84:七不思議の話⑥
俺の七不思議コンプリートは、たぶん達成されないことが決定しました。
俺が遭遇する前に、羽柴が遭遇して追い払ったみたい。
いつも通り物理だけど、今回は悪霊だったから祓ったというより個人的にムカついたからボコったてのが正確だから、ちょっと同情する。
ボコられても文句言えない性悪霊だったから、本当にちょっとだけだけど。
羽柴さ、珍しく冬休みの宿題が一つ提出できてなくて、先週は学校始まってすぐなのにそれでちょっと居残りしてたんだって。
提出できなかったのは、家庭科の宿題で一番簡単な編み方を授業で教えてもらったから、それで一本マフラーを編めってやつ。
これ、他の編み方が出来るんなら、授業で習った奴とは違うのでもいいって言われて、羽柴は別の編み方に挑戦しちゃって期日までに間に合わなかったらしいんだ。
でも途中までは出来てたから、その提出日に家庭科室で残って編ませてもらってたらその七不思議の一つに遭遇。
うちの中学校の七不思議6つ目、「知らない生徒」って呼ばれてる奴。
別に出るのは家庭科室に限定されてるわけじゃないんだけど、一番良く聞くのは家庭科室だな。
内容はよくある話で、きちんと人数分作った調理実習の飯やお菓子が一人分なくなってたり、逆に誰も作っていないはずが一人分増えてたり、自分一人しかいないのに笑い声が聞こえたり、席から立ったみたいな椅子の音が聞こえたりとか、そういう誰にも見えない、知らない生徒が一人増えたとしか思えない現象はみんな、その七不思議の仕業ってことになってる。
俺はその話、普通に通りすがりの浮遊霊がやったもので特定の霊がいるわけじゃないって思ってたけど、羽柴は浮遊霊がやったのも多いけど、わざとそういうことやってビビらせる特定の霊がいたって言ってた。
まぁ、やることはつまらないビビらせる以外の被害はマジでない悪戯レベルだったから、羽柴は気付いててもずっと無視してたんだって。
でも、先週はついにキレたらしい。
そのやたらと悪戯してくる霊は同い年くらいの女子の霊だったらしいけど、……何ていうかその……、少なくて学年に一人、多くてクラスに一人くらいの割合でいそうな、なんつーかウザ痛い系女子だったってさ。
自分の事を、「私」とか「あたし」じゃなくて、自分の名前を使うだけならまだしも○○ちゃんとか○○姫とか○○にゃんとか言ったり、聞いてもないのに自分がモテて困る自慢を勝手に話しまくるタイプ。
なんか、「知らない生徒」って七不思議の正体は、そんな壮絶に中学生でもこれはヤバいってレベルのぶりっ子かまってちゃん黒歴史の見本だったってさ。
うん、俺には見えない訳だ。向こうが興味を持たない限り、俺はそんなんと波長は合わねーよ。つーか合いたくねーし、合わせねーよ。
なんつーか、その霊は自分が女らしくて家庭科でやることなんて全部完璧プロレベルにできて当然って思い込んでるタイプらしくて、それが家庭科室でよく話を聞く理由。
調理実習で一人分なくなるのは、勝手に食って「この程度で喜んじゃって、かわいそー」とか言って見下したいからで、一人分作ったものが増えるのは「見てごらんさいよ、○○ちゃんの完璧なこの出来栄えを!」って自慢したいから。
そんな、生きてても死んでてもウザくて殺してーって思うタイプだけど、自分が一番可愛くて大事なナルシストタイプだからか、羽柴みたいに波長が合う合わない関係なく見えるタイプじゃない限り、誰にも見えないし声も聞こえないで軽いポルターガイストを起こすだけだから、羽柴は今まで放っておいたんだって。
自分は見えないようにもできるから支障はあんまなかったし、下手に誰かに話して、そういう霊がいるって認識したらそれこそ見える人が出てその人が可哀相だからってことで、俺にも何も言わなかったんだけど……、その霊、見逃されてたのに盛大に自分から地雷を踏むどころか、地雷の上でタップダンスを踊りやがったよ。
マジでご愁傷さま。
羽柴が家庭科室で居残って、マフラーを編んでたらその霊が寄ってきて、「何それださ~い。っていうか、へったくそ~」とか言いやがったらしい。
もうその時点で、羽柴はそいつ限定で霊感をOFFにしたんだけど、そいつは羽柴が見えていたのに無視したことに気付いたのか、気付いてないけどとにかく嫌がらせをしたかったのかは知らないけど、せっかく見逃されてたのに、マジで自滅としか言いようのない嫌がらせをしやがった。
家庭科室の椅子を、ガタガタゴトゴト音を立てて、引いたり揺らしたりを繰り返すわ、水道の蛇口をいきなり全部順番に開けていくわと、地味だけど霊感OFFじゃ意味のない、無視できない嫌がらせのオンパレード。
最終的に、毛糸を机から落として教室の端まで蹴って転がして、羽柴が回収して机の上に置いた瞬間また落としてけっ飛ばしたことで、羽柴がキレた。
我慢した方だよ、羽柴は。
キレた瞬間、霊感をONにしてまずは持ってた編み棒で羽柴が見えてるってことを知らずに、羽柴のすぐ近くでバカにして笑ってるその霊の脇腹をぶっ刺した。
羽柴さん、気持ちはわかるけどやめて! 痛い! 鋭利な刃物じゃない分、なんか想像したくないのに出来ちゃってしかも痛いからやめて! な攻撃に仕掛けた。
そんでその後は、持ってた作りかけのマフラーで殴りまくった。
変な表現だけど、マジでマフラーで殴ったらしい。そして後で知ったけど、納得だった。
羽柴、ゆったりふんわり編めばよかったマフラーをやたらと力を込めて編んだものだから、密度がすげーの。マフラーとは思えない硬さと重さなんだよ。
そんなんで、びたーん! びたーん! と殴りまくって、ついでに蹴りまくって、最終的に家庭科室から蹴りだして、マフラー制作を続行したってさ。
ちなみに、蹴りだしたのは廊下じゃなくて窓の外な。
羽柴がやったのはそんだけでちゃんと除霊をしたわけじゃないらしいけど、ここ一週間全く見てないらしいから、出て行ったか羽柴を徹底的に避けてるかのどちらだな。
で、そんなウザくて嫌な思いまでして羽柴は居残ってマフラーを完成させて提出して今日、そのマフラーが返って来たんだけど……、羽柴、先生から「頑張りはすごく認める。でも、これはマフラーじゃない」って言われたらしいんだ。
羽柴は優等生だからなー。基本的にあいつが何かできなくて困ってるところなんて見たことなくて、羽柴もそんな風に言われたことがなかったのか、顔はいつも通り無表情だけどすっげー雰囲気が凹んでた。
そんな羽柴をなんとかフォローしてあげたかったんだけど……、実物見たらマジであれはちょっとマフラーとして活用するのは無理だったわ。長さが足りないし。
でも、俺も見て一瞬、言葉を失った時の羽柴、いつもの無表情さえも崩して「そこまで酷い?」って言いたげな顔になったからさ!
もうそんな顔されてたら、何とか何か言わなくちゃ! ってなるじゃん!!
でも、言葉に詰まっちゃったし、実際にマフラーとして使えそうにない長さだったから、俺が言えたのはひざ掛けには使えるから俺にちょうだい! だったよ。
羽柴、「ソーキさんが使ってくれるなら」って言って、普通にくれたけど。
俺としてはフォローになってたのかどうか不明な一言だったけど、ちょっとだけ羽柴が凹んでた雰囲気が薄まったから、まぁいいや。
もらったマフラー兼ひざ掛け、あったかいし。
……あったかいけど、マジで重いわ、これ。
マジでこれ、武器になるよ。丸めたら鈍器として使えるんじゃね?
どんな力で編んで毛糸を圧縮したんだよ、羽柴。
っていうか、何故こんなにも力を込めて編んだ?
* * *
『……ごめん、れんげちゃん!
私にはそれ、手編みの白い富士山にしか見えない!!』
羽柴はたいていのことは初めてやることでも、平均以上の結果をだす嫌味なくらいの優等生ですが、彼女は緊張して肩の力が入ると途端にポンコツになります。
何が言いたいかというと、マフラー予定だったひざ掛け、っていうか手編みの富士山には愛をこめすぎた。
次回も、緩いコメディです。




