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28:母親の話

 この話の元ネタは漫画「地.獄.先.生.ぬ.~.べ.~」です。


 先週さ、紅葉先輩が友達を部活に連れてきて、羽柴にこいつをなんとかしてやってくれって頭を下げてたんだ。

 その友達の家に、霊が出るんだって。


 その友達は今まで霊なんか見たことも感じたこともないし、オカルトに興味がなかったから心霊スポットなんかにも行かなきゃ、こっくりさんとかそういうこともしたことがない人なのに、一月前から急に霊が見えるようになったそうだ。


 はじめは、なんかいるような気配がしてよく見るとうっすらなんか見えたってレベルで、それだけならたまたま波長がちょっと合う浮遊霊が通りかかっただけだと思うけど、だんだんと気配を感じる頻度が増えて、姿もはっきりと見えだして、しかも特定の一人しか見えてなかったのが、最近では全くの別人の霊を何人も見るようになって、家に帰れないし眠れないし、もちろん受験勉強も出来ないって羽柴に本気で泣きついてた。


 この時はそりゃ大変だなー、でも何で急に霊が見えるようになったんだろう? 俺みたいに、なんかきっかけがあったのかな? と不思議に思ってた。


 羽柴は紅葉先輩とその友達の話を聞いてから、スマホでこの辺の町内の地図を出して、その人の住所を聞いてから、自分が調べてる間に自宅の見取り図を書いてと言って、ノートとシャーペン渡してた。


 俺はもちろん他の部員や相談者本人も首を傾げたけど、とりあえず言われた通りに見取り図を書いてもらって、それを見た羽柴ははっきりと「霊を見るの、自室とそこに繋がる廊下だけですね」と言って、相談者をビビらせてた。

 その人、紅葉先輩にも素で特定の場所しか出ないことを言い忘れてたから、全員がその人の家ならどこでも出ると思い込んでたから、俺らもビックリ。


 で、羽柴の方は俺らの驚愕なんて気にもとめずに、スマホの地図と見取り図を机に置いて、説明を始めた。

 羽柴によるとその人の家に霊道、名前の通り霊の通り道が出来てるらしい。


 なんか霊って、身寄りがいなかったりぶっちゃけ嫌われてて供養をろくにしてもらえなかったら、セルフ供養しようとして、自分の墓と自分が死んだ場所とか縁のある場所をぐるぐると行ったり来たりを繰り返すんだって。

 少なくとも、成仏する気のある奴はそうらしい。


 で、そうやって行ったり来たりを繰り返すから当然、寺とか墓の近くは霊が行列でぞろぞろと向かう道が出来上がる。簡単に言えば、それが霊道。

 羽柴の見立てでは、たぶん相談者が見てるよりもはるか多くの霊がその人の部屋と廊下を行列で歩いてるって言ったら、紅葉先輩の友達は気を失いかけてた。


 何とか先輩が支えたおかげか意識を手放さなかったその友達は、ならなんでいきなり霊が見えるようになったのかを聞いたら、羽柴はスマホの地図を指さしてた。


 そこは、その人の家すぐ近所の一角。相談者曰く、もうすぐできる予定のコンビニとその駐車場予定地だそうだ。

 それがどうしたと思ったら、そこは最近まで空き家と小さな私道しかなかったんだけど、その空家と私道の持ち主が売ったのか、本人が取り壊して建てるのか、とにかくそこらの取り壊しが行われたのが相談者さんが霊を見始めた時期からちょうど一致する一か月前なんだ。


 たぶん、この工事で民家に霊道が出来ないようにしていた印かなんかが消えて、それで近所のお寺に直線距離にある相談者の家に霊道が出来たんじゃないかってのが羽柴の予想だったんだけど、霊が見えるようになった時期とぴったり合うからビンゴだろうな。


 ちなみに日が経つにつれて霊が増えるってのは、はじめは波長が特に合う一人だけがたまたま見えてただけなのが、霊と関わるとこが増えて波長がそっち寄りになってきて、どんどん近い性質の霊が見えてきちゃってる状態らしい。


 今のところはその霊道の影響も強いから自宅限定の霊感だけど、このまま霊感が完全に目覚めたら俺みたいな霊ホイホイになるかもしれないから一刻も早く霊道をずらした方がいい、とりあえず部屋の四隅と廊下の隅に盛り塩をしたら、霊道が他にずれて遠回りにはなるけど道がなくなるわけじゃないから、霊からも恨みを買うこともないから大丈夫って羽柴がまともなアドバイスをして一件落着……と思ったら、こっからややこしい話になったんだ。


 その人の家……というかその人のオカンが、そういう霊とかオカルトとか全く信じてない人らしい。

 それだけならまだしも、ファンタジー系の漫画やゲームも大嫌い。リアリティのないものを見てると、バカか犯罪者になると信じてるタイプの人なんだって。

 俺からしたらその考え、呪文で人が生き返ると本気で信じてる奴と方向逆なだけで無茶苦茶だってところは一緒なんだけどなー。


 だから、相談者さんは霊のことも一応始めの方に親に相談したんだけど、信じてもらえないどころか受験勉強から逃げる言い訳としか思ってもらえず、漫画やゲームを全部捨てられるわ、せめてリビングで勉強させてくれって言っても、外側から鍵をつけられて自室で閉じ込められて勉強させられるわと、虐待じみたことをされているそうだ。


 そんな考えの母親なら、たとえ気休めのおまじないと言っても盛り塩さえも許してもらえない可能性の方が高い。

 宗教も毛嫌いしてるから、お札やお守りもたとえ合格祈願のものと言っても、間違いなく壊されて捨てられると言われて、部員のみんなが頭を抱えてた時、俺一人ぞっとしてた。


 羽柴がキレてたから。


 いつも無表情だし無口だから超わかりにくいけど、確実にあの時の羽柴はキレてた。

 羽柴、霊を信じない奴とか信じてる人を馬鹿にしてくる奴なんかは、まったく相手にしないで無視するんだけど、霊の存在を信じてそれから身を守ろうとしている人の邪魔をしてくる奴は大嫌いなんだよ。


 キレた羽柴はそれこそ、生きてる死んでるなんか関係も容赦もないから、俺は必死で羽柴に気持ちはわかるけど穏便にいこうって説得したわ。

 正直、虐待じみたどころか虐待そのものをやらかしてるヒステリーババアなんかどうなってもどうでもいいけど、そんな奴のせいで羽柴が悪く言われたりするのが嫌だから止めただけだけどな。


 幸いながら羽柴は最初からいきなり実力行使するつもりはなかったらしく、「チャンスはあげる」と言って、相談者さんに霊道をずらす方法とその「チャンス」を教えた。


 それが、先週の話。


 で、今日また紅葉先輩と一緒にその人が来て、羽柴にお礼を言いながら霊道がずれて、自分には霊が見えなくなったって報告を聞いたよ。


 ……その報告が、なにか大きなものを失って諦めたような寂しげな笑顔だったことで、俺も羽柴も他の人たちも悟ったよ。

 チャンスは無駄だったってね。


 羽柴の霊道をずらす方法は、簡単だった。

 その相談者さんの家の近くの塀の下の方に、鳥居のマークを書く。それだけ。

 もしかしたら他になんかやってたのかもしれないけど、俺が見たのはそれだけで、そのマークが「ここを通って寺や墓地に行け」ってマーク。

 たぶん、工事で消されたのはこのマークだろうと羽柴は言ってた。


 相談者さんや他の家の中を通らないように羽柴はマークを書いて、それから相談者さんに指示した。

 気休めのおまじないを施したことを、母親に報告しろって。


 これが、羽柴の与えた「チャンス」。

 いくら自分が信じてなくても、大嫌いな分野のことでも、自分の子供が本気で怯えて痩せこけてしまうほどに追い詰められていたら、母親なら気休めのおまじないくらいは容認するだろう。


 俺たちはみんな、それを信じてた。

 そんな当たり前の愛情を。善意を。母性を。


 ……でも、そいつは違った。

 そいつは子供の言葉や様子よりも、自分の主義主張を優先した。


 相談者さんが報告した翌朝には、家の向かいの塀に書いた鳥居マークは消されていたそうだ。

 油性マジックで書いたのに、綺麗に。

 そして玄関の下駄箱の上には、見せつけるようにシンナーが置かれていたらしい。


 羽柴の逆鱗に触れたその母親は、自分でチャンスを台無しにして自分の首を絞めた。


 次の日の夜から毎晩、母親の寝室から絶叫が聞こえるようになり、母親の目の下のクマは日に日に濃くなって、父親に母親が引越しを懇願するようになった。


 羽柴はマークを書いた後、同じマークを書いたシールを渡してた。

 そのシールを指示した場所に、家具とかで隠れるようにして貼れと言ってたんだ。

 家の外の鳥居マークを消したら、母親の寝室が霊道になるように。


 子供と自分は違う考えを持ち、違う世界を見て、違うものを信じるっていう当たり前を理解して、それを認めていれば良かったのに。

 相談者さんから聞いた話の顛末に関して、俺が思ったのはただそれだけ。


 ただ、とても寂しげに笑うその人を年下のくせに俺はかわいそうだと思った。

 傍から聞いてたらクソババアとしか思えないその母親を、信じていた、好きだったんだろうと思わせる笑顔だったんだ。


 ……一週間前、鳥居マークを書いたその日の帰り道で羽柴は言ったんだ。


「子供の言葉を信じなくて、子供を守らなくても、母親になれるんだね」


 詳しくは知らないけど、羽柴の母親は羽柴を庇って、羽柴の目の前で亡くなったって聞いた。

 それは物理的な事故か、霊関係の何かかすら俺は知らない。


 羽柴がどんな気持ちでそれを言ったのかは、俺にはわからないんだ。


 それが……どうしてだろう。

 無性に、辛い。



 * * *



『バカな子。

 自分で言ったじゃない。人は違う考えを持ってるって。

 わからなくてもいいの。

 ただ、その子の力になりたいと思うだけで……それだけでいいの』


 漫画はとっくの昔に処分してしまったので、収録してる巻数やタイトルは失念。

 作中で、「おとないさん」と呼ばれる霊というか心霊現象の総称の話が元ネタ。


 どうあがいてもかなりそのままになってしまったけど、元ネタの母親の外道さが忘れられなくて羽柴の母親との対比にもちょうど良かったので、書いてしまった。

 大筋はそのままですが、それなりにいじってはいます。というより原作が手元にないので、大筋がそもそも記憶頼りです。


 二次創作には当たらないだろうけど、問題がありましたら即刻削除します。


 次回は羽柴さんの瞬殺集です。

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