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67:ケサランパサランの話

 幸せって、何なんだろうな?

 ……キャラに合わないこと言ってんじゃねーよとか思うなよ。そんなの俺が一番、そう思ってんだから。


 でも、考えちゃったんだ。

 もしも、誰かの幸せのために死ななくちゃいけない、それが当たり前の生き物にとって、「幸せ」ってのは何だったんだろうな、って。


 ……そんな生き方から解放されて、自分の為に生きて死ぬことなのか。

 それとも、その「誰か」を自分の意思で選ぶことなのか。


 もうなんとなく、何の話をしてるかわかるだろうな。

 そうだよ。昨日見せた。ケサランパサランだよ。

 昨日の帰り道、羽柴が見つけて捕まえて、そして俺にくれたあれ。

 最近、俺に元気がないからって羽柴はくれたんだ。

 願い事が叶う、幸せになれるって言われてる、妖怪なのか何なのかそもそも生き物かどうかもよくわかってない、あの綿毛の塊みたいなのを。


 羽柴が捕まえたんだからいらない、もらえないって言ったんだけどさ、羽柴は「どうせ私が願うなら、『ソーキさんが元気になりますように』だから。それなら、ソーキさんが直接願った方がいい」なんて、もうその言葉だけで十分すぎるわ! なこと言うからさ、逆に断れなくなってもらっちゃったんだ。

 っていうか、これは昨日も話したよな。

 うざい惚気でごめん。


 で、そのもらったケサランパサランをジャムの空き瓶に入れて、昨日見せたよな?

 エサは白粉だって羽柴が言ってたけど、オカンのファンデーションはあっても白粉なんか家にないから羽柴が明日、分けてくれるって言ってくれた話もしたよな?

 その後さ、俺、ケサランパサラン眺めながら何を願おうかなーって考えてたんだよ。

 羽柴の元気になってって願い事は、もう羽柴の言葉とケサランパサランくれたってことで叶ったも同然だし、羽柴と両想いになりたいとか、付き合いたいって願いは卑怯だからしたくなかった。

 無理やり羽柴の気持ちを変えて、俺のことを見てもらったって意味ないじゃん?


 で、じゃあ期末テストでいい点とりたいとか、欲しいゲームが手に入りますようにとか、そういう願い事も思い浮かぶんだけど、そんなしょーもないことに使うには羽柴に失礼な気もした。

 それじゃあ羽柴の幸せを願おうかとも考えたけど、羽柴が俺にケサランパサランをくれた理由が本心なら、なんかたらい回しにしてるだけだなと思ってちょっと保留。

 そのままウダウダ考えて、いっそ世界平和とか? となんかスケールがどんどんでかくなっていくんだけど、そもそもこんな手のひらより二回りは小さい綿毛の塊がそこまで願い叶えられんの? つーか今更だけど、願い叶えるって理屈はどこから出て、どうやってんの? とか根本的なことに疑問を持っちゃったんだ。


 別に願いが本当に叶うかどうかは、どうでも良かった。

 そういう話のあるものを、羽柴が迷いなく俺にくれたって事実が何より嬉しかったんだから。

 だから、何の根拠もない噂ならこのまま飼おうと思って、羽柴にケサランパサランって具体的にどういう存在なのかをラインでちょっと訊いてみたんだ。


 そしたら、「詳しいことはわからない。というか、わかってる人なんていないんじゃない?」って返された。

 これもまぁ、予想の範囲内。羽柴って実は、見てわかるものと実戦で学んでるもの以外ほとんどオカルト知識ないんだよ。本人、オカルトに興味ないから。


 ……ただ、ケサランパサランが願いを叶えるってことと、願い事が叶うと同時にポンッと弾けて消えるってことは確か。

 だから、願い事のスケールがでかかったり、願い事が多ければ白粉で数を増やすべきだってことは教えられた。

 白粉が餌って時点でおかしかったけど、白粉さえあれば単独で増えるあいつらはマジで何なんだよな?


 そもそもケサランパサランは生き物かどうかもよくわからない、生き物であったとしてもクラゲみたいに自分の意思とかあるのか怪しいタイプだから、それが「死ぬ」って言うべきなのかも俺にも羽柴にもわかってない。

 だから、俺は「願いを叶える綿毛の塊」だと思って、「生き物」だと思わないでそのまま使っても良かったのかもしれない。


 でも、俺にとって白粉はただ増やすための道具じゃなくてエサで、願いが叶うがガセでも飼おうって思ってたんだ。

 俺にとってケサランパサランは、生き物だったんだ。


 改めて生き物だって認識したら、願い事なんてできなくなった。単純なことに、すでに情が湧いちゃってたんだよ。

 それどころか、瓶の中で初めの方はフワフワ浮いたり沈んだり繰り返してたのが、なんか元気なくなってずっと瓶の底にいてる気がしたら、もう飼う事すらできなくなった。


 元気ないように感じたのは俺の気のせい、底に沈んでたのは寝てただけかもしれないけど、生き物だって認識しても顔も口もない、フワフワと風に流されて生きてるケサランパサランをちゃんと飼えるわけないし、きっと今はこんな立派なことを思っていても、数が増えたら欲が出る。

 自分がいつまでも無欲でいられる人間じゃないことくらい、わかってたからさ。


 だから俺、羽柴にせっかくくれたのにごめんって謝って、その日のうちに瓶のふたを開けて、窓の外に瓶を置いて、ケサランパサランを逃がしたんだ。

 羽柴はもったいないとかそういうことを言わずに、「ソーキさんらしい」とだけ返事をくれたよ。


 そんで今朝、窓の外に置いた瓶を見てみたらケサランパサランはいなくなってた。

 それ見て、ちゃんと逃げたんだなと思って普通に家を出て学校に行く途中で羽柴に会ったんだけど、羽柴、俺に会った瞬間いきなり跳んで、俺の背後上空に漂っていたものをキャッチ!

 何事!? って思ったら、羽柴の手にはまたしてもケサランパサラン。何か見つけたから反射で取ったらしい。猫か、お前は。


 そのケサランパサランを見て俺は、軽くパニック。え? また? それとも昨日の奴? って、ケサランパサランの見分け何か俺につくわけないから、何が何だか。

 羽柴だって見分けつく訳ないけど、「もし昨日の逃がした奴なら、懐かれたのかな?」とか言ってた。

 まぁ、どっちにしろ俺はケサランパサランを飼うつもりも、願いを叶えてもらうつもりもなくなってたし、羽柴もマジで反射で取っただけで別にいらんかったらしく、そのまままた逃がした。

 ……この、今朝の事がなかったら、放課後のはただの偶然って思えたんだけどな。


 放課後のだって、偶然の可能性は十分にある。

 そもそも、何度も言うけど俺はケサランパサランの見分けなんかつかないから、放課後のも今朝のも昨日逃がした奴とは別物でもおかしくないんだ。

 あれが、俺が逃がしたケサランパサランである保証なんてないんだろうけどさぁ……


 放課後、いつものように部活に出て、いつものように中身のないオカルト話をして、いつものように帰ったよ。途中まで、羽柴と一緒に。

 そんでいつも通りに、分かれ道で羽柴と別れて帰るはずだったんだけどさ、羽柴にまた明日なーって言って手を振った時、羽柴がまた方向は俺だけど目線は俺の上空らへんにやって、「あ!」って顔したんだ。


 そのタイミングで、羽柴のうしろの車道でスクーターが通った。

 スクーターだからそもそもたいしてスピードは出ないけど、それでも最高速度は出してたんと思う。

 結構なスピードを出てた挙句にそのスクーター、他に走ってる車を越そうとしてたのか、歩道側にすごく寄って走ってたよ。

 そして、その運転手が女だったんだけど、鞄を肩にかけたままスクーターに乗ってたんだ。


 その鞄、なんか色んなキーホルダーか何かを付けてて、スクーターが通っていくと同時に羽柴のきれいな髪がスクーターが走って行った方向に流れた。

 同時に、羽柴の体が傾いたんだ。

 やけにあの時は何もかもがスローモーションに見えたよ。

 本来なら見えない、気付けないってことも間でしっかり見えたし気付けるぐらいに、全部の光景や行動がゆっくり、ゆっくりスローで流れていったんだ。


 羽柴の髪に、スクーターに乗った女の鞄のキーホルダーが絡まって、しかもそれ、数本とかじゃなくて結構な毛束で絡まっちゃったから、髪が切れも抜けもしないで、羽柴がそのまま髪を引っ張られて倒れそうになったんだ。

 さすがに完全に事故、誰の悪意もなければ霊の仕業でもないから、羽柴も全く予想も何もできてなくて、そのままされるがままスクーターに引っ張られて倒れる所だった。


 俺は羽柴の体が傾いた時にはすでに走り出してたけどさ、全然間に合わなくて、キーホルダーに絡まった髪を切って外してやることはもちろん、倒れそうな羽柴を支えてやることすら間に合わなかったよ。


 本来なら、大惨事になるはずだった。

 羽柴はもちろん、スクーターに乗ってた人もバランス崩して車道にぶっ倒れてもおかしくなかった。

 でも、そうならなかったんだ。


 羽柴の体が傾いて、俺が羽柴の名前を叫びながら駆け寄って、スクーターの運転手が自分の鞄のキーホルダーに歩行者の髪が絡まってることに気付いて振り返ったタイミングで、聞こえたんだ。


 ポンって軽く、何かがはじけるような音が。


 その音がした直後、今度はキンって硬い音がしたと同時に、羽柴が倒れた。

 でも羽柴は髪でそのままスクーターに引きずられることも、髪がスクーターのスピードで頭の皮ごと毟られることもなく、地面に横座りって体勢で座り込んだだけで済んだ。

 スクーターの運転手は、そのまま何メートルか走った後に戻ってきて、羽柴に怪我の確認と謝罪してきた。

 初めは3人とも何が何だかわからなかったけど、羽柴の髪に残ってたものを見て、何が起こったかが理解できた。


 羽柴の髪に絡まったキーホルダーだけがそこにあって、カバンにはカバンとマスコットを繋いでた鎖の一部だけが残ってた。

 それも一つだけじゃなくて羽柴の髪に絡まってた奴が全部、綺麗にマスコットと鎖が分離してたんだ。

 羽柴が完全にバランスを崩して倒れる前に、キーホルダーが壊れて分離したから被害は最小限で済んだんだよ。


 その後は羽柴本人が怪我も特にせずに済んだし、警察沙汰にすんのも面倒だからってことで運転手の謝罪だけで終わらせてた。

 異様に迫力のあるあの無表情で、鞄を肩にかけたままスクーターを運転すんな、歩行者に髪とは言え接触するくらい歩道に寄るなって、説教はしてたけど。

 その説教が終わって、俺は羽柴を送って帰ったんだ。

 怪我はないって言ってたし、実際にどこにも怪我もなければ痛そうな様子でもなかったけど、あんなん見たら心配だし、……聞きたいこともあったから。


 送りながら聞いたよ。あの時、何を見たのかを。

 答えは予想通りだったけど。


 ……ケサランパサランだったって。

 やっぱり昨日や今朝と同じものか見分けはつかないけど、ケサランパサランが俺のうしろをフワフワ漂っていたんだと。


 俺が、羽柴! って叫んで駆け寄ったタイミングで、そのケサランパサランは弾けて消えたのも、羽柴は見てた。

 羽柴が助かったのは、ケサランパサランのおかげだろうな。


 だって俺は願ったよ。それしか頭になかったよ。

 誰か羽柴を助けてくれとしか、考えてなかったよ。


 ……結局、俺は綺麗事を貫けないで、ケサランパサランを犠牲にした。

 偶然じゃないのなら、あれが昨日のケサランパサランで、羽柴の言う通り俺に懐いたから今朝も、放課後も現れたのなら、あれが間違いなく生き物で、懐くくらいに心があったのに。俺は自分の幸せのために、犠牲にしたんだ。

 生きていてほしいって思ったのは本当なのに、そのことに後悔してない自分に自己嫌悪したよ。


 そのことに気付いたのか、羽柴は慰めてくれたけど。

「もしも死に方が選べるのなら、私はそのケサランパサランと同じがいい」って。


 ……なぁ。

 ケサランパサランは、幸せだったのかな?

 俺の犠牲になったんじゃなくて自分の意思で俺の願いを叶えてくれたって、思っていいのかな?




 * * *




『思っていいよ。きっとケサランパサランは幸せだったよ。

 いつか必ず誰かに消費される命なら、私だって私の「幸せ」を願った人の為に使いたいもん』

前回と対比した話にしてみました。


自分の事しか考えてないから永遠に救われない子供と、自分以外の事ばっかり考えてるから大切な人が傷つかずに済んだソーキ。

ソーキが罪悪感を背負うなというのは、無理な話なんでしょうね。

彼がこういう人だからこそ、ケサランパサランが選んだ結末がこれなのだから。


次回は小ネタ集。羽柴さん、シリアス回の余韻くらい残してください。


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