には知らない女がいる。二人とも醜悪な笑みをその顔に貼り付けいる。その前の柱に縛り付けられているのは、あの女性だ。顔は大きく腫れ上がり、衣類を纏っていない体には多くの火傷や痣が浮かんでいる。
男は女性の髪を鷲掴みにすると、拳を振り上げて思い切り殴りつけた。
「やめて!」
詩歌は男の腕に飛びつくが、体はただすり抜けて行くだけだった。男は何度も女性を殴りつけ、横の女はそれを見て下品に笑う。女が火鉢から熱せられた火掻き棒を取り出し、女性の腹部に押し当てると、今度は男が下品に笑う。
目の前で繰り広げられる鬼畜の所業を詩歌は必死になって止めようとするが、ほんの僅かにも触れることはできない。
「どうしてこんなひどいことが出来るの…」
詩歌は女性の潰れた西瓜のようになってしまった顔に手を触れる。
「なんて、なんてひどい…」
詩歌の目から零れた涙が女性の胸元に落ちた。
「あ、た、たか…い」
女性はおぼつかない口調でそう言った。
「助けたい、あなたを助けたいのに…!」
男の拳が再び振り下ろされた。詩歌はそれが女性の顔を捉える前に、意識を失った。
女性の動かなくなった体がまるでごみのように捨てられている。気が付いたときに目に入ったのはそんな光景だった。
詩歌は呆然と立ちすくんだ。女性の瞳は白く濁っている。彼女の周囲に段々と黒い気配が立ち込めてきていた。
止めなくては、詩歌は咄嗟にそう思った。腐敗の進んだ彼女の体を揺らし、語り掛ける。
「ダメだよ。そんな感情に負けないで」
しかし黒く嫌な気配はその濃さを増していく。
「私がいるから、私が一緒、に…」
最悪のタイミングで意識が飛び始める。詩歌はどうにか堪えようとするが、すぐに意識がまた違うところへと飛んでいった。
「一緒に行きましょう」
静かな女の声が聞こえる。良く知っている誰かの声だ。
「あれは、私…?」
いや、違う。詩歌はそれを否定した。
「私であって、私ではない人…」
全身に包帯を巻いた女を見て、詩歌はそう思った。彼女は白神だった。
「あの人は、あの女の人…?」
白神と対峙する化け物は倭文子だ。
「そして、あの人は…?」
少し離れた所から、必死の形相をしているのはアンキだ。
「知って、いる…。私はこれを、知っている…」
白神が倭文子を抱き寄せた。倭文子の体から黒い気配が抜けていく。アンキは力なく項垂れていたかと思うと、力強く立ち上がった。硝子が割れるような音が響く。
その途端白く眩しい光が明滅した。明滅に合わせてアンキの顔が違う誰かの顔に変わる。
「あの子は…」
詩歌はひどく懐かしい気持ちになった。その顔はカゲノのものだった。アンキとカゲノの姿が交互に光の中に現れた。
不思議な感覚に襲われながらも今度は白神と倭文子の方を見る。
「あれ?」
白神が倭文子を抱き寄せていたはずなのに、気が付くとそれは反対になっていた。倭文子が白神を抱きしめている。違う、白神ではない。
「あれは、私…?」
二回目の同じ台詞。詩歌は今度はそれを否定しなかった。倭文子が強く抱きしめているのは詩歌自身だった。それに気が付いた途端、周りから見ていたはずの詩歌の体は倭文子の胸の中にあった。
顔を上げると化け物と成り果てた倭文子の顔が近くに見える。詩歌はそこでようやく全てを思い出した。その瞬間、周囲は闇に包まれた。カゲノの姿ももう見えない。
「倭文子…」
倭文子の目にはまだ憎悪が宿っている。
「私も白神もあなたを救いたいと言いながら何もできなかったんだね。私達が救いたいと言う度にあなたはきっと期待して、そして何度も裏切られてきた」
これから自らも消えてなくなるのだと感じながらも詩歌の心は何故か穏やかだった。自分がいなくなれば、家族や友人たちはとても悲しむのだろう。それなのに詩歌はこのまま倭文子と消え去っても構わないと思った。大切な人達の悲しみより、自分の気持ちを優先させる。それはとても自己中心的な考えなのだろうが、そう思わずにいられなかった。
「消えてしまうってこういうことなのかな。自暴自棄、とはちょっと違うか…。なんだかとっても心地いい。あなたも、こんな穏やかな気持ちだといいな」
詩歌は倭文子に語り掛けるが反応はない。だが、詩歌は話を続ける。
「あなたの境遇はとても辛いもので、悲しいもの。でもね、あなたは人を殺し過ぎてしまったの。その報いは受けなければならないって私は思う」
倭文子を見上げると、彼女はキ厄としての化け物のような姿ではなく、幾分か人間らしさを取り戻していた。
「子どもの頃のあなたに会ったの。私を山の守り神って言ってくれた。私はそんなにいいものではないのに…。だってあなた一人も守れなかったんだもの。それなのに、あなたはあんなに純粋な目で…」
詩歌の体が淡く光る。それと同時に体がすりこぎで潰されるような感覚がする。痛みはない。ただそうして体が少しずつ拡散されていくのだろう。じりじりと潰されて、空気に溶かされ消えていく。
「もう、あなたを一人ぼっちにはしない。今度は本当だよ」
微笑むと、淡い光は強さを増し倭文子の体をも包んだ。倭文子の体が人間として生きていたころの彼女の姿へと完全に戻る。大人の姿、大人と少女の間の姿、そして最後に詩歌が最初に出会ったころの彼女の幼い姿へと戻る。詩歌は屈んで幼い倭文子の体を抱きしめた。
「姉さん」
「なぁに?」
「体から悪いものが全部抜けちまったみたいです」
「そっか、良かった」
「…私はたくさん人を殺しちまったんですね。頭ん中で私が殺しちまった人の声がいっぱい聞こえます。私が犯した罪は消滅するくらいでは許されんのだと思います」
「そう、かもしれないね」
「そうなんです。私は本当はもっと罰を受けなければならなかったんです。それなのにこんな最後に姉さんに体を綺麗にしてもらって終わらせるなんて申し訳が立たねぇです」
「倭文子、あなたは消えてしまうんだよ」
「それだけじゃ駄目なんです。ケジメを付けなければならねぇんです」
「ここで消滅しても、あなたが言う通り許されるものではないのかもね。でもそれが消滅するということなのかもしれない。どんなに後悔しても、償いたいと思ってもそれさえ許さない…。あなたに罪を償わせて、そのことで楽な気分にさせない」
「そんな…」
「ごめんね、厳しいこと言って…」
「いえ、姉さんの言う通りです。私は楽になっちゃいけねぇんだ。姉さん、ありがとうございます」
倭文子は微笑んでお辞儀をした。
「私は最後にあなたに寄り添うことくらいしか出来ないんだよ。だからお礼なんて言ったりしないで?一緒にいるのが私なんかで悪いんだけど…」
詩歌はエヘヘと笑った。
「姉さん…。あなたは本当に優しい人ですね。あなたのような人を巻き込んじまって私は…」
倭文子の目に涙が浮かんだ。
「いいんだよ、私はこうやってあなたとちゃんと向き合うことができて嬉しいの」
「良く、ねぇです…」
倭文子は詩歌の頬に触れた。そして強い目で詩歌を見る。
「倭文子?」
「今ならまだ出来るかもしれねぇです。あなたはこんなとこで消えちゃならねぇ人だ。姉さん、私のことを覚えていてくれるって思ってくれましたよね?」
「うん…」
「そんなら、忘れねぇでいてください。私という悪逆無道の化け物がいたことを。そしてその化け物は罪も償わずに逃げてしまった最低な奴だと」
倭文子は小さな額を詩歌の広い額にくっつけた。じんわりとした熱が伝わってくる。
「後世まで伝えてください。多くの人が私を蔑み呪うように…」
倭文子は壊れてしまいそうな笑顔を見せた。額の熱が燃えるほどに熱くなる。
「倭文…っ!」
頭が爆発したかのような衝撃が詩歌を襲った。
「姉さんみたいな人、大好きです」
倭文子の声が最後に聞こえた。先程の衝撃で頭も体も、心さえも木端微塵に弾けてしまったようだ。
(気持ちいい…。私は消滅してしまったの…?)
空間を揺蕩いながら詩歌は思う。
「…………っ」
(誰かが泣いている…)
「…………なっ」
(泣かないで…。あなたの涙は見たくないの…)
「……死ぬなっ!…死ぬなっ!」
(ごめんね、私…)
「死ぬな!佐伯詩歌!」
(!)
名前を呼ばれて意識が一気に覚醒した。
「カゲノ、ちゃん?」
名前を呼んで目を開くと、真っ赤になったカゲノの目元から大粒の涙が零れるのが見えた。
「佐伯…詩歌……」
カゲノは信じられないものを見る目で詩歌の顔を見る。
「カゲノちゃん、私は…」
「心臓が止まっていたのだぞ!私が…私が……!どれだけ心配したと……」
ボロボロと流れる涙を隠そうともせずカゲノは言った。
「一体、何が…」
「聞きたいのはこっちだ。突然お前が何もない場所から現れたかと思えば、い、息もしていないし…。私はまた失ってしまったのかと…」
その様子を思い出したのかカゲノの体が僅かに震えた。それを見て詩歌は胸の奥がぎゅっと痛くなった。
(私はなんて勝手だったんだろう…。こんなにカゲノちゃんを悲しませているのに自分が消えてしまってもいいだなんて思っていた)
詩歌は起き上がってカゲノの体を抱きしめた。
「ごめんね、ごめんねカゲノちゃん」
カゲノは黙って詩歌の体を抱きしめ返す。二人はそのまましばらくの間、無言で抱きしめ合った。すっかり暗くなった空にはたくさんの星が輝いていた。
「つまり、お前は倭文子を浄化したのだな」
しばらくの時間の後、詩歌はあの空間での出来事をカゲノに話した。
「そうなのかな。浄化しよう、なんて意識自分ではなかったんだけどな」
「そういうものなのだろう」
「そっか…。でも、私、倭文子を救えなかった」
「まだ言っているのか」
「うん。もっときっと何か出来たんじゃないかなって思うよ」
「…お前の浄化の力は、大きな、例えば倭文子の様なモノを浄化する場合、命を削る可能性が大いにある。今回お前の命があるのは、奇跡だというのに等しい。それをお前は命を残して成し遂げたのだ。何も出来なかったわけではないだろう。だから倭文子も最終的にはお前を助けた。違うか?」
「違く、ないかな。私、倭文子に助けられたんだね。助けたいと思う相手に助けられたなんて本末転倒だね」
詩歌は無理をして笑った。
「本当は私は倭文子がお前を助けたなどとは言いたくない。倭文子がしたのは逆恨みだ。そしてその逆恨みから消滅の時にお前を巻き込もうとした。お前がどれだけ倭文子に入れ込もうと、倭文子の犯した大罪の数々は変わらない」
「私もね、倭文子の犯した罪は許せないの。でも、倭文子が受けた悲しみは?苦しみは?ってどうしても考えちゃう」
「だから倭文子の受けた仕打ちの対価に自らの命を失っても構わない、と?」
「そういうわけじゃなかったんだけど、なんていうか、あの、えっと、あの場所にいると気持ちがふわふわして……何か怒ってる?」
カゲノの視線に耐えられず詩歌は聞いた。
「いや、怒っていない。ただ、お前と私の考え方は違うのだと感じていたのだ。…佐伯詩歌」
カゲノは詩歌の顎をクイと持ち上げた。
「な、なに?」
まるでキスをされるようだと思い詩歌は緊張する。
「私の目を見て誓って欲しい」
「何を、かな?」
「誓うと言うまで話さない」
「ええ~、それってずるいよぉ」
「ずるくない。さあ、誓え」
「う~ん、納得いかないけど、誓います」
詩歌がやっと言うとカゲノは顎から手を離した。
「簡単に死なないでくれ。死ぬなとは言わない。人である限りいつかは死ぬ。だけど、なるべく長く生きて欲しい。……………私のために」
それは命令というより懇願だった。カゲノの目は赤くなっていて真剣さが伝ってくる。
「うん、約束する。カゲノちゃんのために、長生きします」
詩歌はカゲノの手を取って言った。
「約束ではない、誓え」
「ふふっ、誓います」
カゲノの白く細い指先に口づけをする。カゲノは面食らったがそれを拒んだりはしなかった。
「お前、何をしているんだ」
「誓いのキスだよ~。えへへ、やってみたけどちょっと恥ずかしいね。でも王子様みたいだったでしょ?」
「…よくわからんな」
カゲノはそう呟くと詩歌に背を向けて歩き出した。そして詩歌に見えないように口づけされた指先を大事そうに握った。
「わ、わ、どこ行くの?」
慌てて詩歌はそれを追う。
「高澤雅と五百雀佐羽のところだ。きっとお前を心配している」
「カゲノちゃんのこともね」
「…だといいがな」
仲良さげに去っていく二人の姿を見つめる影があった。
「この世はつまんねぇことで溢れ返ってるって女の腹ん中から思ってたけどよぉ」
「姉さま、顔怖いです…」
「思った以上にクソつまんねぇってことがわかったぜ。行くぞ」
「行くって、どこにですか?」
「帰るんだよ」
「えぇっ、でも…」
「うるせえ!ぶん殴るぞ!」
八咫はそう言いながら花緒の首の後ろを鎌の柄で殴った。
「あう、殴りながら言わないでください…」
「ああ?なんだって?」
「何でもないです…」
「テメェの死体あとで何個か貸しな。切り刻んで鬱憤晴らしてやるよ」
「そんなぁ、勿体ないですよ」
「ああ?なんだって?」
「何でもないです…」
八咫と花緒の二人も夜の暗がりへと溶けるように消えていった。




