55:俺には見えなかった霊にまつわる小ネタの話
文化祭でオカ研の心霊写真館、やっぱり本物が3枚だけじゃさびしいから他にもうちょっとなんかやろうってことになって、部員の心霊体験談を冊子にして、展示しようってことになったんだ。
で、俺は普通とは真逆の意味で困った。
体験談が普通ならない、あっても怖くないで悩むところだろうけど、俺の場合ありすぎて困る。
そして羽柴の所為というかおかげというか、とにかく羽柴が怖さを爆散させてるから、俺の体験談は大半がもはやギャグでしかないんだよ。
……ギャグですまない話は本当に後味悪くて思い出したくなかったり、こういうネタに使いたくなかったし。
そんな訳で俺は必死になって何かなかったかを思い返しながら、ついでに羽柴は何を書くつもりか訊いてみたら、「もう書いた」って原稿用紙を一枚ぴらっと渡された。
早っ! そしてこれはちゃんと「怖い話」になってんだろうか!? いつもの笑い話じゃねぇの!? とか思いながら読んでみたら、……普通に怖かった。
内容はシンプルに、自分にしか見えない不気味な霊に取り憑かれてる人が、身近にいるって話。
その取り憑かれてる本人は全く霊感がなくて気付かないし、霊自体もしがみついてぶつぶつ恨み言を言う以外にできることはなければ他人の害にもならない、下手に教えて意識させた方が危険そうだから放置して自分も見ないようにしてるって話なんだけどさ、その羽柴しか見えない霊がどんな姿で、どんな体勢で取り憑いてるか、その描写が怖かった。
ガリガリに痩せて骨と皮だけになった山姥みたいなばーさんがその人に肩車の形でのっかてんだけど、足はその人の首にがっしり、むしろ締まってない? ってくらいに絡ませて、そのまま前かがみになって逆さ吊りみたいな状態で、取り憑いてる人の顔を覗き込んでるんだって。
その顔も目は血走ってるし、口からよだれをだらだらたらして正気なんかどこにも見当たらない形相で常に、「かえしてかえしてかえしてかえして」って繰り返してんだと。
マジでその取り憑かれてる人、見えてなくて良かったな。少しでも見えたら、悲鳴あげるどころじゃないだろ、これ。
そんな感想を言いながら原稿を返したら、羽柴が少しだけ困ったような疲れたような顔と口調で言ったんだ。
「霊自体は見えないようにしても、その人に会えばどうしても思い出したり意識するから、いっそ祓ってしまいたいんだけど、……良い思い出に水を差すのもね」とか言ったから、え? もしかして羽柴さん。この話、昔の話じゃなくて現在進行形? って尋ね返したら、即答で「うん」。
……英語の先生だってさ。取り憑かれてるの。
羽柴さん、その人あんたのクラスの担任ですよ?
え? 毎日の話なの、これ?
俺はそんな感じで冷静なんだかパニくってんのかよくわからん事考えたけど、羽柴の原稿を回し読みしてた他の先輩や先生は、「除霊してやれよ!」と大合唱で突っ込んでた。
羽柴は皆から、「どう考えても悪霊じゃねぇか! その先生とお前自身の為にも祓えよ!」って突っ込まれてたけど、別に面倒だから放置ってわけじゃないらしい。
どうも見た目こそはトラウマレベルだけど、英語の先生ただ一人に執心してるから他の人には害ないし、本人も零感、たまにいるまったくなんも感じない代わりに霊的影響を一切受けないタイプらしいから、別にいっかと思ってるらしい。
あと、そのばーさんは先生の実のばーさんっぽい。一応、羽柴が先生に探りを入れたら、特徴が一致してたって。
ただ、どうも先生はおばーちゃんっ子だったらしくて、今でも亡くなったおばーちゃん大好き! とか言ってたから、そのばーちゃんがすごい体勢と形相で取り憑いてますとはさすがに言えず、だからと言ってあの体勢じゃ穏便に引きはがすこともできんから、放置してるんだと。
先輩たちはそれ聞いて、さっさと除霊しろって言ったことはとりあえず謝った。
つーか、何でおばーちゃん大好きな孫を、そのばーさんはそんなトラウマレベルの形相で取り憑いてるの? って思ってたら、それも羽柴が教えてくれた。
たぶん、あのばーさんは死ぬ前からボケてたのか、死んでから本性が剥き出しになって理性も知性も失ったのかは知らんが、どうやら孫娘をその母親である息子の嫁と誤認してる。
「返せ」はばーさんの息子で、先生のお父さん。つまりは、死んでなお嫁イビリしようとして不発してるだけ。
……嫁姑って怖い!
たまーに、うちのオカンも田舎のばーちゃんの前や、ばーちゃんの話題になると能面みたいな顔になるときがあるけど、俺の知らない所で戦争が起こってたのかな?
……深くは考えず、でもこれから田舎のばーちゃんに会う時はオカンに気を遣おう。
そんな感じで、見えてなくても知りたくなかった真実暴露で、先生が「俺、これから職員室でどんな顔してその先生と会話したらいいんだよ?」嘆いてたんだけど、部長がふと、「本人に教えて取り憑かれてること自覚したら悪影響なら、これ冊子に載せたらダメじゃない?」ってことに気付いたんだ。
羽柴は上手く、その取り憑いてる人が誰なのかは特定できないように書いてたけど、本人が「それもそうですね」って納得して、没にしてた。
で、またすぐに書き上げた。
今度は小学校の頃の話。
小学校内をうろつく霊がいたらしいだよ。七不思議にもなってない、俺も波長が合わなくて見えたことがない霊。
その霊は、戦時中にその小学校の先生だった人で、まぁ戦争の空襲で死んじゃったんだけどその人は子供の頃から先生になることが夢で、やっと叶ったのに戦争で授業がほとんどできない、子供に何も教えられないまま死んじゃったのが無念なのか、未だに成仏できずにあの学校で生徒を見守ってるんだって。
……これだけ聞けば、良い話だ。っていうか、いい先生なのは間違いないんだ。
うん。どんな姿でも、いい先生なのは間違いないんだけどなぁ……。
……その先生、空襲の焼夷弾で死んだかのか、全身大やけどで皮膚のほとんどがベロンとめくれて、理科室の人体模型みたいに筋肉むき出し血まみれ状態で、校舎内うろついて生徒を見守ってるらしい。
ただのホラーじゃねぇか!! と、またしても部員総勢で突っ込みいれた。
それに対して羽柴もちょっとキレた。
「しょうがないでしょ? 何回言ってもあの人、未だに自分が死んだことも自分の姿がそんなグロテスクだってことも、自覚してくれないんだもん」だってさ。
悪霊とはまた別の意味でたちが悪いな、そいつ!
羽柴が言うには、小学校で派手に転んだり遊具から落ちたけど怪我はほとんどしなかったって経験があれば、その先生が助けてくれたからだと考えていいんだって。
それ聞いて、俺も同じ小学校だった先輩たちも、ありがたいと素直に感謝したいけど姿を想像して素直に感謝はできんかった。
いや、俺もその先生が助けてくれた心当たりが普通にあったから、本心からありがたいんだけどさぁ……。
とりあえず、その姿を自覚して何とかしてくれよ。たぶん自覚さえしてくれたら、あとは羽柴が何とかできたんだよ。実際、したことあるし。
何とも複雑かつ微妙な気持ちになってる空気を換えようとしたのか、風守先輩が「部長は何か体験談ありますか?」って話を振ったら、俺らと出会ってからのした体験と前の心霊写真以外、唯一の心霊体験を書いたって、ドヤ顔で自分の原稿を見せてきたんだ。
気分転換になるかなーって読ませてもらったら、王道的な話だった。
2年ほど前の話で、家族でちょっと出かけてお茶でも飲もうって喫茶店に入ったら、家族分から一つ多い水とおしぼりを出されて、そのことを尋ねたら「さっきまでもう一人、お連れさんがいましたよね? 髪の長い、女の人が」って、店員さんに言われたって話。
部長の体験はそれで終わり。店員さんが見た女の正体はわからないままだし、それ以外に変なことは何も起こらなかった。
ただ、普通なら不気味に思ってどんなに飲み物食べ物が美味しくても二度とこないであろうその店に、オカルトマニアである部長はしばらく通い詰めた。もっと他の事に情熱注げよ、部長。
で、部長が来店しても水が多く出ることは初めの入店以外なかったんだけど、他の客はちょくちょくあって、そんで店員が言うにはいつだって同じ、「髪の長い女」だったそうだ。
3回目あたりで部長は、その店員の霊感が特別いいわけでも誰か特定の人物にその霊が憑いてるんでもなく、店そのものについてるんじゃないかなって結論をだした。
そんで図書館とかネットとかでその店は前は何だったのか、何か事件が起こったのかを調べまくったけど何にも見つからなくて、結局その店は潰れて女の正体はわからずじまいだったで部長の原稿は終わるんだけど、部長の体験談を読んで羽柴はその喫茶店を当ててきたんだよ。
喫茶店の名前を聞いたら、俺も思い出した。あー、駅前で今はドトールになってるところねって感じで、他に人たちも思い出してた。
つーか実は部長と同じ体験してたわ、俺。家族と行って、一人分多い水とおしぼり出されたよ。
その頃はもう俺も家族も霊には慣れてて、俺が見えないのは珍しいなー、見えない奴は放っておけって羽柴が言ってたから実行しとこうで、俺も家族も終わってそのまま忘れてた。
で、羽柴も同じ体験してるんだけど、羽柴もその「髪の長い女」は、「店内」では見なかったって。
あと、その霊は店についてるんじゃなくて、毎回水やおしぼりを持ってきてた店員、マスターの息子に憑いてた霊だってことを教えてくれたよ。
そこまでわかってたけど、羽柴も一緒にいたしきみさんも何も教えず、何もしなかったって。
しきみさんが「自業自得」って言って、羽柴もしきみさんほど詳しくはわからなくてもそうだろうなって思ったから。
喫茶店が潰れたのは、その三日後だったってさ。
「たぶん、本人も気づいてた。でも、否定したくて他人に憑いてる、店に憑いてるって思いこみたくて、やってたんじゃないかな? 水とおしぼり出すの」って、猫がするみたいに何もない中空を眺めて、羽柴は言ってたよ。
何で、そんなことがわかるのか?
それを尋ねたのは誰か覚えてない。
ただ羽柴は、いつものように無表情ローテンションで指さした。
自分の目を指さして、答えたんだ。
「その店員の目の中に、恨めしそうな女がいつもいたから」
* * *
『部長の話のはずが、一番れんげちゃんの怖い話になっちゃってる……』
ソーキが関わってないと、放置が多い羽柴さん。
一応フォローしておくと、害のあるタイプならソーキが関わってなくても放置はしませんよ。取り憑かれてる側の、自業自得じゃない限り。
次回は、最近大人しめだったので羽柴さんに無双してもらいます。




