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35:不思議な雨の話

 読者さんの実話が元ネタです。

 この時期というか、平和学習とか反戦とかとにかく戦争の話題が出ると思い出す思い出があるんだよ。


 俺さー、小3のちょうど今頃まで、神社の近くにある戦争の慰霊碑によくよじ登ったりして遊んでたんだよ。

 もちろん、そのころは戦争の慰霊碑だなんてまったく知らなかったからやってたんだけどな。

 つーか、「慰霊碑」って漢字が読めてない、小学校上がってから小3までだから歴史も平和学習もやってない、そもそも「戦争」っていうものがよくわかってなくて、そのころの俺にとってその慰霊碑は石の置物でしかなかったんだよ。


 友達と高鬼してる時に上るはもちろん、一人でファイト一発ごっことか今思うと何が楽しかったのかがさっぱりな遊びをしてたな。

 で、不思議なことにそこでそうやって遊ぶたびに俺、にわか雨に打たれてたんだよ。

 友達と遊んでても、俺だけが。


 その頃は霊感が目覚める前だったけど、羽柴やしきみさんが言うに俺は生まれつき霊感を持っててもおかしくなかったタイプらしいから、今ほどではないけどその頃から多少はあったんだろうな。

 別にどこも濡れないんだけど、はっきりと冷たい水の温度とか濡れる感触を感じるっていうめちゃくちゃ不気味な体験をしてるっていうのに、その頃の俺は今の俺以上にバカでサルだった。


 バカ正直に雨が降ってきたー、濡れるーって友達に言って、友達が不思議そうな顔をして雨なんか降ってないと言っても、笑いながら何ふざけてんだよ、お前も濡らしてやるー! とか言って友達に突撃して抱き着いたりしてる間に、雨の話はうやむやになって俺も友達も全員、俺だけが打たれる雨のことを気にしていなかった。

 つか、またその慰霊碑に上って遊んで雨に打たれるまで、いつもその不思議な雨の事はきれいさっぱり忘れてたな。


 それぐらい別にその雨は怖くなかったんだよ。

 でも小3になって霊感が目覚めて、短い間に怖い思いやいやな目に山ほどあって、そんな中でふと雨のことを思い出したら、あの雨も霊かなんかの仕業なのかと思って怖くなって、そこで遊ぶどころかその慰霊碑には近づかなくなったんだ。


 けど、本当にちょうど今頃の時期にオカンからお使い頼まれてその近くを通りかかった時、慰霊碑のすぐ脇に植えられた木の下で、幼稚園児くらいの女の子が泣いてるのを見つけたんだ。

 迷子かなと思って話しかけたら、風船から手を離しちゃって木の枝に引っかかってるって泣きながら言われて、見上げてみれば確かに木の枝に風船が引っかかってて、ちょうど慰霊碑に上って手を伸ばせば届きそうな位置にあったんだ。


 俺は雨のことを思い出して嫌だったんだけど、そのまま女の子を無視して行くわけにはいかないし、慰霊碑じゃなくて木に登っても枝の位置的に届かないから、まぁ、雨に打たれるだけで他は何にも変なこと起こったことなかったしと思って、あきらめて慰霊碑に登った。


 慰霊碑に登ってしがみついて身を乗り出して、風船を取ろうと足掻いていたらやっぱり雨が降ってきてさー。

 それも、今までだったらぽつぽつと傘を差さなくても別にいいかって思える程度の雨だったのが、夕立みたいにどしゃ降り。


 シャワーみたいな水量を全身が感じてるのに視界は洗濯日和のいい天気で、もうこれは本当に俺の気のせいや勘違いじゃないって確信して、早く風船を取って降りなくちゃって思ってさらに手を伸ばしたところで、「ソーキさん!」って呼ばれたな。


 振り返ると、どっかで図工の宿題のスケッチでもしてたのか絵の具セットと画板を持った羽柴が走ってきて「ソーキさん! 今すぐに降りて!」って、叫んでたんだ。

 その頃はまだ知り合って3か月程度で、もう散々助けてもらってきてるけど友達だと言えるのかどうかも怪しい程度の付き合いだったけど、それでもあいつがあんなに焦って叫ぶっていうのは、よっぽどやばいっていうことくらいはわかったよ。


 だから俺は、わかった、すぐ降りる! って言いながらも羽柴の方を見ながらも風船に手を伸ばしてた。

 あと数ミリで風船の紐に手が届きそうだったから、それを掴んで降りようと今なら信じられないくらい悠長なこと考えてた。


 で、俺の状況わかってない行動はもちろん羽柴に怒られたよ。

「前を見て!」ってな。


 言われた瞬間、俺の手首は掴まれた。

 土砂降りの雨に打たれる感覚の中、視界を前に戻すと人間の子供どころか猫だって耐えられないくらい細い枝の上、風船が引っかかっていたはずの枝の上に、風船が引っかかっちゃって泣いてた女の子がいるんだ。


 その子は、俺の手首を掴んで笑いながらぐいっと引っ張ったんだ。

 ザクロみたいにぱっくりと割れた額から、血を溢れ出させながらな。


 引っ張られて慰霊碑から落ちて、その落下中にやっと気づいたわ。

 あの女の子は霊で、初めから俺をこうやって落として殺そうとしてたんだ。羽柴が「今すぐ降りて!」って言ったのは、見えない雨じゃなくてあの女の子が危険だったからだって。


 あー本当、今になって思うと本当に俺、マヌケ。

 まだ霊感が目覚めて日が浅いとはいえ、生きてる人間と霊の区別がつかなくてだまされたのは初めてじゃなかったんだから、学習しとけよな。


 で、慰霊碑は高さが2メートル近くあって、俺は見事に頭から落とされたから本来ならあの時死んでもおかしくなかったんだけど、生きてるんだよ。

 あの時、落とされたときに誰かが俺を受け止めてくれたんだ。

 羽柴じゃなくて、大人の男の人が俺をキャッチしてくれただよ。


 俺をしっかりと受け止めた太い腕も、ごつごつとした手や指の感触も、砂と血と花火に似た匂い……たぶん火薬の匂いだろうな、それらを今も覚えてるよ。

 俺を受け止めた後、俺を抱きしめて視界がその人が着てた服の色、カーキで埋まったことも、「無事でよかった」っていう声も覚えてる。


 ただ、その声は不思議な声だったな。

 男の人の声で間違いなんだけど、一人の声じゃなくて若い声もしゃがれたじーさんっぽい声も、低い声も高い声も混じった、複数の人の声が入り混じって一つになったような声だった。


 俺は自分が落とされたけど誰かに助けてもらったってことしか理解できてなくて、そのまま助けてくれた人に抱きしめられたまんま、ありがとうって言ったよ。

 そしたら俺を抱きしめてた腕の力が緩んで、その人は俺の頭を撫でて、やっぱり複数人に人の声なのに、ハモってるとかじゃなくて一つになったような不思議な声で言ったんだ。


「いきなさい」って。


 それがどういう意味で言ったのか今の俺にも確信を持っては言えないけど、たぶん漢字は「生きなさい」なんだろうな。


 頭を撫でられた時、そう言われた時、俺は顔を上げてその人の顔を見たのに、その人の顔はモヤがかかったようにぼやけて見えなかった。


 でも、その人の恰好は見えた。

 ……あちこちが焼けこげて、破れて、赤黒いしみがついた軍服を着た、兵隊さんだったんだ。


 兵隊さんは俺が瞬きをしたら消えてしまって、俺は木に蹴りを入れて元凶の女の子を落としてその子の背中を踏みつけて画板で滅多打ちしてる最中の羽柴に、あの人のことを聞いたよ。


 それでやっと、俺は自分がロッククライミングしまくってた石が、慰霊碑というお墓みたいなもんだってことを知ったんだ。

 その頃もまだ戦争のことはちゃんと授業とかで教わってなかったけど、俺からしたら大昔に人がいっぱい死んだ出来事があって、それが戦争というものだっていうことくらいはわかっていたから、知って速攻、慰霊碑に土下座したわ。


 今まですみませんでしたー! って謝りながら。


 女の子の霊をしばき倒して満足した羽柴が、いきなり土下座した俺に「何に謝ってるの?」って訊かれたから、今までやってきたことを告白したら、いつもの真顔で言われたよ。

「誰も怒ってないよ」って。


 俺はあの雨は、自分たちの墓である慰霊碑に登って遊ぶ俺に対する罰みたいなもんだと思ってたけど、羽柴は「そういう遊びは、昔の人こそ良くやる遊びでしょ? 慰霊碑がどういうものかをわかったうえでやったのならともかく、そもそも『慰霊碑』を読めない、意味を知らない、戦争自体をよくわかっていない子が自分たちもよくやった遊びをしてるのを見て、懐かしいけど危ないなとは思っても罰当たりと思うのはお門違いだよ」とか言って、たぶん雨は「危ないから早く降りなさい」程度の注意に過ぎないって教えてくれてから、羽柴は淡々と言葉を続けたんだ。


「だから、ソーキさんは謝るんじゃなくてお礼を言わなくちゃ」


 そう言われて、俺は改めて慰霊碑に向かって手を合わせて言ったよ。

 助けてくれてありがとうございますって、目を閉じて心の中で言ったら、男の人の手が頭を撫でる感触がしたな。


 まぁ、それからは別にどうってことないよ。

 慰霊碑だとわかったから、俺はもちろん友達がそこで遊ぶのも一応やめさせるようになったくらいで、怖がるもんじゃないから、普通に近くを通るようになった。ただそれだけ。


 ただ、毎年この時期、お盆の時期にあの慰霊碑に近づくとついいつも手を合わせて近況報告とかしちゃうんだよな。

 やっぱり顔は見えないし、声も複数人が混じったあの兵隊さんがこの時期にあの慰霊碑に帰ってくるからさ、何か一年に一回しか会えない親戚のおじさんに会ってる気分。


 あの兵隊さんも俺の名前を憶えて、毎年「よう、久しぶり」とか言うようになっちゃったし。


 ……ただ、何年たっても羽柴の奇行というかバイオレンス除霊の話には慣れないみたいだけど。

 5年前に俺を抱きしめたのも、羽柴が落とした女の子の霊の顔面に蹴り入れたのを見せないようにしようとしたかららしいし……。



 * * *



『……兵隊さんを引かせるってどんだけバイオレンスなのよ、れんげちゃん』


 感想も書いてくださった読むせんさんが提供してくれた実話を元ネタにして書いてみました。

 ちなみに読むせんさんの実話の下りは慰霊碑に登ったら降ってきた見えない雨の下りだけで、風船の女の子と兵隊さんは私の創作です。

 さすがに雨の話だけでは、ちょっと書けなかったので色々足しました。


 読むせんさん、ネタ提供ありがとうございます。

 ご不満な点、不愉快なところがありましたら連絡をください。

 すぐさま修正、もしくは削除します。


 リクエストはまだまだ募集中、というか深刻にネタ不足なので切実に募集してますので、お気軽にどうぞよろしくお願いします。


 次回は、ほのぼの系です。

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