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49:七不思議の話③

 おはよー、もう11時だけど。

 昨日はごめん。何も話が出来なくて。

 いやー、馬鹿は風邪ひかないって嘘だな。こんな中途半端な時期に、風邪ひいちゃったよ。

 あー、寒気とまらねー。


 まぁ、昨日よりはましだな。薬も飲んだし。

 それに俺は今、ちょー暇だから昨日の分の話を今するよ。

 オカンには内緒な。とにかくベッドから出るな、安静にしてろ、寝てろって言われてるんだよ。


 昨日はさ、朝から何か寒いかなって思ってたんだけど、もう9月も終わりだからそろそろ残暑も終わるんだなーとしか思ってなくて、そのまま普通に学校に行ったよ。

 で、学校に行っても寒気は治まらないで、3時間目くらいに先生に顔色がヤバいから保健室に行けって言われて行ったら、熱が38度あった。


 ……この熱、できれば来週のテストの日にでも出て欲しかったなー。


 まぁ、こんだけ熱があればすぐに帰って病院に行けって言われたんだけど、オカンが昼の一時くらいまでパートに出てて家に誰もいないわ、俺が帰ってくるころにはオカンのパートもいつも終わってるから、俺は鍵を持たせてもらってなかったんだよ。


 だから、電話も仕事中で通じないだろうから、昼過ぎまで保健室で寝かせてもらってそれから帰るか迎えに来てもらうかってことにしてもらった。


 そんな訳で、俺は多分小学校時代も合わせて初めて保健室のベッドで寝たんだけど、そこでまたホイホイと引っかけちゃったみたい。

 正直言って、その時のことは熱が高くてよく覚えてないんだけどな。


 うちの中学の七不思議の一つが、保健室にあるんだよ。

 神隠しのベッドっていって、二つあるベッドのどっちかで寝たらいつのまにかそのベッドに寝てた奴が消え失せて行方不明になるって話。


 この話は前々から知ってたけど本気で信じてなかったから、熱が出てたのを引いても綺麗さっぱり忘れてた。


 だってさ、ベッドで寝るのは初めてでも保健室には何度か入ったことあるから、何かヤバそうなものがいる感じはしないことはとっくの昔に知ってるし、そもそもそんな50%の確率でホイホイと神隠しが起こってたら、それこそうちの中学は色んな意味で有名になるわ。


 だから何にも考えずに、奥のベッドで寒いから体を丸めて寝てたんだよ。

 で、ふと目が覚めたら保健室の先生が部屋にいなくて、もう一個のベッドの方に誰かが寝てて、誰だろう? って俺が思ったタイミングで、そいつは横になったまま俺の方に寝返りを打って話しかけてきたんだ。


 話しかけてきたんだけど、俺、そいつの顔どころか男か女かすら覚えてないんだよ。

 っていうか、そもそもちゃんと見えてなかったのかも。


 俺、視力は良いから例えとして合ってるのかよくわかんないけど、なんか周りは普通だけどそいつだけ近眼の目で見たように、ピントが合ってなくてぼやけてた気がする。


 夢ならともかく、いくら熱が高かったからって特定の相手だけよく見えないってのは変だから、まぁやっぱり人間じゃないって気付けても良かったんだけど、めったに引かない風邪で頭がぼーっとしてた俺はそのことを不思議に思わず、普通にそいつと会話しちゃったんだよ。


 初めの方は普通に「風邪? 熱高いの? 大丈夫?」って質問で、俺も普通に答えてたんだけど、俺がそっちも風邪? って聞いたら、向こうは「……病気じゃないけど、教室にはいけない」ってちょっと悲しそうな声で言ったんだ。


 どんな声だったかも覚えてないのに、悲しそうな声だったことだけは覚えてる。


 その台詞で俺はそいつが、イジメかなんかで教室に行けない保健室登校の子だと俺は思って、そのことを確かめるわけにもいかなかったから、行けなくたっていいじゃん、勉強はここでもできるし、友達だってここで作れるよって言ってみたら、その子はクスクス笑って、「そうだね」って同意した。


 普通の会話は、ここまでだった。


 その子は同意しながら、体を起こして俺に言ったんだ。

「ねぇ、友達になろうよ」って。


 その言葉自体は、唐突だけど別にそこまで変なものじゃなかった。

 ただその後に続いた言葉が、俺にとってはピントがどうしても合わないその子の姿よりも異常だった。


「『普通』の友達なんていらない。見えるものしか見えない……生きてるものしか見えない奴らなんか、どうでもいい。

 同じものが見えて、聞こえて、同じ場所に立ってる人たちだけでいい。

 そう思わない?」


 ベッドから降りて、その子は俺のベッドに近寄って来ながら、そんなことを言った。

 普段ならさすがにこの時点であ、これ関わっちゃいけない奴だって気づけるのに、もうマジで判断力がガタ落ちどころかマイナスになってたのか、そんなこと言われてベッドの脇で見下ろされながらも、俺は何言ってんだ、こいつ? くらいにしか思ってなかった。


 つーか、思ってたことが素で口に出てたみたい。

 顔や体のピントは合わないのに、裂けるように吊り上がった口だけはやたらはっきりと見えたな。


「見えているんでしょう? もう生きていない人たちが。

 聞こえているんでしょう? この世界の住人じゃない者の声が。

 私たちもそうだった。そして、『普通』の人たちはそんな私たちを、気持ち悪いと見下して、虐げて、いらないと切り捨てた。

 辛かった。憎かった。苦しかった。痛かった。けど、なにより私たちは寂しかった。


 でも、今は寂しくない。同じものが見て聞こえて、同じ世界で生きてるみんなが、ずっと傍に、ずっと一緒にいるから。

 ……だから、あなたも友達になろうよ。そして、一つになろう」


 言いながら、そいつというかそいつらはどろりと溶けた。

 多分あれ、複数の霊かなんかの集合体だったんだ。私たちとか言ってたし。

 だから、姿が男か女かすらもわからない、どうしてもピントが合わなかったんだろうな。


 で、その時の俺はと言うと、自分を見下ろして話してた奴らが溶けて、その液体が自分の顔にかかってやっと、あー、人間じゃなかったんだなーとか、めちゃくちゃ危機感なく呑気に考えながら、即答してたな。


 友達はいいけど、一つになんかなりたくない、って。


 俺がそう言った瞬間、溶けてもやたらと楽しそうで嬉しそうだったそいつらの雰囲気が、一気に冷たいものになったのに、熱でのぼせてるみたいな状態だったその時の俺に空気を読むスキルはゼロだった。


 だから、めっちゃ冷たい感じで「何で?」って聞かれた時も、素で答えたんだ。


 同じものしか見えなくて、同じ世界にずっといて、そして同じ人間になるんなら、それは一人きりで目も耳も塞いで閉じこもってるのと変わらない。


 寂しくないなんて嘘だ。

 だからお前らは、何人集めて一緒になっても、まだ仲間を求めてるんだろう?


 同じものが見えなくて、それをおかしいって言われるのはもちろん、ムカつくし辛いし寂しい。

 でも……だからこそ、少しでも同じものが見える人に出会えたら、同じ考えに触れられたら嬉しいし、そこから微妙に違う見え方や考えを知れば世界が広がって、もしかしたら、広がった世界のその先でなら、俺が見えてるものをおかしいと言った人とも、分かり合えるかもしれない。


 だから、友達になるのは全然かまわないけど、一つになんかなりたくない。

 俺は俺として、俺じゃない誰かと一緒に、自分の行ける範囲の世界を広げて歩き回りたい。


 よく覚えてないし、自分でも言ってる意味がよくわからなくてちゃんと伝わったのかどうかも怪しいけど、まぁこんな感じのことを夢半ばで言ったような気がする。


 もう俺の枕元に立って見下ろしてた奴らは人の原型もなくなって、どろどろとした液体が俺の全身にまとわりつきながら、「何で?」「どうして?」「違う」「今はもう寂しくなんかない」「なのに、どうして?」って、口々に言ってたな。

 男か女かすらわからなかった曖昧な声が、この時は複数人の声になってたかな?


 そんな文句なのか怨嗟なのかただの素で俺の考えが理解できなかったからの疑問なのかよくわからん声を聞きながら、我ながら神経図太いことに俺は寝た。

 寝たというか、こっからは本気で何も思い出せないんだよ。普通に眠かったのから寝たのか、あいつらに何かされて気を失ったのか、全然わからん。


 俺の額に熱を測ろうとしたのか手のひらが当てられた感触がして、それで目が覚めた時には、もうピントの合わない人型のあいつらも、全身にまとわりついて俺を取り込もうとしてたあいつらもいなかった。


 ごく普通の保健室で、隣のベッドは誰かが寝てた形跡もなく空で、枕元に立っていたのは、あいつらでも保健の先生でもオカンでもなく、羽柴だったんだ。


 羽柴が、いつもと変わらない無表情で俺を見下ろしてた。


 俺が保健室で寝てるって誰かから聞いて、昼休みにお見舞いに来てくれてたんだ。

 ……3日前、体育館裏で羽柴が俺のせいで因縁つけられて、嫌な思いさせてから、俺は気まずくて、俺の所為なのに、俺が原因なのに、俺は悪くないって言って 自分を責める羽柴に申し訳がなくて、どうしても近寄れなかった羽柴が、来てくれてたんだ。


 ……俺さ、あの日羽柴と俺の見ている世界が違う、羽柴は遠いって思った時から、やっぱり住んでる世界が違うから羽柴の事、諦めた方がいいのかな? 羽柴を諦めて、羽柴に関わらないようにすれば、それこそ3日前みたいなことが起こらなかった、羽柴が嫌な思いもしないで、罪悪感なんか背負わずにすんだのにとか、そんなことをずっと考えてた。


 でも、やっぱり無理だ。

 俺のせいで嫌な思いをしても俺を責めないで、むしろ気を遣ってくれたあげく、自分の昼飯より俺の具合や食欲があるかないかの心配をしてくれる子を、たとえどんなに遠くても、高嶺の花でも、諦められねーよ。


 ……それにさ、……触れられたから。


 あの日、伸ばせば掴める距離にいたのに、羽柴の手を掴めなかった。

 羽柴が遠いって思ったら、掴めなかった。


 でも、昨日は掴めたんだ。

 昼休みが終わって、教室に帰ろうとした羽柴の手をとっさに俺、掴んじゃったんだよ。


 そしたら羽柴、少しキョトンとしてから、言ってくれたんだ。


「また、お見舞いに来てもいい?」って。


 その言葉と、その時に掴んだ手の体温で思ったんだ。


 羽柴は遠くない。

 遠くたって、決して触れられない、越えられない壁の向こう側にいるんじゃない。


 今は遠くても、見ているものの大部分が違っても、同じ地面の上に立って、少しくらいは見えるものは被ってる。

 だから、いつか必ずとなりに立てるって、思えたんだ。


 寂しくなんかないって、思えたよ。


 ……まぁその後、オカンに迎えに来られて保健室から出ようとした時に、保険室の片隅のゴミ箱にピントの合わない人間が、頭からゴミ箱に突っ込まれて犬神家みたいになってるのを見て、あぁ、あいつらは夢じゃなかったのか、そして羽柴はやっぱりかなり遠いかもと思ってしまったことは、正直忘れたい。



 * * *



『最後ですべてが色々と台無しすぎる!!』


 最初はしんみりと終わらせるつもりだったけど、羽柴がソーキに危害を加えようとした霊を見逃すわけがないと思った結果が、今回どころか前回の話も台無しにするオチ……


 次回は、羽柴れんげの話です。

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