78:マヨヒガの話
ただいまー。
……ごめん。日帰り予定だったのに、なんか一泊してきて。
けど俺たちも別に嘘ついたとか、楽しすぎてつい一泊しちゃったわけじゃないからな。
トラブったんだよ、またオカルトがらみで。
今回は俺の所為かどうかは謎だけど。
初めは別になんでもなかったんだ。
前から言ってた通り、リンデンが退院してだいぶ元気になったからちょっと車で遠出して、でっかいドッグランまで行ってきた。
そこで思いっきりリンデンを遊ばせて、晩飯前には帰るつもりだったんだ。
でもな、帰りはオカンが運転したんだけどなんかドッグランでちょっと話した人から、このあたりでペットOKの美味しいレストランがあるって聞いたから、そこで晩飯を食べて帰ろうってことになって、そのレストランに向かったんだ。
……今思えば、たぶんあの時点でオカンが何かに取り憑かれてたわ。
だって山の中をグングン進んでいって、オトンや俺が本当にこっちでいいのか? って訊いても、大丈夫大丈夫としか言ってくれなかったし。
でもその大丈夫って言い方が、別に生気のない棒読みでも明らかおかしい言い方でもなくて、いつものちょっと何かを誤魔化してる感じだったから、まぁカーナビはあるしガソリンも入れたばっかりだったし、道がないところを走ってるわけでもなかったから、オトンと俺はしばらく放っておこうって結論出した。
あんまりしつこく言うと、オカン拗ねるからな。
そうやって俺とオトンが諦めてから30分後くらいかな? その「レストラン」に着いたのは。
まず最初に見えたのは白っぽい車で、オカンが「あそこが駐車場かな?」って言って車を止めるまでは、やっと着いたー、腹減ったーとしか思ってなかったんだけど、その車とうちの車の前にある建物を見て、俺とオトンは絶句。
そこ、どう見てもレストランじゃねーの。
何かどっかの公民館とかそう言われたら納得な、飾り気のない白い箱みたいな建物で、看板とか何もない。
そもそも山の中に公民館みたいな建物一つだけポツンって時点で変なんだろうけど、一応明かりはついてたしうち以外の車も一台あったから、この時点ではまだレストランじゃなかったと思っただけだった。
だからもうレストランは諦めて帰ろうってオカンに言おうとしたら、オカンは勝手に車から降りちゃって、いつもの様子でお腹減ったわねー、何食べようかしらーとか言いながらそのまま建物の中に入っちゃったんだ。
この時も取り憑かれた人間独特の生気のない目とかしてなくて、本当にいつも通りだったのが俺からしたら怖かったわ。
で、俺の所為でオカルト耐性が出来ちゃってるオトンもオカンがたぶんなんかに取り憑かれてるって思って、俺とリンデンは車に残ってろって言って、オトンもオカンを追って建物の方に行っちゃった。
俺も行こうとしたんだけど、オトンから「羽柴ちゃんがいないんだから大人しくしてろ! お前が一番厄介だ!!」って怒られて、リンデンも俺の服のすそを噛んで離さなかったから、そのまま待機。
……まだ飼い始めて間もないリンデンにまで、俺はホイホイで厄介で心配の種だと認識されてたわ。
しばらくは大人しく待ってたよ。でも、3分たっても5分たっても10分たっても二人は戻ってこなくて、もう不安で仕方なくなって、やばいやばいやばい! どうしよう!? 俺もやっぱり行くか!? って毎度のことながら学習能力なくドアを開けようとしたら、リンデンが「わん!」って一回吠えた。
ビックリして振り返ったら、リンデンがクーンクーンって鼻を鳴らしながら、俺の上着の右ポケットの方に頭をグイグイ寄せてきたんだ。
それでやっと俺は、スマホの存在を思い出したね。
たぶんどころか確実に、リンデンはスマホで羽柴に連絡して指示を仰げって言ってたわ。
頭良すぎだし、冷静すぎるぞリンデン。俺より頼りになる犬って、俺の立場なさすぎだろ。
まぁ人としてどうよと凹んでる暇も余裕もなかったから、車の中で羽柴に電話をかけたよ。
電話に出た羽柴に俺、めちゃくちゃテンパった説明しちゃったから羽柴は困っただろうなー。よくあの説明を理解してくれたし、今までとは違ってすぐに俺の所に来れるってわけじゃないのに助けてくれたよ。
っていうか、今回のお手柄はリンデンだな。
もちろん羽柴が電話で指示くれなくちゃ詰んでたけど、たぶんリンデンがいなかったら羽柴に電話しても詰んでた。
羽柴が俺のわかりにくい説明で状況を理解してまず初めに指示したのは、車から出て建物の中に入ってもいいけど、リンデンも連れてリンデンから離れるなだったんだ。
その時は連れて行くのも不安だけど、置いて行くのも不安だったから俺はリンデンを守るつもりで連れて行ったけど、……羽柴は電話で思いっきりリンデンに「ソーキさんをお願いね」って言ってたわ。
そしてリンデンが「わふ!」っていい返事してた。
羽柴も犬の方が頼りになるって思ってたんすか。その通りでした。
まぁ俺が凹む話は横に置いといて、羽柴と通話状態にしたまま俺とリンデンが建物の中に入ったんだけどさ、建物の中はやっぱりレストランなんかじゃなくって、公民館とか区民ホール的なものだった。
全然人がいる気配も使われた形跡もないのに、長い間放置されて荒れ果ててるとか埃だらけでもなくて、けど真新しくもないそれなりの年季を感じる、すげー変な建物だった。
普通に入ってすぐに下駄箱があってスリッパに履き替える作りだったけど、何があるかわからなかったから土足でそのまま上がって、オトンとオカンを呼びながら建物を徘徊してたら廊下の奥で子供の泣き声が聞こえたんだ。
無人っぽい建物で子供の泣き声って、もうホラーの定番だけど慣れない。マジ怖い。聞こえた瞬間、垂直に飛び上がった。
でもその声、普通に生きた人間の声だった。羽柴が即座に気付いて、そっちに行ってって言われて慌ててリンデンと保護しに行ったわ。
俺らの他にもう一台、白い車が止まってたって言っただろ。
なんか似たような経緯で同じようにそこに来ちゃった家族がいて、そのうちの一人、小学校低学年くらいの女の子がパパとママがどっか行っちゃったって泣いてたんだ。
心細かったんだろうな。両親じゃない、知らない人間なのに俺が来た瞬間に泣きじゃくってしがみついてきたから。
とにかくその子に俺と電話から羽柴が大丈夫、パパとママも見つける、一緒に探してあげるって言って落ち着かせて、羽柴はその子もリンデンから離れないようにって厳命した。
言わなくても怖くて不安だったのと犬が好きだったらしく、リンデンにくっついて来てくれたから助かったよ。
で、近くに階段があったから2階にあがって調べてみたら、オトンとオカンを階段あがった先で見つけた。
その時のオカン、やっぱり取り憑かれてるって感じではなかったんだよ。いつもと変わらない、むしろいつもより楽しそうで機嫌よさそうだったんだけど、明かりなんて全くない窓の外を見ながら、「まぁ、綺麗な夜景。ほら、あなたたちも見てよ」とか、オトンに話しかけててゾッとした。
オトンがいくら「夜景なんてない! ここはレストランじゃない! 車に戻ろう!!」って言ってもそれに気づかず楽しそうに噛みあわない会話に俺が絶句してたら、電話でも羽柴にオカンらのやり取りは聞こえってたみたい。
羽柴が電話で、「リンデン!!」っていきなりリンデンを呼んだかと思ったら、今まで女の子にぎゅうぎゅうに抱き着かれても大人しくしてたリンデンが、急に歯をむき出しにして「わんっ!!」ってかなり強く吠えたんだ。
そしたら、リンデンが吠えた瞬間にオカンがビックリして一回飛び上がったんだけど、その後急に「……ここ、どこ?」ってポカンとした顔で正気に戻ったんだよ。
犬の鳴き声って除霊の効果があるらしいな。あとから羽柴が教えてくれた。
だから、絶対にリンデンから離れるなって言ったんだ。俺が犬より頼りにならないと思われたわけじゃないと思いたい。
うん、これはどうでもいいな。話を戻そう。
オカンが正気に戻ってオトンがホッとしたけど、車で待っとけって言った俺とリンデンはいるわ、知らん女の子もいるわでまたすぐに困らせた。
オカンが正気に戻ったのなら今すぐこの建物から離れたいところだけど、女の子の両親を見捨てるわけにもいかないからオトンとオカンは電話で羽柴に謝って、その子の両親を見つけるまでまだこのまま付き合ってくれって頼んでた。
もちろん羽柴だって見捨てるつもりはなかったから了承して、やっぱりオカンらにもリンデンから離れるなって言って、そのまま4人と1匹で建物を探索。
でも、2階にも1階にもいなかったんだよ。その子の両親。
部屋もそう多くなくて、机とか棚とかも置いてない何にもない部屋ばっかりだったから、部屋を開けたらすぐに誰がいるかいないかわかるから、余計に絶望感が増したね、あれは。
最終的には見つかったから良かったけど。
あの建物、なんか外観も中身も公民館みたいだったけど、なんか建物の構造が漢字の「回」みたいな感じで、ど真ん中に中庭みたいなスペースがあったんだ。
その中庭に出れるドアを見つけて、最後にそこを開けたら女の子の両親がやっぱり取り憑かれた人間独特の雰囲気はなくて、やたらと楽しそうに会話してるんだよ。
雑草がぼーぼーに生い茂ってるだけの庭なのに、「見てあなた、すごく綺麗な花」「あぁ、本当だ。匂いもいいね」とか話してんの。
娘が泣いて「パパ! ママ!」って叫んでしがみついても、さっきからずっといたって感じで「ほら、椿ちゃんも見てごらん」とか言ってたわ。
それも同じく、羽柴が指示を飛ばしてリンデンが一回吠えたら、オカンと同じ反応をしてた。
自分たちが今、どんなに不気味なところでありえない行動をしてたかを理解したら、血の気が一気に引いてたよ。
で、女の子の両親を見つけたから、あとはもう車に戻ってここから離れるだけってことで、オトンが先に庭から出て行った。
あ、自分だけ逃げたわけじゃねーから。
なんかこういう状況、映画とかだとまた建物に入った瞬間、化け物が出て来て追いかけてきて、車に乗り込んでもエンジンがなかなかかからなくて追いつかれるって展開になるだろ?
だからほとんど囮を買って出てくれたんだよ。
「羽柴ちゃんの指示とリンデンがいれば大丈夫だろうから、まずは俺が様子を見るからお前らは固まっていけ!」って言って、建物の中に入って行った。
羽柴が「おじさん、それフラグ」とか言って止めたのに。
そして本当にフラグだった。
オトンがまず入って、「大丈夫だ! 何もいないから来い!」って指示に従って俺らも入って、曲がり角とかがあるたびに真っ先にオトンが様子を窺ってたんだけど、もうちょっとで出口ってところで、オトンがいきなり「! おい、あんたも迷い込んだのか!?」って言いながら走り出した。
俺らや女の子の家族と同じ人たちがまだいた、もしくは新しくまたやってきた!? って思ったら、違った。
いつからか知らないけど、オトンもオカンや女の子の両親と同じ状態になってたんだ。
オトンが「大丈夫か?」って話しかけて駆け寄ったのは、2メートルはある天井に頭がつくくらい巨大な、白いサルだった。
サルっていうか、痩せて毛が少ないイエティって言った方が印象に近いかもしれないような、とにかく普通の動物じゃないって一目でわかるのに、オトンは普通の迷い込んできた人に対するような対応してた。
もう俺もオカンも女の子家族も絶句して、どうしようもなかった。
俺はとっさに羽柴みたいにリンデンに吠えるように指示しようかと思ったけど、あのサル、俺らの方を見てすごく嫌な感じで笑いやがったんだ。
オトンが人質に取られた! ってわかったから、リンデンに吠えてもらって正気に戻られた方がヤバそうで、俺にはどうしようもなくて、羽柴も電話で「どうしたの? まだ人がいたの?」って訊いてくれるんだけど、俺はオトンが……って言うしか出来なかった。
けど、俺のオトンが……ってだけで状況を把握した羽柴はマジですごいわ。
羽柴、俺がそう言った次の瞬間、また「リンデン!!」って呼びかけたんだけど、今度は吠えろって指示じゃなかった。
「よし!!」って言った瞬間、リンデンが牙をむき出しにして弾丸みたいな勢いで、サルの方に飛びかかって行ったんだ。
そしてそのまま、ものすごいジャンプ力も見せて、サルの喉笛にガブって噛みついた。
ただでさえ狼っぽい見かけなのに、あの時のリンデンはマジで狼にしか見えなかったわ。
リンデンに噛みつかれて、サルは絶叫。
その絶叫でオトンも正気に戻って、目の前のサル見て絶叫。
俺とオカンで絶叫してるオトンの腕を掴んで、リンデンにもついて来い!! って言ってそのまま二家族全力疾走で建物から出て、車に乗ってその場から離れた。
来るときは間違いなくそれなりに舗装された走りやすい道はあったのに、出る時の道はやたらとガタガタ揺れるし伸びた枝が車にビシバシ当たる荒れた道になってたな。
10分もしたら普通に舗装されて街燈もある道に出れたからそこでようやく皆ホッとして、いったん邪魔にならなさそうなところに車を止めて、あれは何だったんだろうなーとか話したよ。話す意味はあんまりなかったけど。
羽柴もやっぱりわかんないって言ってたし。
ただ、サルは犬に弱いらしいからリンデンを連れて来てリンデンから離れなかったのは正解だったとは言ってた。
リンデンマジお手柄。
……リンデンがマジでお手柄だし、頭良いしこっちの言う事をものすごく忠実にきいてくれる自慢の飼い犬なのはまちがいないんだけどさー。
俺、昨日のやり取りで思ったんだ。
リンデンは俺のことを飼い主だと思って懐いてくれてるし、守ってくれるけど、たぶん自分のボスは俺じゃなくて羽柴だと思ってるな、って。
* * *
『……まぁ、初めの出会いが出会いだったから仕方ないの……かな?』
この話、私が一か月くらい前に見た夢の内容そのままです。
父親がサルに話しかけたタイミングで目覚めたので、そこから後は私が勝手に作った話ですが、それ以前は登場人物が私の家族だということぐらいしか、違いがありません。
だから、なんで公民館みたいな建物なのか、白いサルの正体は何なのかは、「夢でそうだったから」としか言えません。何らかのこじつけをしてもソーキにはわからないから語らないので、謎のままにしておきました。
この夢で一番怖かったのは、誰もいない建物や変なサルではなく、家族が順番に正気にしか見えない状態で狂っていったことですね。
化け物に追いかけられる系悪夢なら見たことはありますが、こんな悪夢は初めてで起きた直後は心臓バクバクでした。
そして夢の中ではリンデンはもちろん存在しないので、私が家族をどついて正気に戻してました。
……キャラクターは作者の分身って言うけど、こんなところで羽柴は私の分身だって知りたくなかった!!
次回はいい話の部類です。




