72:七不思議の話⑤
……5つ目の七不思議に遭遇しちゃった。
もう何なんだよ! 小学校の時は4年かけて5つ遭遇なのに、何で中学校に入ってまだ年も明けてねぇのに小学校の遭遇回数と並んでるんだよ!
まぁ、今回のは羽柴に迷惑かけずに済んだから、別に良いんだけどさ。
今回遭遇したのがさ、「友達の友達」って呼ばれてる七不思議で、6時を知らせるチャイムが鳴った時、どこの教室でもいいけどとにかく一人でいると見たことのない生徒が現れて、「怖い話をしようよ」って言ってくるんだよ。
で、その生徒はどんなに断っても無視しても付きまとってきて勝手に怪談を話し出すんだけど、その怪談を最後まで聞いたら、実際に自分もその怪談と同じ体験をするっていう内容。
「友達の友達」っていうのはその怪談を一方的に語ってくるその霊が、「これは友達の友達が体験したらしい話なんだけど……」って前口上で話し始めるのと、そいつの怪談を聞かずに済む方法は「自分は良いから、誰々さんの所に行ってください。その人は怖い話が大好きだから」って言えばいいから、……つまりは「友達」に押し付けると罪悪感が湧くから、「友達の友達」あたりに押し付けちゃえばいいってことで「友達の友達」。
なんつーか、幽霊よりも対処方法の方が酷くて怖い話だよな。
名前だけ知ってる程度の相手なら、どうなってもいいってことだし。
……つーか俺も、どっかの誰かの「友達の友達」扱いで名前を出されたらしいってことに、遭遇した時に気付いてちょっと凹んだ。
「怖い話が好きだって聞いた」って、その幽霊が言ってたし。
いや、怪談を実体験は嫌ほどしてきたけど、今も昔も怖い話は大嫌いの部類ですって俺。
何か話がずれたな。戻そう。
とりあえず今日、期末が近くて担任が数学なら放課後に見てくれるって言うんで、ちょっと残ってたんだ。
中間がマジでギリギリな赤点回避だったから、今回は少なくとも平均取りたかったし。
で、他の残った奴らと教えてもらって5時半ぐらいに勉強会が終わっていったん学校を出たんだけど、家に着く直前に数学の教科書を忘れて帰ったことに気付いたんだ。
宿題がその教科書から出題されてたし、しかも明日の一時間目に数学の授業があるからさ、運が悪かったら友達のを写す暇もないわけじゃん?
だから面倒くさかったけど学校に戻って教室で教科書見つけて、さぁ今度こそ帰ろうってところで6時のチャイムが鳴った。
そのチャイムの音が鳴り終わった瞬間、声をかけられたんだ。
「ねぇ、怖い話をしない?」って。
振り返ったら、俺以外誰もいなかったはずの教室に俺と歳がそう変わらない、うちの中学の制服だけど、とっくの昔に廃止になった学帽を被った男子生徒がいたんだ。
で、茫然としてる俺にそいつは嬉しそうに笑って「怖い話が好きなんでしょう? そう聞いたよ」って言い出した。
実は俺、この話を全然信じてなかったんだよなー。
だってこの話通りなら、うちの先輩たちが絶対に自分から6時まで教室に一人残って遭遇待ちして、「怖い話しない?」って訊かれたら、「ハイ喜んでー!!」って居酒屋みたいな返事するわ。
聞かされた怪談と同じことが起こるも、大歓迎だろ。特に部長。
なのに、実際に6時のチャイムで出待ちをやったことある奴が何人かいたのに、本当に遭遇した奴はゼロだったから、どっから生まれたのかは知らんけど完全にデマなんだろうなーって思ってた。
羽柴も何も言わなかったし。
だから、久々にパニくったわ。
何で俺なんだよ! 俺の名前を出した奴は誰だよ! 先輩たちのところに行けよマジで!! って思ってたら、話通り俺の反応なんか無視してそいつは、「これは僕の友達の友達が体験したらしい話なんだけどね……」って話し始めたんだよ。
俺もさ、噂通りに誰かの名前を挙げてその人のところに行けって言えばよかったんだろうけど、部長の名前を出せば利害が一致してるから俺が罪悪感を抱く必要もなく、お互い大喜びで終わったんだろうけど、パニくっててそんなの思い浮かばなかったんだ。
先輩たちのところに行けよ! って一瞬前まで思ってたのにな。
でも、ただでさえ霊ホイホイで望んでないのに呼び寄せる、引き寄せるのに、これ以上怪談体験は心底いらん! 命に別条があるなし関係なくいらん! ってのも真剣に思ってたから、怪談も聞きたくなかった。
その所為か俺の口から出た言葉は、むしろお前が俺の話を聞け! だった……。
何を言い出してるんだ、俺は。
もう自分で口に出した途端、セルフツッコミを入れたくて仕方ないこと言い出したんだけど、幽霊の方は一瞬きょとんとした後に目をを輝かせて、「え!? 君の方が怖い話をしてくれるの!?」って言い出した。
いいのかよ! まさかのお望みだったよ!!
で、やっぱり何でもないですとは言えないからさ、そのまま頷いて話したよ。
怪談というかただの笑い話にいっそしたい、羽柴の武勇伝を。
……武勇伝なのかな、あれは。
まぁ、なんかやたらと受けてたらから、別にいいや。
初めに羽柴の基本的な霊への対処法を話したら、「え? 何その話? っていうか、何者、その羽柴さんって?」みたいな胡散臭い顔してたけど、写真撮ったらその写真の中の羽柴が同じく写真に写ってた霊を退治するわ、俺の夢の中まで遠征してきてチェーンソー振り回すわ、てけてけは流れるような自然な動作で窓から捨てるわ、アクサラには豆板醤でバルスするわと、とにかく覚えてる限り羽柴のやらかしたことを話してみたら、やたらと笑ってた。
特に小学校の七不思議が羽柴によって全滅した話がツボに入ったのか、腹抱えて笑い死にそうなくらい笑ってたな。
いやもう死んでるから、笑い死にはしないだろうけど。
つーかあいつも七不思議のひとつなんだから、笑えねぇだろ。
同じ目に遭ってもおかしくねぇってことに、あいつは多分気付いてなかったな。
しかも俺は俺で自分でも話してるうちに楽しくなってきたから、調子に乗って話しまくったな。
なんかもうオカ研の先輩たちはもちろん、うちの全校生徒がもう羽柴の無茶苦茶っぷりをある程度は知ってるから、あそこまで新鮮に驚いたり、笑ったりする奴が珍しかったんだよな。
もうだいたいの奴に羽柴のチートっぷりを話しても、「羽柴だからなぁ……」って感じの遠い目をするだけだからな。
俺も、他人から羽柴の事を聞いたら絶対にそんな反応。
そんでそいつ、涙が出るくらいに笑って笑って楽しんでから、ちょっとだけ寂しげな顔して言ったんだ。
「……こんなに話したの。久しぶり。僕が話すんじゃなくて、僕に話してくれるのなんて初めて」って。
それを聞いて、そいつの怪談を聞いたら同じ体験するって話を思い出した。もう普通に、七不思議の話どころか、そいつが幽霊だってことすら忘れてたわ。
思い出して、マヌケなことにそれでようやく気が付いたんだ。
そいつは悪霊独特の、肌が痛くなるような空気が初めから全くなかったことに。
あれ? じゃあこいつ何なの? 七不思議の奴じゃないの? って思ったから、何でそいつが怪談を話したがるのかを訊いたらさ、そいつが生きてた頃、怖い話がやたらと流行ってたらしいけど実はそいつ本人は怖い話が大嫌いだったんだ。
だから、友達とかに「怖い話しよう」とか「百物語しよう」って誘われても断り続けてるうちに、事故で死んじゃった。
死んだ理由は本当に誰も悪くない事故だし、家族や友達が悲しんでくれてちゃんと供養もしてくれたから別に何も恨んでないんだけどさ、些細だけどどうしても諦めきれない未練があった。
それが、当時流行ってた「みんなと怖い話をする」ってことをまったく自分がやっていなかったこと。
怖いから聞きたくなかったし、本人も怖い話なんてほとんど知らなかったけど、友達たちが楽し気に話してたのをずっと遠くから見てて、死んでからもその思い出話に盛り上がる友達を見て、その思い出に自分がいない、思い出を共有していないことが寂しかった。
だから、怖い話をしたかった。
いや、怖い話じゃなくてもいい。
あの頃、自分が「いいや」って断ったことが本当に楽しかったのなら、自分もその楽しさを知りたかった。楽しくないのならないでやっぱり参加しなくて良かったと思えるから、とにかく自分でやってみたかったらしい。
……それを聞いて、思わず突っ込んだわ。
お前の怪談を最後まで聞くと、同じ体験するって噂なんですけど!! って。
何か本人が一番、驚愕してた。
「嘘!? 何で!?」って叫んでたわ。俺が訊いてるんだよ。
で、一応そいつの怪談も聞いてみたらさ、学校の階段の数が変化しててそのせいで怪談を踏み外して落ちて怪我をするっていう、ありきたりすぎて全然怖くない話だった。
多分あれだ。初めての霊体験でビビってパニくって階段から落ちた奴がいて、その所為で噂に尾ひれがついて、ただ「怪談を話してくる霊がいる」って話が、「その怪談と同じ体験をする」って形に変化したんだ。
名前を出せば、そいつの方に行くのはどうなのかも訊いてみたらさ、本人が本当は怖い話が嫌いなのもあって、同じように怖い話が嫌いな奴に話すのは抵抗があったから、本心から気を遣って「怖い話が好き」って言われた人の元にただ行ってただけだった。
いや、たらい回しにされてる自覚もちゃんとあったらしいけど、それでもただでさえ幽霊の自分と話すのは怖いだろうからってことで、本当に幽霊の自分でも受け入れてくれるような人を探してたって。
じゃあ何でオカ研の先輩たちの元に行かなかったのかも訊いてみたら、それは単純に霊感がなくて見てもらえなかったから。
あぁ、部長に関しては部長の守護霊が睨み付けてたから、怖くて近づくこともできなかったらしい。
なんつーか、知って良かったのか残念なのかよくわからん真実だった。
もう初めにパニくって、他の人に回さないようにかつ俺も被害を被らないようにって考える意味なかったわ。
でも、結果的にはあいつが一番望んだ結果になったから、いいんだけどさ。
怖い話が嫌いだけどそれを楽しんでた友達と同じ思い出が欲しいって望み、一応、叶えられたし。
まぁ、怖い話じゃなくて爆笑話だったけどな。それも、本当はそういうのが嫌いでしたくないあいつからしたらよかったし。
そんな感じで話しまくってたら、7時近くなってオカンから「何してるの!? 勉強会ってこんなに遅くまでやってるの?」ってメールが来て、んじゃ、俺もう帰るわーって普通に言っちゃってたな。
もう完全に、あいつを友達扱いしてたわ。
そんであいつの方も、「うん。いっぱい話してくれて、僕の話も聞いてくれてありがとう」って言って、手を振ったよ。
……教室を出る前にもう一回振り返ったんだけど、その時にはもう誰もいなかったよ。
たぶん、その場から離れたとか俺の目には見えなくなったとかじゃなくて、本当にいなくなった。成仏したんだと思う。
だってあいつにはもう、ここに留まる理由はなかったから。
……別に俺はまた、羽柴の無双話をしても良かったのに。せっかちな奴。
あぁ、そう言えばさ、ついでに俺のところに行けって言った奴が誰かを訊いてみたんだけどさ……、羽柴だった。まさかの、羽柴だった。
帰り道で電話して確かめたら、めっちゃ素で「うん」って言われた。
いや、羽柴なら初めから害なんかまったくないやつだってわかってたからこそだろうけど、何で俺にたらい回ししたの!? って訊いたらさ、「だってあの霊、殴って除霊するのは可哀相でしょ? ソーキさんなら、浄霊が上手いから」って言われたわ。
だからお前は、物理かつ暴力的な方法以外の解決策を少しは持ってくれ!
そしてせめて事前に教えておいてくれよ!!
* * *
『事前に言えばいいのか、あんたも』
羽柴さんが対処するパターンに私が飽きてきたので、元凶になってもらった。
一応言っておくと、彼女に悪気は一切ない。ただ彼女は普段ソーキの霊ホイホイに気を張ってるので、彼に害を与えないと確信してる霊に対してはどうも気が緩んで、テキトーになってしまうだけ。
これもこれでどうよ。
次回も緩いコメディです。いい話の要素どころか、オカルト要素もほぼ皆無です。




