47:ダイエットの話
……女ってわかんねぇ。
あのさ、昨日オカ研で風守先輩が友達連れてきて、その友達が羽柴に「お姉ちゃんに取りついたものを除霊して!」って頼みに来たんだよ。
その人の話によると、お姉さんの通ってる高校で「いくら食べても太らなくなるおまじない」っていうのがあって、お姉さんはそれを実行したのが3日ほど前。
そのおまじないをしてから、お姉さんはご飯を2杯3杯おかわりするどころかご飯が炊きあがった途端に炊飯器から直接3合をペロリと平らげたり、妹さんの買い置きのお菓子を全部食べるのは当たり前、冷蔵庫の中身の野菜、肉、魚を生で、冷凍食品も解凍しないで食い尽くすって食欲を発揮したのに、そんだけ一日で食べても太るどころか食べ過ぎで吐きもせず、むしろどんどんガイコツみたいにやせ細っていってるらしい。
そりゃ完全にオカルト案件だろうってことで、羽柴は話を聞いてすぐにその人の家に行ったんだ。
俺はもちろん、役に立たないからどころか逆に取り憑かれかて迷惑をかけそうだからついて行かず、他の人たちはついて行きたがったけど、羽柴にはっきり「邪魔」と即答されてた。
ただ、さすがに初対面の妹さんとだけは気まずいからってことで、邪魔しない、パニックを起こしたら殴って気絶させてもいいのならって条件付きで、風守先輩だけついて行った。
言うまでもないが、先輩はついて行きたいって言ったことを若干後悔してた。
そんで今日、羽柴と風守先輩に昨日何があったかを訊いてみたらさ、……相変わらず羽柴の除霊は物理でした。
家についてお姉さんの部屋にさっそく行ってみたら、もう全身が骨に直接皮が張り付いてるみたいな女が、お菓子をめちゃくちゃに貪り食ってたんだって。
お菓子を口に運ぶ手も、そのお菓子をかみ砕いて飲み込む口も止まらないまま、お姉さんは「助けて! いくら食べてもお腹がすくの! お腹いっぱいにならないの! 何かを食べてないと気が狂いそうなの!」って泣き叫んだんだと。
先輩はドン引き、妹さんの方もお姉さんのさらにひどく痩せ細った体と、その身体に反比例した食欲にパニクって、「助けて! お姉ちゃんを助けて!」って泣いちゃってたそうだけど、羽柴の方はいつも通りの無表情ローテンションで「手っ取り早くいくなら手荒だけど、それでいい?」って訊いた。
お姉さんも妹さんも、もうとにかくこの悪夢みたいな現実を何とかしたかったから、「何でもいいから早くして!」ってOKを出して、羽柴はまず古新聞を用意させた。
朝刊夕刊1週間分くらいの新聞をもらって羽柴がやったことは、まずはお姉さんも周りの床にその新聞を敷いて、残りを小脇に抱えたままお姉さんに全力でボディブロー。
うん、正直予想してた。
風守先輩曰く、ズッパァァン! とものすごくいい音を立てた、えぐりこむような腹パンをかまして即行、羽柴はバックステップで距離を2メートルは取ったそうだ。
で、そんな腹パンをかまされたら、誰だってリバースする。
もちろん、お姉さんもした。つい数秒前まで食べてたお菓子がほぼ原形そのまま、その骨と皮だけの身体のどこに入ってたんだよ?ってくらいの量が出て、羽柴がそのゲロの山の上にもらった古新聞をかぶせようとして、急にやめた。
風守先輩にはお姉さんが吐いたものはただのゲロにしか見えなかったけど、羽柴にはゲロの中に何匹もの手のひらサイズで手足や顔はそのお姉さんみたいにがりがりなのに、お腹だけ妊婦みたいに膨らんだ子供、まぁ所謂「餓鬼」がいたのが見えてたらしい。
それは初めから、予想してた通りらしい。
だから、羽柴は古新聞を大量にもらったそうだ。
腹パンかまして吐かせた後、古新聞被せて自分が汚れないように潰すつもりだったらしい。
……どう潰すつもりだったのかは、さすがに聞いてない。正直、聞きたくなかったからスルーしておいた。
で、出てきたものは予想通りだったけど、餓鬼のその後の行動が羽柴の予想と大きく違った。
餓鬼は取り憑いてたお姉さんの方を一斉に見て、「良い機会だ。今回はこれで許そう。罰当たり者め」とか言ってそのまま消えた。
羽柴は「いくら食べても太らないおまじない」っていうのは、本来は他人に餓鬼を取り憑かせる呪いを自分に掛けたたんじゃないかなと思ってたみたいだけど、それなら餓鬼はそう簡単に消えないはずなのに、その餓鬼はあっさり消えるどころかきちんと話せるほどの理性も知性も持ってたんだ。
それで羽柴は気付いたんだよ。
あの餓鬼は呪いの産物じゃなくて、ちゃんとした神や仏の使いとしてやってきた存在だって。
だから羽柴は持ってた古新聞をくるくる丸めて、まだ苦しそうにしているお姉さんの頭を思いっきり新聞で叩いて、お姉さんがやった「おまじない」とやらを訊いた。
聞いて、もう一回ぶん殴ったらしい。
それに関しては、俺も殴りたい気分になったからグッジョブだと思う。
そのおねえさんの高校の近所には、ちっさいお地蔵さんがあるんだよ。
そのお地蔵さんが何のためにあるかというと、江戸時代ぐらいにそのあたりで酷い大飢饉だった時、大人たちが生き残るためにまだ働けない小さな子供を殺して埋めたのがそのあたりらしくて、そういう経緯で殺された子供がせめて迷わず成仏できるようにと置かれたのが、その地蔵。
で、「おまじない」はというと、その地蔵の前で食べ物を一口だけかじって投げ捨てること。
そうすると、飢饉で飢えたあげくに殺された子供の霊が、「食べないなら私にちょうだい」と思って取り憑いて、自分が食べた分は全部その子に行って自分はいくら食べても太らない、取り憑いた子供はお腹いっぱいになって成仏できる一石二鳥なダイエットのおまじないとして広まってるらしい。
もう本当にアホかとしか言いようがねーよ。
お地蔵さんがある経緯を知っててよくその前で、食べ物を無駄にできるなって思ったわ。
もちろん、そのおまじないは全くのデマ。どうやってそんなデマが流れたんだか。
でも、こんな非常識でアホらしいデマでも信じるやつというか、とりあえずやってみようとおもったバカが割といたらしく、飢えた子どもが死んでからも苦しむことがないようにと守るお地蔵さんの前で、食べ物を無駄にするやつが続出。
それにキレたのはお地蔵さんか、そこに眠る犠牲者の子供か、運悪く3度目の仏の顔をぶったのがそのお姉さんで、その人はお望みの通り取り憑かれた結果があれだったそうだ。
お姉さんは「クラスのみんなもやってたのに、どうして私だけ!」と泣き言をほざいてたらしいけど、好きな言葉は父親と同じく因果応報な羽柴は当然、「こんな目に遭いたくなければ、初めから楽して痩せようなんて考えるな」と、言葉だけじゃなくガチでお姉さんのケツを一蹴してそのまま帰ったそうだ。
確かに他の人たちもやってるのに、我慢の限界である最後の一回をやっちゃったお姉さんだけ祟られたのは同情しないこともないけど、それ以上にお望みの結果じゃねぇかって気持ちの方が強い話だよ。
っていうか、俺は昨日の時点で羽柴が妙に協力的だったことにあれっ? って思ってたんだ。
自分で地雷だとわかってるくせに楽観的に考えて踏んづけた奴は躊躇なく見捨てる羽柴が、「いくら食べても太らないおまじない」なんて都合がよすぎて怪しいことやったやつを、よく助けようとするなって思ってた。
まぁ昨日の時点じゃここまで自業自得な「おまじない」だとは確かに分らなかったけど、羽柴が予想してたのも十分、自業自得なんじゃねーの? って思って聞いてみたら、羽柴は「いくら食べても太らないおまじない」に関しては、「内容による。今回のは論外だけど、とりあえずそんなおまじないがあるのなら、私も知りたいと思うからつい同情してすぐに助けようとしちゃった」と、いつもの真顔で言われた。
……羽柴さん?
どう見てもダイエットなんか必要のないお前でも、そういうおまじないの誘惑には勝てないんですか?
羽柴の答えに思わず俺がそんな風に聞き返したら、何故か羽柴は真顔のまま俺に「ソーキさん。女は何のためにダイエットをすると思う?」と質問返ししてきたんだよ。
だから普通に男にモテるため? って答えたら、オカ研の女部員全員が溜息ついた後、困ったように半笑いしてた。
羽柴も半笑いこそはしなかったけど、溜息をついてからいつもの真顔じゃななくて、いつも以上に真剣な顔して言ったんだ。
「ソーキさん。女は痩せるためなら男にモテなくても別に良いの」ってあいつ言ってたんだけど、ダイエットって女は何のためにするものなの?
何か半笑いしてた女部員がまたみんなして、真顔で力強くうなずいてたんだけど!
* * *
『何の為? 己のプライドの為に決まってんでしょ!』
私の好きな漫画サイトさんのキャラが「痩せるためならモテなくてもいい」と発言した時、力強く頷きました。
その時代の流行や美的感覚にもよるだろうけど、いくらイケメン相手でも「僕の為に3桁近い体重になってくれ」と言われて、わざと太る女は超少数派だと思う。
次回は、ホラーや後味が悪いというより、シリアスな話になります。




