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42:座敷童の話

 ……羽柴ってさ、オカ研でみんなが怖い話をしてても基本的に参加しないんだよな。


 まぁ、あいつが語る怪談は基本、怪談になってないからな。たいていの話が要約したら、何か出た、殴った、消えたで終わるから。

 先輩たちに何かネタないって訊かれたら話すけど、自分から話し始めたのは、今日が初めてだった。


 話のきっかけは、座敷童の話だった。どっから座敷童の話が出てきたのかは忘れたけど、羽柴が誰かのリクエストじゃなくて、自分から話し始めたきっかけは間違いなくそれ。

 座敷童が出ていかないようにするには、どうしたらいいかって話がきっかけだった。


 座敷童って家に住み着いてもらってる間は、その家はいいことばっかり起こるけど、出て行ったら今までの幸運が全部不幸になって返ってくるで有名じゃん?


 たいていは家主が豊かになっていくことでまじめに働かなくなったら、失望して出ていくって話だから、ずっとまじめに働いてたらいいだけじゃねーの? って俺は思ったんだけど、雪村先生が教えてくれた方法は俺には想像できないものだった。


 座敷童が出ていかないようにするには、出入り口が一つしかない小部屋を作って、そこに子供が好きそうなお菓子やおもちゃをたっぷり置いて座敷童をその小部屋におびき寄せて、座敷童がその部屋に入ったら、出入り口をふさいでしまう。

 それが、座敷童が出ていかないようにする方法。


 あまりにも単純で、相手が妖怪であっても残酷すぎる方法に俺が絶句してたら、羽柴が急に話し始めたんだ。

 羽柴が小学校に上がってすぐぐらい、俺とまだ出会ってない頃にあった話を。


 羽柴はしきみさんの仕事、副業である除霊関係の仕事にその日はついて行ってたらしい。

 手伝いのためとかじゃなくて、家についた地縛霊っぽいものの除霊だからどうしてもしきみさん本人が行くしかなかったんだけど、その日に限って羽柴を預かってくれる予定だった親戚が急病かなんかで預かれなくなったから、仕方なく羽柴も連れて行ったんだって。


 依頼主はまだ若い夫婦で、その霊が出る家は中古だけど綺麗にリフォームされた一戸建てで、まだ買って1年ちょっとしか経ってないのに心霊現象の連続してたとさ。


 その夫婦に子供は羽柴と同い年の女の子が一人なのに、その子が目の前にいるのに二階から子供らしき走り回る足音が聞こえたり、どこからか男の子の泣き声が聞こえたり、それから家族全員が時々だけど、全員共通の夢を見たそうだ。


 窓もない狭い部屋に自分と5歳くらいの男の子が閉じ込められて、その男の子は泣きじゃくりながらひたすらに謝り続ける。


「お母さん、ごめんなさい。ここから出して」って。


 初めの方は不気味で変な夢程度にしか思ってなかったけど、家族全員が同じ内容の夢を見てると知ってから、それも霊現象の一つにカウントされた。


 それで、毎日じゃないとはいえあまりに頻繁に見るわ、他の心霊現象も男の子っぽいから、持ち主の夫婦は夢のその子が原因だと思って、初めの不気味さもかわいそうと思う同情もなくなってきて、最近は夢の中で「何がしたいんだよ!? 何で私たちの家や夢にでてくるんだよ!?」って怒鳴りながら、つい殴ったり蹴ったりしてるらしいけど、いくら殴られても蹴られても、その男の子は夫婦には見向きもせずにやっぱりずっと泣きながら、「お母さん、ごめんなさい。ここから出して」って訴え続けるらしい。


 で、しきみさんは特によく姿を見たり声や物音を聞く二階を見させてもらったら、二階の突き当たりの廊下を見て即座に、「あの壁の向こうに部屋がある」って言ったらしい。


 試しに壁を叩いてみたら、他の壁とは違って中が空洞っぽい音が聞こえるし、外からよく見てみたら確かにもう一部屋ないとおかしいスペースがあるから、依頼主も納得して、その壁を壊してみた。


 ベニヤ板よりはマシかなって程度の板で塞がれてた廊下の奥には、一つの扉があって、その奥には窓もない狭い小部屋。

 部屋というよりも納戸かちょっと広めのクローゼットみたいなもんだったらしい。


 部屋自体はそういう、何の変哲もないもの。

 だけど、中は異様だった。


 部屋全体に青いクレヨンで、文字が書かれていたんだ。

「おかあさん、ごめんなさい。ここからだして」って文字が、壁も床も天井も区別なく、びっしりと書かれてて、部屋の真ん中には短くなった青いクレヨンがポツンと一つだけあった。


 ここまで来て意外なオチだけど、その部屋の壁とか家の庭にその家や依頼主の夢に出てきた「男の子」の死体とかはなかったよ。


 っていうか、男の子死んでない。

 その家の前の持ち主に当たる人が、その男の子だったんだってさ。


 しきみさん、部屋に入ってすぐに「あぁ、やっぱり」って言ってクレヨン拾って、依頼主に説明したんだよ。


 家や夢に出るのは幽霊じゃなくて、この家で母親に虐待された子供の「残像」だって。

 ぶっちゃけた話、生霊みたいなもんだったらしい。


 で、前の持ち主に話を聞いてみたら持ち主は子供の頃、父親が単身赴任中に母親が育児ノイローゼになって虐待されていたらしい。

 本当に一時的に母親の精神がヤバかったから起こったことで、父親が帰って来たら育児の疲れも減って虐待なんか綺麗さっぱりなくなって本人も忘れてたらしいけど、やっぱり心に傷が残ってた。


 だから、なんとなく家族と疎遠になって、両親が死んで実家を相続してなんとなくリフォームしてあの部屋を塞いでしばらく住んだけど、やっぱりなんとなく居心地の悪さを感じて、ちょうど仕事の都合で引っ越すことになったから家を売った結果があれ。


 自分の心を守るために、自分から切り離した過去が生霊になって、あの家のあの部屋に閉じ込められていたんだ。

 母親が育児に疲れた時、子供がどんなに泣いても閉じ込め続けた、あの部屋に。


 元の持ち主さんには少し悪いけど、自分のトラウマは自分で背負うものでまったく関係ない家族をビビらせていいものではないから、その人にはカウンセリングを受けることを勧めて、その依頼は完了のはずだった……。


 依頼自体は、完了してたんだ。

 でも、解決はしてなかった。


 しきみさんはその後何回かその家に足を運んで、元の持ち主の生霊が完全にでなくなったかの確認をしたらしい。

 で、最後の確認をした後、しきみさんはその家の娘さんだけに内緒でお守りを渡したそうだ。


 そしてその数か月後、その娘さんは電話でしきみさんに助けを求めた。


「パパとママがおかしくなった! 助けて!」と、公衆電話……ではないのかな?

 まぁ、学校に備え付けてある、公衆電話と同じ型の電話で、そんな風に助けを求めたそうだ。


 その電話の直後、しきみさんはその子を迎えに行ったって。

 児童相談所の人と一緒に。


 ……しきみさんとその家に一緒に行って、あの部屋を見た羽柴は断言した。


 あの家にいた子供はあくまで「残像」であって、昔の光景を映像や音声で再現してるだけに過ぎなかった。

 だから、その再現された昔、残像である子供に対して思うことは、まぎれもなく見た本人の内側から生じたもの。

 意図的に何らかの感情を抱かせたり、行動をさせたりするほどの影響力も意思もないって。


 ……あの夫婦は、あまりに不気味な夢が続くとはいえ、夢の中で見知らぬ子供だったとはいえ、自分たちの娘よりも幼い泣いてる子供を、殴った。蹴った。

 しきみさんは、せっかく買った家が訳アリ物件だった、毎日のように心霊現象に悩まされるストレスで、一時的に気が立ってるだけだと自分に言い聞かせながらも、念のためにと思って娘にお守りを渡したんだ。


「パパとママが、今までじゃ怒らなかったことで怒ったり、殴ったり、ご飯をくれなくなったり、いくら泣いても部屋から出してくれなくなったり、逆に家に入れてくれなくなったりしたら、怖いお化けに取りつかれてしまってる証拠だ。もしそうなったら、このお守りを開けて中に書いてある通りのことをしなさい。

 それと、このお守りはパパとママには見つからないように。見つかったら、お守りの効果はなくなるから」


 そう言い聞かせて、中にテレカとしきみさんの電話番号と「パパやママに絶対に見つからない場所で、このカードを使って電話を掛けなさい」って書いたメモを入れたお守りを渡したんだ。


 しきみさんは、夢の中とはいえ幼い子供にためらいなく暴力を振るえた人間を信用してなかった。

 むしろ、警戒してたんだ。


 自分たちにとって気に入らないことが起こったり自分たちを苛立たせたら、泣いてる幼い子供でも暴力を振るうのが、その夫婦の本質だって気づいてたんだと思う。


 そんな本質を持つ夫婦が、夢とはいえ暴力を振るうことに慣れた後、ストレスの原因でありながら同時にはけ口でもあった対象を失った後、どうなるかの想像がついてたんだろうな。


 もはや振るうことに慣れた暴力、最適なストレス発散方法を今更手放すわけがない。そしてそのはけ口を誰にするかなんて……したくなくても想像がつく。


 羽柴の語った話を、いつからか俺たちは余計な茶々どころか相槌さえも打てなくなって、ひたすら黙って聞いてたよ。

 羽柴は、その後女の子はそのことがきっかけで施設に引き取られたってことを話した後に、笑ったよ。


 羽柴のお母さんそっくりな柔らかい笑みじゃなくて、父親のしきみさんそっくりな、口元は綺麗に笑ってるのに、目がまったく笑っていない、背中に悪寒が全力疾走するような笑顔で一言呟いてから、あいつは宿題の続きを再開してた。


「座敷童の正体は、あんがいこの話みたいなものかもね」



 * * *



『他の家族の幸せのために、はけ口になる生贄の子供が一人……。

 たしかに、吐き気がするくらいに「座敷童」の話に符号するわね』


 よくある怪談と座敷童にまつわる話を組み合わせてみたら、やたらと後味の悪いことに……

 っていうか、作中で書いてある「座敷童を閉じ込める」って話を知って、真っ先に「座敷童の正体って機能不全家庭による贄の子供じゃね?」と思った自分の発想も怖い。


 そして次回も、同じ系統で後味の悪い話です。

 後味悪い系が続いてすみません。

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