43:罪と罰の話
今日さ、羽柴に付き合ってちょっと小学校に行ってきたよ。
羽柴が小2の頃の担任に、「うちのクラスが呪われたから祓ってくれ」って頼まれて、俺もついてきてほしいって頼んできたんだ。
羽柴に頼られるのはものすごく嬉しいけど、ホイホイの俺を連れて行っても俺が被害にあって迷惑倍増することはあっても、役に立つことはないのが分かってたから理由を聞いたよ。
そしたら、「私がアイツを殴ろうとしたら止めて欲しい。たぶん私、ストッパーがいないと良くて病院送り、最悪ご臨終させちゃう」って真顔で言われた。
んで、同時に思い出した。
俺はその先生のクラスになったことなかったから、記憶にそう残ってなかったけど、羽柴が小2の頃に担任だった先生は、評判最悪のクソ教師だったってことに。
羽柴曰く、「生きている意味も価値もない」のがその教師。
このセリフ、忌々しそうに吐き捨てるように言った方がマシなくらい、「今日は雨だね」って言うのと同じくらい、当然当たり前のニュアンスで羽柴は言ってた。
でも、それは事実なんだろうなって思ったよ。
だってそいつのクラスになった事のあるやつは、みんな口をそろえて同じようなことを言ってたし。
「最低」「人間のクズ、いやクズが人間の形をしてる」「ほんと死ね」
それが羽柴以外から評価。
事なかれでイジメが目の前で起こっても見ないふり、明らかに非が向こうにあっても、そいつの親がモンペならそいつの味方は当たり前、むしろ気の弱い子を積極的にイジメるモラハラ教師。
いつも100点を連発してる子がたまに95点とか取ったら、「どーした?カンニング失敗か?」って、笑いながら言ったこともあるらしい。
そんなゴミの方がまだ利用価値がありそうなクズだから、そいつ本人だけが呪われてるんならどうせどっかの因果が回って巡って応報しただけと思って、羽柴は前々から来てた担任からのSOSを無視してたみたいだけど、どうも担任だけじゃなくてクラス全体が呪われてるのは本当みたいで、生徒が担任の巻き添えになるのはさすがに可哀相だから、とりあえず話を聞きに行くから俺について来て欲しいって説明されて、もちろん俺は了承。
俺も、その担任が死ぬのは全くなんとも思わないけど、羽柴に人殺しはさせたくない。
で、小学校に行ってその先生に会ったら、他人に聞かせたくないのかいきなり羽柴の腕を掴んで教室まで連れて行ったくせに、羽柴が余計な俺を連れてきてる理由も聞かないどころか来てくれてありがとうすら言わず、ただひたすら自分とクラスの生徒に起こった出来事を話しまくった。
けど言ってることは、変な音が聞こえるだの、自分以外いない部屋なのに他人の気配がするだの、抜け毛が爆発的に増えただの、もうここ最近は3時間以上眠れないだのほとんどが自分の事ばっかりで、生徒の被害はよく知らないけどとにかく怯えてクラス全員の成績が下がるわ、もう10人以上が不登校になってるわというほぼ愚痴でしかなくて、生徒の心配なんかマジで何一つしてなかった。
もう羽柴は、生徒の被害を把握してないって時点で帰ろうとしたわ。
で、クソ教師はこんな時だけ「幼い何の罪もない子供を見捨てるのか!?」とか言い出して、思わず俺は笑いそうになったよ。本当に笑ってたとしたら、ずいぶんと乾いた笑いだっただろうな。
笑う前に、羽柴がキレたけど。
いつも持ち歩いてる消臭剤のボトルでだいぶ薄くなったそいつの頭を思いっきり殴って、胸倉をつかみあげていつもよりやたらと低い声で言ったよ。
「見捨てられたくなかったら、さっさと呪われる心当たりを隠さず全部話せ」って。
ちなみに俺は、羽柴の暴力を止めませんでした。
止める暇もなかったし、あれは暴力じゃなくて当然の対応にしか見えなかったから。
もう羽柴の言葉にそいつはわかりやすくキョドってさー、目を豪快に羽柴からそらして「こ、こ、心当たりなんて……」とか言い出すから、羽柴が俺に「ソーキさん。私のカバンから定規出して」とか言い出して、俺も素直に出して渡した。
角を使ったり目を狙って刺そうとかじゃなくて、面でぶっ叩くのなら一発までは止めないでおこうと思ってたけど、ヘタレだからすぐに担任は観念して話し出したよ。
羽柴は舌を打ってたけど、実は俺も舌打ちしてた。
で、また担任の「心当たり」が胸糞悪い話だったよ。
本当のことを話せって言ったのに、何度も何度も自分に都合の悪いことはごまかそうとして、羽柴が定規ぶん投げてダーツみたいに床に突き刺さったらやっと白状するを繰り返したけど、たぶんまだ隠してることも本当じゃない部分もあるんだろうなー。
そんな足りない部分が多いだろうなって話なのに、それでも最低最悪、これ以上後味悪くなるの? ってレベル。
そいつのクラスにお母さんが病気で長期入院してる子がいて、どっちのじーさんばーさんも遠方に住んでるんだか何だかの事情があって、誰の手も借りずしばらくお父さんと二人暮らしをやってたらしい。
で、お母さんが家にいないから遠足のお弁当はコンビニ弁だったり、服にアイロンがちゃんとかかってなくてしわくちゃだったりで、そのことをからかわれていじめられてた。
もちろん、キング・オブ・クズの担任はイジメを止めるどころか、「ちゃんと家事やってるかー? ママがいなくなったらお前がしなくちゃいけないんだぞー」とか言ってたらしい。
母親が入院してる、まだ10歳にもなってない女の子に言うか、それ!
あー、これだけでもう十分に胸糞悪いわー。
これよりまだ、胸糞展開があるんだぜ、この話。
その子はさ、絵が得意だったらしくて、図工の時間に「家族」をテーマにした絵で両親を描いて、それがすごく良い絵だったからコンクールに出すクラス代表に選ばれたんだって。
……図工の先生が担任じゃなかったのが、良かったことなのか悪かったことなのか、今になってはわからない。
担任だったら、どんなに良い絵でもクラスの生贄にしている子の絵なんて選ばなかった。
……そうしたら、あんなことは起こらなかった。
クラス代表の絵はしばらく廊下に飾られてたんだけど、明日にははずしてコンクールに送るぞーって日の朝、その子の絵だけめちゃくちゃに落書きされた。
その子のお父さんとお母さんに鼻毛とか額に「肉」の字を書いたとかなら、まだ良かった。
もちろん台無しにされたことは変わらないしやった奴は最低だけど、悪意よりもただの悪ふざけの延長でやっただけだろうから、それならまだ子供らしいっていう救いがある。
想像力がまだ未熟な子供だから、幼い嫉妬と「面白い」と思ってやったことで、しっかり叱って何が悪いかを教えてやれば、心から反省して更生するんじゃないかって希望がある。
その子の絵にされた落書きは、子供らしいさはあってもかわいらしさとか微笑ましさなんかどこにもなかった。
子供らしい残酷すぎる悪意の塊だったんだ。
母親の顔は真っ青に塗りつぶされて、体には布の縫い目みたいなのが描かれてつぎはぎだらけにされて、吹き出しで「苦しい」「死ぬ」とか言わされてた。
父親は頭から血が噴き出してるみたいに赤で塗りつぶされて、手足も同じように塗りつぶされたから、両手両足が引きちぎられたみたいになってた。
さらに胴体部分がズタズタに切り裂かれてて、吹き出しは「爆発しちゃったよーん」。
背景や余白には死ねやらキモイやらの悪口だらけ。
とどめに、絵の上の方に黒マジックでカタカナのハの字みたいなのを描いて、遺影みたいにしてたんだ。
その子は、イジメられても担任に最低なことを言われても、両親に心配を掛けたくなかったからか気丈に学校に通ってたけど、その落書きがさすがにショック過ぎて、それから学校を休んだ。
そして……、その落書きされた日から三日後、事故が起こったんだ。
その子のお父さんが、線路に落ちて電車に轢かれて、死んだ。
頭は潰れ、手足もバラバラ、内臓がブチまかれたその死にざまはまさしく、あの「落書き」の再現だったそうだ。
担任は、葬式には焼香だけしてさっさと帰った。クラスメイトは、誰も来なかった。
そしてさらに数日後、女の子は母親の祖父母に引き取られて転校することが決まった。
転校が決まった日、女の子はクラスメイト全員と担任に、子供とは思えないほど憎しみに滾った顔で睨み付け、恨みをこめた言葉を吐き捨てて去って行った。
「お前たち、みんな、絶対に許さない! 一生、呪ってやる!」
そんな言われて当然な恨み言を言われたそいつのクラスでは、その子が転校してから血まみれで手足がないおっさんを見たとか、真っ青な顔色でつぎはぎだらけの女が窓から覗いてたとか、そういう目撃例が多発して、怪我をしたり朝礼や体育の授業中に突然ぶっ倒れるやつも続出。
担任も夢の中でその子がずっと「許さない許さない許さない」って呟き続けて、最近では首を絞めてくるようになったとか言って、このまだ残暑でクソ暑いのにずっとしてたストールを取って、首を絞められた痕を俺らに見せてきたよ。
そのアザは大人の男の手ぐらいの大きさで、化膿して黄色い膿が噴き出してた。
クソ担任はアザを見せつけた後、泣きながら「何で俺がこんな目に……、イジメた奴だけ呪えよ……俺は関係ないだろ……」って、どこまでこいつは無責任なんだって発言をぶっ放してた。
この発言は、さすがにヤバい。羽柴が本気で殺しにかかる。止めたくないけど止めなくちゃ! って思ってたら、意外にも羽柴は何にもしなかった。
白けたような顔で定規も消臭剤も鞄の中にしまって立ち上がって、「ソーキさん、帰ろう」って言いだした。
俺もそうしたかったから鞄もって立ち上がったら、担任は「俺を見捨てるのか!? 俺は恩師だぞ! 薄情者! おい、お前も何とか言ってくれ!!」って泣きわめきながら、羽柴に縋り付いてた。
本当、自分の事だけしか見てないやつだよ。
で、羽柴はその縋りつくのを何の躊躇もなく振り払って、もうそいつも見もせずに言うんだ。
「無意味だから無理」
羽柴の言葉に、今度は顔を真っ赤にさせてあいつは怒鳴りつけてきたよ。
「無意味って何だ!? この卑怯者! 詐欺師!」って中学生に頼っておきながら、めちゃくちゃな罵倒をしまくる担任をやっと羽柴は目を向けて、とどめの一言を口にしたんだ。
「一人分祓ったくらいで、何とかなると思ってるの?」
それは、「今日は雨だね」とでもいうぐらいのニュアンス、見たらわかる当然のことを言うように、担任を「生きている意味も価値もない」と何の感慨も抱かずに言い切った時と同じように、淡々とした言葉だったよ。
担任は羽柴の言ってる意味が理解できず、ぽかんとした顔で固まった。
それを無視して羽柴と俺が教室から出たタイミングで、絶叫が聞こえた。
絶望的な状況に、自分がすでにアリジゴクにはまって、もう落ちていく以外ないと気付いた時のような絶叫だったよ。
その絶叫も無視して学校から出ようとする羽柴に、俺は途中から思ってたことを聞いてみたんだ。
あの担任、何も憑いてないよな? って確認を。
羽柴はあっさり「うん」って肯定してから、説明してくれた。
「ソーキさん。犯した罪に対して公正な罰を与えられるのは、裁判官でも被害者でも神様でもなく、加害者本人だよ」って前置きをしてから。
担任に会った時から、あれ? とは思ってたんだよ。あいつの周りには霊とか何か怪しげなものは何も見えなかったから。
俺さ、波長が合ってなくて俺にかかわろうとしない霊は見えないから、そのせいかなーって思ってたんだけど、担任の首のアザを見て確信した。
マジで霊も呪いも憑いてないわって。
見えなくたってあそこまで酷い霊障が起こす何かが憑いてるんなら、肌がピリピリ痛かったり空気が薄いみたいな息苦しさを感じるはずだからさ、それがまったくないってことは原因は霊とかオカルト関係じゃねーなって思ったんだよ。
つーかさ、夢の中でイジメてた女の子に首絞められて、何で手形が大人の男ぐらいでかいんだよ。気づけよ、あのクソ担任。
羽柴が言うには十中八九、担任はもちろん生徒の霊障も所謂プラシーボ効果ってやつ。要するに、思い込み。
たぶんイジメられてた子の父親が死んだのも、タイミング最悪の事故。オカルトは何も関係ない。
……でも、ここまでタイミングが絶妙なら、父親を喪ったその子はもちろん、落書きをした奴ら、それらを黙認して女の子を嘲笑った奴らも、「偶然」とは思えなかった。
自分たちがあんな落書きをしたせいで、自分たちの落書き通りに死んだと思い込んだ。
その思い込みに上乗せされて、転校前に女の子が叫んだ言葉でイジメをしてきた連中の罪悪感が「罰」っていう「呪い」になったんだ。
「一生、呪ってやる!」
この言葉が、ある意味で本当に「呪い」になったんだ。
俺が体験してきたり、羽柴が祓ってきたものとは全く違う、誰にもどうしようもできない「自分自身を罰する呪い」になったんだ。
自分たちの落書きが、悪意が、人を一人殺す「呪い」になったと思い込んで、その罪悪感が絶対に胸のどこかにあった。
そんな時に「呪ってやる」と、憎んで恨んで当然の被害者から言われたんだ。
なら、あとはもうその子本人が何かをする必要はない。
勝手に坂道を転がり落ちる。
何かもの音がしたら、嫌な夢をみたら、ちょっとした怪我をしたら、とにかく何でもいい、何か嫌なこと、不自然なことがあればそれらはみんな、その子が言った「呪い」に結びつけてしまう。
そんな状態で生活をしてたら、当然ストレスはたまるし集中力も落ちるし、夢見が悪いのなら寝不足にもなって貧血やら何かで倒れるのも珍しくない。
傍から見たらそんな当たり前の原因と結果なんだけど、呪われていると思い込んでたらストレスによるイライラも、集中力が落ちたせいで酷いケガをしたことも、その呪いの所為だとさらに思い込む悪循環。
そもそもさ、女の子の父親らしき霊が見えたのならまだしも、青い顔色のつぎはぎ女は落書きの産物だ。
たぶん女の子の母親は死んでないはずだろうし、どんな病気かは知らないけど体中つぎはぎだらけにする手術をしたわけでもないだろう。
なのにそんな目撃例が出るなんて、それこそ罪悪感による思い込みの幻覚なんだよ。
担任の首のアザは、寝ながら自分で首を絞めたんだろうって羽柴は言ってた。
俺はそこまでちゃんと見てなかったんだけど、羽柴は手形で親指の向きが上じゃなくて下向きになってたことに気付いていた。
言われて俺も気づいたよ。誰かに前から首を絞められたんなら、親指は上向きだ。自分で自分の首を絞めない限り、下向きに親指のアザがつくなんて無理だ。
だから、羽柴にできることもすることも何もない。
だって、呪われている奴らはみんな、自分で自分を罰しているだけなのだから。
自分は呪われても仕方がない、これだけ酷い目に遭って当然だと、心のどこかで思っているから幻覚を見る。自分の不幸を、呪いと結びつける。
……いや、もしかしたらやっぱり心のどこかで気付いているのかもしれない。
これは呪いなんかじゃなくて、神様が与えるものよりも公正な「罰」だってことに。
だからこそ、担任のあの絶叫だ。
羽柴の言葉で、あいつはその子だけじゃなくて今まで自分が受け持ったクラス分の心当たり、……「罪悪感」に気付いたんだろうな。
その罪の重さに、罰の重さに、あいつは絶望して悲鳴を上げたんだ。
……まぁそんな感じで、今までとは全く違う方向で後味の悪い話だったよ。
担任やイジメをしてた、そしてそれを黙認してたクラスはもはやどうでもいいけど、その女の子がかわいそすぎるし、何より羽柴もかわいそうだった。
羽柴も女の子にかなり同情してた。その子と境遇が似てるからだろうな。
……もしかしたら、その子が担任に言われたことと同じようなことを、羽柴も言われたのかもしれない。
だから、羽柴はあのまま無視して帰ればよかったのに言ったんだ。
突き付けたんだ。お前の背負う罪は、まだあるって。
……その結果、あの担任が「自殺」という罰を選ぶ可能性も羽柴はわかってた。
アイツが死んでも、羽柴は悪くない。あいつが自分で選んだことだし、それに自殺は罰というより逃げだ。
だから気にする必要なんかないのに、羽柴は言ったんだ。
「私は地獄に落ちるね」って、羽柴は自分で自分に厳しすぎる罰を選んだんだ。
そんな罰を選んでほしくなかったけど、そもそもそんな罪を背負ってほしくなかったけど、でもそれを言ったら背負うと決めた気高い羽柴を馬鹿にするみたいに感じたから、言えなかった。
俺が言えたのは、止めなかった俺も同罪だな、だけだった。
* * *
『……じゃあ、私もきっと落ちるだろうから、三人で一緒に地獄に落ちようか』
たぶん唯一であろう、実はオカルト関係なかった話。
後味悪い話は、死んだ人間より生きた人間を題材にした方が描きやすいってのも、また後味の悪い話だなぁ。
次回は、後味の悪さを払拭するために、羽柴さんの瞬殺集です。




