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仲間は遅れてやってくる

「呼んだか」

「ええ。助かったわ」

 二人とも、淡々と言葉を交わす。

「凪か」

「おう。久しぶりだな」

「へっ。さっき会ったばっかだろ」

「わからないか。その目をしたお前とは、もう何年ぶりだかわからない」

「飼い犬は主人に似るってか。言葉が回りくどくなってんぞ」

「ならばなるべく簡潔に言おう。今のお前は、辻斬りと変わらん。ただの悪党だ」

 凪は紫苑を抱えたまま一歩下がる。地面に、そっと座らせた。

「大丈夫か」

 そう飼い主に聞く。

「おかげで無傷よ。ただね、今はいつもよりちょっと鈍くなってる」

「副作用か。あとどれくらいで終わる?」

「二分よ。でも、応戦は可能」

「充分だ」

 紫苑はポーチから文庫本ほどの大きさしかないノートパソコンを取りだし、素早くキーボードを叩く。最後のキーを押した直後、凪の目前に、彼の背丈よりも長い杖のようなものが現れた。凪は迷わずそれを握りしめる。二三ぶんぶんと振り、調子を確かめる。銀色に鈍く光る、槍だった。

「お嬢、そこから動かないように」

「うん」

 凪の見据える先には、辻斬りがいる。かつては学友だった、仲間だった辻斬りが。

「さて、邪魔するのか、魔女の番犬?」

「番犬とはなんだ?」

 藤枝はため息をつくも律儀に教えてくれた。

「てめえのことだよ、天草凪。いついかなる時も魔女を陰から守る。しかも自分の身を顧みない。弾丸ブチ込まれても、刃物でぶった斬られても、爆弾でブッ飛ばされても、すぐに治っちまう。魔女の呪いを受けた、魔女を守る犬。そうさ、てめえはまさしく犬だよ」

「犬で結構」

 藤枝は低く飛んで、凪との距離を一気に縮める。紫苑にやった時と同じ、風を巻き起こすか、その刀身で両断するか。凪はその刀を受け止める。刀身から風が現れ、守るように藤枝を包み、敵と認識した凪を切り裂こうと牙をむく。凪は怯まない。

「……犬が」

「辻斬りに言われても」

「言ってくれるねえ!」

 藤枝は凪からいったん刃を離し、犬の後ろで無防備に座り込んでいる魔女に狙いを定めた。目的は魔女一人だけ。紫苑は狙われているというのに顔色一つ変えない。

「お命頂戴!」

 刀を、魔女に振り下ろす。生意気にも、目を閉じることもしない。

 辻斬りは、魔女を切り刻むことかなわず、番犬によって再び阻まれた。舌打ちをした。どうやら、魔女を始末するためには番犬から片づけなければならないようだ。魔女は、番犬に絶大の信頼を寄せているようだった。

 紫苑は前方の敵を凪に任せ、副作用が切れるまでは凪のサポートに回った。凪の銃弾による傷はすでに癒えている。銃声のした方をさぐり、パソコンのキーを何度か打つ。画面には市の細かな地図が映っていた。その地図の隅に、一点だけ、赤く点滅しているものがある。狙撃手は、その赤い点滅点にいる。紫苑は再びキーボードをたたく。エンターまで打ち終えると、遠方から爆音が聞こえた。

 副作用は、治った。紫苑は立ち上がる。

「凪、あと少しだけがんばれる?」

「それが、お嬢の命ならば」

「いい子」

 紫苑はいったん、パソコンを閉じる。ポーチから携帯電話を出し、先を昴の足元に向けて決定ボタンを押す。

 昴の足元が、妖しく光を発する。そこにはわけのわからない数式や文字が円状に彩られ、それだけでは飽き足らず、触手を伸ばして昴の手足を拘束した。

「ぐ……」

「悪いけど、ちょっとおとなしくしててくれるかしら」

 手足の自由を奪われ、挙句に疾風すら魔方陣に奪われては、抵抗できようはずがない。

「さて、ずいぶんてこずらせてもらったけど、これで終わりね」

「はん。そりゃこっちのセリフだ」

 ランチェスターに雇われた傭兵は、無駄口を叩く程度にはまだ元気があった。紫苑は、ポーチから手錠を取り出す。かしゃん、と金属の擦れる音が響く。手錠をかけるため、一度拘束を解いた。

「捕まえるってか。ダチだった人間を」

「今は敵同士じゃない。情に訴えるなんてずいぶんらしくないやり方に出るのね」

「情? はっ、確認しただけだよ」

「そう。じゃ、大人しく捕まってね」

 昴の手をとり、その手首に手錠をかけようとした。

 その時、凪が紫苑を抱きかかえて昴から離れようとした。

「な、凪?」

 自分が今までいたところから、軽快な音がした。

 どっ、と地面にたたきつけられた。上には、自分をぎゅっと抱きしめて離さない凪がいる。様子がおかしかった。今までにこういった状態になったことはいくらでもあるが、その時はいつも、すぐに起き上がって、「立てるか」と手を貸してくれたくらいだ。

「凪?」

 呼んでも揺すってもどいてくれそうにないので、唸りながら苦労して凪の下から這い出てきた。

 凪は起きない。背中を中心に、腕にも脚にも、無数の銃創が残っていた。試しにもう一度揺すってみたが、凪はどうにか呼吸するだけで、起き上がりもしなければ返事もしない。いつもなら、すぐに傷が癒えて、なんの問題もなくけろっとしているはずなのに。

「リオン……?」

「あったりー」

 紫苑の見上げる先には、リオンと昴が武器を構えて立っていた。さっきの銃声は、さっきまで身を潜めていたリオンの仕業だとすぐに見破った。現状の敵で銃器を扱うのはリオンしかいない。

 昴をわざと拘束させて紫苑をおびき寄せ、射程範囲内に足を踏み入れたらマシンガンでハチの巣にする作戦だった。それにいち早く気づいたのが凪だったのだ。

「本当は紫苑も巻き込めればよかったんだけどね。邪魔がいなくなったから始末が楽だよ。本当にてこずらせてくれちゃって」

 リオンの左手には、先ほど使ったのであろうマシンガンが握られている。右手には、長年愛用していたという拳銃が握られ、半月の光に照らされ鈍く輝いた。

「さて、番犬のいない君は、無防備な小娘でしかない。じゃ、バイバイ、魔女」

 リオンは心底楽しそうな笑顔を向け、ついでに銃口も紫苑に向けた。

 引き金が引かれる。ここで自分は死ぬのか。

 ふと、後方から妙な声がした。

「必殺! せーちゃん防御ミサイル!!」

「ごぺらっ!!」

 紫苑の横すれすれを、人間のようなものが突っ切り、リオンと昴に直撃した。

 素早く後ろを振り返ると、そこには頼もしい同僚が立っていた。その隣には、防御ミサイルなるものを発射した、小さな女の子が胸を張って立っている。

「セリカ!」

「お待たせしました紫苑さん!」

 セリカは紫苑の手をとり立たせる。足元に倒れている凪を確認して、驚いた。

「うおぉ、凪さん! 大丈夫ですか?」

「多分、リオンの特殊な弾丸のせいで傷が癒えないんだと思う。貫通していれば、すぐに傷は治るはずよ」

「え、じゃあまだ凪さんの体の中に弾が残ってるんですか!?」

「そうみたい。しばらくすれば弾が自然に体から出てくるわ。時間はかかるけど」

「凪さんて不死身ですねえ」

「ちょっとちょっと!! あなたたち俺様を忘れてない!?」

 今しがたルーナによってミサイルと化したセーブ・イーグルスが、頭をさすりながら起き上り、こちらに向かって叫ぶ。リオンに直撃し、撃たれたというのに、けろっとしていた。イーグルスは結構石頭だったようで、脳天に防御ミサイルをくらったリオンは体勢を立て直すのにかなりの時間を要した。

「あ、そーだったそーだった。説明しよう! せーちゃん防御ミサイルとは、味方を守りつつ敵をどつく便利なミサイルなのだ~」

「待ちなさい!! だいたいなんでルーナがここにいるのよ! おうちでおとなしくしてなさいって言ったでしょ!」

 イーグルスに叱られているにもかかわらず、ルーナは委縮もせず、むしろふんぞり返っていた。

「えー、いいじゃん。おかげで紫苑ちゃん助かったんだから」

「危ないから出てきちゃいけませんって言ったでしょ?」

「そんなことよりさ、凪ちゃんまずくない?」

「俺様の話を聞きなさい!」

 ルーナに振り回されてはいるが、イーグルスは凪の状態を確認した。瞬時に、真面目な表情に変わる。

「まずいわねえ。凪ちゃんはひとまず撤退だわ」

「教官、ルーナちゃんと急いで病院に運んでください」

「了解よ。あちらさんの相手は二人がしてやってちょうだい」

 イーグルスは凪を抱えて、ルーナに携帯電話を渡す。それで、救急車をよんでちょうだいとお願いした。

 紫苑の副作用はすでに治っている。昴の拘束も解けてしまった。

「紫苑さん、サポート頼みます。二人相手はちょっとてこずりますから」

「分かってる。できればリオンを優先して。あの子に、わたしの力は効かない」

「がってんしょうちでっす!」

 言うと、セリカはリオンの銃撃も昴の剣技も恐れず、敵二人にまっすぐ突っ込んでいく。防弾チョッキを装備してはいるものの、やはり撃たれるとなると恐怖するのが常である。しかし、セリカにとっては、恐怖のうちに入らなかった。

 セリカの両手には、武器と呼べるものはない。あるとすれば、籠手だけだ。セリカの武器は、己の拳だけである。

「ていっ!」

 リオンの胴に、容赦なく拳を叩きこむ。相手が、ぐっ、とむせた。しかし一発だけでは仕留められず、後方に下がらせてしまった。

「そのままリオンを攻撃して。絶対に攻撃の時間を与えちゃ駄目よ」

「了解」

 セリカは紫苑の指示に従う。頭を使うことがあまり得意でない彼女は、戦闘の際は本能に従う。だから、目の前にいる敵か、自分に近い敵を標的とする。が、紫苑の指示があるとなればそれは別だ。策略家に近い紫苑の指示には、従うべきだ、と彼女は素直に考えている。

「何なの、この馬鹿力……!」

 リオンは腹を押さえながら銃を構える。このセリカという相手は、銃器による脅しや攻撃に臆することのない者らしい。ためらわず引き金を引こうとしたが、さっきまで目前に迫っていた少女はいない。

「どこに……!?」

 リオンは焦って周囲を見回す。前方にも後方にもいない。

 ふと、影が差す。半月はいまだ雲に隠れることなく市街を照らしているというのに。

 上をばっと見上げた。月を背に、地へ降り立とうと落下してきたセリカが、拳を構えてこちらを見下ろしている。

(まずい!!)

 とっさに両腕を上げて拳から頭を防ごうとする。

「どりゃああぁ!!」

 セリカの一発は、重かった。頭を守ることには成功したが、両腕は折れたかもしれない。腕を襲う衝撃にひるみ、リオンは拳銃を落とした。

 セリカの攻撃はそこで終わらない。がら空きになった彼の襟首を鷲掴み、彼を背負い込むようにしてそのまま投げた。襟はつかんだまま。

 リオンは、思い切り地面に背を叩きつけられる。喉の奥から、何かがせりあがってくる感覚に耐え切れず、一度せき込んだ。両腕は自由だが、さっきからなかなか言うことを聞いてくれず、動かせない。折れてるな、とのんきに考えた。

「はい、ひとまず一人確保っと!」

 セリカはすかさず手錠をかける。彼を見張りながら無線で上司に連絡した。今は手が離せない状態で、代わりにリリスを向かわせるとのことだった。手が空いたら、向かってきてくれるらしい。

「死神の鎌に首をちょん切られたくなかったら、おとなしくしててくださいね!」

「死神? そんなものまでいるの?」

「いますよお。ウチはかーわいい死神も所属してますからね!」

 にっと笑い、セリカは急いでもう一人の敵の対処に向かう。紫苑の攻撃手段が一切通じないという点ではリオンの方が格段に厄介だったが、昴もある意味では厄介だった。

 昴の持つ刀からは、風を巻き起こすことができる。刀本体で攻撃せずとも、風が敵をなぎ倒してくれる。わざわざ敵地に突っ込む危険を冒すことなく、安全な距離を置いて攻撃できる。拳が武器のセリカにとっては、むしろ昴の方が厄介だった。

「紫苑さん、無事ですかあ!」

「無事よ」

 紫苑は、逆に昴に距離をとらせて身を守っていた。紫苑は運動向きではないから、懐に入られると頭は瞬時に判断できても体がそれに追いつかない。しかし、昴の攻撃が刀から発せる風だけなら、紫苑のパソコンと携帯電話から発動した防護壁で何とかできる。あとは、近づかれないように、こちらから威嚇として雷の矢を何本か放ったくらいだ。

「お疲れ様です。あとは私が引き受けます」

「大丈夫よ。セリカは昴の刀の攻撃を止めて」

「といっても、風の攻撃が邪魔なんですよう……」

「防ぐわ」

「そりゃ頼もしい」

 昴の肩は上下していた。風を出すのは、刀を振るうよりも力を使うのだろうか。一度唾を飲み込んで、再び構える。

「……疾風、まだ行けるか? あと少しだ。ちょいと力を借りるぜ」

 刀に話しかける。

「魔女、いくぞ」

「いつでも。あなたは捕まる運命にあるけどね、辻斬りさん」

「戯言を!!」

 昴は渾身の一撃のつもりで、刀を鞘から抜き、風を放つ。最後の一発のつもりらしい、今までの風よりも速く、鋭く、一直線に向かってくる。風が、魔女を狩ろうと迫ってくる――


連載三話めです。まだまだ続きます。

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