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闇呼びの声  作者: 小路阿須
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新たなる敵・・・?



 山の深いところまで入ると、上っているのか下っているのかさえわからなくなる。空を隠す程に育った木の陰からたまに人影が覗く。足音が増える。そして何よりいつからか出始めた霧が視界を塞ぎ、ただ歩くことを困難にした。

「みんな~、転ばないように気を付けてね」

 努めて明るく雅は言った。霊的なものは感じないものの、ただでさえ道のない山の中で霧が出てきたことはさすがに雅の神経を参らせた。

「うん、大丈夫だよ雅ちゃん。佐羽ちゃんは平気?」

 ずっと黙ったままの佐羽を詩歌は心配して聞いた。

「うん、平気」

「後悔しているのか?」

「すぐにそういうこと言うのやめて」

「図星か。それならば………」

 会話の途中でヒュン、と上空から風を切る音が聞こえた。

「危ないっ!」

 カゲノは声を上げると同時に佐羽を思い切り突き飛ばした。

 ズサーーーーーーッッ!

 佐羽のいた場所に何かが物凄い勢いで落下し、土煙が巻き上がる。

「…ゴホッ、何…」

 詩歌は土煙にむせながらも何が起きたか目を凝らした。すると土煙の中にうっすらと人の影が見えた。

「倭文子…!?」

 詩歌は身構える。

「いや、違うな、これは…」 

 佐羽を突き飛ばして一緒に地面に倒れていたカゲノが起き上がりながら言った。

「いやぁ、悪いねぇ、霧咲ィ」

 ニヤニヤした声が土煙の中から聞こえる。カゲノは詩歌たちを庇うように前に出た。

「やはりお前か」

 カゲノが言った途端に何かがズバッと土煙の中から目の前に飛び出した。

「きゃっ…!」

 飛び出してきたものに詩歌は小さな悲鳴を上げる。それは刃先が巨大な鎌だった。

「外すつもりだったんだけどさぁ、テメェが突き飛ばしてなきゃそこのチビをヤっちまとこだったよ」

 鎌が土煙を切り裂いて、そこにいた人物が一歩前に出た。そこにいたのは異様な雰囲気の女だった。背は高く、美しい顔立ちだが残虐そうな印象がある。長い髪を高い位置で一つに束ね、零れそうなほど大きな胸にはさらしを巻き、下着のように短いショートパンツを穿いた露出の激しい恰好をしている。

 そしてその後ろには隠れるように、小学校低学年くらいの陰陽師のような着物を着た小さな男の子が控えていた。

八咫(やた)…」

 カゲノが嫌そうに言うと、八咫と呼ばれた女は鎌の柄を肩に回してニヤリと笑った。

「面白そうな気配がするから来てみりゃ蛇くせぇ結界が張ってあるもんだからさ、アタシの大好きな霧咲がいるんじゃねぇかと思って会いに来てやったんだよ。嬉しいだろ?」

「いつもいつも人の邪魔ばかりする奴がどの面を下げて言うのだ」

「邪魔してるわけじゃねぇだろ?アンタの倒してぇヤツが、たまたまアタシの欲しいヤツだった、ってのが何度もあっただけだろうが」

 カゲノと八咫は少なくとも仲の良い知り合いだということはなさそうだった。

「カゲノちゃん、この人は?」

「こいつは呪い屋だ」

「呪い屋?」

「キ厄や悪霊を力で従わせ、使役し、人に危害を加え金儲けをするクズだ」

「はっ、言ってくれるねぇ。アタシがクズなら金払って人を呪わせる奴らも大概クズじゃねぇか。それにしても…」

 八咫は詩歌たちをなめるように見渡した。そのギラついた眼に詩歌たちは思わず体をくっつけ合った。

「なんだぁ、そいつら?この山にいる大物のエサにでもすんのかぁ?」

「お前には関係ない」

「ああ、そうかよ!」

 八咫はそう言うと同時にカゲノの喉元を片手で掴んだ。

「くっ!」

「隙だらけじゃねぇか、つまんねぇな。そいつらに気ィ回してんのかぁ?お優しい霧咲チャンはよぉ」

 八咫は舌なめずりをしてカゲノの体をそのまま持ち上げた。カゲノは苦しそうに顔を歪める。

「やめて!」

 詩歌は八咫の腕に掴みかかった。

「おやぁ、かわい子チャンが勇ましいねぇ」

「カゲノちゃんを離して!」

「ははっ。カゲノちゃんを離して!ってか。いいぜぇ、ほら」

 八咫はそう言うと放り投げるようにカゲノを掴んでいた手を離した。カゲノの体は地面に叩き付けられる。

「霧咲さん、大丈夫!?」

 近くにいた雅が駆け寄る。

「大丈夫だ」

 カゲノは何事もなかったように立ち上がる。

「いつもみてぇに向かって来ねぇのか?」

 楽しそうに八咫は言う。

「今日はお前に構っている暇はない」

 カゲノが言うと、八咫は舌打ちをした。

「んだよ、マジでつまんねぇな。まあ、いいさ。この山にいる大物はアタシが先に見つけて奴隷にしてやるよ」

「お前ごときに扱える相手ではない」

「はいはい、お優しい忠告アリガトさん。花緒(はなお)、行くぞ」

「は、はい、姉さま」

 隠れていた少年は慌てて八咫についていく。

「待て」

 霧に中に消えていきそうになった八咫にカゲノは声を掛ける。

「あぁん?やっぱりヤり合いたくなったかぁ?」

 八咫は振り返って言った。

「お前、雛子を見なかったか?」

「雛子ぉ?ああ、お前によくひっついてたウゼェガキか」

「この山で見なかったか?」

「…はぁ?」

 八咫は眉をひそめた。

「…お前に聞くだけ無駄だったな。もういい、去れ」

 カゲノが言うと、しばらくの間の後、八咫は腹を抱えて笑い出した。狂ったように涙を流しながらヒィヒィと笑い、八咫は喋る。

「霧咲ィ、テメェ、アイツを探してんのかぁ。くくくっ、ああ面白ぇ」

「去れと言ったはずだ。その下品な笑いは聞いてるだけで不愉快だ」

「まぁ、そう言うなよ。…ああ、腹痛ぇ。雛子だろ?アタシ知ってるぜ」

「え!?本当に!?」

 カゲノより先に詩歌が反応する。

「佐伯詩歌、こいつは私を謀っているだけだ」

「いや、マジで知ってるぜ。アイツはなぁ、アイツは死んじまってたぜぇ。可哀想に一人でぽっくりイッちまってたなぁ。なあ?花緒ぉ?お前も見ただろ?」

「えっ、えっと、はい、姉さま」

「貴様…!」

 カゲノはさすがにその言い草に腹を立てたらしく、黒い札を取り出し八咫目がけて投げつけた。八咫はそれを怯むことなく鎌で真っ二つに切る。

「まぁまぁ。そう怒んなよ。今度こそ去ってやるからさ。じゃあな、キ・リ・サ・キ」

「………」

 今度こそ霧の中へと消えた八咫を、カゲノはかつてないくらいに怒りに満ちた目で睨んでいた。


「花緒、こりゃあマジで面白ぇぞ」

「はぁ」

「はぁ、じゃねえよ、ガキが。ノリの悪いヤツだな、テメェはよ」

 八咫は鎌の柄で花緒を小突いた。

「ご、ごめんなさい」

「チッ、ぶん殴りたくなる面しやがって。まあ、いいさ。今は機嫌がいいから許してやるよ。ククッ、大物を奴隷にするよかよっぽど楽しそうだ」

「え、じゃあ」

「あぁん?やらねぇとは言ってねぇだろ。後回しにするだけだぜ。先に霧咲で遊んでやるだけさ。テメェ、気付かれるんじゃねぇぞ」

「は、はい姉さま」

「ああ、楽しみだ」

 霧の中で二人はそんなことを話し合った。


「カゲノちゃん、あの…」

 何と声を掛けていいのか詩歌が考えあぐねいていると、佐羽が詩歌の前に出た。

「霧咲さん」

 また口喧嘩が始まるのではと詩歌は心配したが、佐羽の口から出たのは意外な言葉だった。

「ありがとう」

 佐羽は照れるでもなくそう言った。カゲノは一瞬驚いたが、何食わぬ顔で自らの制服についていた泥を払って答えた。

「条件反射だ」

「そう」

 詩歌はそのやりとりにホッとする。

「八咫の下らない戯言に振り回されている場合ではないな」

「うんうん。そうだよ霧咲さん。それにしてもあの八咫って人凄かったね~。ザ・ナイスバディ!って感じ!」

 あっけらかんと雅は言った。

「雅、空気読んで」

「え?え?なんで?」

「はあ、行くぞ」

 四人は再び霧の中へと歩き出した。


「でもさ、こう霧が濃くっちゃ探しにくいよね~」

「うん。ところで今何時くらいなんだろう?」

「待って。今確認する。…あれ?」

 腕時計を確認した佐羽が首を傾げる。

「どしたの?」

 雅も一緒に佐羽の腕時計を覗き込む。

「ん?止まっちゃってるじゃん。電池切れ?」

「そんなはずない」

「じゃあ、私の携帯で…。ってあれ?」

「詩歌も?」

 雅は今度は詩歌の携帯を覗いた。

「あらら、真っ暗。こっちも充電切れ?」

「おかしいな、満タンだったのに…」

 詩歌は電源を入れようとしたが、画面は暗いままだった。

「こういったところでは良くあることだ」

「そうなの?じゃ、霧咲さんの携帯もダメ?」

「私はそんなもの持っていない」

「それって不便じゃない?」

「何が不便なのだ」

「何がって言われると、難しいけどさ。ねぇ、詩歌?」

「誰かと急に連絡を取りたいときとかかなぁ?」

「あー、そうそう!そういう時!」

「別に不便を感じたことはない」

「んー、そうかぁ」

「そんなことより、この先道がかなり悪い。横は急な斜面になっている。無駄口を叩かずに歩くことに集中しろ」

 先頭を歩いていたカゲノが注意を促した。その場所まで行ってみると、確かにかなりの急斜面が真横にある。その上、人が一人通るのでギリギリの幅で一列になって進むしかないほどだった。

「ちょっと怖いかも…」

 詩歌は霧で先の見えない斜面の先を見て冷や汗を流す。

「私の背中につかまっていいよ」

 詩歌の前にいた雅が声を掛けた。

「うん、ありがとう」

 詩歌はその言葉に甘えて雅の背中のあたりの服を掴んだ。

「これで落ちるときは道連れだね」

「雅ちゃん~、怖いこと言わない………で?」

 ふ、と詩歌は足元に違和感を感じ、立ち止まる。

「詩歌?」

 背中を掴まれたままの雅も一緒に立ち止まる。

「何か、足に…」

 下を向いて足元を確認する。

「!」

 詩歌の目がそれを捉えたのと同時だった。

「きゃああああああああああああ!」

「わわ、ひゃあああああああああ!」

 二人の体は引きづり込まれるように斜面を滑り落ちていった。

「しまった!」

「詩歌!雅!」

 段々遠くなっていくカゲノと佐羽の声が、滑り落ちていく二人の耳に聞こえた。



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