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66:救われない話

 ……信じられないものを見た。

 今まで見た中で、あれが一番気持ち悪くて、怖い。

 幽霊とか生きてるとか関係ない。あれが同じ「人間」のカテゴリなのが信じられない。


 ……悪い。意味わかんねーよな。

 最初から話すよ。


 今日、学校に行く途中で小学生の男の子の霊を見たんだ。

 その子自体に変なところはない。パッと見ただけなら霊だって気づけない、生前そのままの姿をした子で、今まで全く見たことないしそんな霊の噂も聞いたことがないから、たぶん浮遊霊。

 ランドセルがピカピカで傷がまったくついてなかったから、たぶん小学校に入学してすぐに死んじゃったんだろうなってのがわかるんだけど、そのことに同情する余裕なんてなかった。

 その子の後ろには、他にも霊がいたんだ。

 その霊の数が、様子が、異様としか言えなかった。


 首や手足がありえない方向に曲がったじいさん、頭の半分が潰れた幼稚園児くらいの女の子、同い年くらいの喉が掻き切られた男の子、真っ青な顔をした赤ん坊、手や顔が赤く爛れて大やけどを負った女の人……

 全部で5体。どれもこれもグロテスクな外見の霊が、その男の子の後ろにいたんだ。

 しかもただ外見がグロいだけじゃなくて、肌が痛い、空気が重くて息苦しい、悪霊がその場にいる独特の感覚が全力でして、俺はその場から動けなくなった。

 完全に金縛り状態でただその男の子と、その子の後ろにいる霊たちを凝視してた。


 その霊たち、別に男の子にしがみつくとかはしないで、ただ男の子の後ろに立ち尽くして、その子が動くとそれについて行くんだ。何か大火傷の女の人が口を動かしてたから何か言ってたみたいだけど、距離があって全然聞こえなかった。

 霊に取り憑く悪霊? それにしては、別に何もしないな、とか思ってたら、その男の子と目が合って、男の子に俺が見えてるってことに気付かれた。


 男の子は俺をきょとんとした顔で見つめて、「みえてるの?」って訊いて来て、俺はどう答えたらいいかわかんなくてキョドってたら、その子が駆け寄ってきた。

 それを振り払うように、腕を引かれて走らされた。

 腕を引いたのは羽柴で、羽柴はそのまま一度も振り返らず、男の子を絶対に見ないで俺をほとんど引きずるように学校まで連れて行ったんだ。


 で、学校に着いて羽柴は俺に何の説明も前置きもなしに言ったのが、「あれには絶対に関わらないで。次、会ったら無視して逃げて」だった。

 悪霊なのはわかってたけどそこまでヤバいのか、それならあの男の子は大丈夫なのかって訊いたら、予想外の答えが返ってきたよ。


「悪霊は、後ろのじゃなくてあの子供。あれは、被害者たちの霊」

 羽柴は真顔で、不愉快そうに吐き捨ててた。


 俺は一瞬、羽柴の言葉が理解できずにフリーズ。

 だって、もう少し歳が上ならまだあり得るかもしれないけど、6歳か7歳くらいの子があんなに人を殺したっていう事が俺には理解できなかったししたくもなかった。

 完璧に混乱してる俺の背を羽柴は軽くポンポンと叩いて落ち着かせて、言葉を続けたんだ。


「信じられないのは無理もない。でも、信じて。そして、絶対にあれと関わらないで。

 あれは、救われない。神様にだって救えない存在がこの世にはある。あれこそが、それ。

 あれが救われないのは自業自得と因果応報だから、ソーキさんは罪悪感を背負わなくていいの。無視して、忘れるのが一番いいの」


 羽柴はそう言ったんだ。

 羽柴の言葉を疑いはしないけど、これだけは嘘であってほしかったよ。

 だって10歳にもなっていない子が救えない、それが因果応報だなんて話、それこそ救いがない。

 確かに俺が罪悪感を懐く必要なんてどこにもないけど、何もできない、あんな歳で罪を重ねる子供に何もできない自分が嫌で嫌でたまらなかった。


 ……羽柴は悪くない。悪くないんだ。むしろ、俺に気を遣ってくれたんだ。

 ちゃんと説明しなかったこと、あの子供がどういう子供なのかを言わなかったことは悪くない。

 でも、俺は勘違いしてた。


 俺、あの子が人を殺してしまったのはあの子が死んだ後、霊になってからだと思ってたんだ。

 霊になってから、自分が死んだことに対する八つ当たりかなんかで人を殺してしまってたと思い込んでた。


 違った。

 あの犠牲者は、みんなあの子供が生きてた頃の犠牲者。

 それを思い知らされたのは、放課後、ゴミをゴミ捨て場まで運んでた時、学校の階段であの子供と再会した時だ。


 今朝の事、羽柴に言われた事にモヤモヤしながらゴミ捨てに階段を下りてたら、空気が急に重く感じて、悪霊!? 逃げなくちゃ! って思うと同時に、子供らしい高い声で、「ねえ」って声をかけられた。

 上の階の踊り場にあの子供がいて、俺を見下ろしながら尋ねてきたんだ。

「ねえ、ボクがみえてるんでしょ?」って訊かれて、情けないことに俺はまた金縛り状態。

 羽柴の忠告を守って逃げなくちゃって思うと同時に、何とか説得できないかって考えちゃったんだよ。

 自分が死んだことを受け入れて、もう人を傷つけなければ、安らかに成仏できるんじゃないかって思った。


 だから、逃げずに待ってしまった。

 あの子供が俺の傍まで降りてくるのを。

 あの子供の言葉の続きを。


 子供は重そうなランドセルによろめきながら、自分の犠牲者の霊を連れて階段を降りながら話してきたよ。

「みえてるんでしょ? ねえ、みえてるんならボクをたすけてよ」

 俺にそう言って、助けを求めてきたんだ。

 俺にとってその言葉は、説得のいい機会だと思った。


 俺はさ、お前は死んだんだ。そのことをわかってないなら、自覚しろ。受け入れろ。

 そしてもう、誰も傷つけるな。誰かを傷つけたら傷つけるだけ、お前は成仏できない。

 きっとお前の両親だって、お前が誰かを傷つけてこの世に留まってることなんか望んでない。それを知ったら悲しむ。

 だから、天国にいけるように反省して、後ろの人たちにごめんなさいって言え。

 俺はそんな感じの事を一気に言ったら、俺より3段くらい上の位置まで降りてきてた子供が、「意味わかんない」と言わんばかりの顔で首を傾げてた。


 その時は言葉が難しかったからかな? とか思ってたけど、俺が分かりやすい言葉に言い直す前にその子供が発した言葉で俺は自分の間違いに気付くと同時に、戦慄した。

 ……あの子供は、俺に対して呆れたような目で面倒くさそうに言ったんだ。


「なにいってんの? じぶんがしんだことくらい、わかってる。おとななのにあたまわるいな。

 ボクはボクのうしろにいる、いつまでもグチャグチャうるさいママやおじーちゃんをどっかにやってっていってるの」


 俺の考えも言葉も、全部が見当違いだったんだ。

 あの子供に俺の常識は通用しない。人間の良識が存在しない。

 会話は成立するのに、何もかもが通じないし分かり合えない。

 あれは、そういう存在だったんだ。


 絶句してる俺に、あの子供は溜息をついて言葉を吐き捨てたよ。


「できないの? じゃあ、もういい。

 じゃまだよ。やくたたず」


 そう言って、躊躇なくあの子供はもみじみたいな両手で、俺を階段から突き落とした。

 色んな衝撃が多すぎて、大きすぎて、強すぎて俺は足を踏ん張ることも手すりに摑まることもできないで、そのまま落ちたよ。

 落ちて、中庭掃除だったのに悪霊の気配を感じてダッシュでこっちに来てくれてた羽柴を下敷きにした。

 幸いあんまり段数がなかったし、落ちた時に羽柴が「ソーキさん!!」って叫んだことで脳みそがショック状態から回復して少しは受け身が取れたから、俺も羽柴もほとんど怪我はなかった。


 体の怪我は、ほとんどない。

 でも、俺にはあの子供が今まで見てきた悪霊の中で一番怖かった。

 だってあいつは俺を突き落とした後、そのまま普通に階段を降りてたんだ!

 自分のいう事をきいてくれない、助けてくれないことに対して怒って八つ当たりで、俺を突き落としたんならまだ理解できる!


 でも、あの子供は無表情だった!

 あいつは……あいつは……人を怒りや憎しみで傷つけてるんでも殺してるんでもない。そして、傷つけること、殺すことに楽しさを見出してるわけでもない。


 ……あいつにとって俺を突き落としたのは、目の前の障害物が邪魔だったからってだけなんだ。

 自分が座りたい椅子にゴミが落ちてたから、それをつまんで捨ててから椅子に座る。それぐらいの認識だったんだ。


 これが、俺の被害妄想ならどれだけ救われた事か。

 階段から落ちて、羽柴に謝りたいけどあいつの言動のショックを引きずって上手く話せない、でも羽柴にあいつを関わらせたくなくて、俺はただ羽柴に情けなくしがみついてたら、階段から悲鳴が聞こえたんだ。


 あの子供の悲鳴だった。


 足や両腕、体を赤ん坊も手足や首が曲がったじーさんも頭が潰れた女の子や喉が切り裂かれた男の子がそれぞれ、押さえつけてた。

 そして、大火傷を負った女の人……あの子供の母親が血の涙を流しながら、子供の首を後ろから絞めて尋ねてた。

「どうして、あんなことしたの?」って答えに、子供は泡を吹きながら答えたよ。


「だって、かいだんおりるのにじゃまだったもん」


 その答えと同時に、子供の首は直角に曲がった。

 母親の手によって、折られた。


 子供がぐったりしてその場に膝ついたと同時に、子供を含めた霊たちの体が薄れて消えてんだ。

 俺に興味をなくしたから見えなくなったのか、それともどっかに行ったのかはわからなかったけど、確実に成仏してない。


 たぶん、あの霊たちはみんなあの子供の身内や友達だ。

 あの子供の身勝手どころじゃない、常識がまず根本から違うせいでゴミを捨てるような感覚で殺されても、俺以上にあの子供が救われることを望んでる人たちだ。

 だから、どういう経緯で霊になったかはわからないけど、死んだあの子が罪悪感を持ってくれることを望んで傍にいて、説得し続けてる。

 ……なのに、それが一切通じてない理解しないし出来ないんだ。あの子供には。


 羽柴にはその後、すごく謝られた。忠告を無視したのは俺なのに、説明不足だったをすごく気にして謝られた。

 たぶん俺は、今朝の段階で正確に説明されても信じられないで似たような行動してたと思うから、羽柴は気にしないでって何とか説得したよ。

 実際、俺は信じられないだろうし、今だって信じたくない。あの出来事は全部嘘、俺が見たもの、聞いたことは全部嘘だってことにしたい。


 ……怖いんだ。今まであった何よりも、あの子供の存在が。

 あの会話の通じなさが怖い。

 あまりにも人として根本的な部分すら、分かり合えないのが怖い。

 階段を降りれないなんて理由で人を突き落としたことを、当然のことと認識してるあの子供の常識が怖い。

 殺されたってあの子を心配してくれる人に囲まれてるのに、間違いなく愛されていたはずなのに、自分一人が大切で、他人に何の興味も持っていないあの精神が怖い。

 環境とか愛されずに育ったとかのせいで歪んだんじゃなくて、初めからの欠陥としか言いようがない、あの罪悪感のなさが怖い。


 ……あの、救われな子供が俺は怖くて忘れられないんだ。




 * * *




『お願い、忘れて。忘れて思い出さないで、そして二度と救いたいと思わないで。

 お願いだから、あんな怪物の犠牲にだけはならないで』

この話が浮かんだきっかけは、高橋葉介の短編漫画「血.と.処.女」と「フ.タ.バ」に出てきたサイコパス少女の話。ちなみに続き物じゃなくて独立した短編です。


元ネタの方は、殺人に快楽を感じているシリアルキラーの要素が強かったけど、元ネタとの差別化と本当に「邪魔だったから」というだけで人を殺す子供の方が得体が知れなくて怖いかなーと思って書いてみたら、怖いどころじゃなかった。

改めて、正真正銘、定義通りのサイコパスは人の姿をした化け物だと思い知らされました。


次回は、この話の後味の悪さを払拭させようと思って作った話です。


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