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魔女の暗躍

 一発の銃声が、夜の街に響いた。誰もが恐怖し、屋内に引っ込んで被害から逃れようと身を守る。この銃声も、近頃は珍しくも何ともなくなった。市民の中には、またかという呆れが恐怖よりも勝っている者がいるかも知れない。大部分は、怯えて暮らす毎日に嫌気のさしている者達だろう。

 その中で、ただ一人、銃弾に怯むことなく夜の町中を堂々と歩いて行く少女がいた。艶やかな黒髪をなびかせ、一歩一歩確実に、目標へ近づいていく。

 発砲した者は、この少女を少なくとも脅威だとは思っていない。無知な獲物が、わざわざこちらに出向いてくれたようなもので、手間が省けた。

 黒耀の瞳で、少女は発砲者を睨む。睨んでいるといっても、めったに表情を崩さないことで知られる彼女の顔は、一部の歪みすら見あたらない。

「お嬢ちゃん、ここがどこだか分かってるのかい?」

 馬鹿にしたような声色で、念のために聞いてみる。分からずにここへ迷い込んだわけがないと知っていながら。

「麻薬の売買を生業としているマフィア、ジェフリーファミリーの領地。今夜は、ブロンテファミリーとの取引だったわね」

 驚いた。この一見無防備な小娘が、この市街のマフィアの取引事情のスケジュールまで把握しているとは、思っても見なかった。

「お前、何もんだ?」

「わたし? わたしは、あなたたちからこの市の人たちを守る、いわば正義の味方に属する人間よ」

 妙に文学めいた自己紹介だった。しかし名は明かさない。明かすほどの人間ではないのか、あるいは、明かしたらこちらが泣いて許しを請うほどの偉人なのか。いずれにしろ、この娘は敵だ。見られた以上、生きて朝日を拝ませるわけにはいかない。

「お嬢ちゃん、命は大事にするもんだってパパやママに教わらなかったかい?」

「教わったわ。でも、それといっしょに、時として命を賭ける度胸も必要だって、習ったの」

「大した度胸だ。だが、その度胸は今日で終わりだ」

 銃口を、少女に向ける。向けられた本人は、眉一つ動かすことなく、相手をじっと見据えている。姿勢正しく、ぴしっと立っているだけだ。命が惜しくないのか。

 引き金を引く。銃弾が発射される手応えがあった。しかしその弾が少女の心臓を貫くことはなかった。

 それは、いつの間にか自分と少女の間に割って入った、長身の男によって阻まれた。

「な、誰だ!」

 男の腹部には、確かに銃弾による傷跡がある。黒衣の上からでも、血が確認できる。男は、発砲者の質問には無言を解答とした。

「これ以上の発砲は止めた方が余計な怪我をせずに済むわよ。この子、暴れると怖いから」

「何だと?」

「わたし、不必要に負傷させたくないの。おとなしく武器を捨てて、麻薬をこっちに渡して投降してもらえるかしら?」

「誰がんなことを!」

 恐怖を、かき消してもう一度発砲しようと構える。引き金を完全に引ききるより、黒衣の長身がこちらへ襲いかかってくる方がさらに早かった。

「!?」

 長身は、銃をはたき落とし、密売者を彼の背後の壁に縫い付けた。身動きが取れない。少女はこちらへゆっくり近づいてくる。

「ジェフリーファミリー一員、クロード・オーウェル。麻薬密売禁止法違反により、あなたを逮捕します」

 今頃になって思い出した。この黒髪の少女がなんなのか。

「お前、……魔女」

 もう遅かった。



 ニーベルングの都市ジェイン市の警察組織に、極東の島国からやってきた少女がいる。その少女は、名を天草紫苑(あまくさしおん)と言った。艶やかな黒髪と、黒耀の瞳が異国的で、周囲の目を引きつけた。

 彼女の役目は、ジェイン市内にはびこるマフィアと麻薬の撲滅である。この管轄には、紫苑の他に、彼女の上司であるイーグルスと、同僚の(なぎ)、セリカ、リリスが所属している。他の管轄に比べて女っ気が多いが、いずれも曲者ながらにして実力者で埋め尽くされている。

 紫苑は、独自の情報収集先を持っており、おかげで麻薬密売のスケジュールが明らかにできて、今まで尻尾を掴めなかったファミリーをことごとく暴き出すことに成功している。敵対するマフィア側は、常に見られているという恐怖からか、その力の正体が分からぬ不安からか、武器を向けても表情一つ変えない不気味さからか、彼女をいつしか「魔女」と形容し恐れるようになった。

「紫苑さん、昨夜はお見事でした」

 同僚セリカはねぎらいの言葉を掛ける。

「ありがとう。セリカがあそこへ行き着くまでの敵を排除してくれたおかげよ」

「なんの。お役に立てることと言ったら、それくらいですから」

「頼もしい。……あら、教官。聞き込み、お疲れ様です」

 管轄の室に、やたらと若くて整った顔立ちの男が、煙草に似せて作られた菓子をくわえて入って来た。

「ふぅー……。やっぱり因果なもんだぜ。怪我人が出たって聞いてその辺洗い流してたら、市民に役立たずと罵られちまった。やれやれ、市民ってのは手厳しいモンだなあ……」

 やたらハードボイルドに決めたいようだが、くわえているのが煙草ではなくココアシガレットで、来ている服もアイロンをきっちりかけヒゲも剃っている。いわゆる「美形」のせいか、滑稽に思えてならない。おまけに、背中には小さな女の子がくっついている始末。

「教官、背中についている女の子は誰ですか?」

「あぁぁ! もうルーナったら! おうちでおとなしくお留守番していなさいって言ったでしょ!」

 イーグルス教官は、背中にいつの間にかひっついていた女の子を引きはがし叱る。女の子は別段気にすることもなかった。むしろ、ふと自虐的な笑みを浮かべてすらいる。

「男はいつだってそうよね。女の心配を何とも思わずに命を散らそうとするんだから」

「……いつも思うんだけど、その昼ドラみたいな台詞は一体どこから教わるのよ!?」

「テレビ」

「だと思ったわ! もっと健全な番組を見なさい」

「えー。だってさー、毎週楽しみにしてたビーナツぶらざーずはもう終わっちゃって他に見るのないんだもん。あとはふるホームくらい」

「もう、……まあついて来ちゃったんならしょうがないわねえ。いい子にするのよ?」

「うん」

 ルーナは客用のソファにちょんと座って本をリュックから取り出す。ちらっと見ると、『惜しみなくあの人を奪う』というタイトルが確認できた。

「そんなもの読むんじゃありません!」

「えー」

 ルーナの本は、イーグルスの手によって健全な絵本に取り替えられた。

「ったく。はーい、みんな。ちょっと集まって」

 イーグルスは手をぱんぱんと叩いて注目を集めた。部下は速やかに彼の周囲に集まってきた。

「俺様達の次のお仕事は、ランチェスターファミリーを壊滅させることよ」

「ランチェスターというと……最近やけに暴れ回っているという?」

「そうそう。さすがね紫苑ちゃん。説明が楽だわ。やっこさん方、今までは細々麻薬密輸で食っていったような弱小だったのよ。まあ、麻薬が絡んでるだけでも重罪だけどね。それでねえ、今まではそれだけだったんだけど、最近じゃ無差別に市民を傷つけて怯えさせてるらしくてねえ。弱小ファミリーだと思って甘く見ていた俺様達の怠慢も原因だけど。そいつらにちょいと正義の鉄槌って奴をぶち込んでやらなくちゃね」

「しかし、なぜいきなりそんな暴挙に及ぶのでしょう? 今までの調査資料によると、ファミリーは少数ですし、幹部だって国家中枢に顔が利く連中とは思えません。弱いですし」

 セリカはイーグルスに問う。何だかんだ疑問をぶつけるが、その本音は最後の一言で語られた。

「うん。それなんだけどね。何か、人を雇ったらしいのよ」

「マフィアって、外部の人間の力を必要とするような組織ですっけ」

「さあねえ」

「しかも、よくそんな傭兵雇えましたよね。しかも二人も。うまく言いくるめたんでしょうかねー。弱いですし」

「セリカさん、さっきから本音がぽろぽろ出てるわよ。で、二人ほど雇ったらしいんだけどねえ。それがもう強くって。千歳のことわざにあるじゃない、トラノイヲカルキツネって。狐が、虎の胃袋を掴んで言うこと聞かすって言うアレ」

「いえ、その意味は少し違ってます」

「あらそう? イって胃袋のことじゃないの?」

「威力の威です」

「そうなの!? どうしよう! 俺様ルーナに、『トラノイヲカルキツネっていうのはね、狐さんが虎さんの胃袋を手にしている、つまり虎さんの食べるものを持って意のままに操ってるって言う意味よ』って教えちゃった!!」

 それをのんびりと聞いていたルーナは、案外驚いてもいなかった。

「大丈夫大丈夫。どうせせーちゃんが間違えて覚えてるんだろうって思ってたから」

「ヤダ俺様一人で超恥ずかしい!!」

「セーブ教官。すこぶるどうでもいいので本題に戻って下さい」

 セリカがおさめる。

「ああ、ごめんね。で、そいつらを今度こそちゃんとしょっ引こうって話よ」

「分かりました」

「今日はみんな、ひとまず帰っていいわよ。ジェフリーの連中の件でここ数日は泊まり込みだったから、おうちの人たちのとこに帰ってゆっくり休みなさい」

 部下は皆従った。セリカとリリスは同居人である友人ヘラの家、紫苑と凪は居候させてもらっているロックウェル診療所へ。


 ロックウェル診療所は、大忙しだった。おそらくイーグルスの言っていたファミリーが好き勝手に暴れているのが原因であろう。銃弾による怪我人が多い。中には、深く斬られた者もいた。診療所を預かる兄弟、ユウヤとソールは、部下のナノと三人で数十人の怪我人に対応していた。

「大変そうね」

「そのようだな」

「手伝ってあげればいいんだろうけど、素人じゃあね……」

「部屋に戻っていようか」

「そうする。ここにいても邪魔なだけだものね」

 ロックウェル兄弟たちの暇ができるまで、紫苑は凪といっしょに自室へこもっていることにした。ユウヤたちにとっての忙しさは案外すぐに収まった。彼らの手際の良さが幸いしたのだろう。

「お疲れ、ユウヤ君、ソール君。ナノ君も」

「あぁ、帰ってたのか。お帰り」

「ふい~。最近忙しくなったよなあ~。今まではすっげ暇だったのに」

「そうね」

 一段落したロックウェル達は、紫苑や部下をリビングに招いて紅茶をさし出した。ナノが紅茶を口にしようとした時、ベルが鳴る。

「誰だ?」

 ナノは敬愛するユウヤ手ずから入れてくれた紅茶を楽しむことに邪魔をされ、不愉快になりながらも玄関へ行って訪問者を確認する。

「……なんだおまえらか」

「あ? なんだとは何だよ。冷てえな。同じ学校の仲間が遊びに来ちゃ悪いのかよ」

「おまえの鳴らした呼び鈴のせいで、僕の楽しみが遠のいた」

 不機嫌極まりない表情を見せつけてやりはするが、ナノは友人達を通す。

 訪問者は、紫苑やユウヤの通っていた学校の仲間であった、藤枝昴(ふじえだすばる)とエミリオ・グリニッジだった。ナノは彼らの一学年下で、先輩後輩の関係であるはずだが、ナノにとってユウヤ以外の人間は全て自分よりも下だという認識のため、、ここまで偉そうに振る舞う。

「昴、リオン。久しぶりね」

「うん。近くまで寄ったから、ちょっと顔を見せにね」

「紫苑の好物持ってきたぞー」

「パウンドケーキ……!?」

 紫苑は非常に珍しく表情を崩す。その目には期待がふんだんに込められている。

「ちょうどよかったな。これからお茶でも飲んで少しのんびりしようとしてたんだ」

「そっか。じゃ、俺たちも」

「失礼します」

 昴の持ってきたケーキは、飲食店「バトーキン」の支配人スーホの手造りで、その味は誰にも叶わぬほどの美味と評価されている。それを食べつつ、ユウヤの紅茶を飲むとは、紫苑にとってはこれほどの贅沢はなかった。

「紫苑たちもユウヤたちも大変だな」

「最近、忙しいんだってね」

「ええ。ちょっと、調子に乗ってる犯罪者がいるのよ」

「まあ、これが仕事だからな」

 話題はあまり明るくない。

「二人とも、町中を歩く時は気をつけてね」

「平気だって。これでも充分警戒してっから」

「ならいいけど」

「でも物騒になっちまったよな。前まではマフィアの抗争とか麻薬密輸とかもあったけど、今ほど露骨なもんでもなかったのに」

「そうね。今までの平穏を、奪還するのが、わたしと凪の仕事よ」

「熱心だねえ。紫苑ってさ、独自の情報ルート持ってるんだよね? それがもとで壊滅してきたファミリーも数え切れないんじゃない?」

「…………どうかしらね。数えてないわ。記録を確認すれば分かるかもね」

「しっかし、何なんだろうなあ。いきなり暴れるなんて。怖くてたまんねえ」

 昴はかかかと笑ってケーキをつつく。

「怖がってるようには見えんな」

 凪は冷静に見抜く。

「……あ。昴、もう行かなきゃ」

「あ? もうそんな時間か」

 ふと、紅茶が冷める頃にエミリオが言う。昴も懐中時計で確認した。

「あら、用事?」

「まあな。野暮用で」

「そうか。気をつけて帰れよ」

「うん。じゃ、お邪魔しました」

 友人二人は、さっさと診療所を去ってしまった。ちなみに、昴の手土産のパウンドケーキは、ほとんど紫苑によって平らげられた。

初めての連載ものです。なんでいきなりマフィアものかといいますと、その時ちょうどマフィアの抗争や麻薬密輸のお話を池なんとかさんの番組で紹介されていたのを観て、インスパイアしたためです。影響されやすいなあ、自分。完結まで、どうぞごゆっくりご覧になって下さいませ。

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