40:君が頑張ってくれた話
この話の元ネタは洒落怖スレの「ド.ル.フィ.ン.リ.ン.グ」です。
小2の冬くらいにさー、変なおばさんに執着されたことがあるんだよ。
何か離婚して俺ん家の近所の実家に戻ってきた人だったらしいんだけど、当時はそんな事情はもちろん知らない、なんか最近よく見かけるおばさんだなーとしか思ってなかった。
話したのはせいぜい学校の行き帰りとかで見かけたら、おはようございまーすとかこんにちはーとか挨拶したくらい。
それだって、変質者にはこちらから挨拶したらひるむから、とりあえず道行く大人には怪しかろうがそうじゃなかろうが挨拶しまくれって、学校が指導してたからだし。
ただそれだけの接点なのに、そのおばさんにとって俺は「理想の息子」だったらしい。
初めの方は俺のあいさつに普通に返して、「今日はいい天気ねー」とか「いつも元気ねー」とかそういう当たり障りのない話を一言、二言するだけだったんだけど、徐々に「好きな食べ物は何? 甘いものは好き? ケーキがあるからおばちゃんの家で食べない?」とか言って、俺を自分の家に連れて行こうとしたり、ゲーム買ってあげるとか言い出したりするようになったんだ。
それだけじゃなくて、うちのオカンにも何か色々言ったりやったりしたらしい。
初めの方はやっぱり「元気でかわいい息子さんね。私もあんな子が欲しかった」くらいの、お世辞で言ってんだろうなってくらいの発言だったけど、それが段々「あの子が息子だったらよかったのに」「あの子を息子にしたい」って狂気じみてきて、最後の方は「あの子は私が生んだ私の息子! 息子を返して!」とか言い張るようになってたそうだ。
そのあたりのことは、今日、オカンらに聞くまで知らんかったわ。
明らかに言ってる内容も様子もおかしいから、俺に見せたり知られたりしたらトラウマになると思って、オカンもオトンも全力で俺をそのおばさんからガードして、おばさんが俺をマジで狙ってることに気付かせないようにしてたらしい。
苦労かけてごめん、二人とも。そして、守ってくれて本当にありがたい。
幸い、おばさんの両親はすごくまともな人で、おばさんが他人の家の子供に執着して、脅迫状を出したり、児童相談所や警察にオカンが虐待してるとか嘘八百を並べて通報してることを教えたら、すぐにおばさんを無理やり病院に連れて行って入院させて、自分たちも引っ越しておばさんが二度と俺に出会わないようにしてくれた。
だから、その変なおばさんに付きまとわれたのは2ヶ月ほどだった。
期間はさほど長くないどころか短いぐらいだけど、たった2ヶ月で人ってあそこまでおかしくなれるんだな。
まぁ、今日聞いた話を総合すると、2ヶ月であそこまでおかしくなったというより前々からおかしかっただけみたいだけど。
……なんで、こんな昔話をいきなり話し始めたと思う?
そのおばさんが今日、学校に来たんだよ。
あのおばさんは病院に連れていかれて、入院しても全然治ってなかった。
まだ、俺に執着してたんだ。
6年近くたっても。……自分が死んでも、俺に執着してた。
授業中、いきなり教頭先生が教室に入ってきて、俺を呼んだんだ。
今さっき電話で、オトンが事故に会って病院に運ばれたからすぐに迎えに行くから一緒に病院に行くよって、オカンから電話があったことを伝えられて、俺は慌てて教科書を鞄に詰めて、教室を飛び出たよ。
この時は、何にも疑ってなかった。
その電話のオカンが、本物じゃないなんて。
教室から出てとりあえず職員室でオカンが来るのを待とうって教頭先生に言われたんだけど、そのタイミングでスマホが鳴って、オカンからメールが届いたんだ。
校門前にいるからこっちまで来てって内容で、それを教頭に伝えてそのまま俺は校舎を出て校門に向かった。
パニくってたから、全然気づかなかったよ。
新着メールのアドレスが、登録してる「オカン」って名前じゃなくて文字化けしたありえないアドレスであることに。
俺が、迎えに来たのはオカンじゃないって気づいたのは、校舎を出た直後。
校門の一歩だけ外に立ってるおばさんを見た瞬間、動けなくなった。
オカンに化けるでもなく、普通におばさんは自分自身の姿でそこに立って、俺に笑いかけてきたんだ。
「おいで。お母さんが迎えに来たわよ」とか言いながら。
オカンらが俺におばさんの特におかしなところは見せずにガードしてくれてたけど、それでも学校前で待ち伏せされたり、腕引かれて無理やりどっか連れて行かれそうになったことが何度かあったから、オカンらには悪いけど、俺にとってあのおばさんはすでに十分トラウマだった。
ただでさえそのトラウマの再登場ってだけ俺の心は絶賛修羅場中なのに、そのおばさんがもう生きてないことがわかるんだよ。
悪霊独特のビリビリした肌の痛みは感じるし、おばさんの顔が何かグネグネと変化していくし。
俺の知ってる頃の顔だと思ったら、10歳以上老けた顔にも見えたし、犬っぽく変化したかと思ったら爬虫類っぽくもなる。
ただ死んで霊になって、俺に会いに来たんじゃない。相当たちの悪いものになってることが、一目でわかった。
おばさんは、校門の外側から「どうして、こっちに来ないの?」って話しかけてきた。
どうも校門から内側には入れないらしくて、門は開いてるのにガラス越しみたいに手をついて、ニコニコ笑いながら、やたらとギラついた目でひたすら「こっちにおいで一緒にいこうこっちにおいで一緒にいこうこっちにおいで……」って繰り返すんだ。
もちろんそんなこと言われて行くわけないんだけど、トラウマと遭遇して校舎の中に逃げることもできず固まる俺に、おばさんはだんだん表情が険しくなって、目を吊り上げて血走らせて歯をギリギリ鳴らしながら言ったんだ。
「またあの女が邪魔するのね。殺してやる。あたしの子供を奪ったあの女を殺してやる!」
おばさんがそう叫んだ瞬間から、俺の記憶は飛んでるんだよ。5分くらい。
気が付いたら、もう何というかいつも通りの光景が広がっていましたよ。
技術の授業で今、ラジオ制作やってるんだよ。説明書どおり付属の配線をはんだでくっつけたらラジオが出来上がる、そういう超簡単なやつ。
羽柴のクラスはちょうどその時間は技術で、羽柴はもちろん製作中でした。
で、俺は記憶飛んでる間、なんか騒いでたらしい。
校門前で「お前なんか私のお母さんじゃない! お母さんに手を出すなぁぁぁっ!!」って大絶叫してたらしい。
まったく記憶にないけど、完全にブチ切れて、そして相当パニくってたな。
オカンを「お母さん」って呼ぶの、マジで何年ぶりだよ。つーか、マジで俺、「私」とか言ってたのか? どんなパニック状態だよ?
まぁ、そんな感じで騒いでたらそれに気づいて窓の外見て、校門前でまた俺が厄介な目に合ってることに気付いた羽柴が、即行走ってやってきたよ。
コードを引っこ抜いて、はんだごてをそのまま持ってきて。
もちろん直前まで使ってたんだから、はんだごては超アツアツのまま。
羽柴はそのはんだごてで、霊の目に牙突を決めました。
それが、俺のオカンに危害を加えるぞっておばさんに言われてから、怒りで飛んでた俺の意識やらなにやらが戻ってきたきっかけであると同時に、新たなトラウマの1ページ。
……羽柴、本当に助けてくれるのはありがたいけど、ありがたいんだけど、贅沢言うならもう少しでいいから穏便にして!
羽柴がおばさんの目玉からはんだを抜いたら、目を押さえて悲鳴と言うより黒板をひっかいたような不協和音にしか聞こえない声を上げて、おばさんはそのまま消えたんだ。
成仏したわけではないらしい。っていうか、しばらく羽柴がパントマイムみたいに、何もない空間に蹴りを入れてたから、どういうわけか羽柴が牙突を決めた直後から、俺には見えなくなったみたい。
前にも言ったけど俺は霊感のコントロールが全然できてないから、波長が合ってるか、向こうから俺を意識してちょっかいかけてこない限り俺には見えないんだよ。
だから、羽柴には見えてるけど俺には見えないってことは今までに何度かあったから、羽柴のパントマイムみたいな足技に疑問はないんだけど、明らか俺を狙ってたおばさんの霊がいきなり見えなくなるなんてことはなかったから混乱して、とりあえず羽柴を止めて、おばさんが見えなくなったことを話してみた。
羽柴は一瞬きょとんとした顔になったけど、すぐに納得したように手を打って、「認識が変わったんだ」とか呟いてた。
羽柴の言ってる意味がよくわかんなくて詳しく聞こうとしたけど、俺が騒いだのと羽柴が急にはんだごて持って技術室から飛び出したから、他の先生とかも来ていろいろ面倒なことになってちゃんと話せなかったな、そういや。
でもとりあえず、あのおばさんに関してはもう心配はいらないって、羽柴に断言してもらった。
あのおばさんと俺とじゃ波長とかは全然違うから、向こうが俺にちょっかいをかけようとしない限りは俺も見えない聞こえない存在を感じないから大丈夫だってさ。
ただ死んでも執着してたおばさんが、どうしていきなり俺をあきらめたのかが謎だけどな。
……いや、そう謎でもないか。躊躇なく、目玉にはんだごてを突っ込まれたら、誰かて諦めるか。
それにしても、オカンに今日あったことを説明して、ついでに4年前のことを色々教えてもらったんだけど、いくら教えてもらっても結局わからないことだらけだよ。
おばさんが俺なんかを「理想の息子」だと思って執着したのはもちろん、そもそもあのおばさんの離婚原因、子供を虐待してたかららしい。
息子が欲しかったけど生まれてきたのは全員女の子で、女の子なんかいらないって言って娘全員を虐待して、親権を取られて追い出されて実家に戻ってきてたんだと。
全然理解できねーよ。
自分の子供を、性別っていう神様にしかどうにかしようのないものにこだわって、自分の欲しかったものじゃなければ傷つける、欲しいものが他人のものだったら無理やり奪うなんて考え方。
* * *
『そうね。でも、ある意味今日はその理解できないこだわりのおかげで助かったわ。
……あんたを「私」と誤認してくれたおかげて、あんたはあいつの執着対象である「息子」ではなくなったからね』
また原型がほとんどとどめてないけど、元ネタは「ド.ル.フィ.ン.リ.ン.グ」です。
次回は久しぶりに羽柴さんの瞬殺集です。




