34:恋慕の話
……今回の出来事は、災難なのかある意味自慢になる話なのか、俺本人の話だけど俺には分からん。
まぁ、そんな話だけど聞いてくれよ。
簡単に言うと、神様に惚れられてストーキングされたけど、羽柴が撃退した。
もうこれだけで、災難なのか自慢なのかそれとももはやいつも通りと言っていいのかもわかんねーな。
つい三日前に従兄の結婚式で九州の方まで行ったじゃん。
遠出だから前日に伯父さんの家に泊まらせてもらって、オカンらは色々と明日の準備したり手伝ったりしてたけど、俺はなんもすることないから外で遊ぶなり散歩でもしとけって言われて、近くの池に遊びに行ったんだよ。
前に遊びに来た時はオトンや伯父さんとザリガニ釣りをそこでしたから、懐かしくなってまたやろうと思って、糸だけもらって近くのコンビニでスルメ買って池まで行ったら小学生の先客がいてさ、中学生にもなってあそこにまじるのは恥ずかしいかなと思って帰ろうとしたら、そいつら、釣ったザリガニを地面にたたきつけて踏みつぶしだした。
つーか、よく見ててみたらあいつらの足元にはザリガニやらメダカやらオタマジャクシやカエルの死骸だらけだったんだよ。
思わずとっさに何してんだ、クソガキ! って怒鳴りつけたら、ガキどもは知らない年上の男から怒られたからか一瞬ビビったけど、そこまで年が離れてないことに気づいてニヤニヤしながら「俺らの勝手じゃーん」とか言って死骸を踏みつぶしたり、網で池の中を乱暴にかき回したりして、マジでムカついた。
ムカついたから、じゃあ俺がやることも勝手だよなと言ってスマホを出して、そいつらの動画で撮影。
ポカンとしてるそいつら無視して、少年の心の闇、動物虐待実況中継! とかナレーションを俺が入れてみた瞬間、顔色変わったな。
で、スマホをそいつらに向けたまま、この動画、投稿したらアクセス数とコメントどれだけ稼げるかな? って言ってみたら、「ごめんなさい! 内緒にしてください! 動画は投稿しないでください! ツイッターとかにも書かないで!」って頼み込んできた。
最近のガキなだけあって、こういう情報は一気に日本どころか世界規模まで公開されることを理解するのが早かったな。
もちろん俺は初めから投稿する気はなかったけど、そんなことを教える義理もないから、お前らが殺したザリガニやカエルの死骸を埋めて墓を作ったら動画は消してやるって言って、墓を作らせたよ。
あいつら動物を平気で殺せるのに、自分たちが殺した死骸を触るのは嫌がってたな。
そのままトラウマになってしまえば、動物虐待ももうしないだろうからいいやと思って泣いてもやらせたけど。
で、大体の死骸を埋めてから動画を消してやって、もうすんなよーって言って帰らせた。
その後はザリガニ釣りなんてもちろんする気がなくなって、買ってきたスルメはあいつらが殺した小動物たちのお供え物にして、手を合せて帰ろうとした時、池の向こう側に人がいたんだ。
その人は歴史の教科書に載ってそうなほど古めかしい格好のおねーさん。
華やかだけど十二単ほどごちゃごちゃしてなくて、お姫様より巫女さんっぽい感じの羽柴と同系統のきれいなおねーさんで、見惚れたけど時代錯誤な恰好と雰囲気で少なくとも生きた人間じゃないことはわかったよ。
でも、嫌な感じどころか前に見た神様の眷属だって羽柴が言ってた白蛇と似たあったかい感じがしたから、悪いものじゃなくて見た目通り神様かそれに近いものだと思ったから、一応頭を下げたらその人はにっこり笑ってくれた。
でも、しばらくその場で待ってても何も話さないから、気まずくなっちゃって俺は、あの、すみません、俺帰りますねって言ってそのまま帰ったんだ。
俺がやったことは本当にこれだけ。
……なのに、何で惚れたのさ神様。俺のどこが良かったんだよ?
つか、それならそれであの時になんか言ってくれよ。一方的に婿認定しないでくれ。
で、伯父さんの家に帰った後、伯父さんとか従兄にこのあたりに女神様祀ってる神社とかあるの? って訊いたら、このあたりの水関係の神様が女神だって教えてもらったよ。
ついでに、その女神に気に入られた男はこの土地から出ていくことが許されなくなる、旅行とか仕事とかで一時期離れるのは別にいいらしいけど、どっかにマイホームを買って定住したりしたら、その土地まで水を伝って追って呪い殺すっていう伝承も聞いた。
その時は、田舎にはあるよなこういう話って程度に思ってなかったよ。
……マジで何で、俺がその伝承を体験してるんだ。
次の日は普通に従兄の結婚式をやって、さらにその次の日はオトンが仕事だからってことで俺たちは結婚式と披露宴が終わってすぐに帰ったんだ。
俺たち家族がその町を出てすぐから降り出して、天気予報に反して俺たちを追うようにずっと続いた雨なんか気にしてなかった。
次の日になっても、真夏だっていうのに土砂降りの雨が続いてることにもな。
そんで、雨のせいで家に着くのが真夜中になってさ、俺は明日の朝に浴びたらいいやと思ってその日の夜はシャワー浴びずに寝て、次の日起きたらオトンは仕事、オカンもパートに出て俺一人だった。
俺は起きてシャワー浴びようと思ったけど、その前に水飲もうとしたのが今思うと俺グッジョブ。二重の意味で。
蛇口をひねったら、緑色の水が出たんだよ。冬のプールみたいな緑色。
もう寝ぼけが一気に吹っ飛んで、グラスを投げ出して飛びのいたわ。
そしたら、蛇口から出るわ出るわ。
蛇口から藻が混ざった水に、生きたメダカやオタマジャクシがビチビチ出てきて、これは水道トラブルなわけねー!! と思うと同時に、伯父さんが話した神様の話を思い出したんだ。
何で俺に惚れたんですか神様ー! って叫びたいの我慢して、ダッシュで自分の部屋まで逃げだしたわ。
この時はパニくって、どうしようどうしようとしか考えてなかったけど、今思うと本当に昨日も今朝もシャワーを浴びてなくて良かったわ。
頭からあの藻やらメダカ混じりの水は被りたくないし、被って無事だとは思えないし、何よりシャワーを浴びてた場合俺は全裸で逃げなくちゃならなかったんだよな。
この時は羽柴を呼ぶつもりなんてなかったけど、結局来てもらってるからマジで俺グッジョブ。
部屋に逃げて鍵かけて、部屋中のお守りやらお札をかき集めてたら、スマホの充電器のコードに引っかかって転んで、スマホが充電器から外れて飛んで俺の頭に直撃。
転んで痛いわ、スマホの角が頭に当たって痛いわで悶絶すると同時に、ちょっとだけ冷静になって神様相手にお守りやらお札って有効なのか? と疑問に思ったと同時に、スマホがぶつかった拍子かなんかで羽柴に電話をかけてる状態になってることに気づいたんだ。
切ろうか羽柴にまた頼ろうかを悩む前に羽柴が電話に出てさ、ここで意地張っても俺が死ぬだけだと思って、羽柴に正直に今の状況を伝えたよ。
神様に惚れられてストーキング水でされてメダカとかオタマがうじゃうじゃで! って。
……羽柴はよく、こんなむちゃくちゃな説明になってない説明を理解したな。
即答で、「今すぐ行く」だったよ。
一応、自分が行くまでの時間稼ぎで俺の部屋の四隅にいつも置いてある盛り塩をドア前において、その塩を少し口に含んでしゃべるな、お守りとかも持ってるだけ身に着けておけって言われて、実行して待った。
その電話をしてる時と盛り塩とかの用意してる間に、台所で開けっ放しの蛇口から流れる水音がどんどん大きくなっていったことと、びしょ濡れの足音が聞こえてきたのがマジで怖かったわ。
盛り塩をドア前に置いた時には、もう部屋近くまで来てるのがわかる足音だったからギリギリだったな。
そこからはお守りとお札とスマホを握りしめて、ドアから一番遠い部屋の隅でじっとしてた。
ドアノブがガチャガチャ何度か動かして、水に濡れたタオルで叩くようなノックも何度かして、それから何も聞こえなくなったからあきらめたか? って思ったら、当たり前だけど違ったよ。
ドア前の盛り塩が徐々に溶けていったんだよ。ゆっくりだけど自然現象じゃありえないくらい、氷が解けていく様子を早送りするみたいに徐々に溶けていって、完全に溶けきった時、ドアが開いたんだよ。鍵かけてたのに。
ドアから入ってきたのはやっぱりあの池で出会ったおねーさんで、おねーさんは悲しげな顔して俺に言うんだよ。
「どうして、妾から逃げる? このような水も空気も汚い地のどこがいい? 今なら妾は其方を許す。さぁ、ともに帰ろうぞ。妾の地へ」とかなんとか、まぁそんな感じの内容を。
いやいやいやいや、もうどこから突っ込めばいいのやら?
逃げるも何も初めから一泊予定でしたし、このあたりの水や空気が汚いってあんたの所もここもある程度は発展してるけど十分田舎でどっこいどっこいって感じだし、そもそもあんたあの時何も言ってなかっただろうが。
勝手に俺を婿認定してんじゃねーよ! って言ってやりたかったけど、しゃべるなって羽柴に言われてたから我慢して黙ってた。
その神様は口に含んだ塩とお守りのおかげで、俺に近づけても触れられないみたいでさ。
綺麗な顔を歪めて「忌々しい。妾ではなく他の神に頼るか」って呟いたら、何かお札やお守りがどんどん黒ずんでいって、焦ったわー。
そんでその神様は、焦る俺を見下ろして冷たく吐き捨てるように言ったよ。
「妾を裏切るのなら、もうよい。死ね」
その言葉に俺、キレちゃってさー、羽柴に言われたしゃべるなって忠告が頭から吹っ飛んで、もう盛大に怒鳴りつけちゃったよ。
ふざけんな! 何が裏切るだ! 勝手にそっちが一方的に決めつけて、期待しただけだろ!
こっちの意思も意見もなーんにも聞かずに決めつけて勝手にキレるヒステリックな嫁なんて、お断りなんだよ!
好きになるってことは、相手を幸せにしたいってことだ! 好きって気持ちは、相手を大切にしたいってことだ!
自分の気持ちを押し付けて、こっちが迷惑してることに気づけないのは、好きでも愛でも恋でもない!
お前が好きなのも幸せにしたいのも大切にしたいのも、全部俺じゃなくてお前自身だろ!
そんな感じのことを怒鳴り散らした後、その神様がどう思ったのか、どんな顔をしたのかは知らない。
俺が言い終わると同時に、俺の部屋の窓ガラスが派手に割れて、雨合羽来て金属バットとステンレス製の定規を持った羽柴が、割った窓から土足で入ってきたから。
予想外すぎる登場でぽっかーんってしてる俺に、羽柴が窓から言ったよ。
「ごめん、ソーキさん。玄関鍵閉まってた」
うん、そうだろうな。鍵を開けてる余裕も、そのことに気づく余裕もなかったから、窓から入るのも土足なのもいいよ。そこに文句なんて何もない。非常時だし、ガラス割っちゃったから靴脱いだら危ないもんな。
ただ何で武器のチョイスがそれだったんだよ、羽柴さんや。
後から聞いたら、俺の話からして水神だと思って、水神なら正体は竜の可能性が高い、竜は金気を嫌うから金属の武器がいいと思った結果だったらしい。
……けど聞いた後で俺がそうなのかー、霊対策に他に何属性が何に弱いのか調べとくかと思ってググって見たんだけど、羽柴さんなんか勘違いしてた。水神相手なら金属は逆に力与えてるよ、羽柴さんや。
水属性に効果的なのは土だったよ。
でもなぜか、実際に効いた。ステンレス製の定規が。
……何で? 羽柴だから?
まぁとにかく、聞いてたんなら俺にとってはいいから文句なんてないけど。
羽柴が窓から入ってきて、俺に一回詫びてから俺と同じく状況が理解できなくて固まってた神様に向かってダッシュで距離詰めて、一閃。
完璧、目を狙って定規を振るってたわ。
神様は片目を押さえて飛びのいたら、神様相手でも容赦のない羽柴は金属バットを突き付けて宣言。
「ソーキさんをお婿にほしければ、私を倒してみせなさい!」
羽柴さん、お前は俺の親父か。
そして俺はどこの深窓の令嬢よ。
神様は片目を押さえながら自分を傷つけた羽柴を残った眼で睨み付けるんだけど、その目がやけに黒目が縦に長くて細い、爬虫類みたいな目になってるのに気づいたら、さすがに羽柴でも神様相手じゃやばいだろ! と今更だけど心配になって、俺、バカなことに羽柴と神様の間に入って、神様に向かって羽柴に手を出すな! って言っちゃったんだよ。
怪我させといて真っ先に神様の方を責めちゃったのは、さすがに反省してる。
俺がそう言った瞬間、神様の目は爬虫類みたいな目からやや黒目がちだけど普通の人間の目に戻ったんだけど、何か泣きそうな顔をしたんだ。
その顔にえ? って思ったら、神様は一言ぽつりと言ったんだよ。
「ごめんなさい」って。
そう言った瞬間、ばっしゃんってバケツをひっくり返したような水音がして、神様はいなくなった。
俺の足元には、神様がいた場所には大量の水と藻だけが残ってた。
展開が一気に進んだから頭が追い付かなかったけど、とりあえず諦めてくれたんだと俺も羽柴も納得して、羽柴に手伝ってもらって部屋の後片付けをしたよ。
水浸しだわ、ガラス割れてるわ、羽柴が土足で歩いたから泥だらけだわで悲惨なことになってたから。
マジで緊急事態だったから羽柴は悪くないのに、羽柴すっげーガラス割ったことも土足で入ったことも気にして謝るから、俺の方が申し訳なかったな。
俺もまた厄介なのをひっかけてきてごめん、自分で何も対処できなくてごめんって謝ったら、羽柴の方は「ソーキさんは悪くないし、迷惑なんかじゃないよ。……ソーキさんが無事なら、それでいいの」って言うしさー。
そう言ってもらえて、改めて思ったよ。
俺、この子が好きだなって。
* * *
『そりゃ神様だって諦めるわ。
あんたが言う「好き」の定義を見せつけあったんだもの』
書いてから、洒落怖の「神.に.愛.さ.れ.る.と.い.う.こ.と」という話に少し似てるかなと思ったけど、元ネタらしい元ネタはないです。
作中でもソーキが言ってるように、どこにでもありそうな昔話というイメージで書きました。
次回は、以前ネタ・リクエスト募集した際、読むせんさんにネタ提供をしてもらったので、読むせんさんの実話を元ネタにしたお話です。
話の都合上、羽柴の影が薄いです。




