76:夢の話②
今日さ、またオカ研のみんなと出かけたんだ。
何か「魔女の歴史と真実展」っていうイベントが、都心の方でやってたからそれを見に行って来たよ。
俺も羽柴もオカルトに興味があるんじゃなくて、向こうから寄ってくるから対抗手段で知識を集めたりしてるだけだからさ、心霊現象が絡まないオカルトにはほとんど興味がなくて、今回の展覧会は結構新鮮だった。
ファンタジーの魔女と実際にいたとされる魔女の違いとか分かりやすく解説されてて、魔女狩りとか胸糞悪い話も多かったけど、面白い伝承とかおまじないとかも紹介されてたから行って良かったよ。
うん。……展覧会はホント楽しかったから行ってよかったと思うんだけど、……その帰りでまた面倒事に巻き込まれた。
羽柴が言うには、今回は別に俺に非はない、通り魔に襲われたようなもので運がなかっただけって断言してくれたけど、マジで羽柴に迷惑ばっかりかけてるよ。
……もう少しでクリスマスだから、いつものお詫びと礼ってことでなんかプレゼントあげよう。
それはいいとして話を戻すけど、俺、帰りの電車でちょっと寝ちゃったんだよ。
夏祭りや海の時ほどではないけどさ、まーた羽柴と出かけられるってことにテンション上げちゃって、寝不足だったんだよ。
マジで俺、学習しないな。
もうどの時点で寝ちゃったのかも覚えてないんだけど、とりあえず駅名のアナウンスで目が覚めたらそこは誰もいない電車の中だった。
え? 羽柴にも先生や先輩達にも俺は見捨てられて放置? って一瞬凹んだけど、窓の外を見てここは普通の世界じゃないってことに気付いて、また何かに巻き込まれた―! って焦った。
窓の外が霧で良く見えなかったけど、見覚えのない田園風景が広がる田舎だったんだよ。俺が乗ってた電車、地下鉄だったのに。
誰もいないし状況も理解できなくてパニくってたけど、とりあえずドアが閉まりそうだったから電車から飛び出したよ。
出てもいいことあるとは思えなかったけど、逃げ場のない電車の中よりはマシかと思ったんだ。
で、飛び出たその駅はこれまたド田舎らしい無人駅。
1メートル先も見えないってレベルじゃないけど霧は濃いし、駅員さんらしき人も乗客らしい人もいない、つーかよく見たら線路が一つだけで、電車が一方の方向に行きっぱなしってのは普通にありえねぇから、やっぱりまた悪霊かなんかに変な世界に連れてこられたのかなーって思ってたら、いきなりスマホが鳴った。
ビックリして垂直に飛び上がったわ。
嫌なことにこういう状況に陥るのは初めてじゃないからさ、あの状況でスマホが通じたことなんかなかったから、もう完全に予想外。
え!? 異界にも電波届いてんの!? 最近のスマホすげぇ! ってバカなこと考えながらスマホを見てみたら、羽柴からの通話だったんだ。
もう即座に取ったよ。
「ソーキさん! 大丈夫!?」って羽柴には珍しい焦った声で尋ねられて、もう羽柴の声が聞こえた時点で現金に俺は安心して冷静になれたから、羽柴をなだめながらその時の状況を説明したんだ。
とりあえずその場所は誰もいないけど悪い雰囲気も感じてなかったから、今すぐヤバいってことはなさそうだって言ったら、電話の羽柴の声も少し落ち着いていったよ。
その電話の羽柴が言うには、電車の中で一瞬俺から目を離したらいなくなったから電話をかけたらしい。
それを聞いてスマホをよく見たら、やっぱりこういう状況でお約束の圏外でさ、相変わらず羽柴はチートだな。あいつ、気合いで圏外の電話も繋げるのかよとか思ってたんだ。
……その時は。
電話の羽柴は、とにかく今は問題なくてもそこがこの世でないことは確かだから、今すぐホームから降りて、線路沿いに電車が走ってきたほうと逆方向に歩いてくれって言うんだ。
なんかヤバい奴が、電車で俺をこの世からどころかあの世からも遠い異界に運ぼうとしてたから、電車の方向から逆走しろ、そして絶対に振り替えるなって、かなりきつい口調と雰囲気で厳命してきた。
羽柴には珍しい反応だけどそれだけヤバいんだって思って、俺はすぐにホームから降りて線路を歩いたよ。
線路に降りて歩き出そうとした瞬間、俺の後ろから声が聞こえたんだ。
「行かないで」って、なんかトンネル内で変に反響してるような、安物のマイクのせいで声が割れてるような、女の声とぐらいしか判別できない変な感じの声が。
思わずその奇妙としか言いようのない声にビックリして、反射で振り返ろうとしたら電話の羽柴に「無視して! 絶対に振り返らないで!」って叱られて、何とか堪えたよ。
電話で羽柴が「このまま私の声だけを聴いて。他の呼びかけに耳を貸さないで。振り返ったらもう、あなたは戻ってこられない」っていうから、俺は通話状態でスマホを耳に当てたまま、線路を歩いたんだ。
何も疑ってなかったよ。
実際、振り返ったら殺されるとかあの世に連れていかれるって怪談なんかよくあるからさ、何も疑問に思わず、電話の羽柴の声に従ってた。
線路を逆走してたら霧はどんどん深くなって行って、後ろの声もどんどん近くなっていったんだ。
近くなってるはずなのに、相変わらず声はただでさえ安物で音が悪いのに故障してさらにおかしくなったマイクやスピーカー越しみたいな声で、俺に「待って」「そっちじゃない」「行かないで」って言うんだ。
そのたびに電話で羽柴が「ソーキさん!」って怒鳴って、俺を絶対に振り向かないようにさせてたんだ。
……俺、何度目かの「ソーキさん!」で違和感があることに気付いたんだけど、その違和感の正体には気付けなかったよ。
違和感が何なのかに気付けたのは、手を伸ばせばもう肘から先が見えなくなるくらい霧が濃くなってきた辺りまで来た時。
後ろの声はずっと「待って」「ダメ」って言ってたんだけど、ついに足音まで聞こえてきたんだ。
タッタッタッタって軽やかな走る音に、ついに俺をどこかに連れていこうとした奴が強硬手段に出た!? って思ったと同時に、電話の羽柴が言ったんだ。
「絶対に追いつかれないで! もうすぐだから走って逃げきれ!」って。
言われてとっさに走り出しそうになったけど、その言葉が俺の感じてた違和感の正体の説明にぴったり合ったんだ。
……電話の声は確かに羽柴の声だったけど、あいつは「走って逃げきれ」って言ったんだ。
羽柴はさ、見た目に反して口が結構悪いけどさ、でもあいつの口の悪さが発揮されるのって嫌いな相手だけだ。
俺のうぬぼれかもしれないけど、俺は羽柴と親しいからか一度も、聞いたことがなかったんだ。
羽柴は俺が自業自得でなんかトラブルに遭ってる時でも、「して」とか「しなさい」なら言うけど、「しろ」なんて口調で言われたことは、一度もないんだ。
声は、どこも疑う余地もなく羽柴だったんだ。
でもよくよく思い返したら、羽柴にしては感情豊かな声音だった。羽柴なら、後ろの呼びかけに振り返りそうな俺を叱るなら、怒鳴りはしない。
いつもと変わらないローテンションで、「ソーキさん」が自然だったんだ。
よくよく考えたら、電話から羽柴の声しか聞こえてなかったのもおかしいよな。
先輩たちもさすがに俺が本当に電車から消えたのなら、心配するだろうし、しなかったらしなかったであの人たちは後ろでテンション高く何か言ってるはずだし。
っていうか、心配よりもその可能性が高すぎて嫌だな。
そのことに気付いて、電話の声は羽柴でも電話の相手は羽柴じゃないことに気付いた瞬間、スマホそのものが怖いし気持ち悪く感じて、とっさに耳からスマホを離したよ。
そのタイミングで、後ろから声が聞こえたんだ。
相変わらず声は、個人の判別なんかが出来るようなものじゃなかった。
でも、確かに言ったんだ。
「行かないで、ソーキさん」って。
電話の羽柴が本物じゃなかったからって、後ろの声が本物の保証だってなかった。
でも、たとえ偽物でも、電話の羽柴が偽物だって気づいてなくても、たぶん俺はあの声には振り返った。
……泣きながら言うような、鼻声だったんだ。
羽柴が、泣いてるような気がしたんだ。
電話の羽柴が妙に感情的だったから偽物だって思ったくせに、羽柴の声だって確信持ってなかったのに、羽柴が泣いてる! って思ったら、振り返らず無視なんて無理だった。
俺が振り返ったら、俺の手を誰かが掴んで力いっぱい俺が走ってきた方向に、電車が向かってた方向に引っ張られたよ。
引っ張られた時、スマホから声が聞こえたんだ。
羽柴とは似ても似つかない、しゃがれた声で忌々しそうな「ちっ!」って舌打ちが。
そのあとすぐに聞こえたのは、「羽柴ちゃーん、日生くーん、もうすぐ駅に着くよー」って言う、受験生なのにいまだに部活仲間とつるんでる部長の声だった。
そこは電車の中で、窓の外は全部壁。間違いなく、俺が乗り込んだ地下鉄だったよ。
やった! 戻ってこれた! って立ち上がって喜ぼうとしたけど、立ち上がれなかったよ。っていうか、ついさっきまでの出来事なんか吹っ飛んだ。
……俺の方にもたれかかって、羽柴が寝てたんだ。
なんだこれ! 天使か! ここは天国か! ってマジで思った。美少女の寝顔って、芸術品としか言いようがないな。
まぁ、その絶景は5秒も持たなかったけどな。
羽柴はすぐに起きて、目を覚ますなり俺に言ったんだ。
「無事でよかった。気づいてくれて、ありがとう」って、いつもの真顔とローテンションな口調で言われてたよ。
その言葉で、羽柴の寝顔で吹っ飛んでたついさっきまでの出来事を思い出した。
あれ、俺がいきなり電車から消えたっていうのは、電話で話してた偽羽柴のウソだったみたい。
そりゃそうだよな。突然消えた俺が戻ってきたんなら、部長や先輩たちはあんな普通の反応はしないもんな。絶対目を輝かせて、どこに行ってきてたのかの質問攻めに遭う。
実際、あの後遭ったし。
俺の精神だけ連れて行こうとして、でも途中で羽柴に気づかれて羽柴が俺を、偽物が連れて行こうとする世界から逆方向、こっちに戻ってくるあの電車に乗せてくれたみたいだ。
あの世界が何なのか、あの電車が何なのかは訊いてみたけど、「さぁ?」って首を傾げられた。
よくわかんないもんに乗せたんか、お前。文句を言う資格もつもりもないけど、どうしてあいつはその辺のことを疑問に思ったり、知りたいと思わないのが謎だわ。
それはいいとして、そのまま俺は偽羽柴に連れていかれそうだったってことすら気づかず、眠ったまま電車に乗ってこっちに戻ってくるはずだったんだけど、あきらめきれなかった偽物が途中で俺の精神だけを起こして電車から降ろさせて、そんで羽柴のフリをして俺をまた逆走させてたんだ。
で、そのことに気付いた羽柴が俺と同じように寝て、何とか俺を連れ戻そうとしてくれたんだけど、偽物は邪魔するし、俺は後ろの声が羽柴だって気づかないしで、「正直言って今までで一番大変だったかもしれない」って言われた。
マジでごめんなさい。迷惑ばっかりかけて。
申し訳なくて駅のホームで土下座しようかと思ったよ。いや、しないけどさ。
したら羽柴に迷惑を重ねるだけだし。
なのに羽柴はさ、やっぱりいつもと変わらない無表情と、あの偽物とは全然違う無感情で無感動な声で言うんだ。
「あなたは何も悪くない。だから、気にしないで」って。
そう言ってもらえるのは嬉しいけど、気にしないわけにはいかないよなー。
……先輩たちが言うには、羽柴の寝顔はずっと起きてる時と目を開けてるか閉じてるかぐらいの違いしかない無表情だったらしいけど、……起きた時の羽柴の目、少しだけ赤く充血してたんだ。
少しだけ、泣いたみたいに。
* * *
『あんたは何も悪くないよ。
でも、もう二度とあんな思いはさせないでね。れんげちゃんはもちろん、……できれば私にも』
話が思い浮かんだきっかけは「き.さ.ら.ぎ.駅」だけど、あの話はとことん不気味で不思議だけどオチのない話だったので、駅と電車しか面影のない話になりました。
次回は、クリスマス・イブの話。
内容はクリスマス全く関係ないけど。




