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79:雪女の話

 それでさ、とにかくあの変な建物から逃げれたことはいいんだけど、その頃にはもう7時回ってて、今から家に帰ったら9時くらいになるし、外食するにはリンデンがいるから、晩飯どうしよう? ってちょっと困ってたら、同じ目にあってた家族がさ、「うちはここから30分ほどですから、良ければ家に来ませんか?」って言ってくれたんだ。


 さすがにいきなり、今日初めて会った人の家でご馳走になるのはどうよって思ってオトンもオカンも俺も断ったんだけど、自分たちはもちろん何より子供を守ってくれたってものすごく恩を感じてたらしくて、お礼にせめて食事くらいはって言われて、正直かなり腹が減ってたからお言葉に甘えちゃったんだよな。


 っていうか、その人たちの家に行ってびっくりした。

 かなり金持ちだった。ものすげー家は広いし綺麗だし、飯も美味かった。

 冷蔵庫にあったものの在り合わせだけどって言いながら、焼き肉が出てきた。

 こんな肉を常備してんのか、この家はって思いながら食ったわ。


 一番の功労者のリンデンも味付けしてない肉をゆでたり焼いたりしてもらって、食べさせたよ。

 ……これから今までやってたドッグフード食べなくなったらどうしよう?

 まぁ、そんな感じでご馳走になったのはいいんだけど、オカンとオトンがうっかり酒も勧められて飲んじゃったから、帰れなくなったんだよ。


 だから、申し訳ないけど「ぜひ泊まっていってください」って言葉にも甘えて、一泊させてもらった。

 いやー金持ち凄いわー。客間が何で二つもあるんだよ。俺の部屋よりずっと広いし。

 そんなこと思いながらリンデンと一緒に寝たんだけど、単純に自分ちとは違うからか、それともフワフワの羽毛布団とかなんか高級感あふれる部屋に俺が合わなかったからか、朝の6時に目が覚めちゃったんだ。


 リンデンも一緒に起きたし、そこの家のおばさんももう起きてたみたいだから、そのまま着替えて挨拶してリンデンを朝の散歩に連れて行ったんだよ。

 まだ日が登ってないから暗いし雪も積もらない程度とはいえ降ってたけど、暇だったし他にすることなかったし、家じゃないからリンデンのトイレがなくて、我慢してるだろうなーって思ってさ。


 ……そこでまた、遭遇しました。

 もう何なの、俺のホイホイは。

 俺ってマジで一人で出歩くことも許されないレベルのホイホイなの?

 まぁ今回のは昨日の奴とは違って、害はあるけど悪霊とは言えない、つーか普通に同情しちゃう霊だったけど。


 リンデンを連れて、知らない街だから道に迷わないようにひたすらまっすぐに進んで、15分ぐらい歩いたところでUターンしてきた道を戻った。

 その途中で、寒かったからあったかい飲み物を買って飲まずにカイロ替わりしてたら、次第に雪がどんどんひどくなって行ったんだ。


 初めはチロチロと雪と言うか虫か埃にしか見えないくらい小さいのが落ちてきて、地面のコンクリに積もらずすぐに溶けるようなのだったのに、どんどん雪が大きく、ボタボタともう雪玉って言ってもよさそうな大きさの雪が降ってきて、たぶん3分もしないうちに視界がホワイトアウトした。

 遭難するかと本気で思ったわ。


 マジでいきなりすぎる天候の変化にビビったけど、住宅街だしまっすぐ歩いてきたからまぁ大丈夫だろうって思いながら進んでたんだけど、急にリンデンが止まって前に向かって唸りだしたんだよ。


 ……前から思ってたけど、今回で確信した。

 リンデンも霊感があるわ。前の飼い主さんが見えてたのは、相性がいいとか飼い主が大好きだったからだからだけじゃなくて、素であいつは羽柴や俺に近い。

 俺よりもしっかりしてて強いのが、本気で悲しくて空しいけど。


 そんな頼りになるリンデンが俺を守るように前に出て唸って、俺も吹雪でほとんど見えない前を目を凝らして見てみたら、人がゆっくり近づいて来てたんだ。

 この時点で羽柴にまた電話すべきか!? と思ったけど、すぐに昨日の電話で電池が亡くなってスマホが使えなかったことを思い出して、詰んだ!! って思った。


 とにかくリンデンだけでも守らなくっちゃって、今度は俺が前に出ようとして、でもリンデンが俺を守ろうとして前に出てを繰り返して、俺らは自分から近づいて行っちゃってたなー。

 何やってんだ、俺ら。コントか。


 そんなアホなやり取りを飼い犬としてたら、近づいてきた人影が話しかけてきたんだよ。

「何か飲み物を……温かい飲み物をこの子に分けてください」って。

 へっ? って思ってちゃんとその近づいてきた相手を見てみたら、このクソ寒いのに浴衣みたいな薄っぺらい着物を一枚だけ着た、雪景色に溶けてしまいそうなぐらい白い肌をした綺麗な女の人がいた。


 俺が遭遇したの、雪女でした。

 外見と出てくるシチュレーションは典型的な雪女なんだけど、その雪女は普通の怪談とかに出てくるのとは違って、綿入りの半纏みたいなのにくるんだ赤ちゃんを抱きかかえてた。


 その赤ちゃんは、熱でもあるのか赤い顔で息も荒くて、どう見ても女の方は普通の人間には見えないけど、赤ちゃんは普通に生きた赤ちゃんじゃね!? ってめっちゃ焦った。

 で、雪女は赤ちゃんを大事そうに抱きかかえて、ものすごく必死な顔で言うんだよ。

「お願いします。私、寒さでお乳が出ないんです。この子にどうか、何かを飲ませてください」っていうからさ、俺はカイロにしてた飲み物のふたを開けて、即行渡そうとしたよ。


 もう女が雪女かどうかも、赤ちゃんが生きた人間かそうじゃないかも考えてなかった。

 リンデンがバカッ! って言ってるみたいに吠えたのも、気付かなかった。

 とにかく、赤ちゃんを助けなくっちゃとしか考えられなかったのに、俺は蓋を開けた飲み物を雪女に渡す直前に、思い出したんだ。

 自分が買った飲み物が、何であるかを。


 思い出してまた即行、手を引っ込めてパニくってたからかその飲み物を胸に抱いて、これはあげれない、ごめん、ごめん、でもこれはあげれない、これはダメだ、ってひたすら雪女に頼み込んだよ。

 雪女は、怒るんじゃなくてすごく悲しそうで辛そうで、絶望したみたいな顔で言うんだ。

「……どうして?」って。


 うん、そうだよな。絶望するよな。

 自分の子供が熱で苦しんで、何か飲みたがってるのに、目の前に飲み物を持ってる奴がいるのに、一口もわけてあげないなんて、最低だ。

 でも、ダメだったんだ。

 あの子が万が一でも生きた人間の子供なら、そうじゃなかったとしても危ないかもしれないかったから。


 ……ハチミツは、乳児に絶対あげちゃダメな食べ物だって、羽柴が教えてくれたことがあったから。

 俺が買ったのは、ホットのハチミツレモンだったから。

 だから、俺は謝るしかなかったよ。

 泣きながら、謝ったよ。


 赤ちゃんも飲めそうなものを買ってなくてごめん。

 赤ちゃんが飲めそうなものを持ってなくてごめん。

 期待させて、ごめんってずっと謝って、吠えるリンデンにしがみついて、リンデンが雪女に飛びかからないようにして、ただひたすら雪女と赤ちゃんに謝ってたら、すっげー冷たい指が俺の頬を一回撫でたんだ。


 あぁ、俺は昔話みたいに凍らされるのかな? って思ったんだけど、雪女の表情は俺の想像とは違ってた。

 すごく怒ってるか、もう絶望すら消え去った無表情かと思ったら、雪女は笑ってたんだ。

 優しく、嬉しそうに笑って、俺の涙を指で拭ってくれたんだ。


 それで、俺の涙でぬれた指を赤ちゃんの口元に持って行ったんだ。

 赤ちゃんは雪女の指をしゃぶって、俺の涙を飲んで、それから笑った。

 まだ顔は赤いけど、さっきより楽になったみたいに笑顔になって「あー」とか「ぶー」とか赤ちゃんらしい声を出してた。


 その予想外な展開に、俺もリンデンもポカンとしてたら雪女がもう一回俺の頬を撫でて、「ありがとう」って言ったんだ。

 そう言った瞬間、また吹雪が酷くなって目も明けていられなくなったんだけど、その吹雪は10秒も続かなくって、治まったと思ったら今度はあんなにひどいドカ雪だったのに、道に雪が全然積もってなかった。

 初めと同じ、チロチロと積もりもしないちっさい雪しか降ってなくて、え? なに幻? 白昼夢? とか思ったけど、俺とリンデンだけ雪まみれだし、蓋を開けた飲み物が冷めるどころか中身凍ってたから、現実だって理解した。


 助かったのはいいけど何だったんだあれは? って思いながら帰って、さほど降ってないのに雪まみれな俺を見て、泊めてくれたおばさんおじさんはビックリしてめっちゃ心配してくれたけど、オカンとオトンは「またか」って反応しかしてくれなかった。

 自分でもそりゃそうだよなと思うけどさ、もうちょっとなんか反応してくんねーかな?


 それでタオル借りてあの雪女の事を話したら、やっぱりこの辺に昔から伝わる話に出てくる雪女らしい。

 どれくらい昔の話かは知らないけど、その雪女は元は普通の人間で母親だったらしい。


 その普通の母親が雪女になったきっかけは、自分の子供の死。

 母親は大雪の日に子供が熱を出して苦しんでいるけど、寒さのせいかお乳が出なくて、しかも貧しくて薪とか炭とかもなくなってお湯すら沸かせなかったから、赤ちゃんの為にあったかい飲み物を隣近所に分けて欲しいって頼んだ。


 その母親は身分が低くて、赤ちゃんの父親がすでに亡くなってることで差別されてて、お湯の一杯すらほとんどの家がくれなくて、最後に訪れた長者の家でようやく一杯もらったんだ。

 ……お湯ではなくて人肌程度に温めた酒を。


 酔っていたから間違えたのか、知識がない最悪の善意か、それとも最低の悪意だったのかはわからない。

 母親は子供だけでも飢えないように、凍えないようにと思って、着るものも全て売って、薄っぺらい着物しか着てなかったから、その時にはもう意識朦朧としててたのか、匂いとかで気づくこともできなかった。

 赤ちゃんに強いお酒を飲ませてしまったことに。


 その所為で、赤ちゃんは死んだ。

 我が子を亡くした母親は、そのまま亡くなった赤ちゃんを抱いてフラフラと猛吹雪の中を、どこかに去って行って行方知れず。

 でもそれ以来、雪の日になるとその母親を見かける人が続出したらしい。


 どんなに些細な雪でも、その母親が現れたらそこだけあたりが真っ白になるぐらいの吹雪になって、母親は出会った人に「この子に温かい飲み物を分けてください」って頼むんだ。

 で、本当でも嘘でも「飲み物は持ってない」って言ったら、母親は何もせずに立ち去るけど吹雪は治まらず、運が悪いと遭難して凍死。

 赤ちゃんに危害を加えようとしたり、わざとでもわざとじゃなくても、酒はもちろんコーヒーとかそういう赤ちゃんに飲ませちゃいけないものを渡したら、その場で氷漬けにされる。


 吹雪を止ませる方法は、お湯とかホットミルクとか、赤ちゃんが飲めそうな飲み物を渡してあげることだったらしい。


 そういうただの昔話、どこの地域にも一つはあるような怪談で、実際に雪女に会ったなんて人は地元民のおじさんおばさんでも見たことなかったのに、何で俺はしっかり出会ってるんでしょうね?

 そして、何で俺は助かったんだ?


 下手したら最悪のパターンになってもおかしくなかったのに、何で涙で許してくれたんだろう? って帰ってくるまで思ってたんだけどさ、帰ってきてスマホを充電したら羽柴から「あれから大丈夫? 何も問題なかった?」ってメッセージが届いてたから、電話したんだ。


 もう車であの建物から離れて、普通の道まで出たってことは、ギリギリ電池が保ってたから連絡してたけど、それ以降は連絡できなかったから、羽柴に心配をかけちゃってたんだよな。

 まずはそのことを謝って、それから情けないけどまたホイホイと寄せ付けちゃったって報告したら、別に俺に非はないからって怒りはしなかったけど、心底呆れられた。


 呆れつつも、羽柴は何であの雪女が、母親が俺を氷漬けにしないどころか、吹雪も止ませてくれたかを教えてくれた。

 っていうか、もうその雪女は成仏したんじゃないかって言われたよ。


 ……母乳と涙の原材料は、どっちも同じ、血なんだって。




 * * *




『きっとそれだけじゃないよ。

 あんたが誰よりも何よりも、本気で赤ちゃんの心配をしたからこそ、『ありがとう』って言ったんだよ』

まさか58話目の「男の話」が今回に繋がるとは、作者本人も予想外。


今回、羽柴は何もしてないけど羽柴が何気なく教えたものがあったからこその解決が、このシリーズの二人の関係で私が一番書きたい形だったので、結構気に入ってます。

羽柴がいなくてもソーキは自分で解決できるようになってきてますが、それでも羽柴がくれたものがって、そしてソーキ自身だったからこそ、この結末です。


次回は、私が書いててリア充爆発しろって思った話です。

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