表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Little Wing 1

作者: 草薙仁郎

どこまでも広大な空。

 そこにいくつもの翼が舞っている。

 人に生み出された、鋼鉄の翼。

 大気を切り裂き。

 翼端から白い尾を引いて。

 幾本もの軌跡を描きながら。

 美しい乱舞の中に、僕は飛び込んでいく―――。



………ふと、妙に苦しいのに気がついた。

なんだか温くて、重い。僕は飛んでいたんじゃないのか………?

 と、声が降って来た。

 「……てください」

なんだこれ。

 「起きてください。いいかげんにしないと」

ええと、これはつまり

 「痛くしますよ。★ニナーレ」

謎の言語とともにゴスッという剣呑な音がしたがいったい何の音だあぁぁぁぁぁぁ!

僕は星になった。


「あれ?また寝ちゃったんですか?なんならもう一発………」

「いらないから!逆に永遠に目覚めなくなるから!」

僕は痛む頭をおさえながら無理やり半身を起こした。

 目の前の少女を睨み付ける。

 「なにすんの、クレハ!」

少女―――クレハは大きな本を抱えて微笑んでいる。僕の上に乗っかりながら。

 そうか、それで殴ったのか。

 「おはようございます、ハク」

 「ああ、おはよう。そしてなぜ殴った」

 なぜって、とクレハは小さく笑った。

 「あなたがなかなか起きないからでしょう。時間ですよ。というかそもそも寝ないでください。」

時間?と聞きかけて、思い出した。僕は飛行服(フライト・ジャケット)を半ば着かけたまま寝ていた。起こしてくれたのはありがたいけど、

 「もう少し穏便な方法はなかったかな………」

 「痛くしますよって言ったじゃないですか」

 「宣言すればいいってものでは………」

 「それに、ちゃんと痛くないほうを選んだんですよ?二択で」

 「あれで痛くないほうって、もう一方は……?」

 「拳銃の銃把(グリップ)です」

 「うん、普通に死ぬからねそれ」

 「冗談です。それはさておき」

 クレハが足元に置いてあったらしい飛行装具一式を投げてよこした。

 「さっさと着替えて。遅れますよ」

適当に頷いて、携行品が一纏めになった飛行装具を身につけ、クレハと共に部屋を出る。

 男としては長めの髪を適当に掻き回しながら、尋ねる。

 「で、何の任務?」

 「哨戒ですよ。全く、ブリーフィングの内容くらい覚えておいてください」

 「クレハが覚えてるだろ。それに最近は小競り合いしかないし」

 「それはまあ、そうですけど」

 「だいたい、昨日の夜間哨戒と連続っておかしいだろ。眠くもなるさ」

 「仕方ないでしょう。人員足りてないんですから」

 「敵も、こんな田舎に用はないと思うけどねぇ………」


 ティルナ公国とエストレア帝国の戦争は、もう五年ほど続いている。両国はともに西大陸に存在し、当初はどちらも小さな国だった。保守的なティルナ公国は永世中立国であることをその時点で宣言し、軍備は自国防衛の範囲にとどまっていた。一方帝国側は次第に力をつけ、他国の領土を侵略し、大国となっていった。位置的な関係で後回しにされていたティルナも侵略の対象となり、公国は自国防衛のための戦争を開始。その圧倒的な戦力差に、すぐに降伏するものと思われていた公国側だったが、公国側のある兵器の開発により戦争は長引き、それに乗じて帝国に降伏していた旧各国軍が反乱軍という形で非公式に公国軍に加わったことで戦力はほぼ互角になり、戦局は膠着(こうちゃく)状態に陥った。公国の永世中立は形骸化し、後に全撤廃。帝国の支配下にあった国々と正式に同盟・共闘を結び、いまや大陸を二分しての戦争となっている。


 格納庫に行くと、ちょうど機体が引き出されているところだった。僕たちの乗る一機のみ。

 「また単機?」

 「ローテーション的に、空いてるのはこれだけなんです。」

 それに、と付け足す。

 「この子なら単機で十分ですよ」

 それはそうだけど。まあ言ってみただけ。

 そばまで歩いていくと、気づいた整備士たちが敬礼してくる。僕は適当に手を上げて応じ、こっそり肩をすくめる。クレハは呑気に手を振っている。

 「なに気まずそうな顔してるんですか、少尉(・・)。堂々としてたらいいのに」

 「調整のために無理やり昇格させられただけの少尉が偉そうにするのも悪くないか?」

 整備士たちは多くが兵・曹階級だがほぼ全員が年長者。だから僕に対しては敬語に敬礼のおまけがついてくる。一度でなくやめてくれと言ったことがあるが、のれんに腕押ししぬかに釘だ。その点については諦め、目の前にある愛機を見上げる。

 フソウ社製・双発特殊戦闘機Fe‐27改である。

通称“天雷”と呼ばれるその機体は、二枚の垂直尾翼と三角(デルタ)翼を有し、運動性に優れる。公国の主力戦闘機を、特殊改造したものだ。

 クレハに続いてタラップを上り、コックピットに収まる。イグニッション・キーを捻ると、重い唸るような音とともにエンジンが始動する。ヘルメットをかぶる。

 『その髪、切らないんですか?』

 クレハが機内通信で話し掛けてきた。肉声ではエンジン音にかき消されて聞こえないからだ。

 『ほっといて。それにクレハのほうが長いじゃないか』

 『私は女の子ですからいいんです。男が長くしてても邪魔くさいだけですよ』

 本当にほっといてほしい。それよりも、

 『クレハ』

 『なんです?』

 『賭けをしないか?』

 『はい?』

 『任務が終わるまでに敵機と遭遇するかどうか。僕は何にもなく終了に一票』

 『なら私は珍しく戦闘になるほうで。というか何を賭けるんです?』

考えてなかった。完全に思いつきだし。

 『負けたら相手の言うことをなんでもきく、とか』

 『まあなんでもいいですよ。ほら、そろそろですよ』

 『了解』

 手振りで合図する。整備士たちが離れるのを待って、ゆっくりと滑走路まで地上走行(タキシング)。指を振って合図し、レバーを引く。キャノピーが降り、密閉される。

 『ヘリオス1、離陸準備よし』

 『周辺空域に障害なし。ヘリオス1、離陸を許可する』

 『了解』

ヘリオス1は僕のパーソナルネームだ。

 『ヘリオス1よりリトルウィング。いける?』

 後席のクレハに呼びかける。

 『こちらリトルウィング。全操作系統正常。モード、通常燃料飛行。レーダー異常なし。いけます』

 『了解。イカロス、離陸する』

 ちょっと笑って、酸素マスクをかける。スロットルを一気に押し込む。ドンという爆発音と、凄まじい加速。風景が一瞬で彼方へ消え去る。右手の操縦桿を引く。内臓が引っ張られる感触とともに急上昇。一万メートルまで駆け上がる。

 『どう、クレハ』

 『どう、とは?』

 ごく普通の声で返されたので、ちょっとがっかりする。

 『もっとアクロバットする?』

 『私はかまいませんけど、一般人だったら気絶しますよ』

 『一般人を乗せることなんか無いだろ』

 操縦桿を思いっきり左に倒す。左に連続ロール。そのまま翼を立てて急旋回。急上昇。ループ。スプリットS。エンジンパワーにまかせて機体を振り回す。最後にもう一度ロールして、水平飛行にもどす。

 『楽しいだろ?』

 『これを楽しいと言えるのは限られた人だけですよ………いいからコースに戻ってください。』

 『はいはい、了解』

 今回の任務は、簡単に言ってしまえばレーダーで索敵しながら決まったコースを周回飛行するだけのもの。必要不可欠だが、暇でもある。

 何も起こらないまま周回コース半ばを過ぎようとしたとき、通信が飛び込んできた。

 『ガイアからイカロスへ。ポイント108より西南二千マイルに敵編隊。貴機は哨戒コースを離脱し、これを迎撃されたし』

 『こちらイカロス。何機だ?』

 『攻撃機(アタッカー)二機に戦闘機(ファイター)三機。速力550、高度2000』

 『了解』

 機内通信に切り替える。

 『私の勝ちですね』

 クレハが得意げな声で言う。覚えてたか。

 『覚悟しといてくださいね♪』

 なんか嫌な予感がする……。諦めて、機首を回した。

 二分も飛ぶと、天雷の広域レーダーにも五つの輝点(ブリップ)が現れた。ここからは遊んではいられない。

 『リトル・ウィングへ、敵編隊を確認。火器管制を』

 『了解。武装(ウェポン)安全装置(セーフティ)を解除。』

 『AAG、準備(スタンバイ)

 『バレル展開、完了。特殊魔導機銃、対空使用可能』

 『推進系以下、すべてノーマルで固定』

 『了解です』

 スロットルを押しこみ、操縦桿を引いて高度を三千まであげる。エンジンは軽快に回っている。できれば編隊の後ろをとりたいが、位置的に斜め前方からぶつかることになる。敵は五機、こちらは一機。旧時代の空戦なら、逃げの一手だ。だが、『天雷』にとっては大した数ではない。ましてや、足の遅い攻撃機を連れてればなおさらだ。

 『接敵(エンゲージ)まで残り一分。レーダーを索敵モードに切り替えます』

 増槽を切り離す。深く息を吸い込む。よし。スロットルを最速に叩き込む。レーダーの輝点が散開を始めているが、遅い。豆粒のような敵機が右斜め下方に見えた。エルロンで機体を倒し覆いかぶさるように編隊に飛び込んでいく。ロックする間を与えずにすれ違う。敵機はそう脅威にもならないものだ。Tig‐15、僕たちが『ファゴット』と呼ぶその戦闘機は、安定性が高く加速性もそこそこだが、反面機動性に劣る。護衛しているのはAⅰg‐87攻撃機。よく見る組み合わせの編隊だ。思いっきり操縦桿を引き、反転。敵編隊はばらけている。攻撃機二機は機種を上げ、上昇しようとしている。離脱するつもりだろう。戦闘機三機は二機が下方から、一機が上から向かってくる。ロールしながら機首をやや下に向ける。HUD(ヘッドアップディスプレイ)にガンレティクルが表示される。左の一機を狙う。トリガーを一段絞ると、敵機がロックされた。正面からすれ違う形だから、当然相手もこちらを狙っているだろう。だが、

 「遅い」

 トリガーを引く。二条の光弾(バレット)が敵機をやすやすと貫いた。遅れて右の一機が弾丸をばら撒くが、射線がずれている。すれ違う。背後で爆発音がする。

 『破壊確認、損傷なし』

 機体を背面にいれ、そのまま機首を持ち上げてスプリットS。有名な空戦機動で、下向きの半ループ。一瞬九十度で真下を向いた後、強引に機首を引き上げる。円形のガンレティクルは後席からの操作ですでに反転しようとする敵機を捉えている。ラダーで機体の位置を修正。トリガーを引き、すぐに主翼を立てて回避。撃破確認の声。と、警告音が鳴り響いた。ロックオンされたことを示すものから、ガーガーという音に変わる。

 『警告、ミサイル接近!』

 振り返ると、残った一機のファゴットを見つけた。短射程AAM。最大出力で機体を旋回させる。と同時に、フレア(囮熱源)が機体後部から射出される。ブレーク機動をとると、警告音が消えた。後ろを見る。真っ直ぐについてきている。ロール。機体の横を曳光弾がかすめていく。正立に戻す。操縦桿を引いて機首を上げ、エアブレーキをかける。つんのめるような衝撃。一気に減速する。前方に敵機が飛び出してくる。スロットルを押し込む。ロックオン、トリガー。光弾に射抜かれた戦闘機が一拍遅れて爆発する。レーダーは索敵モード。エルロンで機首を回す。スロットルを全開にして、残った攻撃機を追う。攻撃機は基本的に対地・対艦用で、重武装なため足が遅い。空中戦で戦闘機の相手になるものではない。回避しようとする二機を後ろからとらえる。トリガーを、目標を切り替えて二度引く。レーダーから輝点が消えた。

 『こちらレッドサーカス。当該空域の敵戦力、掃討完了(クリアー)を確認。増援なし』

 『了解。帰投する』

 スロットルを絞り、高度を下げる。酸素マスクを外し、息をつく。

 『バレル格納。撃墜5、被弾なしです。お疲れ様、ハク。』

 『クレハも。』

 『といっても私はすることなかったですけどね~。AAGだけでしたし』

 『他がいる敵でもなかっただろ、無駄に疲れることもない』

 そういって操縦桿を左に倒し、基地に向かって飛んだ。


 問題は基地に着陸し(おり)た後だった。機付長の誘導で機体を止め、エンジンをカットする。金属音が徐々に収まっていく。コックピットにかけられた梯子(ラダー)を降り、振り返らずにさっさと早足で官舎に歩いてさりげなく逃走を図ろうとした。が、小走りでクレハが横に並んできた。

逃走失敗。

 「もう、なんでいっちゃうんですか」

 構わずさっさと司令室に向かう。木製の扉をノックすると、んー、という不明瞭な返事があった。扉をあける。

部屋の中では、若い女の人が大きな木のデスクに突っ伏していた。僕らが机の前に立つと、顔を上げずに片手をひらひらと振った。

 「おかえり、ごくろうだったね~ハクくん」

 「ただいま帰りました……というか、なにだれてるんですか、エトウ少佐」

「忙しくてね~。あと、暇すぎ」

突っ伏したままもごもご答える。

「どっちですか………」

 ん~、とうめきながらのろのろと顔を上げる。長い髪が垂れ下がっている。軽くホラーだ。

 「事務関係の書類が山積み。変わったことはなにもおきない。ゆえに忙しくて暇すぎ」

 仕事しろ。

 「まあとにかく報告です」

 「んにゃ?報告?」

 なんだ「んにゃ」って。

 「あれ、聞いてないんですか?」

 「え、何も聞いてないよ?」

 クレハと顔を見合わせる。

 「えっと、交戦の報告なんですけど……管制には入ってたと思うんですが………」

 「え~、覚えがない」

 そう言いつつ内線を取り上げる。しばらく会話して、受話器を置く。そして、

 「なんだ、そんなのあったんなら起きてたのに」

 「基地指令が寝てたんですかっ!」

 なぜこの人が司令なんだ……

 「哨戒任務中に敵編隊の情報が入り任務を中断、これを迎撃、撃墜しました。戦果は戦闘機三、攻撃機二。こちらに被害はありません。」

クレハが簡潔に報告する。

 「ん、わかった。戻っていい。」

 「失礼します」

 二人で司令室を出る。

 「?ハク、なんでまたそんな早足なんですか?競歩の練習でもしてるんですか」

 無視。できる限りの速さで廊下を歩く。自室の扉に手をかけ―――

 「無視すんなっ!」

 追いついたクレハが扉の前に立ちふさがった。逃げ切り作戦は失敗したので、ごまかす方向に切り替える。

 「いや、ちょっと疲れてるんだ。休ませてくれ」

 「嘘だっっっ!です」

 さっくりばれた。よし、少し妥協しよう。

 「………用件は?」

 「賭のこと、覚えてますね?」

 たらりと冷や汗。

 「………なんのことかなあ?」

 「お・ぼ・え・て・ま・す・よ・ね?」

 「はい覚えてますごめんなさい」

 笑顔が怖い。そして終わった。

 「なんでもいうこときいてくれるんですよね?なににしよっかな~♪」

クレハは楽しそうだ。僕は嫌な予感しかしない。

 「まあ、とりあえず思いつかないので保留で。忘れませんけど。」

 忘れてくれ。是非とも。

 「じゃあ、私は戻ります。少尉も休養をとってください。」

 「はいはい………」

 官舎にある自室は、正直殺風景だ。大体の家具は揃っていたし、寝台さえあれば用は足りる。

 上着を脱いで適当に椅子の背にかけ、ベッドに転がった。今日の戦闘を思い返す。敵機はすべて旧型機だった。

なんであんな所を飛んでいたのか、それは僕が考えることではない。僕はただ、敵がいたら撃ち墜とす。それだけ。戦闘が起きなければ、僕は飛ぶ必要がなくなる。飛ぶことは好きだけど、民間機のぬるい機動で満足する気はない。まあ、当分戦争は終わりそうにないから、それは大丈夫だろう。

 僕も、帝国側の無人機も、上に立つ人から見れば戦略上はそんなに変わらないのだろう。僕は飛ぶための機械なのかもしれない。そんな気がした。天雷を飛ばすための、高価な一部品。空に上がってしまえば大差ない。そう考えると、僕とクレハたちは似たもの同士なのかもしれない。

 ふと思い立って、起きあがる。上着をもう一度引っかける。僕は部屋を出た。

 向かったのは資料室。といってもただ雑多な、やたら分厚い本が大量につめこまれ、書類が散乱しているだけの部屋だ。本の山をよけながら奥に進む。見つけた。棚に置かれていた一冊の本を抜き出す。『公国軍事総覧』と書いてある。目次を開き、目当てのものを見つける。第四章十二節だ。


 第四章十二節

 思念結晶の発見と軍事利用 ~妖精の開発~

 

  新暦35年、公国北部のアレナ山脈で未知の鉱物が発見された。六角柱状に結晶する、虹色の鈍い光を放つ半透明なその鉱物は、多大なエネルギーを有していた。しかし、それは非常に不安定なものだった。新しいエネルギー源として利用しようとする試みもあったが、出力が安定せず、ともすれば暴走の危険性があったため、ほとんどの計画は中断された。その後、新暦38年に公国軍技術研究所のある研究者が採取されたこの鉱物に自意識や思考に酷似した波長があることを発見。さらに、この思考パターンと結晶からのエネルギー放射が連動していることも確認された。

 この鉱物は研究所によって「思念結晶」と名づけられた。新たな発見により、凍結されていた思念結晶のエネルギー制御に関する研究は一括して公国軍技術研究所に引き継がれ、思念結晶の思考パターンの解析と同時にそれを利用した制御システムの開発が進められた。公国の軍事費の多くをつぎ込んだその計画は成功。その結果生み出されたのが『人工妖精』である。

  人工妖精とは、思念結晶を制御するために開発され

 たプログラム、及びその素体の名称である。前述の思念結晶の解析により、その思考(に似たもの)が人間のそれと酷似していることがわかった。様々な制御法が模索されたが、どの研究も難航していた。その理由として、高出力時と低出力時の差が激しく安定しない、突如全く反応しなくなる、などの問題があった。ところが、某研究者によって画期的な方法が発見された。この研究者は、思念結晶に「人格」があるとし、精神分析等心理学的なアプローチを試みた。その結果、あ

 る程度思念結晶のエネルギーをコントロールすることに成功した。思念結晶の不安定な面を逆に利用しようとしたこの研究は研究所全体で進められた。そして最終的に思念結晶の「思考」を人工的に人格化することによって、その制御が可能となった。さらに人格をもった思念結晶を安定させるため、人間に酷似した素体が開発され、今日の妖精の原型が完成した。最初の人工妖精(個体名・クラティア)の協力によりそのエネルギーの完全な制御下での使用に成功。その能力を証明したことにより、思念結晶の採掘及び人格化加工、人型素体の生産が本格的に始まった。同時に、人工妖精に関する法整備も異例の速さで進められた。


 第四章十三節

 人工妖精の素体・能力使用・権利及び義務

  人工妖精の素体はそのほとんどが生体部品で造られ、中心には核として高純度の思念結晶が埋め込まれている。現在、その生産技術は公国政府が軍事機密扱いとして秘匿し、限られた国の認可を受けた技師のみが製造・調整できる。

  人工妖精は他の思念結晶や妖精とコンタクトすることができ、またそれ以外の機器に対しても独自の方法でリンクできる。また、妖精自体を出力機関として直接使用することもできるが、あまり行われていない。(通常、自身の素体保持に エネルギーを使用しているため。これが不足すると、人型を保てなくなる可能性がある。)人造妖精の権利及び義務その他の法律は、公国法第7章26条から32条、細則及び施行令をふくむ、通称「人工妖精法」によって定められている。 

 主な妖精の義務・権利は次の通りである。

①妖精は、すべての個体が軍の管理下に置かれ、軍属扱いとなる。

②妖精は、この法律や細則、及び施行令によって制限・許可されない限り、軍人と同等の権利を持つ。

③後記の「特例」以外の場合、妖精は基本的な人権を持つ。

なお、相性のいいパイロット一人とペアになるのが普通。このとき、妖精はリトルウィングと呼ばれ、パートナーの専属となる。

 

 そこまで読んだところで、本を閉じ、その辺に放り出す。本は床に重い音を立てて落ち、ほこりが舞い上がった。相変わらず堅苦しくて頭の痛くなる本だ。まあでもいい感じに眠くはなった。僕は欠伸をしながら資料室を出て、部屋に戻った。ベッドに腰掛ける。僕が分不相応に少尉になった理由が、さっきの本にものってた法律だ。たまたま、「暮羽」と名づけられた妖精と相性が良かった、それだけで軍曹だった僕は少尉に昇格させられ(縁起でもないが、殉職したってありえないほどの特進だ)、今いるエウロス基地に新しく与えられた機体「天雷」と共に転属になった。初めてクレハと会ったとき(それは初めて妖精を見た時でもあった)、僕は人工妖精だとは気づかなかった。司令室に呼び出され、引き合わされて初めてこの子が人工妖精だとわかった。それほどに違和感なく、人らしかった。その後の検査やら手続きやらはよく覚えていない。きれいな子だな、と思ったことは覚えている。人の手によって造られた妖精は、人間に受け入れられやすいということで少女の姿をしている。その容顔はどの妖精も美しく整っている。

 妖精は、なるだけ人に近く造られ、また人に準ずる扱いを受ける。個体ごとに性格は異なるらしいが、クレハは明るく世話焼きで、羽さえなければ人間といって通るだろう。そういう意味で、僕たちは似ている。両端から、中心に近づいている。

 ベッドに横たわり、目を閉じる。心地よい眠気が訪れた。


 翌朝、僕は基地内の「工房」に併設された格納庫にいた。午前中はFe‐27の総点検があるのだ。普通、航空機の総点検は機体を一度バラして行うのだが、それは昨日のうちにもう終わっている。僕たち(もちろんクレハも来ている)が必要なのは、武装の実働試験だけだ。僕たちの立っている傍らには、あれこれコードが繋がれた天雷が鎮座している。コード類は数種類の計器に繋がっていて、そこからさらにモニターに連結されている。そのモニターに向かってキーボードを叩いているのは作業服姿の若い男だ。名はイブキ。基地付きの技官だ。延々とキーを打ち続けていたイブキが手を止めた。横で待っていた僕たちの方を振り向く。

「……よし、推進装置正常っと。待たせたな、お二人さん」

「どうでした?」

「やっぱり駆動部は損耗がはやい。まあ、改造機だからな。元のままの部品には負荷が大きいんだよ」

 そういいながらポケットをさぐり、タバコを取り出してくわえ、火をつける。ちなみに、格納庫は火気厳禁だ。燃料に引火したら大惨事だというのに、こいつは………。

「新型の専用機も開発されてるらしいから、それが配備されれば解決するが。たしか、この基地にも一機来るんじゃなかったか」

 二、三度ふかすと、立ち上がった。

「さて、と………じゃ、やるか。おい、ちょっと来てくれ」

 近くにいた整備士を呼び、あれこれ指示を出す。まもなく、Fe‐27が牽引され、格納庫の外に移動し始めた。

「ついて来てくれ。外の訓練場でやる」

 Fe‐27が引き出されたのは、整備場の裏手にある広大な空き地。もとは陸軍の訓練場だったらしい。整地などされていない、土がむき出しの土地だ。その横にまで伸びている舗装道路に機体を止め、機首を訓練場に向けて固定する。

 機首にあるストレーキの後部が開けられた。そこに収められているのは、特殊戦闘機専用の装備、38式魔導機関砲。見た目は銃身を六本束ねた普通の機関砲に見えるが、銃身の内側には比較的純度の低い思念結晶が埋め込まれている。それによって銃口が塞がれているので、実弾の発射能力はない。これが撃ち出すのは、金属の弾ではないのだ。

 砲身や周囲の部品に、測定機器がとりつけられる。

「よし。少尉、クレハ嬢、乗ってくれ」

 ラダーを上って操縦席に座る。風防は開け放したままだ。

「機関砲、試験射撃。目標は向こうの端の鋼板だ。エンジンはアイドリングでやってくれ」

 キーを捻り、エンジンを回す。

「魔導機関砲、バレル展開。出力制限、70%」

 クレハが火器管制システムを起動させる。砲身の先端に思念結晶の振動針が露出し、光を放ち始める。

「目標補足、距離2000」

 トリガーを引く。光弾が放たれ、彼方の的を撃ち抜いた。

「弾着確認、全弾命中」

 後席のクレハがそう告げる。

「オーケー、一旦ストップだ」

機首の横では振動針が光り続けている。振動針の先端部から小さな光の魔法陣が展開され、回転しながら輝いているのだ。

「イブキ、これってどんな仕組みになってんの?」

「さあな」

イブキは投げやりに答えた。

「俺は技術屋で、機械のことはわかる。だがこいつは今の科学では説明がつかん。機械じゃなくて魔法の分野だからな。仕組みなんざさっぱりだ」

「わからないものを武器にして大丈夫?」

「問題ない。例えば、拳銃の各部品や細かい構造はわからなくても、引き金を引くことさえ知ってれば十分使える。それと変わらん。結果と、それを起こすのに必要な動作だけ知っていればいい。魔法に科学的な説明なんかいらないのさ」


 結局、整備は昼頃までかかった。それでもまだ整備行程の半分ほどらしい。その後は休みになっていて、特に何をする予定もなかったのだが………

「ハク」

クレハに官舎に戻ろうとしたところを呼び止められた。

「……何?」

「昨日の賭の件ですけど、決まりました」

「………で、なにすればいいの」

「街に買い物にいきましょう!」

「だが断る」

「拒否権はありません♪」

「ええー」

 絶対夜まで付き合わされるに決まってる……。

「ハク、バイク持ってましたよね」

「出せと?」

「はい」

 なにを言っても無駄らしい。仕方なく格納庫の裏に止めてあるバイクを出しに行った。


 基地から十数分も走ると、それなりににぎやかな街に出る。衣類や雑貨を売る店を中心に、様々な店がある。何か買いに来るには便利だろうが、今は不幸だとしかいいようがない。もう日が落ち始めている。街についてからというもの、クレハにあちこち連れ回され続けて、もう数時間はたっている。なにをそんなに買うものがあるのかと思ったら、ほとんどは見るだけで買ってはいない。そこは不幸中の幸いだった。なにせ資金は僕の財布からでている。今いるのは雑貨屋で、細々した調度品などを売っている。クレハが会計の列に並んでいる間、僕は店の前に並べてあったベンチに腰掛けて待っていた。人々の流れが通り過ぎていく。戦時下とはいえ、前線からはなれたこの街は平和だった。

 ぼんやりしていると、目の前に影が落ちた。顔を上げると、白いワンピースを着た少女が立っていた。年はクレハよりもずっと幼い。黒目がちな目がじっとこちらを見つめている。

「……………」

しばらく固まったまま見つめ合う。

「ええと………」

その子は無表情のまま動かない。

「あの……座る?」

 横の席を勧めてみる。女の子はちょっと首をかしげたあと、僕の横にとすん、と座った。なぜかすぐ隣に。

「…………」

 沈黙。いやどうしろと。

「あ~えっと……君は街の子?」

 その子はゆるゆるとこちらに顔を向けたが、何も答えない。

「親御さんは?ひとり?」

 重ねて訊いてみるが、首をかしげるばかり。会話をあきらめ、前を向いてクレハを待つことにした。女の子も横に座ったままだ。

 五分ほどでクレハが戻ってきた。

「お待たせしました~。どこも盛況で……ってあれ?その子はお知り合いですか?」

「いや、知らない」

 クレハは訝しむような表情で僕と女の子を交互に見た。

「まさか……だめですよハク、小さな女の子を拐かしたりしちゃ」

「いつ誰が……」

「だって、やたらとくっついてるじゃないですか。何言ってつれてきたんですか?」

「そんなことしてないって」

一応説明することにした。

「気付いたらそこに立ってて、すわればって言ったら隣にきた」

はい、説明終了。

「いやあの、どこの子です?」

「さあ。話しかけてみても会話にならなくて………」

「まあ、買い物は済みましたから、ほっといて帰ってもいいんですが……迷子とかだとあれですけど」

「うん、僕としては帰りたいんだけどね………」

「だけど、なんですか?」

服の裾を指さす。いつのまにか、女の子につかまれていた。さりげなく引こうとすると、引っぱり返してくる。

「あの、放してくれると助かるんだけど………」

さらに強くすそをつかまれた。クレハも困った顔をしている。

「なんか懐かれてるっぽいんだけど、どうしよう」

「まあ、とりあえず」

クレハがしゃがんで、優しい声で女の子に話しかける。

「あの、こんにちは。私はクレハっていいます。そこの変なお兄さんはハク。あなたのお名前、教えてくれない?」

だれが変だだれが。

「………SDP‐R2」

小さな声で答えた。しかし、絶対に名前ではないと思う。

「コードネーム……?もしかしてこの子、妖精?」

人工妖精にしては外見が幼すぎる。と、そこで気がついた。

「ねえ、首からなんか下げてない?パスケースみたいなの」

「あ、ほんとです。お嬢さん、それ見せてもらってもいい?」

女の子は答えなかったが、クレハがそれを取り出しても嫌がりはしなかった。

「これ、研究所のパスに似ていますけど………ハク、この子やっぱり妖精です。でも……名前もさっきのコードしか書いてないし、変ですね………ん?どうしたんです?」

 女の子が突然僕の服を放して立ち上がり、クレハに抱きついた。

「え、あの………かわいい……」

 おーい。

「で、結局この子どうすんの?」

 クレハが抱きつかれたまま答える。

「そうですね……妖精なら、ここに放置はできませんし、なによりかわいそうです。とりあえず連れて帰りましょう」

「基地に?大丈夫かそれ」

「大丈夫です。可愛いです。みんな大歓迎です」

「いやそーゆー問題じゃ………」

「なんとかなりますよ。ほら、さっさと荷物持ってください」

 確かにこの子も離れそうにないし、

「まあいいけど………」

そう言うしかなかった。


 基地の門衛は布をかぶってもらってやり過ごし、人目につかないように僕の部屋に入る。

「それで、どうする?ずっと部屋にかくまっとくのは無理だし、最低限司令には話しとかないとまずいと思うけど」

 女の子は、今度はクレハのスカートのすそを握っている。

「はい。エトウさんは物分りのいい人ですし、司令から話してもらえば基地の人も納得するでしょう。この子のことも調べてもらいたいですから、今から会いに行きましょう」

「うん、それはいいんだけど、名前くらいないと不便じゃない?」

「あ、そうですね」

 クレハがしゃがんで女の子と視線を合わせる。

「ね、おなまえ、言える?」

 ゆっくりと首を傾けたが、何もいわない。

「え~っと、まわりの人はなんて呼んでた?」

 小さく首を左右に振った。

「わかんないか……困りましたね」

とりあえず、

「僕たちで名前つけたら?仮でもいいから無いと困るだろ」

「おお、ナイス提案です。何にします?」

「え、それ僕が考えるの?」

当然、という顔で頷かれる。しばらく考え、適当に思いついた名前を言ってみる。

「コノハってのはどう?」

「私はいいと思いますよ。なんか私に似てますし」

女の子に向き直る。その子はぼんやりした様子で顔を上げた。

「というわけで、あなたの名前はコノハです。いい?」

「なまえ……わたしの……?」

「はい。あなたさえよければ」

「わたし………コノハ……?」

 戸惑っているようだったが、やがて頷いて言った。

「………いいと思う」


 司令室のドアをノックする。

「ふぁい」

というまたもや妙な答えが返ってきたがかまわず中に入る。後からコノハの手を引いたクレハが続く。昨日机に山積みになっていた書類はきれいになくなり、かわりに菓子箱と紙袋がのっていた。ついでにお茶も。

エトウ少佐が箱の中身であろう菓子をほおばっていた。

「………なにをしているんですか」

「ふぇ?ふぉれふぁれふぇるんふぁふぇふぉ」

「何語ですかそれ」

 少佐がお茶で口の中のものをもぎゅんと飲み下す。

「これ食べてるんだけど」

「勤務中ですよ。仕事はどうしたんです、あの山積みの書類は」

「え?終わったよ?」

平然と言う。あの量を一日でか………その気になれば優秀なのになあ………なんで性格があれかなあ……

「なにか失礼なこと考えてないかい?」

大尉がじとっとした目で言う。あわてて首を横に振る。

「さっき首都から技官が来ててね。これはその土産。新機体の受領手続き」

 そう言ってまた菓子を食べはじめる。

「というかなんですか?その菓子」

「ようかん。東国のお菓子だそうだ。食べる?」

「遠慮しときます」

 なんか黒いし、あんまりおいしそうにはみえないんだけど。それと、たぶんほおばるような食べ物ではない。

「ハク」

背中をつつかれる。

「さっさと本題に入ってください」

 わかったわかった。

「エトウ少佐、お話があります」

「ん?なに?」

 クレハのほうを目で示す。

「あ~、どうしたのその子」

「実は………」

といきさつを説明する。

「ということで、連れて帰ってきたんですが」

「どうしたらいいかと思いまして、ご相談に……」

ふむ、と腕組みをする。

「そのパスカード?を見せてもらえるかい?」

クレハがコノハの首からカードをはずして差し出す。受けとったカードをしばらくながめ、

「ちょっと調べてみる」  

と言った。

「どっかの研究施設のコードには間違いないよ。問い合わせてみればわかるかもしれない。これ、ちょっと預からせてもらうよ」

そう言ってカードをポケットにしまう。それから身を乗り出した。

「コノハちゃん、だっけ?これ食べる?」

ようかんを一切れ差し出す。コノハはそれをしばらくじ~っとみつめていたが、ぱくりと口に入れた。

「どう?おいしい?」

コノハはかすかに頷いた。

もう一つ差し出される。今度はすぐに食べた。

「とりあえず、基地内で保護ってことにしとくよ。扱いはどうにでもなる。隊員たちにはわたしから説明しよう」

「ありがとうございます」

 二人で頭を下げた。コノハは話を聞いているのかいないのか、頬をふくらませてもぐもぐしていた。


『敵は六機編隊、ポイント10を西へ進行中。速力750』

『了解』

この前のより格段に速い。スロットルを押し込んで加速する。

『リトルウィングへ、機関砲および対空誘導弾を準備』

『了解。……展開完了。SIM‐9、収束準備』

ポイント10。そこから西に5000ほど。おかしい、もうレーダーに映ってもいいはずなのだが……

『ハク、たぶん低空飛行です』

そうか。レーダーを掻い潜るための音速低空飛行だ。

機首を下げ、高度を落とす。見つけた。

『三時方向に六機、いくよ』

『はい。総合補助装置作動します』

真後ろから接近しようとしたが、気付かれたらしい。左右に分かれて展開しはじめた。まっすぐに突っ込む。敵機とすれ違う。

『戦闘機四機、偵察機二機。全部無人機です』

操縦桿を引く。ロール、反転。右に倒れこむ。照準に一機捉える。トリガーを引く。

「!」

かわされた。その機体を追おうとすると、機体の横を曳光弾が走り抜けた。ロールしてかわす。背面に入れ、急降下。後ろに二機。動きが速く、鋭い。振り切れるか…

加速し、機首を一気に上げる。前方に一機。下腹を狙った光弾が敵機を撃ち抜く。後ろには三機。限界まで加速し、エアブレーキを立てて減速。本来なら凄まじい衝撃があるはずだが、補助装置がほとんどの衝撃を受けとめている。一機は横に倒れこんで回避したが、間に合わなかった二機が目の前に飛び出す。一機を機関砲でしとめる。もう一機は速度を緩めることなく遠ざかろうとしている。再加速しながら狙いをつける。ディスプレイが切り替わり、四角形のマーカーが敵機を追尾している。目標を捕捉。操縦桿上部の発射ボタンを押す。翼下に光が一瞬で収束され、放たれる。魔方陣の輪をまとった槍状の光が弧をえがいて敵機に突き刺さった。爆発の横を駆け抜ける。SIM‐9、空対空誘導魔導弾。天雷のもう一つの牙だ。もう一機に接近する。敵は旋回し、かわそうとする。お互いに翼を立てて旋回し、相手の後ろをとろうとする。人間同士なら、どちらが先に高G機動に耐えられなくなるかの勝負になるだろう。しかし、こちらはGを無効化できるし、敵は無人機なのでGを無視して動ける。旋回半径はこちらのほうが小さい。円をショートカットするように横切り、敵の後ろにつく。引き金を引く。片翼を撃ち砕かれた敵機が墜ちていく。後は――

突如、ミサイル・アラートが鳴り響く。

『上です、ハク!』

後方、上空に二機。機首を右に振り、今度は強引に左旋回。ミサイルを振り切る。反転し、敵を正面にとらえる。彼我の火線が交錯する。敵の銃弾が風防をかすめ、こちらの光弾が敵機を砕いた。やや軽い機銃の発射音。一機残った偵察機だ。だが射角が浅く、天雷の装甲が弾き返した。難なく回り込み、誘導弾でしとめる。爆発と黒煙。

『ヘリオス1。全機撃墜を確認。増援なし』

『了解、帰投する』

 

「全機、無人機でした。うち二機が偵察型です」

「ご苦労さま。でも、またか………」

報告を聞いて、エトウ少佐が顔を曇らせた。

「最近、急に敵がこの近くに多くなってる。哨戒に出た隊がほぼ毎回会敵してる。敵さんがなに考えてるかはわからないけど、なんだっていきなり………」

「さっきの編隊、帝国にしては戦力が少なすぎる気がしたんですが」

気になっていたことを言ってみる。帝国の戦術は、おおまかに言えば無人機の大量使用とそれによる圧倒的物量での制圧。多少の損害は計算のうちで、撃墜対被撃墜比率は10対1となっている。その分、こちらの最低十倍の数を出してくるのが普通だった。

「そう、ここ最近は毎回そんなもんなんだよ。他の地域じゃそんなこと無いらしいし。全滅覚悟としか思えない」

「わかってるのは、必ず地上攻撃機か偵察機を連れてること。地上の何かを探してるのかと思うんだが………」

首を横に振る。

「確かなことはわからない。とにかく、ご苦労様。戻っていいよ」

「あの~」

クレハが手を上げる。

「コノハちゃんはどこにいるんですか?」

「というか、あの子僕たちがいない間どうしてるんですか?」

「暇なのが相手してるよ、なにせ子どもなんて珍しいからね。あとはいろいろうろついてる」

「あの子のこと、なにかわかりましたか?」

「そう、そのことなんだけど」

少佐がデスクの引き出しから数枚の書類を取り出す。

「まあ、一応の調べはついた。あの子は、試験体だ」

「試験体?研究所の、ですか?」

「うん。公国研究所第三支部で造られた、妖精の試験個体。研究目的は新型素体の開発。彼女は妖精の平均よりも肉体と精神がともに幼く造られているらしい」

書類をめくって続ける。

「ただ、問題があってね。素体そのものは正常に稼動した。それ単体としては実用レベルに達している。しかし、研究は現在凍結されてる。ある問題があってね」

言葉を切り、クレハに顔をむける。

「君には嫌な話になるかもしれないが、いいかい?」

「かまいません」

即答したクレハに頷くと、いつものいいかげんなようすが嘘のような真剣な口調で続けた。

「妖精の存在意義は、元はと言えば思念結晶を人間がコントロールできるようにすることだ。それには君たちのように、人間と妖精が対になることが望ましい。そのためだけに軍法も曲げられる。………あの子には、そのための能力が欠けているんだ。人間とのコミュニケーション能力の欠如だ。あの子は研究所から『特例』という判断を下された」

「特例……コノハちゃんが……」

クレハが絶句している。『特例』、第一級研究所及び第一級特殊技官のみが妖精に対して下せる処分のうち、最も悪いものだ。なんらかの理由で実用が不可能、または危険だと判断されたことを意味する。

「君たちも気付いたかもしれないが、あの子とはまともに会話するのが難しい。研究所からの報告では、『精神型に問題あり。修復を試みるも失敗』だそうだ。今まで誰も彼女に適合しなかった。君たちはエーミレル特殊試験研究所の名を聞いたことがあるかい?」

「少しだけは。確か、新兵器の開発をしてるとこだったような」

「表向きは、ね。実際は軍事機密扱いの――隔離施設だ。特例とされた妖精のね。かなり広い敷地はあるが、事実上、妖精はそこから出ることを許されない」

クレハが顔をこわばらせた。

「特例とされた妖精がどこにいくのか、普通は知らない。公国としては隠しておきたいことだしね。それもあって、特例とされるのはほんの一部だ。普通は調整でなんとかしようとするが、あの子は………」

「…………」

重い沈黙。

「少佐、結局あの子はどうなるんですか?」

「そう――エーミレル研究所に通告するべきだろうね。正直、いつまでもここにおいておくわけにはいかない。今は適当に誤魔化してるけど、そのうち誰かが変に思う。それで研究所が回収に来るだろう」

「でも………そうしたら、あの子はまた研究所に閉じ込められるんですか」

クレハが呟くように言った。

「研究所がどうするかはわからないけど……多分、そうなる」

クレハはうつむき、手を握り締めている。

「少佐、ありがとうございました。失礼します」

言って、クレハの背を押す。

行こう。そう言って、やや強引に部屋からつれだす。


「……………」

二人が出て行った扉を見つめる。

研究所が見放した個体を基地においておくのは、危険すぎる。エーミレルに通告するのは、当然の対応。

「これが、この国の――私たちのエゴだ」

誰にともなく呟き、電話に手を伸ばした。


「今、なんて言いました?」

クレハが呆気にとられた顔で聞いた。僕もその横で固まっている。

「だから、あの子――コノハちゃんは、しばらくここで預かることになりました、って」

「でも、昨日は研究所に引き渡すことになるって」

「うん、そう言った。詳しい事情ははぶくけど、研究所のほうがうちで一時保護の名目で置いてくれって言ってきてね」

クレハは驚き半分、嬉しさ半分の微妙な顔をしている。

「ついては、君たち二人に保護観察役を頼みたい。やってくれるね?」

「それは僕もいいですけど、いったいなんで

「君たちからあの子にも伝えておいて。どこかにいると思うから」

聞きかけたのを遮ってそれだけ言うと、手を振って行けというしぐさをした。

「はいっ、失礼しますっ」

クレハはさっと頭を下げると、僕の手を引っ張って連れ出した。


「というわけで、しばらくは私たちがあなたと一緒にいます。いい?」

倉庫にいたコノハを部屋まで連れて行き事情を話すと、いつもの通りゆっくりと言った。

「クレハと、ハクが………?」

しばらく首を傾げていたが、やがて

「……うれしい」

と言った。

「クレハは、好き。優しい、から。ハクも……嫌いじゃない」

そういって、クレハに抱きついた。

「ああもう、なんでこんなにかわいいんでしょうこの子は!」

クレハも抱きしめ返す。

なんとなく蚊帳の外っぽい。なんか僕の評価は微妙だったし。


進入指標にさしかかると、少し先の地表に滑走路が見えた。高度を徐々に落としていく。滑走路の直情に入ると、舵を操って旋回しながら、着陸位置に近づいていく。地面が迫る。背面のエアブレーキを立てながら主脚を接地。衝撃がくる。しばらくそのまま機首上げ姿勢で減速しながら走行する。速度が十分落ちたところで首脚を下ろす。そのまま走行し、駐機ばしょに機体を収める。キャノピーを開くと、冷たい外気が流れ込んできた。深呼吸すると燃料の匂いがしたが、基地の空気なんてどこも燃料くさいものだ。ラダーを上ってきた整備士がハーネスをはずしていく。タラップを降りてあきに歩き出すと、くれはもうしろから追いかけてきて横に並んだ。

「しっかし、また暇になったもんだよね」

「ほんとです。一時は大変だったのに、ここ十回ぐらいは会的なしですからね」

司令室で報告ついでに少佐にそういってみると、

「変なことは確かなんだけどね~、敵さんのことだし、中央も地方のことは気にしてないみたいだし。どうしようも」

ないねぇ。そういいながら机に突っ伏した。

「また忙しくて暇になった………」

そういう少佐の横には、書類の山。

「ど、どうしたんですかそれ?エトウさん、またさぼってました?」

クレハが咎めるような口調で言う。

「それもあるけど、それだけじゃないよ」

それもあるんだ。

「新しい機体の納入があっただろう?中央がそこに後付けでもう一機増やすように言ってきてね。またそれが試作機、というか他とはちがうから、色々処理もたいへんでね~」

はあ、とため息をつく。突っ伏したまま手を振った。

「コノハちゃん、待ってるよ。はやくいったげな」

コノハは、基本的に僕の部屋で過ごしていた。出撃中もおとなしくしているらしい。

ドアを開けると、ベッドに腰掛けていたコノハがこちらを振り向き、僕らを認めて近寄ってきた。まずクレハに抱きつき、それから僕の顔をじっと見上げて

「………おかえりなさい」

ぽつりと言った。

ただいま、と返す。

「ただいまです。いい子にしてましたか?」

頷くのを見ながら装具をはずし、脇に抱えたヘルメットを机に置く。と、正方形の紙袋がベッドに置かれている。コノハがさっき座っていたすぐ横だ。

「なに、それ?」

包みを指さす。

「え、あれ?コノハちゃん、どうしたんですかこれ?」

コノハは首をかしげた。

「誰かにもらったの?」コノハは曖昧に首をふってわからないと言った。何週間か一緒にいて、気付いたことがあった。コノハは、他人のことが認識しづらいらしい。僕たち二人はのぞいて、他の人はほとんど区別がつかないらしい。僕ら以外に一応のコミュニケーションが成立するのはエトウ少佐ぐらいだ。それでも、基地の隊員たちは一方的に可愛がり、話しかけてはいるが。

「中身はなに?」

クレハが簡単にしてあった封を切って中身を取り出す。書類か何かかと思ったら、中から出てきたのは色とりどりの正方形の紙だった。

「なんですか、これ?」

クレハが不思議そうにそれを見る。ああ、と思った。昔見たことがある。

「折り紙だよ、それ」

「オリガミ?なんですか?」

「たしか、東国の遊びじゃなかったかな。その紙を折って、いろんな形にするんだよ」

 確か、街でも売っているのを見た。誰かが買ってきたのだろう。

「ハク、できるんですか?」

「簡単なやつなら、一応」

紙を一枚とって、数回折る。単純な紙飛行機を折り、部屋のすみにむけて飛ばす。きれいに飛んで、壁に当たって落ちた。

「へえ、おもしろいですね。他には?」

「そんなに知らないけど………」

結局その後、しばらく二人に折り紙を教えることになった。


 五機の戦闘機が並んで駐機されている。先日搬入されたばかりの新型機だ。Su‐31、天雷よりも小型だが高いエンジン出力と優れた空力特性をもつ、公国の最新鋭機。切り落としデルタ(クリップド・デルタ)に双垂直尾翼、細く絞り込まれたノーズ。機体下部のエアインテーク。主翼と胴体は滑らかに曲線で繋がれている。特殊武装と通常兵器の併用が可能となっている。天雷はいい機体だが、いくらチューンしているとはいえいくぶん旧式化していた。期間的にもそろそろオーバーホールしなくてはならなかった。そこに新型機が届いたので乗り換えてしまうことにした。天雷は第二格納庫に収められている。新機体の完熟飛行のために僕らは列機場で機体が引き出されるのを待っていた。クレハの隣にはコノハがいる。これから空を飛んでくる、と伝えたらコノハの目は軽戦闘機にじっと注がれていた。

 ここ数週間は攻撃らしい攻撃もなく、迎撃が主任務の僕らの部隊は平和なものだった。

 呼ばれてそちらを向くと、前の機体付きだった整備兵が牽引されていく一機を親指でしめした。うなずいてついていく。滑走路の端にとめられた機体の胴体下には増槽が取り付けられている。ラダーを上がってみると、コクピットは思っていたよりも余裕があった。エンジンの占める容積が少ないのだろう。小型機で複座にするには絶対の条件でもある。クレハが下のコノハに手を振っている。僕も、いってきます、と言った。コノハはうなずいて、小さく手を振った。

 整備士がハーネスをかけ、タラップを外していった。

計器類に手を触れる。新しいにおいがした。イグニッションキーを捻る。エンジンに火が入り、唸りを上げはじめる。エンジン音は澄んでいて、小さな異音一つ無い。十分に暖まったころを見計らって、頭の上で指を振る。周りにいた整備兵が離れていく。その中でコノハもこちらを見ていた。キャノピーが閉じる。酸素マスクをかけ、スロットルレバーをつかむ。ゆっくりと押し込むと、ノズルから火を吐いて機体が加速し始めた。いつもより慎重に操縦桿を手前に引く。滑走路が突き放されるように小さくなる。しばらく上昇を続け、一万二千メートルまで駆け上がる。それから水平飛行、ラダーで左右に振る。エルロンロール、背面、宙返り。九十度近い急降下、連続ロール。様々な機動を試す。急加速、急減速。地面すれすれの低空飛行。一通り試し終わって水平飛行に入ると、クレハが声を掛けてきた。

『どうですか、新しい機体は』

『けっこういいよ。小回りはきくし、加速も早い。目立つくせもなさそうだしね。ただ舵が軽くてちょっと………』

『慣れれば問題ないですよ。他の装備類もしっかりしてますし』

『うん。もう少し飛んだら帰ろうか』

雲の下に出て、しばらくそのまま飛ぶ。

『ねえ、ハク』

『なに?』

『今度コノハちゃんを連れて飛んでくれませんか?』

『この機体に?許可出るのか?』

『いえ、これじゃなくても、空を見せてあげてほしいんです。練習機かなにかあったでしょう』

『………そうだね』

空から見る地上は、どこか非現実的で。嫌いではなかった。

 基地に戻り、機体を所定の場所に納める。整備士にこまかな感触や要望などを伝えてから部屋に戻る。

「あれ?」

部屋の中は無人だった。てっきりコノハはここにいると思ったのだが。

「いませんね、どこいったのかな」

「探しにいく?」

二人でコノハを探すことにした。

 コノハはすぐに見つかった。扉の開いていた格納庫の中でぼんやりしていた。

「なにしてたんですか?」

クレハがたずねると、格納庫の中央を指差した。

「あの子、見てた」

そこにはシートがかけられた戦闘機が鎮座していた。周囲に関係部品らしき箱が置きっぱなしなのをみると、新しく運び込まれたものらしい。

そういえば、とクレハが言った。

「もう一機、後付で納入されたのがあるってエトウさんが言ってましたね。それじゃないですか?」

 たしかにその機体はSu‐31よりもやや大きい。シートがあるので細かいところはわからないが。

「見てておもしろい?」

聞いてみると、コノハは

「似てる」

と言った。

「この子は、わたしたちに似てる」

どういうことだろう。わたしたち、というのは何をさしてのことなのか、よくわからない。僕はとりあえず

「そっか」

と答えた。コノハは頷いた。


「それじゃあ、気をつけてくださいね」

僕は操縦席から答えた。

「うん、ここ最近は暇すぎるくらいだし、大丈夫だろう」

にしても、

「こんな機体いったいどこに………」

僕が乗っているのはTa‐4初等練習機。今は使われていない古いレシプロ機だ。ちなみに練習機なので複座である。

「倉庫におおまかにバラしておいてあったんです。暇そうなひとたちに『この子のために、お願い』って言ったら喜んでやってくれました」

それはなんというか……僕だったら断られた気がする。

「コノハちゃん、ほら」

うながされて、コノハが後部座席に乗り込んできた。クレハがその頭に自分のヘルメットをかぶせた。僕もそうする。

「じゃ、行ってくるよ」

キャノピーを閉じる。エンジンをかけると、前方のプロペラが回転し始めた。古い機体のわりにエンジンの回りが早い。いい機体だ。滑走路までタキシングし、やわらかく離陸する。ゆっくりと、五度くらいに角度をたもって上昇する。

「コノハ、どう?大丈夫」

一瞬間が空いてから「うん」と返事があった。

「ん?どうした?」

「……ハクからみえないのわすれてた」

いつもどおり頷いたのだろう。軽くバンクさせ、街のほうに着機首を向ける。

「……とても、きれい。空は、気持ちいい」

「ああ。僕も好きだよ」

コノハと二人きりになるのは久しぶりだった。僕たちは色々な話をした。コノハは最初会ったときよりもだいぶしゃべるようになっていた。

「クレハは、好き。優しくしてくれる」

クレハの話になった。

「いや、あいつああ見えて結構ひどいよ。この間だって僕のこと殴って起こそうとしたし」

というか実際殴られた。

「………そんなことない。やさしくて、きれい」

それとも、と悲しそうな顔になった。

「ハクはクレハのこと、きらい?」

「いや、別に嫌いなわけじゃない。冗談だよ」

「よかった。ふたりがなかよしだと、わたしもうれしい」

なんだか気恥ずかしくなって、そうか、と言うと、コノハはそう、と言った。

 しばらくのんびりと飛び続ける。僕はふと気になって、尋ねてみた。

「答えたくなかったら言わなくていいんだけど、コノハが前いたところってどんなだった?」

コノハは長いこと黙っていた。僕が謝ろうとしたとき、

「ねむってるの」

ぽつりと言った。

「みんな、ねむってる。わたしとおなじような子が、みんなねむってた。そうしないのはわたしだけだった。あの子たちは………胸のおくも、ねむってる。何も言わないし、だれも動かない。けど、生きてる」

「わたしは、そんなにあそこがいやじゃなかった。あまり遠くに行こうとすると連れ戻されたけど、それ以外はなにも。ただ、みんな静かにねむってる」

長い沈黙。軽いエンジン音だけが響いている。

「僕たちと会った日、覚えてる?」

あんまり、とコノハが答えた。

「なんで街にいたの?」

よく覚えてない、と答えた。ただ気付いたらそこにいた、と。

 それからはとりとめのないことを話した。コノハはもう、おおむね普通に会話していた。ちょっと不思議な感じはするけど、ほとんど普通の女の子と変わらない。僕はそう思った。そろそろ戻るか、と基地にむかおうとしたとき、コノハが小さく言った。

「ハクのこと、好き。クレハと同じくらい、好き」

ありがと。僕はそう言って、スロットルを絞り高度を落し始めた。少し先には基地が見えている。

 

                      

















   

























 


 









 
















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ