プロローグⅠ 二人、すれ違う
プロローグI
「ん、どうした?」「いや、今すれ違った少女、見覚えがあるような気がして」
ーー西暦2026年 春。
魔導学院入学式 校門前ーー
桜色の吹雪。
辺り一面に少し強めの風が桜の花びらを散らせたことによる現象だ。
「...........っ」
目の前にずらっと並ぶ桜並木に、倉沢夜明は思わず魅とれてしまった。
声が出ないほど、綺麗だった。いつの間にか、入学式の会場に向かう足も止まっていた。
その桜の綺麗さを考えれば仕方のないことかもしれないが、夜明は後ろから来る人に気付かなかった。そして、不幸にも相手の人も、桜に見とれて夜明に気付かなかった。
だから、次の瞬間。
ガン! と夜明は少年とぶつかり、強い衝撃がきて転んだ。
「うわっ!」
ぶつかったのは横からで、尻餅をつく格好で転んだので主な怪我はなかったが、すこし患部がヒリヒリした。少しさすってみると少し痛みが引いたので、この分だとすぐ治るな、と夜明は判断する。
すると、横から声を掛けられた。
「ぶつかっちゃってごめんな。桜吹雪に見とれていたんだ」
声の聞こえた方を向くと凄く顔が整っている少年がいた。
「ああ、大丈夫だよ。怪我もないし」
夜明がそう返すと、少し茶が入った金髪のイケメン少年はホッとしたような表情を見せる。そして、手を差しのべてくる。
夜明はその手をつかみ、それとは逆の手で茶色の柔らかいコンクリートーーゴム?ーーに手をつき立ち上がる。ズボンをパンパンと払い、汚れを落としつつ、少しかがんで鞄を拾う。
そしてふとイケメン君の方を夜明はみた。イケメン君の目線は、桜だった。その視線を追って夜明も再び桜を見る。
「.....綺麗だよね」
「そうだな。綺麗だ」
ふと、言葉が漏れ、それにイケメン君は答える。
別に、反応を狙ったわけではなく、自然と出た言葉だったが、本当に目の前の光景は綺麗だった。
「......」
「......」
しばらく、無言だった。
「なあ、バッチ着けてるってことは君も入学生か?」
言葉も忘れ、再び沈黙していると、イケメン君がそんなことを言った。
「うん、そうだよ。も、ってことはそっちも?」
「ああそうだ。同じクラスになれるといいな」
そういって、イケメン君は笑った。ニカッと。もしかしたら夜明が女の子だったら、一発で惚れて仕舞いそうな笑みだ。
まあ、夜明は女の子ではないのでそんなことにはならなかったが、周りの女子がこちら......というか波乱を見て、顔を紅潮させてるのを見て、男として何故か負けた気になった。
夜明は、凡人はイケメンには勝てないのだ、という真理を見せつけられた気がした。
自分は平凡な顔立ちのせいで彼女さえいないのだ。中学時代は、中位貴族用の学舎に通っていたが、ついぞ彼女は出来なかった。......男子専用の学舎だったことも原因だと思うが、隣の目と鼻の先に中位貴族の女子学舎が合ったのだ。もはやなぜ分けてるのかわからないってほど、交流はあった。何とか彼女が欲しいと思うも努力しようにも何をしたら良いのかわからない。でも、少しは努力したのだ。
でも意味無かった。
それどころか、女子学舎の学生から声もあまりかけられなくなった。長髪にしてみただけだ。感想を聞いたクラスメイトに聞くと、ケアが成ってなかったらしい。夜明は失意のうちにもとに戻したということがあった。
そんなわけで。高校に上がり、6つの学舎ーー上位貴族、中位貴族、低位貴族の学舎それぞれ男女一づつーーが統合されたことにあたり、彼女作ってやるかぁぁぁぁっ! と意気込んでいたところに、こんなに風に一瞬で惚れて仕舞うようなことが発生である。最早、夜明の努力、何だったんだ。ってことで。
ズーンとマンガだったら表現されてる感じの夜明にイケメン君がふと思い出したようにいった。
「あ、言うの忘れてたけど俺の名前は天空波乱だ。よろしくな。そっちは?」
「ああ、僕は、倉沢夜明。こちらこそよろしく気軽に夜明ってよんで」
だが、イケメン君ーーもとい波乱は好印象だ。高校ーー魔導学院にはまだ新しい知り合いはいない。友達になっても悪くない、そう思って自己紹介を夜明は返した。
まあ、夜明はこの選択をしたことを後々、マズったんじゃね? と思うのだがそれはくどいようだが後々の話である。なにかというとこのあと波乱と夜明は親友になるのだが、イケメンが近くにいると周りのモブは、女子の視界に入らないよね。そう言うことである。
「ああ、そうさせてもらうよ。それと、その、あれだ。一緒にいかないか?」
「え?」
「いや、いつまでたっても約束した場所に幼馴染みが来なくてな」
「どうしょうもないこと聞くけど、その幼馴染みって男?」
「女だぞ」
その言葉にショックを受ける夜明。これが、イケメンと凡人の差なのか。こちらには仲のいい女の子すらいなく、知り合いと呼べるくらいしかいないというのに、と左手を持ち上げて横を見るというポーズを取る。
俗に言う、【俺って影薄いのかな】ポーズである。
(ははは。ここまで違うってか。ああ。もう笑え。ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。はぁ。いや、妹の美空が進学してきた時にコヤツに惚れて仕舞わないかお兄ちゃんは心配です)
そんな打ちのめされている夜明の内心も知らず波乱が言う。
「おーい行こうぜ」
「あ!? あ、そうだよね。行こう」
「よーし、出発だ」
そういって波乱は手を上にあげ、歩き出す。
否、歩き出そうとした。
でも、出来なかった。なぜなら前の瞬間。
「なーーーーに『よーし、出発だ』じゃ、おんどれはーーーーーーーーッ!」
「へぶぅッ!!!!!!」
波乱が黒い物体の直撃を受けて吹っ飛んだからである。
「............へ?」
何が起こったのかわからず、まぬけな声を出して、夜明は驚く。
「よっと」
そして、波乱を吹っ飛ばした反動で滞空していた黒い物体は器用に着地する。
夜明が、見たところ、その黒い物体の正体は、女子生徒だった。長い黒髪が高速で移動しているため、黒い物体に見えたのだ。そして、その女子生徒は、美少女だった。雑誌などに出ても遜色ない程の。
そして、その、女子生徒はすたすたと倒れている波乱の方へ向かう。そして波乱の制服の襟元を持って上下に降る。
「まったく。来るまで待つ。そう言ったのはアンタでしょ、波乱。それをほっぽりだして何? 『よーし、出発だ』? 何さらりと私をおいてこうとしてるのよ?」
「わ......悪......がっ......だ.......」
振り回され、思うように言葉を話せない波乱。
「何言ってるの? 聞こえないわ。ちゃんと言いなさいよ」
「すみ......まぜん。俺が......わるう......ござい......ました」
「いいわ。許してあげる。でも、もうこんなこと二度としないでね。探したんだから」
少女はそう言い、波乱を揺さぶりの刑から解放した。随分と元気な女の子だなあ、と夜明は思った。
「何だ。心配してくれたのか?」
「ーーっ。だ、誰が貴方なんて心配するのよ。わ、私はただお弁当忘れた波乱に、お弁当届けに来ただけなんだから。別に貴方のためじゃないわよ。私のお母さんに言われて仕方なくなんだからね」
その大事な記憶はどれも小高い丘から始まる。
頂上に一本だけたつ桜の木。
その下に幼い少年は寝そべり、ただずんでいた。
歳は10歳くらいだ。いや、あれは、9歳だったっけ。
満天の青空が冴え渡り、ソコはいつにもまして朗らかだった。
少年は手を頭の後ろに組んでまぶたを閉じる。少しチクチクするが背中に伝わる草の冷たい感触が気持ち良さそうだ。どこにでもあるような、そんな晴れの日だったけれど、その日は少年にとって最高の日だった。そよ風が吹き少年の頬をくすぐる。少しかゆみを感じたのか、朗らかな春の日のせいで重いまぶたを開けるとーー
風そのもののように、大量の白い桜の花が舞っていた。少しずつふわりふわりと白い物体を落ちてくる。
まるで雪のように。
とても綺麗だった。
少年はその景色に見とれていた。
その流れの中から本物の雪色が飛び出してくる。小さな少女。その髪の毛の色だ。『彼女』は現れるといつものように、少年に話しかけてきた。
いつもの場所にいると言うのに探したとか、言って。きっと、疲れているのを誤魔化したいのだろう、その時は気づかなかったけれど、バレバレだ。顔に出ている。
僕の前では必死に虚勢を張ろうとするけど、それが『彼女』の魅力だった。
勿論容姿も可愛いけど。
キラキラと光を放つ紫色の瞳。最高級の絹糸のような白い雪のような銀色の髪の毛。黄色と白色のフリルがついた服。それが特徴的で。その他の顔や、体のパーツも均衡が取れていて、未完成ながらとても綺麗な少女。思い出とわかっていても、整っていた。
綺麗だなあ、と思うけれど、何故かその時僕はーーつまり少年は『彼女』を邪険にしてしまっていた。今思えば僕は『彼女』に恋していたのかもしれない。
まあ、邪険にしてしまっていたのは『彼女』がお転婆だった事が一番の原因なのだけど。
思えば、初めて会った時もそうだった。
僕が何時ものように、きれいな桜の下で寝そべっていたらお腹にガン! という衝撃を受けた。僕がガハッといってとびあがり、そして出会った。
銀髪紫眼の『彼女』に。最初は天使かと思った。でも、怒りはあって、「何するんだ!」と僕が言うと、謝ろうとしていた『彼女』は、何故か「そ、そっちが悪いのでしょ。わたしが通る道にいるんだから」と言ってきたのだ。理不尽な話だ。それから、これまた何故か一緒に遊ぶことになって。10日間、桜の木の下で会って遊んだ。
でもーー
11日目、『彼女』は来なかった。その前の日、明日また遊びましょと、言った『彼女』。その日は会えなかった。きっと、何か有ったのだろうと思った。だから、その次の日になれば来るのだと、そう思っていた。
いつの間にか、うるさい『彼女』がそばにいるのが当たり前になっていたのだ。
でも、その次の日ーー
『彼女』はまた、来なかった。
それから、6年、『彼女』が言っていた明日は、来ていない。
「ーーーーーーーーーーーーはっ」
『今の』僕は、いつの間にか、目の前を通る少女に気をとられていた。
最初から順序だてて説明しよう。
今日は、僕が入学する国立魔導学園の入学式だ。
初めて通る道に此れからの学園生活を思い浮かべながら、桜並木に彩られる茶色のレンガの道を歩いていた。
......え、入試の時に、一回来ているって? 当たり前でしょ。
でも良いのだ。ここの学生としてこの道を通るのは初めてだからね。
それに、今は初めての気分に浸りたいのだ。
そんなウキウキした気持ちで僕は道を歩く。
時折頭に乗っかる桜の花びらを払いながら。
しばらく歩くと、途中に一本だけ、白い桜があった。まるで、あの場所の桜のように。幼き日の『彼女』の髪のように。
真っ白な花びらが舞っていた。
......今ではもう、かなりの美人に成長しているであろう『彼女』はきっとこっちを振り向いて貰えないであろう。歯牙にすら止めないだろう。
自分はイケメンでもないし、魔法の技能もそこまで強くない。
強いて言えば、学力には自信がそれなりにはあるが、ここではあまりに意味をなさない。
ここは、国立魔導学園だから。
それに、まず、ここに入学出来たこと自体が僥興なのだ。
自分は、貴族生まれ《ノーブル》ではないのだから。
一般に貴族ーー特権階級という意味でもあるが、魔導師を輩出してきた家系という意味ーーに生まれた人間は遺伝により魔力や、その制御が上手い。よって、この学園に通う半数ほどが貴族だ。
だが逆に言えば、絶対的母数は平民の方が上なのに貴族は半分も受かっているのだ。貴族の魔法制御の卓越さが伺える。
そして、この学園は魔法能力に重きを置いていると聞いている。
だから。
学力以外、何の特記事項もない僕がこの学園に受かったのは奇跡なのだ。
この学園にーー魔法に憧れて入ったが、『彼女』のことが頭を過り、不安になる。
きっと、もう、『彼女』にとって僕は過去の存在なのだろう。
でも、もう一度だけ、会いたかった。
だから、この学園に入った。
有名になれば、『彼女』が気付いてくれるかも知れないから。
司会のはしに凄くイケメンな男子生徒を見かける。
『彼女』の隣にいるようになるのは彼のような人なのだろうな......と思ったその時。
さらっと雪の糸が隣を掠めた。
フラッシュバックする。
『彼女』の、『彼女』とのたった10日間の思い出が。
慌てて後ろをーー少女が向かった入学式会場の方を振り向く。
僕は何故か、その後ろ姿に見覚えがあるような気がして慌てて追いかけそうになった。今隣を掠めた少女が彼女か確かめたくて。
でもそれは出来なかった。
先程のイケメンくんに話しかけられたからである。
「スッげえ美人だよなあ」
「......ああ」
お前が言うな。イケメンくん(仮名)。
「やっぱすげえよな。あの娘、「銀の雪姫」って呼ばれてる有名人だろ。貴族だけあって、気品が半端じゃないよな。貴族しか通えない中等部ではいつも学年一位だったらしいぜ......まあ、受け売りだけどな」
「ああ、あの。テレビにも出てる。......同い年だったのか」
あっぶねえ、声かけないで良かった。道理で見覚えがあるはずだよ。これで違っていたら凄く恥ずかしいかったぞ。勘違いで有名人に声掛けるなんて。おい、30秒前の僕、そこに正座! それと、イケメンくん(まだいうか......と言うか名前知らない)ありがとう。お陰で自己嫌悪せずにすんだよ。
......言ったら、今のことばれるから、心のなかでだけの感謝の気持ちだけどね。
イケメンくんもとい波乱がボディブローされているからだ。黒髪長髪の美少女に。うぎゃぎゃぎゃ、と声にならない悲鳴を上げる波乱。
......何がどうなってんのか分からないのですが。
とにかく、美少女と波乱がイチャイチャしているのは確かなようだ。......ほんとそうユーのは他所で。
取っつき会っている二人は暫く収まりそうもない対決をしているので、僕は先程の少女が言った方を向く。
ないな、と夜明は思った。
少女はまだそれほど離れておらず、恐らくは中等部の友達であろう少女たちと話している。会話は聞き取れないが、「ですわ」を連発していることは判る。
......これで少女が『彼女』でないことはほぼ確定した。『彼女』は、お転婆で気が強くて、ですわなんて、絶対使わないように思えるからだ。
......マジで波乱に感謝感謝だ。間違っていてーーなんて、考えるだけでもゾッとする。でもお礼は言わん。まあ、今度は少し美少女と一緒にいる波乱がムカつくからという理由なのだが。
で、その波乱とはと言いますと。
「ギブギブギブ。止めて! 巫女さんや」
「何ですか波乱。いつの間にか居なくなっているから探したら、他のオンナノコのはなしですか。ええ」
「......その話し方可笑しくない?」
「お嬢様言葉を知らないと? この学園の貴族出身の令嬢は皆この話し方ですわよ」
「それって言葉をそのままにイントネーション変えると関西のおばさん......ギブギブギブギブ」
圧倒的に、負けていた。さすがに見ていられなかった僕は、止めに入ろうとする。別にそれをされてると彼女がいない僕への当て付けのように感じた訳ではない。
「あの、すみません。葉子さんでしたっけ。皆が見てるのでやめた方が言いと思うのですが」
そう助け船を出す。すると効果はてきめん。葉子と呼ばれた黒髪長髪の美少女は瞬く間に淑女らしさを取り戻し、優雅に一礼する。
「波乱がお見苦しいところをお見せしてしまいましたわ。本当に謝罪をお送りさせて頂きます。申し遅れましたが、わたくしの名は緋園巫女と申します。以後、お見知りおきを。それと、ここにいる波乱とは幼馴染ですわ」
その言葉に答え、僕は先程止めてしまった自己紹介をする。
「これはどうも、ご丁寧に。僕の名前は、です。宜しくお願いします」
その後、入学式は無事執り行われた。
入学生総代は当然のごとく、「銀の雪姫」こと、雪織神楽だった。僕が間違えて追っかけようと思ったあの少女だ。僕は何故か彼女が話しているとき、目が彼女からはなせなっかった。
もしかしたら。
もしかしたらこの時、この後11カ月後に起こる騒動のことを。
そして、この少女が『彼女』であることをわかっていたのかもしれない。