59:文化祭の話
あー……疲れた。
すっげ―楽しかったけど、文化祭マジで疲れたー。
楽しかったけど、模擬店とかほとんど回れなかったのは残念だな。まぁ、一年は皆そうだろうけど。
うちの中学、二・三年は模擬店でもお化け屋敷みたいなイベント系でも、何かの展示でも好きなようにやっていいのに、一年は演劇って決まってるの不公平じゃね?
しかも文化委員が決めたテーマで、演目を決めなくちゃいけないし。
まぁ、そのテーマが毎年面白くてありきたりな劇にならないから好評らしいけど。実際にやってて楽しかったし、他のクラスの劇も面白かったし、去年のテーマ聞いて去年の劇見てみたいって思ったけど。
去年は「マイナーグリム童話」がテーマだってさ。
風守先輩のクラスは「ネズの木」ってやつをやって、観客を絶句、もしくは泣かせたらしい。
……どんな話でどんな劇やったんだよ。気になるけど見たくないわ。
まぁその話は置いといて、今年のテーマは羽柴と……俺もだろうな。とにかく、霊感ありで有名らしい俺らがいるせいか、「怪談」がテーマだった。
うちのクラスは、「安珍清姫伝説」っていうの、現代版にしてやった。
俺は全然知らない話だったんだけど、簡単に言えば安珍って坊さんが目的地に行く途中で、清姫ってお姫様の家に一晩泊まらせてもらったら、そのお姫様に一目惚れされたんだよ。
で、坊さんだから結婚できないって断るんだけどいくら安珍が断ってもお姫様が諦めないから、じゃあ戻って来たら結婚してやるって嘘ついて、そのまま目的地に行った帰りに清姫の元に寄らずに自分の寺に帰ったんだ。
それにキレた清姫が何でか知らんけど大蛇に変身して、寺の鐘の中に隠れた安珍を焼き殺したっていう、男は最低だし女がマジ恐ろしいと思わせる話。
なんつーか、男と女の温度差とか、男の面倒くさがって無責任な行動とか、女の執念とかが十分に現代でも通じるから、現代版に直すのが楽だったって台本作った奴が言ってたわ。
そしてどうでもいいけど、何故か羽柴に「安珍清姫伝説」をやる、俺は照明の係だってことを言ったら、何かビックリした顔になって「安珍役じゃないんだ」って言われた。
何でだよ!? 何でそう思ったんですか、羽柴さん!? って突っ込んだら、「たぶん、ソーキさんと安珍は似てる」って言われた……。
俺、告られたら面倒くさがって適当にごまかして逃げる男だって羽柴に思われてんの? と思ってしばらく凹んだわ。つーか、今でも思い出したら超凹む。
思い返したら凹むから、思い出さないことにする。
そんで、羽柴のクラスはひねらず定番の「番町皿屋敷」。
羽柴は最後にお菊を成仏させる陰陽師役だったんだ。原作じゃ陰陽師じゃないらしいけど、まぁそこは中学生がやる劇なんで、テキトーに改変したんだろう。
そしてもう一つのクラスは、羽柴のクラス以上にひねらず、王道中の王道、「四谷怪談」を、こっちも現代版に直してやったんだ。
それ自体は良かったんだ。別に何も、問題はない。
……ただな、四谷怪談って歌舞伎はもちろん、映画だろうがマンガだろうが、とにかくそれを題材にした何かをやるんなら、主役であるお岩さんを祀った神社にお参りに行かなくちゃ祟られるって噂があるらしい。
……やらなかったそうだ。お参り。
つーか、そのクラスはほとんど劇に対してやる気がなくて、何の劇をやるかとかその劇の台本作りを全部、話し合いとかせずにそのクラスの文化委員に押し付けてたみたいで、クラスの奴らも担任も誰も、劇の元ネタが「四谷怪談」だってことすら気づいてなかったらしい。
押し付けられた文化委員も、面倒くさいから一番有名なのを選んで、現代に直したのは着物とか小道具を用意するのも面倒だからってだけで、神社にお参りしないといけないって噂は全く知らんかったんだと。
さらにタイトルも「現代版四谷怪談」とかじゃなくて、「女の恨みは恐ろしい」とかそんな感じに変えてたから羽柴も事前に気付くことが出来なくて、お参りに行くか違う劇にしろって忠告もされることなく当日の今日に至ったわけだ。
その結果、文化祭でも羽柴は平常運転でしたよ。
その四谷怪談のクラスが一番最初に発表で、うちのクラスは最後だったから、俺は呑気に鑑賞してたんだよ。
初めの方は全然、空気もおかしくなかったし変なものもいなかったんだけど、お岩さん役が伊右衛門役に毒を盛られて死ぬってシーンでいきなり空気が変わった。
本当にいきなり静電気が走ったみたいに体がビリって痛くなったと同時に、毒を飲んだお岩役の子がついさっきまでのやる気が一切見えない棒読みの大根演技が嘘のような絶叫を上げて、倒れたんだ。
そんで伊右衛門役も、同じような棒読み大根だったのが背筋が凍るくらい冷たい声で「死んだか」とか言って、お岩役の子の髪を掴んで引きずってそのまま舞台のそでに放り込んだんだ。
周りの人たちは皆、いきなり大根から名演技になったことに驚きはしても二人の様子もやってることも演技だと信じて疑ってなかったけど、俺からしたら明らかヤバい、お岩役の子、大丈夫か!? ってなって、その場で羽柴に電話をかけたよ。
でも羽柴の劇はこの次だし、羽柴は出番最後の方だけとはいえ役者だからもうすでに衣装に着替えてて、スマホをその時持ってなかったんだよ。
つーかその時、教室でみんなと最後のセリフ合わせをやってたらしい。
そのことに気付かず、何度も電話かけても繋がらない、探しに行こうかとも思ったけど劇の最中だったから立ち上がったら先生に叱られた挙句に、電話かけてたこともばれてスマホを没収されてさー。
そんなことをやってるうちに、劇が進んで伊右衛門が再婚した相手の顔がお岩に見えるようになって、その再婚相手を罵りながら首を絞め始めたんだよ。
もう俺にはそれが台本通りなのか、何かに取り憑かれてんのかわからなかったよ。
ただ、それはもう迫真の演技なんかじゃないことはわかった。
遠目からでもわかるくらいにいっちゃった眼で、「死ね死ね死ね」って言いながら相手の首を絞めてるし、絞められてる相手も同じ目をして「あははははははは」って笑ってるし。
舞台裏にいるはずのクラスの奴らは誰も出てこないし、観客も先生たちもさすがにドン引きしてるけどまだ劇だと思ってて誰も止めなかったから、もう俺しか止められねーって思って立ち上がろうとしたした瞬間だったな。
舞台袖から弾丸みたいな勢いで、陰陽師の格好をした羽柴が伊右衛門役の首にソバットをかましたのは。
ちょうど劇の終盤だったから、次やる羽柴のクラスの役者たちが舞台裏に待機にやってきて、羽柴が舞台の異変に気付いたんだ。
で、気付いた瞬間、羽柴は躊躇なくソバットかましてまずは伊右衛門役を気絶させる。
首を絞められてたはずの子は、やっぱり笑ったまま羽柴に襲い掛かってきたけど、羽柴はその子の鳩尾に綺麗な正拳突きを決めて、その子も悶絶してダウン。
そしたら今度はわらわらと、舞台袖からお岩役の子やら他のわき役、裏方らしき奴らまで出て来て、羽柴に襲い掛かるんだけど、……無双してたわ、羽柴。
陰陽師の格好してんのに、呪文やお札なんかもちろん使わずいつものように物理で無双。
一言もしゃべらず、いつもの素晴らしく綺麗で涼しい無表情のまま、殴る、蹴る、投げる、舞台から落とすをやりまくって、たぶんそのクラスの奴ら全員、倒したんじゃないかな?
余りの超展開に、もう観客先生俺も全員ポカーン。
羽柴が全員倒したあたりで、ガガッ! って急にスピーカーのスイッチを入れた音がして、ちょっとどもって噛みながらだけど、こんなナレーションが入ったんだよ。
「こ、こうして、突如現れた正義の陰陽師の活躍により、悪霊は倒されて成仏し、みんな幸せになりました! めでたしめでたし!!」って、ものすごく適当極まりないナレーションでまとめて、幕が下ろされた。
あのナレーション、羽柴の友達がとりあえず終わらせなくちゃ! と思ってとっさに言ったらしいけど、そのおかげで観客の保護者とかはめちゃくちゃで悪ノリが激しすぎてたけど、やっぱり全部演技で劇だったと思ってくれたようだった。
もちろん、事情を知らない先生たちが羽柴を叱ったけど、羽柴は他の先生たちの説教は素直に聞いてたけど、そのクラスの担任には思いっきりビンタをかまして、「文化委員一人に押し付けるんじゃなくて、お前自身も含めて協力しあえ」って逆に説教したらしい。
その説教で、担任が文化委員に劇のほとんどを押し付けて、自分はもちろん何もしない他の生徒たちを注意することすらしなかったっていう、ほぼ完全なイジメが明るみになって、説教の対象は羽柴からそのクラスは担任を含めてクラス全体に変更。
結局、羽柴はほとんどお咎めなしだった。当たり前だけど。
あと、いきなりクラス全員が取り憑かれたものの正体は、結局わかってない。
羽柴はたぶん個人の霊とかじゃなくて、「四谷怪談」っていう怪談を怖いって思う人たちの思念なんじゃないかなとは言ってたけど。
そんな感じで今年の文化祭は終わったよ。
もう羽柴無双がすごすぎて、自分のクラスの劇とかほとんど覚えてないわ。
羽柴の最強っぷりもすごかったけど、陰陽師の格好した羽柴が本当にきれいでカッコいいことカッコいいこと。
一応、あれは男装ってことになんのかな? いやー、普通の格好でもしきみさんそっくりなのに、陰陽師姿の羽柴はさらにしきみさんそっくりだったわ。しきみさんの陰陽師姿なんか見たことないけど。
でもマジで、あれは惚れる。俺が女だったら、間違いなく惚れてる。今でも惚れてるけど。
羽柴の出番は最後の方だったから、観客席からは見れなかったけど俺もちょうど準備で舞台裏に入ってて、舞台のそでから見れたのは良かったよ。
ついさっき物理で無双してたのか嘘みたいに神秘的な陰陽師になりきっててさ、無表情だけど優しい声で、お菊役の子に欠けた皿を渡してあげて、成仏させてあげるシーンは良かった。
……清姫も、聖職者のくせに誠意を込めて説得出来るまであきらめず説得しようとしないで、嘘ついて逃げた安珍なんかじゃなくて、羽柴みたいな陰陽師に惚れたら良かったのにな。
……あ、自分で忘れようとしてたことを思い出しちゃった。
……凹む。マジ凹む。
* * *
『たぶんれんげちゃんがあんたと安珍が似てるって思った所は、嘘つきで無責任なところじゃなくて、生きてる死んでる関係なく厄介な女ばっかりに好かれる所だから、凹まなくてもいいわよ』
羽柴とソーキのクラスがやる劇は逆にして、羽柴は清姫役、四谷怪談には大蛇バージョンで乱入したら面白いかなーと思ったけど、羽柴に清姫は洒落にならんと思ってやめた。
この女、自分がそういうタイプだと自覚してるのであそこまで一方通行ではないけど、裏切った相手には絶対同じことをする。
次回は短いコメディです。




