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33:父親の話

 この話の元ネタは、洒落怖スレの「禁.后」です。

 しきみさんの仕事の手伝いから帰ってきたぜー。

 あー疲れたし緊張した。

 特にやったことはなんもないけど、とにかく疲れた。精神的に。


 まず初めに、駅に着いたらしきみさんしかいねーの。羽柴はどこにもいねーの。

 ちょっと待って、何で俺よりも慣れてて確実に役に立つ娘は留守番で、俺が手伝いなの!? って聞いたら、「娘を危ない目に合わせる親がどこにいる?」って真顔で答えられたわ。

 そうですね。正論です。でも、娘の友達も危ない目に合わせていいわけじゃないですよ。


 もうこの時点で回れ右して帰っても俺が責められる筋合いはなかったはずなんだけど、羽柴によく似た顔で笑って「怖いのかい?」って挑発されたら、羽柴本人にバカにされたように思えるから、無駄な意地を張って行っちゃったよ。


 その意地も、改札通ってすぐに後悔に変わったけど。

 何するかをまだ聞かされてなかったからその不安もあれば、それ以上に不安なのが道中何しゃべればいいのかわからんっていうこと。


 しょうもないけど俺にとっては切実だったんだよ!

 ただでさえよく知らん大人と二人っきりなんて生まれて初めてだし、その相手が羽柴の父親だぞ!

 下手なことを言ったら羽柴に筒抜けで、羽柴の俺に対する評価が劇的に変わる可能性を持つ人にどんな話題が適切かなんて、わかるわけねーよ。


 まぁ、その心配はいらなかったけど。

 羽柴と違ってあの人、めっちゃしゃべる。そして、羽柴とは違う方向だけど同じくらい思考回路がぶっ飛んでて、突っ込みどころが満載。

 電車で2時間くらいの道中だったけど、間が持たないどころか突っ込み疲れたわ。


 初めの方は良かった。これからどこに行くかと、そこで何が起こったかの説明だから。


 行先は隣の県の片田舎で、そこには昔から奇妙な家が建っているらしい。

 住宅街から離れた、田んぼに囲まれた場所のど真ん中にポツンとある、パッと見は古いけどごく普通の民家。だけど、少しよく見たらどうおかしいかが一目でわかる。

 その家にはドアがないんだ。窓とかガラス戸はあるんだけど、玄関はもちろん、裏口勝手口もない。


 そんな奇妙な家に、子供が不思議がって興味を持たないわけがないだろ?

 いくら親や周りの大人に聞いてもその奇妙な家に出入り口がないことや、そんな家が建っている理由も教えてもらえず、好奇心が抑えきれなくなった小学生たちが昨日の昼間、こっそり窓を壊して中に入って肝試しをやったらしい。


 で、その家の中は家具が何もない古い空き家でしかなかったんだけど、一部屋だけ奇妙な部屋があったそうだ。


 部屋そのものは普通の部屋なんだけど、その部屋には鏡台が置かれてて、その鏡台の前には帽子立てみたいな棒と、そこに乗せられた長い黒髪のカツラがあったんだって。

 その異様な部屋の中に入った子供はほぼ全員がビビったんだけど、一人、調子のいい奴が鏡台の引き出しを次々と開けていったんだ。


 で、上二つの引き出しを開けたらどちらも「禁后」って書かれた紙が一枚だけ入ってて、そのまま一番下の引き出しを開けた途端、そいつの様子がいきなりおかしくなったって。

 へらへら笑いながら、他の奴らのやめろって言葉を無視して開けてたのが、一番下の引き出しを開けた瞬間、表情がなくなって勢いよく閉めた。


 それだけなら、もしかしたら中がゴキブリの巣だったとか最悪だけどオカルト関係ない理由かもしれない。

 問題なのはその後の行動。


 その引き出しを開けた子は女の子だったらしいけど、いきなりその子は胸くらいまで伸ばしてある自分の髪の毛にむしゃぶりついたって。


 友達が何してんの、やめろよ、どうしたのって言っても、そんなの聞こえてないのか、自分の髪の毛をしゃぶってざりざりと噛み切って食べ続けて、それで一緒に来てた奴らはその子を無理やり引っ張って家の外に連れ出したんだと。


 しきみさんの仕事は、その女の子の呪いを解くこと。うん、それはいい。話を聞いてて予想ができたというか、それ以外の方が驚くわ。

 ただ、その明らか超やばそうなお仕事に、俺を何で連れて行って何させる気なのかを尋ねたら、めっちゃいい笑顔で答えてくれたよ。


「ぶっちゃけ、囮」ってね。

 サムズアップしてんじゃねぇよ。


 しきみさんが言うには、三つめの引き出しを開けて中を見たら、そこから引き出しを閉める前に何とかしない、その後の髪を食べる段階になったらもう手の打ちようがないらしいから、俺に開けろって言うんだよ。

 同一人物が呪ってるから、俺の呪いを解呪できたら依頼された子の呪いも解けるからだって。


 いやいやいやいや、何でだよ!

 何で俺なんだよ! 羽柴にやらせないのは親として当たり前だけど、呪いにかかる条件に歳が関係ないならあんたがやれよ! とさすがにマジ切れして突っ込んだわ。

 そしたら、やな事実を教えられた。


 羽柴もしきみさんも、生まれつき霊とか人の怨念とか思念とかそういう普通なら見えないものを見えるんだけど、見えるからこそ「あれらは自分たちが関わるものじゃない、自分たちとは違う世界の住人だ」って初めから思って警戒してるから無意識的に弾いて近づけさせないんだけど、俺は違う世界の住人だと思えてないから、警戒心をちゃんと持ってなくてホイホイ呼び寄せるはもちろん、同調して影響を受けやすい。

 だから霊とかが見えるっていう、同じ霊感持ちでも性質というかそういうものがまったく逆なんだって。


 しきみさんは「少年は、此岸しがんと彼岸の境界が曖昧なんだよ。君は自分を殺すのに、刃物も薬もいらないな。死にたいと思いさえすれば、すぐにあちら側に転がり落ちそうな位置にいる」とか言ってた。

 おい、やめろ。知りたくなかったわ、そんな情報。


 で、しきみさんが自分で呪いにかかりいかない理由は、霊や思念に警戒して弾くのはもはや無意識の条件反射、体質みたいなもんだから、しきみさんが引き出しを開けてもその呪いの思念の奥底までは見えないから、自分にかかった呪いだけしか跳ね返せなくて、依頼された女の子呪いは解けない。

 これは羽柴も同じ。だから娘とか親とか関係なく、今回はどちらにしろ羽柴は留守番だった。


 それはいいよ。俺だって、羽柴にそんな危ない目にあってほしくないから。

 でもだからって、同調を特にしやすい俺が呪いにかかれというのは鬼畜すぎやしませんかね?


 そんな感じで俺が文句やらツッコミやらを入れて、しきみさんが大丈夫大丈夫と棒読みで言うのに不安を抱えつつも、やっぱり逃げ出せずにその鏡台のある家まで俺は行っちゃったよ。

 Noと言えない俺のヘタレ。


 で、家の前で肝試ししてた子の親らしき人たちとしきみさんが少し話をしてから家の中に入った。

 中に入った瞬間、涙が出たんだ。

 やばい霊がいるところ独特の、あのピリピリした空気の痛さはなかったんだけど、なんか無性に悲しくて、辛くて、胸が痛くなって涙があふれ出たんだ。


 俺のその様子を見てしきみさんは「本当に同調しやすい子だ。君の歳は条件に合うけれど、性別で考えたら君は同調しないはずなんだけど」と、感心されてんのか呆れられてんのかわからんニュアンスで言われた。


 でもそんなの気にしていられないくらい、本当に悲しくて辛くて涙が止まらなくって、でもその感情の意味も理由もわからなくて、どうしてこんなにも悲しんでいるのか、悲しんでいるのは誰かを知りたくて、俺は泣きながらしきみさんの後をついて行って、鏡台を見たよ。


 鏡台の前には、話の通り人がその鏡台に座ってるみたいにカツラが置かれてた。

 その鏡台を前にして、俺はしきみさんに開けていいかを確かめてから、開けたよ。


 もうこの時には、怖い、逃げたいって気持ちはなかった。

 ただただ、俺が同調しちゃってる誰かの気持ちが知りたかった。泣き止ませたかった。


 一番上の引き出しには、話で聞いた通り「禁后」って書かれた紙が入ってた。

 さらに中をよく見ると、人の爪が何枚か入ってて悲鳴あげたけど。


 その髪と爪を戻して二番目の引き出しを開けると、同じ紙と今度は歯が何本か入ってて、この悲鳴はなんと飲み込んだ。


 で、問題の最後の引き出し。

 しきみさんは特に何も言わず、つーか俺も引き出しも見ずに鏡台の鏡を睨み付けてた。

 その表情は、羽柴が敵認定した霊に対しての表情と同じだったから、場違いだけど俺は安心して最後の引き出しを開けたんだ。


 その瞬間、視界が変わった。


 俺の目の前に、鏡台があった。ついさっきまで、俺が引き出しを開けてた鏡台だ。

 でも鏡に映るのは俺じゃなくて、羽柴と同じくらい長くてきれいな髪をした、可愛い10歳くらいの女の子だった。

 俺は、その子の視点でものを見てた。


 その子は、鏡の前で無理やり押さえつけられていた。泣き叫んでも、押さえつける誰かは全然力を緩めてくれないで、無理やり手を掴んでその子のもみじみたいな手から、ペンチで爪をはぎ取ろうとしてたんだ。

 俺はやめろ! 何してんだ! って叫ぶんだけど、俺の声は声にならなくて、代わりに女の子が絶叫して懇願するんだ。


「お願いやめて、お父さん!」って。


 女の子を鏡台の前に押さえつける男を、鏡越しに見たよ。

 顔を真っ赤にして、うるさい黙れ大人しくしろって叫ぶ妙にギラギラした目の男。

 何らかの欲望と狂気に取りつかれたそいつの顔は、そんな状況でも親子だとわかる面影があったのがむしろ悲しかった。


 泣き叫んで抵抗する娘を、男は何度も殴りつけて爪をはぎ取ろうとして、俺はずっと叫び続けたよ。

 やめろやめろやめろやめてくれ!

 お前なんて、父親じゃない!! って。


 そう叫んだら、聞こえたんだ。

「その通りだ」っていう同意が、鏡の向こうから。


 俺がえ? って思ったら、娘を押さえつけてた男もえ? って顔して、頭を上げたよ。

 女の子の方も、鏡台に押さえつけられながらも目を鏡に向けてた。


 鏡を見て、二人はさらに「は?」って顔になった。

 俺もだ。


 鏡に映っていたの、泣きじゃくる女の子とその子を押さえつける狂ったおっさんじゃなくて、超絶美人なおにーさんでしたからね。

 ……なんでそんなとこにいるんだよ、あんた。


 ンなこと突っ込む暇なく、鏡のしきみさんが手を上げたかと思ったら、鏡からしきみさんの腕がずぼっと出てきて、おっさんの頭を鷲掴み。全力でアイアンクロー。

 あんたの除霊も物理か! 知ってたけど!


 鏡の向こうでしきみさん、羽柴そっくりの無表情でアイアンクローかまし続けながら言ってたよ。


「娘を犠牲にしてまで、別の世界にいきたいか?

 自分の居場所で幸せを見つけも作りもできなければ、どこに逃げても同じだ。世界は、薄皮一枚の境界で区切られただけに過ぎないのだから。

 ……お前の因果はもうとっくに終わってる。

 お前は、一人勝手に責任を取って地獄に落ちろ!」


 しきみさんがそう叫ぶと同時に、ベキッとかなんか聞こえてはいけなさそうな音が聞こえたのは気のせいだと思いたい。

 そんで、大の大人がわめいて暴れてもびくともしないアイアンクローをかまし続けながら、しきみさんは俺にというか女の子の方に目を向けて、やさしく笑いながら言ったよ。


「もう大丈夫だから、君はお母さんの所に行きなさい。……よく頑張ったね、××ちゃん」


 女の子の名前は、聞き取れなかった。

 そう言われた女の子がどんな顔をしたのか、なんて答えたのか、お母さんに会えたのかは、俺は知らない。

 しきみさんが言い終わった時には、目の前に見えたものは鏡に映った俺のマヌケな泣き顔だったから。


 鏡台の引き出しはしきみさんの手で閉められてて、しきみさんは「ご苦労様。助かったよ」って、俺の頭を撫でてくれた。


 その後は、しきみさんが依頼主さん達に終わりましたーって報告して、俺はしばらくその依頼主さんの家の離れみたいなところで一人待たされたけど、1時間もしないうちにたぶん呪いがかかった子の両親に泣きながらお礼を言われて、お金やら地元の名産品やらを渡されそうになった。


 いや俺はただの手伝いというか囮ですから! 中1ですから! こんな大金もらえません! って、とりあえずお金は断って、断り切れなかった名産品いくつかもらってそのまま一人で帰った。しきみさんは、後始末に丸一日くらいかかるからそのまま泊まってた。


 あぁ、あとついでにしきみさんからバイト代ってことで、しきみさんの連絡先をもらった。


「れんげに頼りたくない事態が起これば、私に連絡しなさい」だってさ。


 そんな感じで俺は帰らされたけど、帰る途中で羽柴からラインで謝られた。

 羽柴、今日俺がしきみさんの手伝いについて行ってることを知らんかったみたい。


 めっちゃ「お父さんが無茶を言ってごめんなさい」って謝られて、羽柴も電車乗ってこっち来てしきみさんを蹴るとか言い出したから、それは止めておいた。

 そしたら、「わかった。帰ってきたら蹴る」だってさ。……蹴るのは決定事項なんですね。


 そのまま暇だったからラインで羽柴と今日あったこととかを話してたら、羽柴が言うにはしきみさんが俺を囮に使わないと女の子の呪いが解けないっていうのは嘘だってさ。

 時間はかかるだろうけど、普通に呪いのかかった女の子に直接何かやれば解けたはずだと。


 ……おい。じゃあ俺はマジで何のために付き合わされたんだって思ったら、訊く前に羽柴は教えてくれた。


 その女の子の呪いは解けても、あの家というか鏡台に関する呪いが解けないから俺を利用したんじゃないかって。

 俺なら、あの呪いの鏡台ができるきっかけとなったあの女の子に同調して、呪いがかかった瞬間、その呪いが成立した過去を再現し続けてる、しきみさんが言った「薄皮一枚の境界で区切られた別の世界」にまで俺の意識はいっちゃうから、それに引っ付いて事件の元凶の父親をアイアンクローで文字通り潰して、女の子を救出して呪いの根本を断ち切ったってところらしい。


 そんな感じで何かやたらと疲れたけど、……まぁ、行って手伝ってよかったと思う。

 うまそうなものいっぱいもらえたし、霊関係で頼りになる人の連絡先ももらえたし、羽柴からもありがとうって言ってもらえたし、何より、もうあの子が自分の父親に殺されるのはもちろん、あの子は何も悪くないのに、人を呪ってそのことを怖がられて憎まれることがなくなったしね。



 * * *



『とりあえず、お疲れ様。

 いいところが見せられたかは微妙だけど、守ってやろうと思われる程度には気に入られたみたいね』


 この話も元ネタがかなり長いので、色々と省略・改変をしました。

 元ネタでは鏡台は一階と二階にそれぞれ一つずつあり、「禁后」と書かれた紙が入っている鏡台は2階の方。一階の鏡台には別の文字が書かれた紙が入ってるんですが、描写する必要がなかったので、作中では一階に一つだけとなっています。


 他にも色々と内容を削っているので、元ネタを知らないと訳が分からないかもしれませんが、ただ一つだけわかってもらえたら幸いです。

「子供を犠牲にして得るのは、因果が巡って地獄に落ちるという結果」ということだけが書きたくて、この話を書きました。

 羽柴ではなくしきみさんを出したのも、理由の一つ。


 次回は、久々に羽柴が無双します。

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