砂糖とあなたが大嫌い(改)
しゃりしゃりしゃり・・・
嘔吐の後の林檎は、大量のアイスや菓子パンと一緒に排出されたカリウムを補ってくれる。
林檎の爽やかな風味が、何分か前までの汚らわしい行為を消し去ってくれる気もした。
私は毎日三食過食嘔吐な訳ではない。しかし気が付けばこうして普段は極力口にしないジャンクフードを大量な食べ、吐いてしまう。こんな事をするようになったのは、中学二年生の頃からだ。好きな人になかなか振り向いてもらえないもどかしさと、少しでも私を見てほしいが為に綺麗になりたいという二つの想いが交差した時。
おそるおそる、しかし興味深く、指を喉に突っ込み、吐いた。初めての経験に、罪悪感と同じくらいの解放感も覚えてしまった。
それからもうかれこれ七年こんな事をたびたび続けてしまっていた。
普段の私の食生活は、わりとストイックだ。友人から
「結花、またサラダだけ?」
なんてよく言われる。しかし私から言わせれば、この細い体を維持している私を見て、どうして驚く事があるのかといった所だ。世の中、特に何もしなくても細い―そう、美しさとは細さ―体をキープできる人なんてほんの一握りにすぎない。
だから私はサラダや納豆や寒天で食事の大半を済ませ、時々我慢できなくなって(というかむしろ自分の中では公認で)、過食嘔吐をしてしまう。最近ではさすがに私も大人になり、終わった後どうしようもない罪悪感にさいなまれる時もある。それでもやめられないのは、いくつになっても女性を魅了する甘くて色鮮やかな菓子類のせいか。それとも弱い私の意志のせいか。
林檎を食べおわると、次はシャワーを浴びる。異臭がこびりついた右手の指も、汚い私の心も、洗い流すように。
そう、私は汚い。
ザァー・・・シャワーの音にまぎれて呟く。過食癖が板に付いたのは正確には二年前だ。彼、遠藤卓と出会ってから。
彼とはいわゆる不倫だ。並み以上のルックスを生かし、六本木のキャバクラで小遣い稼ぎをしていた時に、客として来たのが遠藤だった。自分と十も年は離れているものの、その年で社長というのにはやはり尊敬の念を抱いた。
遠藤に抱かれるのも、仕事のうち。――そう思ってはいたが、何度か目のホテルのスイートルームで、遠藤の奥さんの写真を彼の携帯に見つけた時は、胸がじんわりと痛んだ。
綺麗な人だった。例えるなら、松雪泰子をもっとやわらかくした感じだろうか。
シャワールームを出て、ボディークリームを塗る。体重計には、今日は乗りたくない。
今晩は久しぶりの出勤だ。最近は就活の為キャバクラの方は控えめにしている。
遠藤は、来るだろうか。
過食の残骸―菓子の袋や食べかす―を忌々しくごみ箱に押し込み、携帯を開く。
待ち受け画面には、やわらかく微笑む細い首の女性のアップ。――あの時遠藤がシャワーを浴びている間にこっそり赤外線で私の携帯に取り込んだのだ。
この女性が、私に太る事を許さない。美しくなくなる事を許さない。
夜の六本木になじむワードローブに着替え、甘すぎないグリーンティーの香水をなじませて、外に出る。
ふわり。グリーンティーが香る。遠藤が
「お水っぽくない香りがするね。結花は。・・・いい香りだ。」
と誉めてくれた香り。
ちらり。横目でいつも大量に菓子を買い込むコンビニを見送る。
今日も、私は美しく、汚い。