22:巻き戻しの話
霊感に目覚めて間もない頃に、こんな体験をしたんだ。
友達の家で遊んでたらゲームに白熱しすぎて門限を大幅にオーバーして、オカンから早く帰ってこいって電話されて、慌てて帰ったんだ。
それで、その友達の家から俺の家の間に大きな公園があって、公園の中を突っ切っるのと中に入らないで外周の道を通るのとじゃ5分以上の差が出るんだよ。
だから、俺はその公園を突っ切ったんだ。
友達の親から、あの公園に入っちゃいけないって注意されてたのに。
今思うと、そんな注意をされたのはあの時だけで、いつもの時間に帰る時は何も言われなかったな。
で、オカンに雷落とされるやべーとか思いながら、6時半頃にその公園を初めて通ったら、「助けて!」って悲鳴が聞こえてきてさ。
振り返ったら、セーラー服を着たねーちゃんが泣きながら俺の方に走ってきてた。
俺が何事!? って思ってたら、ねーちゃんが俺の方にたどり着く前に、目を見開いて倒れたんだ。
ねーちゃんの後ろには、小汚いおっさんが立ってた。
血まみれの包丁を持って、血走った目で背中が血で染まっていくねーちゃんを見下ろして、なんかブツブツ言ってた。
俺は状況が理解できず、救急車と警察を呼ばなくちゃとかなんて考えられずにその場に立ち尽くしてた。
小3なら、それは当たり前か。
とにかく俺は、男に背中を刺されて倒れてるねーちゃんを見下ろすことしか出来なかったんだ。
で、背中を刺されてもねーちゃんはまだ生きてた。
その人はヒューヒューって苦しそうな息をしながら俺に、また「……助けて」って言いながら手を伸ばしたんだ。
その手は俺に届かなかったし、俺もその手を掴んでやることは出来なかった。
男が倒れてるねーちゃんに馬乗りなって、さらにねーちゃんの背中を包丁で滅多刺しにしやがったんだ。
「俺に金がないからか、俺がブサイクだからか、こんなにお前を愛してるのに、こんなに好きなのに、お前が悪いんだお前が俺を裏切ったのが、バカにしたのが悪いんだ」とか、子供の俺でもいやたぶん悪いのは全部おっさんの方じゃね? ってわかることを叫びながら、何度も何度もザクザク背中に包丁を突き立ててた。
ねーちゃんは刺されるたびに体をビクンって大きく震わせて、俺を見ながら涙を零してた。
もう何も言えなくなってたけど、俺にまだ助けを求めてるのは明らかだった。
それでも俺は動けなくって、何にもできなくて、ねーちゃんが動かなくなるまで固まってて、おっさんはねーちゃんが動かなくなった後もしばらくグサグサ刺し続くてたけど急に空を見上げて、「大丈夫、寂しくないよ。俺もすぐに行くから」とか言って、ねーちゃんを刺し殺した包丁を、自分の首に突き刺したんだ。
そこで俺はやっと、悲鳴を上げれたよ。
大絶叫をかました後、近くをパトロール中だったお巡りさんがやってきて、俺はお巡りさんにしがみついて泣きながら、今、おっさんがねーちゃんを滅多刺しにして、自分も首に包丁をとか、グタグダだけど説明したよ。
そんな俺にお巡りさんは、割と慣れた様子で俺をなだめて、落ち着いて周りを見てみろって言われて、気づいたんだ。
ねーちゃんもおっさんも、血の跡すらもそこにはないことに。
で、俺はさらにパニックを起こしちゃってさー。
確かに見た! 嘘じゃない!! ってお巡りさんにしがみついて困らせてたら、帰ってこない俺を心配してオカンが公園まで来たんだ。
お巡りさんは俺をオカンに引き渡して、説明したよ。
うちがここに越してきたのは俺が2歳くらいの時だから、俺はもちろんオカンも知らなかったんだけどその公園、当時から10年位前に女子高生にストーキングしてたおっさんが、その女子高生を刺し殺して、自分も自殺したんだとさ。
しかも、殺されたのはちょうど俺が突っ切ろうとした時間。つまり、6時半ぐらいっていう、さほど遅くない時間だ。
そんな時間だから、女子高生が追われて刺された時は、犬の散歩とかで公園にはまだ人が結構いたんだけど、あまりに唐突でメチャクチャな光景にみんな固まって、おっさんを取り押さえるのはもちろん、女子高生を助けることが誰もできなかったらしい。
で、これで終わればわざわざお巡りさんが、オカンに説明する訳がないよな。
……この公園はその事件以来、事件が起こった時間帯に通ると、その女子高生とストーカーのおっさんが事件の再現をするんだと。
見える人と見えない人がもちろんいるけど、わりと多い割合で見えるらしい。
事件もその噂も知らない人は素で通報するから、お巡りさんも信じたくないけど暗黙の了解にもはやなってきてるそうだ。
どうりで俺が通った時、さほど遅い時間じゃないのに公園には誰もいないし、お巡りさんが俺への対応に慣れてた訳だ。
で、オカンも俺で霊関係にはもう慣れ始めてたから、あぁ、なるほどとあっさり納得して、この時間にここを通らなきゃいいだけですねと解決した。
実際、見てビビった以外の被害報告はなかったらしい。
で、俺はオカンにあそこを通るなと厳命されたんだけど、次の日またその時間に公園に行った。
俺は、どうしても放っておけなかったんだ。
10年前も、昨日も、人が近くにいるのに助けてもらえなかったあの女子高生を。
オカンから隠れて家を抜け出して公園に行ったから、俺が公園に着いた時には、ねーちゃんはおっさんに刺されて倒れた後だった。
おっさんがねーちゃんの背中に馬乗りになって、包丁を振りかぶったところで、俺は猛ダッシュしておっさんに体当たりして、おっさんはバランスを崩して倒れた。
おっさんがすっ転んでるうちに、俺はねーちゃんに立って! 逃げろ! って言うんだけど、包丁を深々刺されたねーちゃんはもちろん立てるわけがない。
ねーちゃんは苦しそうな息だけで精一杯で、おっさんは昨日は眼中にもなかった俺を睨みつけて、俺はぶん殴られた。
体当たりした時に、おっさんが包丁を落としてたのが今思えば幸いだな。
それでおっさんが俺にブチ切れながら俺を押さえつけて、拾った包丁を俺に振り上げたんだけど、そのタイミングで卵が1パック丸ごと、おっさんの頭に命中。
結構なダメージだったのか、おっさんが頭を押さえて悶絶してる間に、俺は手を引かれてた。
「何してるの、ソーキさん。行くよ」
そう言って、買い物袋を下げた羽柴が俺を連れて逃げようとしたんだ。
あー、そういえばこいつの家、この近所だったなーとか場違いに呑気なことを思いながら、俺は立ち上がろうとしたけど、顔を殴られたダメージでフラついてうまく立てなかったんだ。
その隙におっさんの方が回復して、ブチ切れながら俺と羽柴に襲いかかろうとして、今度はド派手に転んで鼻を打ってた。
……刺されて倒れた女子高生が、おっさんの足にしがみついたから。
ねーちゃんはおっさんにしがみついて、俺らに言ったんだ。
「逃げて」って。
助けてもらえなかった人に、俺は助けられたんだ。
女子高生が俺らを庇ったのが一番気に入らなかったのか、おっさんは子供みたいに泣き叫んで、「何でだよ!?」とか言いながら、また女子高生を滅多刺しにして、自分の首に包丁突き刺して消えたよ。
結局、また俺は何にも出来なくて、俺はその場で泣いたんだ。
羽柴の前で情けなく泣きまくった。
どうして俺ばっか助けてもらってるのに、俺は助けてやれないとか、どうしようもないことを泣き叫んでたらさ、おっさんにぶつけて割れた卵パックを拾って、羽柴が言うんだ。
「じゃあ、助けよっか」って。
あまりにあっさり言われて、涙が吹っ飛んだよ。
で、羽柴が提案した女子高生救出作戦のメチャクチャさに、唖然を通り過ぎて笑えてきた。
更に次の日、今度は女子高生が刺される前にちゃんと俺が会えるように、だいぶ前から公園に行って待ってたよ。
そんで、6時半ちょうどに「助けて!!」って悲鳴が聞こえた瞬間、悲鳴がした方にダッシュ。
ねーちゃんが俺に気付いて手を伸ばす前に俺がねーちゃんの手を掴んで、こっち! って言いながら走ったよ。
ねーちゃんもおっさんも一瞬ポカンとしたけど、ねーちゃんは子供でもすがりたかったからか、俺の後を素直についてきてくれて、おっさんはそれが気に入らなかったのかなんかわめきながら、包丁を振り回して俺らを追ってきた。
で、俺は作戦通りに砂場とジャングルジムの間を通って、花壇の方へ。
おっさんも俺たちを追ってくるんだけど、派手に頭から転んでた。
俺とねーちゃんが通り過ぎたタイミングで、砂場で待機してた羽柴がジャングルジムに結んでた縄跳びを引っ張って、おっさんを転ばしてくれた。
鼻を押さえてあたりを見渡すおっさんに羽柴が「おじさーん」って呼んで立ち上がってさ、いきなりこんなことを聞いてた。
「おじさん、歳いくつ? 私は9歳」
唐突な質問でおっさんが転ばされたことも忘れて、ポカンとしてたら、羽柴は初めからおっさんの歳が知りたかったわけじゃないから、いつもの無表情で淡々と抑揚ないくせによく通る声で言ったよ。
「二桁にもなってない歳の子供の罠に、引っかかってやんの。ばーか」って。
……あいつが挑発の天才だと、あの時俺は確信した。
羽柴のセリフを理解した瞬間、おっさんの顔はタコみたいに真っ赤になって、羽柴に襲いかかってきたけどそのまま垂直に落ちた。
俺と羽柴が、昼間のうちに手に豆を作ってまで掘った落とし穴に。
ちなみに大人が這い上がれないほどは深く掘れなかったから、底に泥を入れて足が沈んで這い上がれないようにしておいた。
作戦通り、羽柴の挑発で羽柴の方に向かって落とし穴におっさんが落ちた隙に、俺はねーちゃんを連れて公園の外まで逃げた。
羽柴の事はもちろん心配だったけど、「これはタイムセール中だった卵が台無しになった恨み」とか言いながら、穴に落ちたおっさんの頭をスコップでタコ殴りしてるのを見て、ほっとくのが優しさだと判断した。
で、公園の外に出ると同時に俺が掴んでた腕の感覚がなくなって、女子高生は消えていた。
公園に戻るとおっさんも消えていて、落とし穴の前にちょっとすっきりした顔の羽柴がいるだけだった。
その後は羽柴に協力してもらったことの礼を言って、落とし穴を埋め直して帰ったよ。
一応更に次の日、俺はまたその公園に6時半に行ったけど、7時になるまで待っても何にも出てこなくて、あの何度も何度も殺されるループは断ち切れたんだって満足して、そのまま忘れてた。
……で、話が今日の帰りに飛ぶんだけど、羽柴と一緒に帰ってたら幼稚園児を連れた普通のおばさんが急に、俺と羽柴に話しかけてきたんだ。
俺たちに10歳くらい歳の離れた兄弟か、よく似てるって言われる親戚はいないかって。
俺は訳ワカンねぇとか思いながらも、そんなのいないって答えたよ。
同時に、なんかそのおばさんに見覚えがあるような気がしてたんだ。
そしたらおばさん、急にこんなこと聞いてごめんねって謝りながら、もしこの話に心当たりのある親戚がいたら、お礼だけでも伝えて欲しいって話し始めたよ。
15年前、ストーカーに殺されかけたけど、俺と羽柴そっくりな小学生に助けてもらったって話を。
……うん。当時で10年前なら、今なら15年前になるよな。
当時で高校生なら、今はもう幼稚園児くらいの子供がいてもおかしくない歳になるよな。
……ははは。もうマジでなんて言えばよかったかがわからん。
羽柴さん、お前はタイムリープも出来んの? ってとっさに訊かなかった俺を褒めたい。
* * *
『タイムリープなら、犯人のおっさんがどうなったのかを激しく知りたい』
次回は、羽柴は無双してるけど後味は悪い系です。




