Ⅰ 憂紗
桜が舞う季節。
私、葉山憂紗は私立桜林高校に入学した。
私がこの高校に入学した理由。それは、先輩達が残していった数々の伝説とやらが気になったからだ。…というのは冗談だが、この高校の特色に惹かれたからだ。
高校は単願で受けたため、あまり苦労することはなかった。おかげで、仲のいい人達とは離れてしまったが、連絡すれば、いつでも会えるだろう。
この桜林高校に入学して、すぐに数々の伝説を耳にした。
初めての自己紹介でやらかした人達がいるだとか、眼鏡を外したら性格が変わる人がいただとか……。
一体どんな人達だったんだろう…?
そんな疑問を抱きつつも、この学校に少しずつではあるが慣れてきた。
友達もある程度出来たし、中学との違いも実感した。
バイトをしたかった私は、部活には入らなかった。
一人での高校からの帰り道。
憂紗は道に何か光る物を見つけた。
落とし物かな?なんだろう…とその落ちていた物を拾い上げると、その光が一層増した。
それは宝石のような物だった。青緑色に光っている。
え、なに…?
その宝石らしき物はさらに眩しく輝き始め、憂紗の意識は、そこで途切れた。
――ぴちゃん。
―――ぴちゃん――――――。
みずのおとがする…。
水滴が水面へと落ちる音。憂紗はそれがなんなのか確かめようと、身体を起こそうとした。もしかして蛇口をちゃんと閉めないで寝ちゃったのかもしれない。憂紗には夜寝る前にコップ一杯の水を飲む習慣があった。
しかし、憂紗の瞼は硬く閉ざされ、意識はあるのに思い通りにはならなかった。
ぴちゃん―――ぴちゃん――――。
…え?
その時、憂紗は滴る水を見た。
骨ばった男の子の手から、水滴が落ちる。
暗闇をバックに、一人の男の子が背中を向けて水上に立っている。少年自体が発光しているかのように、暗闇の中に立っているにもかかわらずはっきりと見えた。
静かに男の子が振り返る。顔は長い前髪に隠されて、よくわからない。
至聖高校だ。
男の子はこの辺の有名進学校の制服を着ていた。半袖のシャツ。夏服だった。
男の子は憂紗になにか言っているらしく、口を動かしたが、声は聞き取れない。水音が不自然に大きくなり、それだけが響く。
あれ…?私、なんで眼を開けてないのに、見えているんだろう…?
がつん、と側頭部に衝撃が走る。それと同時に、映像がかき消えた。
もう一度、なにか固いもので叩かれる。間をおいて、また。
「…いたいってばっ!」
攻撃を避けるように、憂紗は身をひねって跳ね起きた。頭のあった位置に、黄色っぽい三角形の物体が勢いよく振り下ろされ、地面に突き刺さった。
地面。憂紗は湿った土の上に寝転がっていたようだった。制服はもちろん、髪まで泥だらけだ。冷たいし、体に張り付いて気持ちが悪い。
ゆっくりと、黄色っぽい物体が持ち上がる。ソレは上下に割れて言葉を発した。
「生きてたな。人間」
黄色い物体―――くちばしは、白黒のふわふわしたリアルなぬいぐるみについていた。潤んだ大きな瞳が憂紗を見つめる。