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10:犬神の話

 春休みにさ、神社に行ったんだよ。

 いつも持ち歩いてたお守りが、中の札は割れる、外の袋もやたらと黒ずんでボロボロになってて、羽柴に見せたら「キャパオーバーだね」って言われたから、そのお守りを焚きあげて新しいのをもらいに行ったんだ。


 霊感に目覚めからもはや馴染みのお得意さんになっちゃった神社に羽柴と行ったらさ、鳥居をくぐった瞬間、口を押さえたよ。

 吐き気が止まらないくらいの、生臭い匂いがしたんだ。


 鳥居をくぐった瞬間だぞ!

 それまでは、今日はいい天気で気持ちいいなー、ここは緑が多いから特に爽やかだなーとか思ってたのに。

 どう考えても、普通に生ゴミ出し忘れとかの匂いじゃなくて、霊感の一種だったよ。


 羽柴も少し顔色を悪くさせてから、俺に自分から離れるなって言って、俺の手を握って、一緒に神社の方に走っていったんだ。

 その日、神社にいたのは跡取りさんの方で、現神主さんは仕事で一昨日から出かけてたらしいんだ。


 羽柴曰く、そのせいで気がつかなかったんだろうな。

 あの跡取りさん、真面目でいい人なんだけど零感(ぜろかん)なんだよ。現神主さんは羽柴と同じくらい霊感があるから、もっと早くに気づけただろうな。


 その跡取りさん呼んで、俺と羽柴と跡取りさんで神社の奥の雑木林の方に行ったんだ。

 で、そこの御神木の根元。

 そこまで行ったら、零感の跡取りさんでも鼻を押さえて、顔をしかめてたよ。

 もうそこまで行くと、それは霊感としての匂いじゃなくて本物の匂いだったんだな。俺には区別つかなかったけど。


 御神木の根元にはなんか掘り返して埋めなおしたような跡があって、跡取りさんが少しだけ手で掘り返して、悲鳴を上げたよ。


 羽柴が珍しく、声を荒げて俺に見るな! って叫んだけど、俺は見ちゃったんだ。

 表面を隠す程度にしか土を被せてなかった、ガリガリに痩せた、多分、犬の死体を。


 多分なのは、その死体。

 頭がなかったんだよ。


 頭のない犬の死体を見たときの、羽柴が白い顔で呟いた言葉が今でも妙に耳に残ってるよ。


「――犬神……」

 羽柴は、そう言ったんだ。


 そのまま俺たちは神社の休憩室みたいなところで休まされたよ。

 跡取りさんは、神主さんに連絡を取って色々大変そうだった。


 俺からしたら気分がすげー悪いけど、あの犬の死体はタチがクソ悪い動物虐待だろうとしか思ってなくて、どうして跡取りさんや電話の向こうの神主さんがあんなに慌てているのか、何で警察に連絡しないのか、そして羽柴はどうして匂いの原因が判明しても、俺が勝手にどっかに行かないように手を離さないのかがわからなかった。


 だから俺、世間話程度の気持ちで聞いたんだ。

 犬神って、何? って。


 羽柴は教えてくれたよ。

 犬神は、犬を使った呪い。犬を、ゲームで言う所の使い魔みたいなものにする呪法だって。


 あんなガリガリに痩せて、挙句に首を切り落として使い魔なんかにできるのかって俺は思ったけど、むしろそのためにガリガリに飢えさせてから、首をはねるらしい。


 使い魔っていうとなんか色んなことしてくれそうだけど、犬神のできることは、誰かを傷つけて、呪うこと。


 犬神は犬を極限まで飢えさせて、発狂するまで飢えさせて、人を憎ませて、それで首を切り落とす。

 そうやって人を憎くて憎くてたまらない、お腹が減ってなんでもいいから食らいつきたい犬の霊に、呪う相手を犬にとって自分を殺した憎い相手だと思い込ませて、食い殺させる。

 犬神っていうのは、簡単に言うとそういう呪いらしい。


 跡取りさんや神主さんが、慌ててたのはそのせい。

 あの犬の死体は、誰かが誰かを呪った証拠だから。

 そして犬の死体はもはや呪いの塊みたいなものだから、ちゃんとした手順で供養しないと、関わった神主さん達も危ないから。


 羽柴が俺から手を離さないのは、霊ホイホイで影響を受けやすい俺が呪いの余波を受けないようにだったんだ。


 俺はまた、羽柴に守られてたんだ。


 でも、羽柴はあまりに酷い犬の最期とそんな恐ろしい呪いをかけられる誰かに、しなくていい同情をまたしてる俺に気を使ってくれて言ったんだ。


 犬神の正しい作り方も、使役の方法も、現代では失われている。

 昔から行っているその手のプロならまだしも、あんな死体を隠すのもテキトーな素人が、聞きかじったやり方でできるはずがない。

 どう考えても、犬神なんて出来ていない。せいぜい、犬を殺した本人が殺した犬に祟られて、取り殺されるぐらい。

 神主さんや自分がやってることは、念には念をでしかないって。


 それを聞いて、俺は安心したよ。

 俺はすぐに誰かに同情してしまうけど、流石に誰かを呪って罪のない動物を虐待して殺した相手なんかには同情しない。

 そいつが死ぬのは、天罰としか思わなかった。


 だから、そのまま忘れた。

 おれ、動物が好きでその中でも犬が特に好きだから、犬の死体ってだけで嫌な思い出だから思い返さないようにして、今日まで綺麗に忘れてたよ。


 今日、学校の帰りに通った公民館で、あの匂いを嗅ぐまでは。


 あの時、神社で嗅いだのと同じ生臭い匂いで、俺はまた口を押さえて吐き気を我慢したよ。

 我慢しながら、公民館の入り口を見たよ。


 公民館では今日、葬式をやってた。

 そのまま、俺はしばらくその葬式を見てたんだ。

 もちろん、知らない家の葬式だったから、中には入らないで出入り口を眺めてた。


 で、お経を上げるのとかはもう終わっていたらしく、霊柩車に棺桶が積まれて、これから焼きに行くってところだったみたいで、人が次々に出てきてた。

 ある一人が出てきた瞬間、生臭い匂いは増したよ。


 あの生臭い匂いを発しているのは、遺影を持った30代くらいの男。

 遺影は、そいつの奥さんっぽかった。


 羽柴が言ってたことは、きっと嘘じゃない。本来なら、素人が出来るものじゃなかった。

 でも、きっとたくさんの偶然が重なって、成功してしまったんだ。


 犬神は、成功してたんだ。

 犬神っていう使い魔を作ることも、そいつを使って誰かを呪い殺すことも。


 だってそのおっさんは、……頭のない犬の霊を連れていた。


 遺影を持ったおっさんは、ハンカチで口元を隠していたけど、確かに見えた。

 笑っていたんだ。

 自分の奥さんが死んだっていうのに、目には涙を浮かべて、それを拭うハンカチで口元を隠していたけど、俺には確かに見えた。


 霊柩車や男から少し離れて、ヒソヒソと話すおばさん達の切れ切れに聞こえた話が、俺の見間違いであって欲しいものを肯定してたよ。


 旦那は酒癖が悪くて金遣いも荒いとか、奥さんは資産家の娘で、奥さんの両親もつい最近亡くなったばかりとか、ここのところずっと毎日のように夫婦ケンカをしてたとか、愛犬が行方不明になって、奥さんの良心が死んで、奥さんも死ぬなんて、あの家は呪われてるんじゃないかとか。


 あの家は呪われている。

 その言葉で、思い出した。

 羽柴が俺を安心させようとして、犬神は成功しないと言った後、何処か願うように、そして断罪するように呟いた言葉を。


「犬神はね、一度行ったら終わるものじゃないの。

 誰か一人が犬神使いになったら、その家は犬神筋と呼ばれて、その人の子孫はみんな、生まれながらの犬神使いになるの」


 遺影を持った男の後から、幼稚園児くらいの男の子が出てきた時、俺は思ったんだ。

 もう一回、この家は近いうちに葬式をやるって。


 だってまだあの子は小さいけど、近所の人が夫婦喧嘩のことを知ってるのなら、あの子が知らないわけがない。

 具体的なことは知らなくてわからなくても、お父さんとお母さん、どっちが悪いのかくらいはわかっていてもおかしくはない。


 ……羽柴は言ってたんだ。


「犬神使いになったら、もう逃れられない。

 犬神は子々孫々、呪いの下僕としてつきまとう」


 子供は、母親が死んで笑う父親をずっと睨みつけていたよ。

 その肩には、犬の頭が乗ってたんだ。


 今にも父親に食らいつこうと、よだれを垂らして唸りながら。



* * *



『……最悪な因果応報ね』


 たまには羽柴が無双もしなければ、クラッシュしないホラーも書きます。


 けど次回は洒落怖スレの有名どころを、ホラークラッシュします。

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