36:帰ってきた人の話
昨日の夜、寝てたら顔を撫でる手の感触で目が覚めたんだよ。
その時はまた霊かと思ったんだけど、起きても霊の存在に気付いても珍しく金縛りにならなくて嫌な感じもしないから、今回は本当に悪意どころか悪戯する気もない通りすがりだと思って目を開けたんだ。
そしたら、俺が起きてることに気付いてなかったのか、「きゃっ!」ってめっちゃかわいい悲鳴を上げてその霊は尻もちついたんだけどさ、その霊、すっげー美人さんでした。
美人って言うか、可愛い人だったなー。
歳は二十歳過ぎてるかなってくらいのおねーさんなんだけどさ、俺が起きて驚いた時のリアクションといい、自分のリアクションを恥ずかしがって「えへへ」って笑ってごまかそうとしてるところといい、なんか年上なのにほっとけない感じがたまらない人だったわ。
周りにいないタイプだなと思ったけど、同時にその人、誰かに似てるって思ったんだ。
似てる気がしたんじゃなくて、確信してた。
そのくせ誰に似てるかはわからなくいのと、寝ぼけてたのもあってボーっとその人の顔をずっと眺めながら、とりあえずはじめまして、どちら様ですか? って聞いてたな、俺。
もういつものことだけど、本当に俺は危機感ねーな。
でもあの人だけは本当に本当に、もしかしてとも思わなかったよ。
誰かに似てるって確信と同じくらい、この人は俺にはもちろん誰にも危害を加えないって確信してた。
で、その人は自分が転んだことをほっぺた赤くして笑いながらごまかして、「ごめんね、起こしちゃって」って謝ってきた。
その様子からやっぱり通りすがりの霊だなと思ったんだけど、その直後に「あの子が言ってた子の名前が表札にあったから、もしかしてと思って家の中まで勝手に入っちゃったし」とか言ってきて、は? ってなった。
あの子? この人、俺の知り合いに関係ある霊? だとしたら誰だ? って思いながら、頭の中で知り合いの顔を浮かべまくるけど、どうしても目の前のおねーさんと似てる人が出てこなくて、失礼かなと思うけどわからないまま話す方が失礼だから、「あの子」って誰かを訊こうとしたら、その前におねーさんの方がもじもじと恥ずかしそうに訊いてきたんだ。
……おねーさん、お盆だからあの世からこっちに帰ってきたんだけど、生前から超がつくほどの方向音痴で、自分の家までの道のりがわからなくなって迷っていたところに「あの子」から聞いてた俺の名前が書かれた表札を発見して、藁にすがる思いで俺の部屋に壁抜けしてきたんだってさ。
で、部屋で寝てる俺を見て、「あの子が言ってた通りの子だわ!」と思ってなんか和んで寝顔を眺めていたらしい。
そんで俺を起こして当初の目的を思い出し、自分の家までの道のりを教えてくれと頼まれた。
何つーか、雰囲気通り天然な人だったわ。そこが可愛いかったけど。
まぁ、それくらいの頼み事なら生きていても死んでいても別に迷惑なんかじゃなかったからいいんだけど、やっぱりいくら考えてもそのおねーさんが誰の関係者なのかがまったくわからなくて、俺は謝りながらそのことを言って、「あの子」は誰かを尋ねたよ。
そしたらおねーさんの方が申し訳なさそうに、「謝らないで! ごめんね、ごめんね。言ってなかったもんね。私が悪いのだから、ソーキ君は謝らないで!」って、めっちゃ謝られた。
その謝りっぷりと「ソーキ君」で一瞬ん? と思ったけど、俺が気づく前におねーさんは改めて自己紹介したんだ。
「ごめんね、言い忘れてて。
初めまして、ソーキ君。羽柴れんげの母、羽柴さくらです」
言われて、1分くらい停止した。
おねーさん……さくらさんが「? ソーキ君? ソーキ君、どうしたの?」って言いながら目の前で手を振ってもしばらく反応できなくて、ようやく脳がさくらさんのセリフの意味を認識してまず初めに出たセリフは、えええええぇぇっ!? 嘘っ!? だった。
失礼極まりない絶叫をしてしまった。
でもさー、マジで仕方ないじゃん。
だって全然似てなかったから。羽柴、父親にそっくりすぎてせっかくお母さんも可愛くて美人なのに、その要素が全然ね-んだもん。
せいぜい天然なとこが似てるかなーと思ったけど、しきみさんも相当だから、やっぱりわかりにくいよ。
っていうか、あいつの家族は全員天然か。たまに羽柴の家族は羽柴とちゃんと意思疎通ができてるんだろうかとか思ってたけど、全員同じくらいずれてるから問題ないけど、誰も軌道修正できずにずれっぱなしなのか、あいつの家は。
まぁそれは全く良くないけどどうしようもないからいいとして、かなり失礼な絶叫しちゃったけど幸いなことにさくらさんは気にしてなかった。
むしろ、「でしょ~。あの子、しき君にそっくりで美人だから~」って嬉しそうに笑って自慢してた。
いやいや、あなたに似てても同じくらい自慢できますよ。……性格が今のままなら、ほんわかおっとり可愛い系の外見で物理バイオレンス除霊という、今以上に恐ろしい羽柴になりそうだけど。
俺の恐ろしい想像は横に置いといて、とりあえずさくらさんに羽柴の家までの道のりを説明したよ。
朝になったら送っていこうかって提案したけど、俺に悪いし何より一秒でも早く会いたいからって断られたよ。そりゃそうだよな。
で、「幽霊の醍醐味って壁抜けだと私思うの」という羽柴の親だなと納得してしまいそうな謎発言残して、壁抜けで出ていこうとするさくらさんを呼び止めて、俺は聞いたんだ。
羽柴は俺のこと、どう話してたんですかって。
何かすっげー怖かったけど、どうしても聞きたかった。
さくらさんが「あの子の言ってた通り」って寝てる俺を見て言う俺は、どんな俺なのかを。
あらゆる意味で怖かったけど、羽柴はまさか自分の母親の仏壇かお墓に話した内容が、母親の口から俺に知られるなんてこと予想してるわけないから、俺は卑怯なことをしてるって思ったけど、それでも知りたかった。
さくらさんは、体の半分が壁に埋まってる状態できょとんとしてから、壁から出てきた。
そんで、俺の頭を撫でて言ったんだ。
「大丈夫よ。
あの子は、れんげはソーキ君のことを悪くなんか言ってない。いつも素敵なお話ばかり聞くわ」
そう言われて、恥ずかしさで顔から火が出そうになった。
もうその発言と様子から、明らかに俺が羽柴のこと好きなのはバレバレだってわかったから。
俺はあわあわしながら、羽柴には内緒でお願いします! って頼み込んだら、さくらさんは人差し指を立てて、「じゃあ、私が言ったことも内緒ね」って、了承してくれた。
その余裕たっぷりな感じが、若くして死んでしまってても、実際の歳より頼りなさげでほっとけないと思っても、やっぱい年上で、そして「母親」なんだなと思い知らされたわ。
もう色々と恥ずかしすぎて顔を上げられなかったんだけど、さくらさんはまた俺の頭を撫でて言ったんだ。
「ソーキ君、れんげがあんまり笑ったり泣いたりしないのはね、そうやって感情を露わにするとそれを面白がってちょっかいをかけてくる霊がいっぱいいるからなの。あの子のああいう態度は、幼いころから無意識にしてないとけないことだったの。
でもね、あの子はもうだいぶ強くなった。きっともう少ししたら、しき君と同じくらいになる。
……一人でも、生きていけるようになっちゃうの。
だからね、ソーキ君。お願いがあるの。
あなたのできる範囲でいいから、無理しなくていいから、でも、出来ればあの子と一緒にいてあげて。
一人でなんか、生きていかないようにしてあげて」
さくらさんは、俺にそう頼んだんだ。
顔を上げたら、さくらさんは笑ってた。
にっこり満面の笑みじゃなくて、口の端をほんの少し上げて目元がやわらかくて優しげな淡い笑顔。
その笑顔は、俺が目を開けた時に見た笑顔、俺の寝顔を見てた時の笑顔だって気づいた。
同時に、さくらさんが誰に似ているのかがやっとわかった。
夏休み前の梅雨に、俺に「優しくないと生きてる意味もない」って言った、初めて見た羽柴の笑顔に似てたんだ。
その笑顔を見ながら、俺は返事したよ。
はい、って。
それ以外の返答なんて、どこにもなかった。
さくらさんは羽柴そっくりの笑顔で、「ありがとう」って言って壁をすり抜けて行ってさ、羽柴としきみさん、久々に会えてうれしいだろうな、つーかこういう時は霊感ありっていいことだなって思いながら寝た。
で、今日起きて羽柴にラインで「お母さんに会えた?」って訊いたら、「え? ソーキさん、私に死ねと?」って斜め上の返事が返ってきた。
俺が……まさかと思いながら昨日の出来事を話してみたら、さくらさん、まだ羽柴の家に来てないらしい。
また迷ったんかい!!
ごめん、羽柴! やっぱり送っていけば良かった!!
* * *
『……お盆の間にれんげちゃんの家にたどり着けたらいいわね』
さくらさんが生きて頃の羽柴家の話も書いてみたいなと思いつつ、ネタが出てきません。
次回は、羽柴にも勝てない相手がいると判明する話。




