7:自称霊感少女の話
今更だけど、部活に入ったんだ。
特にやりたいことはなかったし、俺の霊ホイホイ体質を考えたら、ただでさえクラスメイトも危険なのに、部活仲間まで巻き込ませるわけにはいかないから入らないでおこうって思ってたんだけど、うちの中学、オカルト研究部なんてもんがあったんだよ。
何か社会の雪村桂って先生がオカルトマニアで、同じくオカルトマニアな生徒とほぼ趣味全開で作った部活らしい。
そんなんだから、もちろん羽柴のような除霊出来る奴どころか俺みたいに見えるだけって奴もいない、ただ怪談話をしたり、肝試しやったり、オカルト関係の本を交換で貸しあったりするだけの、緩い部活らしい。
で、雪村先生がひょんなことで俺の霊感を知って部活入らねーかと誘ってきてさ、肝試しには興味なかったけど、オカルト知識交流会にはちょっと興味が引かれたんだ。
俺は本当に羽柴に頼りっきりでだから、せめて知識とかくらいはつけたいなーと前から思ってたから、ちょうど良かったよ。
少しだけ見学させてもらったら、先輩達も優しそうで気さくで面白かったし、雪村先生は細かいことにうるさくなくてノリがいいから入ったんだ。
何故か、羽柴も。
お前は研究する必要ないだろと思ったけど、クラスが別になっちゃってたから正直、接点がまたできるのが嬉しかったな。
でも、歓迎してくれない人がいてさー。
2年の、風守茉莉花って先輩が、羽柴が名乗った瞬間に嫌そうな顔をしたんだよ。
俺が見学に来た時は、色々話しかけてくれた面倒見の良さそうな人だなーと思ってたんだけど、羽柴に対して嫌そうな顔で、「ふーん。あなたがあの有名な、霊感少女ねぇ」とか言い出したんだ。
羽柴は自分から言い出さないけど隠しもしてないから、まぁ確かに有名と言えば有名だけど、オカ研なら喜びこそしても、羽柴が嫌がられる理由が俺にはわからなかったんだ。
3年の先輩、特に部長は大喜びしてたし。
その後、先輩は何かと羽柴に絡んできたんだよ。
除霊にはどんな方法でやってるのかとか、除霊と浄霊の違いを知ってるかとか、噂の心霊スポットでは何が見えたかとか。
オカルトマニアだからこその質問攻めかとも思ったけど、羽柴が質問に答えると更に嫌な顔になって、知らないとかわからないとか言うと、やな笑顔で上から目線の説明をしてきて、何なんだこの人って思い始めた時、雪村先生が俺と羽柴を呼んで、こっそり教えてくれたよ。
風守先輩って少し前まではただの怖い話が好きなだけだったらしいけど、少し前に初めて金縛りを経験してから、何故か自分には霊感があると言い出した、……何ていうか、その、……現在厨二病真っ盛りだそうだ。
いきなり「霊がそこに!」とか言って塩を振りまいたり、お経みたいなの唱えたり、自作のお札を持ち歩いたりとか、まぁそういうことをこのオカ研でやからしてるらしかった。
ただ、あくまで部活中かオカ研の仲間内だけやってるから、本気で自分に霊感が目覚めたとか霊能力者になったとか思ってるんじゃなくて、自分は普通だと自覚した上でのごっこ遊びだと先生や先輩たちは判断して、今は生ぬるく見守ってるそうだ。
だから本物の羽柴が気に入らなくて嫌味を言ってるんだろうけど、根はいい子だから出来ればスルーしてやってくれ。我慢できなかったら、俺に言ってくれたら注意するって言われて、俺の方は羽柴が良ければそれで良かったんだけど……
羽柴の奴、その話を聞いた直後に、嘘はやめた方がいいってどストレートに風守先輩本人に言っちゃったんだよ。
風守先輩、真っ赤になって、嘘なんかついてない、私には霊感も霊能力もある、むしろあんたが嘘をついてるんでしょう! って叫んで、羽柴を突き飛ばしてさー。
それに俺の方がキレちゃって、風守先輩につかみかかっちゃったよ。
もう先生や先輩に、俺も風守先輩も羽交い締めされて押さえ込まれる修羅場。
なのに羽柴はやっぱりいつも通りの無表情で、淡々と風守先輩に言ったんだ。
霊感があることを公言すると、この世に未練のある霊が自分の話を聞いて欲しがって寄ってくる。
その寄ってきた霊に、霊感がないことを知られたら、霊は期待を裏切られた腹いせに、嘘をついてた先輩やその周囲に干渉してくる可能性が高い。
だから霊感があるなんて嘘はデメリットが多いだけで、良いことなんてないからやめておいた方がいいって話をしたんだよ。
でも風守先輩は羽柴の話を鼻で笑って、自分にはちゃんと霊感があるし、霊能力もあるから問題ない。ちょっかいをかけてくる悪霊なんて簡単に祓えるって、まだ言い張るんだよ。
その意地に羽柴は呆れたようにため息をついてたわ。
ついてから、呆れ果てた目で先輩を見て言ってた。
「あなたは自分のお祖母さんに、死んでからも体を引き裂かれる苦痛を強いるんですか?」って。
先輩、言ってる意味がわからなくてポカンとしてた。
先輩がただあんぐり口を開くてる間に、羽柴は言いたいことを言ってたな。
「自分の守護霊が見えてなくて、どこに霊感と霊能力があるんですか?
あなたやあなたの家族が今、誰も怪我もなく過ごせてるのはそのお祖母さんのおかげ。
そのお祖母さんがいなかったら、とっくの昔にタチの悪い霊に取り憑かれるか、祟られて最悪はその霊のお仲間になってますよ」
そこまで言われて、先輩は勝手に話を作るな、おばあちゃんを殺すな! ってキレたよ。
キレられても、羽柴は白けたような目だったな。
そんな目で、淡々と答えたよ。
風守先輩の後ろにいる、お祖母さんの特徴を。
真っ白い髪を綺麗に結い上げてるとか、藤色のスーツがよく似合う可愛いおばあちゃんだとか、先輩と同じところにホクロがあるとか。
特徴を一つあげるたびに、先輩の顔は怒ってる顔から泣きそうな顔に変わっていったよ。
で、右手に火傷があるって言った瞬間、泣きそうな顔が勝ち誇ったドヤ顔になって、「ほら、やっぱりあんたは嘘つきだ! おばあちゃんに火傷なんてなかった!」って叫んだんだ。
その叫びに、羽柴は白けた顔で即答したよ。
「あなたにはあったでしょう?」って。
俺や他の人たちには意味のわからない返しだったけど、風守先輩は一瞬だけ呆けてから、くしゃくしゃの顔になって泣き出したよ。
俺らがいきなりの展開にやっぱり意味がわからなくておろおろしてる中、羽柴だけが全部わかってて言うんだ。
「自分が代わりに持っていくって約束をして、守ってくれた人に、これ以上の痛みを強いるの?」
これは後で知ったんだけど、先輩は幼稚園ぐらいの時に事故で熱湯が右手にかかって、ひどい火傷を負ったらしい。
後遺症まではなくても、火傷の痕は一生残るだろうって医者に言われたらしいけど、今ではそんな痕は何にも残ってない。
先輩、火傷のことも、痕が一生残るって言われたことも忘れてたらしいけど、羽柴の言葉で思い出したって。
小2の時に亡くなったお祖母さんが、自分が孫の火傷を持っていくって約束してくれたことも。
先輩、泣きじゃくって、おばあちゃんごめんなさい、でも、自分は何にも優れてるところはないから、特別な所がないから、特別な人間になりたくてとか、そういうことをずっと言ってたよ。
先輩のことを俺はまだ全然知らないけど、コンプレックスで自分は特別だと思いたい気持ちはわかるからさ、何にも言えなくなったよ。
他の先輩や先生もそうだったんだろうな。
気まずい沈黙が少し続いてから、先輩から少し外れたところに目線をやってた羽柴が、先輩と目を合わせて言ったよ。
「先輩のお祖母さんは言ってる。
『マリちゃんは頑張り屋さんで真面目ないい子。そんな嘘なんか付かなくても、いっぱい良いところはあるし、私にとっては誰よりも特別で大事な子』だって」
先輩はそれを聞いて一瞬泣き止んだけど、またくしゃくしゃの顔になったよ。
……ここで終われば、いい話だったんだけどな。
どうしてあいつは、空気ってもんを読まないのかな?
羽柴の奴、無表情真顔のまま続けて言ったんだ。
「お祖母さんは先輩の作るお話が大好きだそうですよ」って。
いきなり変わったのか変わってないのか、よくわからん話題に俺たちはポカン。
先輩も、は? と言いたげな顔で首をかしげるんだけど、それを気にせずに羽柴はお祖母さんの代弁を続けるんだ。
「『おばあちゃん年寄りだから、難しい横文字はよくわからないけど、悪魔の王子様は好きだわー。その腹違いの兄弟で、マリちゃんと同じ名前の主人公と幼馴染の男の子も好きだけど、やっぱりおばあちゃんは優しい男の子の方が好きよー』って……」
ここまで言ったあたりで、先輩大絶叫。
涙を吹っ飛ばして、トマトよりも赤い顔になって羽柴に掴みかかってたよ。
さすがにこれは俺も他のみんなも止められないで、ただ見守ったというか……、見ないふり、聞かなかったことにしてたよ。
先輩が真っ赤な顔で、「もう金輪際、霊感があるんて言わないからやめて! っていうか、おばあちゃんにもそれ読まないでって頼んで!」って叫んでるを聞いて、俺は思ったよ。
俺、絶対に、絶対に厨二病にはならないって。
* * *
『そうね、そうして。私もそんな痛い黒歴史、見たくないから』
なんか違う意味でトラウマメイカーな話になってしまった。
メイカーというより、トラウマを呼び起こす話だな、これ。
次回は、小ネタ集です。
またの名を、羽柴さんの瞬殺集。