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80:二年参りの話

 新年早々、俺は死にそう。

 ある意味、今死ねたら本望だけど幸せすぎて死んだことに気付かず生き返りそう。


 オカ研の皆で二年参りするって言ったよな。

 いつものお守りとかお札とかもらう神社じゃなくて、椚の上司的な神様が祀られてる稲荷神社の方に、除夜の鐘を聞きながらお参りに行こうって、冬休み前に話が出て、行ってきたんだ。


 時間が時間だから、先生が一人ひとりの家まで迎えに来てくれて、みんなでぞろぞろ神社に向かったんだけど、もうな、俺は羽柴の家に迎えに行った時点で幸せすぎて死ねた。


 なんか玄関チャイムならしたらしきみさんがインターホンに出て普通に羽柴を呼んでたんだけど、インターホン越しに何故か二人がちょっとケンカしてるのが聞こえたんだ。

 羽柴がすっげー珍しく叫んでたな。

「やっぱり着替える!!」って。


 で、インターホン越しのケンカが30秒ぐらい続いて、しきみさんが「ちょっと待ってて。今、放り出す」って言ったかと思ったらインターホンが切れて、そしてやっぱり30秒後くらいに言葉通り羽柴が放り出された。


 めっちゃ綺麗な着物姿の羽柴が。


 もうみんな、少し遠いとはいえ十分徒歩圏内の小さな神社へのお参りだから全員普段着で、何人かはパジャマ代わりに使ってそうなジャージって格好なのに、羽柴は今から冠婚葬祭の葬式以外ならどれでも出れるんじゃないかってくらい、びっちりきっちり決めた和服なの。

 浴衣姿最高って夏休みは言ったけど、浴衣って夏用の着物じゃなくてパジャマ的な楽でラフな服装だって部長から聞かされたのを思い出した。


 もう浴衣姿以上に完璧な和服美人、まさしく月のお姫様でしたよ、羽柴は。


 羽柴が可愛すぎて似合いすぎてるのは言うまでもないけど、それを抜いても綺麗な着物だったなー。和服に詳しいらしい部長が絶賛してたし。

 なんか昔ながらの着物って感じじゃなくて、俺の勝手なイメージだけど大正ロマンとかハイカラって感じな着物で、本当に着物に全然興味がない俺でも純粋に綺麗だなーって思ったよ。


 赤地に毬の柄で、毬にいっぱい花の模様はあるし、白やら水色やら黄色やら結構色をごちゃごちゃ使ってるはずなのに全体で見たら全然ごちゃごちゃしてなくて、もうそれだけで芸術品だった。

 けど寒くないのかなーって思ってたら、着物の上に着るコートってあるんだな。

 着物の構造上マントみたいだったけど、真っ白なコートを着てた。


 コートで着物のほとんどが隠れちゃうのはもったいないなーってちょっと思ったけど、ずっとあのままだったら神社につく前に俺がドキドキしすぎてマジで死んでたかもしれないから良かったのかもしれない。

 ただでさえコート姿でも、あー羽柴可愛すぎる!! ってずっと思ってたから。


 あと髪型がいつもと全然違ってた。

 俺にはどうやってんのか全然わからないんだけど、髪をこう内側に丸めてまとめたのかな?

 切ってないのにボブカットっぽい髪形にして、俺がクリスマスにあげたカチューシャをしてくれてた!

 羽柴といえば綺麗な黒髪ロングストレートだけど、ショートもめちゃくちゃ可愛かった!

 雪の結晶の飾りがついたカチューシャがまた似合ってて、贈ったのは俺だってことも忘れてグッジョブ! とか思ったし!


 ……ごめん、テンション上がりすぎた。

 とにかくそんなかぐや姫か女神ってレベルに羽柴が着飾ってて、本当に珍しいことに羽柴が無表情じゃなくって顔を赤くして俯いて恥ずかしがって、しきみさんに放り出された後も「やっぱり着替える! 洋服に着替える!!」って言って、家の中に戻ろうとしてた。


 あんなに着飾ってたのは、羽柴家が初詣をするときはいつもあれくらい正装をするかららしい。

 だから他の皆もそうだろう、少なくとも自分一人じゃないはずだと羽柴は思いこんでて、玄関チャイムを鳴らした直後、二階の自分の部屋から俺らの格好を見てガチで血の気が引いたって言ってたわ。

 羽柴家の家庭内ルールと羽柴の勘違いグッジョブ!!


 その後しばらく羽柴は、オカ研の皆で可愛いし変じゃないからそのままでいいじゃんって言っても恥ずかしがって、着替えるって言い張って大変だったけどな。

 ……なんか知らんけど最終的にしきみさんが、「少年はどう思う?」って話を振ってきたと思ったら、部長とか先生とかも俺に話を振ってきてちょっと焦った。

 もうやめてほしかったわ、あれは。うっかり似合うとかかわいいとかじゃなくて、結婚してくださいって本音が出そうだったから感想を言わずに我慢してたのに。


 けど皆から、お前だけ何も言ってないって感じで責められて、羽柴も今まで見たことないくらい恥ずかしそうな顔しつつも俺の方を見るし!!

 そんなん見たら言うよ!

 めっちゃかわいいです! 世界一似合ってます!! って!

 出かかった結婚してくださいを我慢した自分を褒めたい。


 それでようやく変じゃないってことは納得してくれたのか、羽柴は着替えるのはやめてくれて神社に向かったんだけど、俺たちみたいに二年参りに行く人はいっぱいいてもやっぱり有名な神社ではないから、羽柴みたいに正装してる人はいなくて、最初から最後まで羽柴は恥ずかしそうで居心地が悪そうだった。


 羽柴には悪いけどその様子がいつものクールな羽柴と全然違って、羽柴がいつもは霊を物理除霊するどころか無表情でほとんど笑わない子だなんて信じられないくらい、普通に表情豊かで恥ずかしがり屋な女の子に見えたよ。

 普通って言うには、美少女すぎるけどな。


 まぁそんな感じで、あー羽柴かわいい、写真撮りたい、でもあそこまで恥ずかしがってたなら取らせてくれないだろうなーとか思って、写真代わりに記憶に焼き付けながら神社に到着。

 あの神社さ、境内までの階段の段数って結構多いじゃん?

 あの階段、全部で300段丁度なんだって。


 先生が行く前にその神社についていろいろ調べたらしくて、そう言ってた。

 で、特に意味もなかったんだけど本当に300段丁度か、何故かオカ研の皆で数えながら登って確かめたんだ。

 結果は何人かは290ちょっとだとか、300超えてたとか言い張ってたけど、まぁ数え間違いだろうな。

 普通に偽りなく、300段丁度だった。


 そっからは別に普通。

 除夜の鐘を聞きながら人ごみの流れに乗って前に進んで、お賽銭を入れて鈴鳴らしてお参りしただけ。

 そういや、ちょっとだけ観光客かなんかの外人がいたけど、その外人が「ゲイシャー」とか「ヤマトナデシコー」とか言いながら、羽柴をスマホで写真撮ってた。

 気持ちはわかるが、個人を堂々と撮るなよな。うらやましいだろ! その写真くださいお願いします!! って本気で思った。

 つか、言いそうになった。


 それから巫女さんから甘酒をもらって、さて送るから帰るぞーって先生が言って、普通に先生の後について行こうとしたタイミングで、ダウンジャケットのすそを引っ張られたんだ。

 振り返って見たら、10歳以下くらいの男の子が俯いて泣きながら「……ママ~」とか言ってたから、迷子だと思ってとりあえずその子に視線が合うようにしゃがんで話しかけたよ。


 ママとはぐれたのか? 名前は言えるか? 何歳? って思いつくままに質問しても、その子は泣いたままで答えてくれないからとりあえず泣き止まそうと思って、まだ一口しか飲んでなかった甘酒を渡したら、いきなり嬉しそうな顔になって遠慮なく一気に飲み干しやがった。


 ……その笑顔が、俺には見覚えあったんだよな。

 俺はしゃがみこんだまま、もしかしてお前椚か? って訊いたら、満面の笑顔で「あったり~!」って言いやがったよあのクソ狐。

 いつもいつも神社に遊びに来てやっても羽柴の姿にばっかり化けるから、油断してたわ!


 もう椚だってわかったら心配する必要も義務もないから、今日はもう夜中だし人も多いから遊べねーよ、また今度なって言ったらさ、あいつはニヤニヤ笑いながら「そーじゃねーよ。今日出てきたのは、お前の願いを叶えてやるためだよ」って言い出して、は? 願い? って思ってたら、後ろから羽柴に「ソーキさん? 何やってんの? もうみんな先に言っちゃってるよ」って声をかけられたんだ。


 それで一回振り返ってから、説明しようとした時には子供に化けてた椚がいなくなってた。

 まぁ、羽柴だから俺の様子で何も言わなくてもだいたいわかったらしく、「またあの狐? 今度、もう悪戯できないように叱りつけようか?」とか言ってたけど。

 ちなみに止めておいた。お前は前にかかと落としを決めてから椚にとってトラウマなんだよ。これ以上、傷を深くしてやるなって。


 そんなこと話しながら先輩たちを追って階段を降りようとしたけど、階段の幅があんまり広くないからどお参りを終えた人と今からお参りする人でごった返してて、羽柴が着物だったからいつもより動きにくかったんだろうな。

 人波に流されてはぐれそうになったから、とっさに手を掴んじゃった。


 もう手を掴んだのは本当にとっさだったから、俺から掴んだのに緊張で固まっちゃったよ。

 霊関係で羽柴に手を掴まれて逃げることはもう何度もあったけど、俺から掴んだのは多分初めてで、心臓がバクバクいってて離した方がいいのかな? でも離したくない! って思ってたら、羽柴は俺の手を握り返してくれたんだ!

 それで、「……ごめんなさい。……ちょっと、動きにくくてはぐれそうだから……このまま繋いでてもいい?」って言ったんだ!


 もう俺は地震が起こった時の赤べこみたいに、首を振ったよ。

 声に出したら、ハイ喜んでー!! って居酒屋みたいな返事になってたと思う。


 もうここから5分くらいの記憶は曖昧。緊張しすぎて何も話せなかったのか、何を話したのか覚えてないのかもわかんない。

 ただひたすら、かぐや姫みたいな羽柴と手を繋いで階段を降りてるってことに感動しながら降りてたってことしか覚えてない。


 ちょっとまともに脳が働いたのが、羽柴が俺の隣で「100」って呟いた時。

 その声でふっと我に返って、何か言った? って訊いたら、「今の段で、ちょうど100」って言われた。

 羽柴が階段の段数を数えてたってことは、たぶん俺は何も話せず歩いてたんだろうなぁ。


 思い返すと情けないな。せっかく好きな子と手を繋いで歩いてるっていうのに、ガチガチに緊張して何も話せないって。

 そう思っても、姿を見なくたって綺麗すぎる羽柴が隣にいる、右手のぬくもりはカイロなんかじゃなくって羽柴の体温だって思ったら、頭が真っ白になっていつもなら出来るくだらない中身のない雑談もできなくて、無言で俯いて、自分のつま先を見ながら階段を降りるしか出来なかった。


 そうやって俺も緊張をほぐすのもかねて、なんとなく階段の段数を数え始めたんだよ。

 羽柴が「100」って呟いてしばらくたってからだったから、ちょうど200にはならないよなーって思いながら。

 そうやって階段を数えながら降りたんだけど、そんなんで緊張が解けるわけがない。

 よし、落ち着いてきたから何か話すぞ! って思ってチラッと横の羽柴を見たら、何を話そうとしてたのかが吹っ飛ぶぐらいに見惚れて、また緊張して視線をつま先に戻すってのを繰り返したよ。


 そんなことをやりながら段数を数えながら降りてたら、150を超えたあたりで、違和感に気付いた。

 俺が数えて150を超えたってことは、残りの段数は50以下のはずなんだ。

 羽柴が100って言ってから数え始めたんだから、羽柴が数え間違えてても、そしてそれをどんなに大きく見繕っても残りの段数は100以下になるはずだろう?


 なのに、俺たちが立ってる位置は、まだ階段の半分くらいだった。

 確かに俺も羽柴も周りの人も降りて行ってるのに、いつからか降りても降りても足踏みしてるみたいに周りの景色が変わらなくなってたんだ。

 でも、俺の前後や左右の人たちはそんな異常な状態だってことに気付いた様子もなく、普通に雑談したりしながら、永遠に続く階段を降りて行ってた。


 ここでやっと気づいたよ。

 これ、椚の仕業だ。

 しかもいつもの悪戯じゃなくって、俺の所為だってことにも気づいた。


 ……俺、参拝でこんな願い事をしちゃったんだよな。

 もうちょっとだけでいいから、羽柴と一緒にいたい。できれば二人っきりで、って。


 何も考えず欲望そのままの願い事だったのに、椚はご丁寧に叶えてくれたよ。

 ありがとう、椚。甘酒くらいいくらでも飲め。今度、稲荷ずしも持っていくって心の中であいつに親指を立てておいた。


 でも、椚に悪気はないとはいえ羽柴が怒るかな? っていうか、もう気付いてるよな? どうやったら俺の願い事がバレずに、椚を庇えるかな? とか思いながら横の羽柴を見たら、羽柴も俺みたいに自分のつま先だけ見ながら降りて、いきなり言い出したんだ。

「500」って。


 え? 俺と羽柴では降りて行ってる感覚違う? 羽柴はもう500段目? って思ったけど、違ってた。

「今さっき、ちょうど300段目だった。

 ……だから、500だと切りが良いから、それくらいで終わるかな?」って、羽柴は言葉を続けたんだ。


 ……階段は、羽柴の言った通りたぶん500で終わった。

 俺が400近くを数えた時に、ようやくオカ研の皆に追いついたよ。


 階段を降りてからは、もちろん俺と羽柴は手を離した。

 どっちが先に離したかは、覚えてないけど。


 そこからは、普通。

 先輩たちや先生は何も気づいてなかった。俺と羽柴だけ少し遅かったくらいにしか思わず、また狐に化かされてたなんて想像もしてなかったよ。

 だから、誰にも何も聞かれず、俺も羽柴も質問攻めはウザいから話さず、一緒に帰って行った。


 ……話すきっかけがなかったから訊けなかったけど、初めから数えてた羽柴はとっくの昔に椚がやってることに気付いてたんだろうな。

 なのに、何も言わないでずっと俺の手を繋いで一緒に降りてくれてた。

 俺が気付いても、椚になんかしようとしないでそのまま倍近い数の階段を降りてくれたよ。

 手を、繋いだまま。


 ……ああああぁぁぁ!

 もう俺、本当に死にそう。死にそうだけど、眠れない! 自分の心臓がうるさすぎて、羽柴と繋いでた右手がやたらと熱くて眠れない!!




 * * *




『新年早々、おめでたいのに相変わらず鈍すぎ。

 もう何でもいいから爆発しろ、このリア充!』

あけましておめでとうございます。

あと20話で完結予定ですが、それまでよろしくお願いします。


降りても降りても下に辿りつけない階段って、書き方によってはすごく怖くなりそうな題材なのに、バカップルにとってはいちゃつくいい材料でしかありませんでした。


次回は、小ネタ集。今回の羽柴さんの可愛げなんか、次回は全く残ってませんよ。

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