復讐、冒険者は腕を失いパーティから、そして王の末路……魔獣の画策
このままでは死んでしまう、体中の痛みだけではない、腕から流れる血が止まらないのだ。
つい先ほど薬師から渡された薬を飲んだが、本当に効いているのかと疑ってしまう。
腕の傷口が熱くて焼けるような痛みを感じるのだ。
「薬だ、ポーションだ」
だが、薬師は首を振った。
痛み止めを飲んで、わずかしか時間がたっていない。
「副作用が心配です。しばらく待ってください」
アクトは叫んだ。
「焼けるように痛いっ、頼むっ、なんとかしてくれ」
ところが薬師は顔色一つ変えず首を振った。
「壊疽が始まっています」
その言葉にアクトは声が出ない。
「高位魔獣の毒です。このままでは全身に毒が回ります」
薬師は勇者の剣を拾い上げた。
「腕を切り落とさなければ毒がまわります」
アクトの表情が変わった。
まさかと思う、薬師の女の顔は緊張していた。
「このままでは、死にますよ」
「アクト、腕を切れ」
「このままだと死ぬぞ」
周りにいた冒険者たちの顔は青ざめている。
「お前の血で魔獣が寄って来るかもしれない」
「一刻でも早く、ここを離れないと」
アクトは、お前たちは本当に自分のことを心配しているのかと思った。
仲間の表情に浮かんでいるのは、他の魔獣が血の匂いを嗅ぎつけてやってくるかもしれない、恐怖と不安だ。
もしかしたら、足手まといだと、自分は置き去りにされるかもしれない。
森の奥深い場所だ、こんなところに一人、置いていかれたら。
剣を持つことも、動かすこともできない、自分が勇者とはいえ、無理だ。
決断しなくてはならない、そう思った時、彼の悲鳴が響いた。
焼け付くような痛みと熱、鈍い音、腕を骨ごと切られからだ。
痛みと熱でアクトは気を失った。
アクトは冒険者、勇者認定を受けていた。
だが、その資格は取り下げられた。
それだけではない、右腕の回復は見込みがないと言われたのだ。
義手をつけることも無理だと言われた。
「魔獣の毒は完全に消えたわけではないのです。金属が腐食して体内にどんな異常な反応を起こすかわかりません。冒険者はやめたほうがいい」
医師の言葉にアクトは驚いた。
「薬師のせいだ、俺の腕を切り落とした」
女の薬師を恨んだ。
彼女は昔からの仲間というわけではない、今回いつもの薬師が都合で参加できないということで急ごしらえで雇ったのだ。
だが、自分の言葉にギルド職員は一言。
逆恨みですかと、切り捨てるような一言で片付けた。
「あなたを襲った魔物は上位種というだけでなく、毒と魔法も使います、放っておいたら全身に毒が回って数時間もたたないうちに死ぬ、それに魔物には子供がいた」
ご存知でしょうと職員はアクトを見た。
「上位魔物が子連れの場合は戦闘は避けるようにと、言われていませんでしたか」
アクトは無言になった。
魔石が欲しかったのだ。だが、ただの魔石ではない。
「病気や怪我を治す力が強い、自分が勇者なら、その力を増幅させる力もあると言われていた」
「何故、あの薬師だけが無事なんだ」
戦闘のとき、自分だけでない、他の仲間にも魔物は襲いかかっていた。
薬師を魔物たちは攻撃しなかった。
「ガーディアンの石を持っているんです」
職員の言葉にアクトは、なんだと尋ねた。
魔物除けの石です、職員の言葉にアクトは怪訝そうな表情だ。
「聞いたことがないぞ」
「貴重な石です。王族や貴族でさえ、持っている人間はいないんです。公にすることではありません」
これ以上の会話は無駄です、職員の態度と表情にアクトは黙り込んだ。
あの薬師のせいだ、仲間たちも怪我をしていた、リーダーの自分の回復が一番、優先されるべき事ではないのかと思ってしまう。
それに石、魔物除けの石の話など今まで聞いたことがない、少なくとも、この国では、そんな石の話など。
薬師の噂は瞬く間に広まった。
いつも一人で行動し、森の奥深いところにも入って薬草を取ってくるが、魔物に襲われたことはないらしい。
武器といえば採取の時の小刀一本だけだ。
だが、最近になって魔物除けの石を持っているから、襲われないのだという噂が囁かれるようになった。
噂を流したのは元、冒険者、アクトだ。
「あの薬師は俺の腕を切り落としたんだ、回復ポーションを飲めば俺の腕は元通りになる筈だった」
「しかしなあ、あんたを襲ったのは子連れの魔物、しかも上位クラスだろう、ポーションの効果が現れるまでに毒が回って死ぬ可能性もあったんじゃないか」
「あの薬師は腕がいいということで雇ったんだ、なのに、まともな仕事をせず」
「どうだかなあ」
「それってやっかみ、逆恨みじゃねぇか」
自分の言葉が信用されないことに元、冒険者。
いや、勇者になるのではとまで言われていたのに。
アクトは苛立ちを覚えた。
(ああ、これで一人目の復讐は終わった)
他のメンバーもひどい怪我をしている。
冒険者として復帰するには時間がかかるだろう。
傷が治っても以前のようには動けないかもしれない。
逆恨みしてアクトに治療費の金を出せというかもしれない。
いや、それだけではない。
以前のように冒険者として働けないなら、薬師は笑った。
想像したのだ、その時のことを。
数日後、街の片隅で一人の男が死んでいた。
顔は潰されていた、片腕がなかったが、それがアクトだと分かっていても誰も、何も言わなかった。
薬師が魔物除けの石を持っている、魔物を寄せ付けないだけではない。
怪我、病気の回復もできるらしい。
そんな石の存在など知らない人間は驚いた。
高価というだけではない、貴重で市場には出回ることはない。
存在、そのものが秘密なのだ。
だが、そんな貴重なものを、ただの薬師が独り占めしていいわけがない。
高貴な人間、貴族、王族が所持するべきではないか。
噂は波紋となって、水面の下、静かに、ゆっくりと悪意と共に広がる。
噂は城に届き、王と貴族に広まった。
城に呼ばれた薬師は王と息子、数人の忠臣を前にしても臆することもなかった。
「魔物除けの不思議な石を持っているそうだが、それを見せてもらえないか」
家臣の言葉に薬師は他人に見せるようなものではないですと言い切った。
「まあ、たかが薬師のくせに」
「立場というものを弁えていないと見える」
「態度といい、いささか、生意気ではないか」
「一目、見るだけでいいのだ」
王の言葉に薬師は首を振った。
何故と王が尋ねた。
石は自分の心臓に埋め込まれているからですと薬師は平然と答えた。
「魔法で心臓に埋め込んでくれました」
王だけでない、貴族たちの顔色も変わった。
できれば、その石を手に入れたい、そう思っていたのだろう。
「見せられるものならそうしたい。でも以前、私が石を見せた人間は目が見えなくなりました」
「どういうことだ」
王だけでない、貴族たちも驚いた。
「石の光のせいでしょう」
嘘ではないか、貴族たちは疑いの表情で薬師を見た。
「お見せしても構いません。ただし、今度は目が見えなくなる。それだけでは済まないかもしれません」
「どういう意味だ」
「そうですわ、だいたい石を見ただけで」
「脅しのつもりか」
誰かが小声で囁いた。
薬師の言葉を信じていないのだ。
貴族たちの声が上がる中、薬師は静かに言った。
「石を見た、その者は数日後、亡くなりました。理由の分からない言葉を呟いて、自害したのです」
薬師は静かに言った。
「そうだ、あなた、よろしければご覧になりますか」
そばにいた一人の貴族に声をかけ、薬師は自分の服、胸元をすこしだけはだけた。
大きな音がした。
広間の貴族たち、王も何が起こったのかわからなかった。
床に男が倒れたのだ。
「おい、どうした」
「君、起きろ」
だが、返事はない、動く様子もない。
「あなたっ、お、起きてっ」
男の妻なのだろう、悲鳴に近い声で男の体を揺する。
だが、反応がない。
死んだのだと、ハッキリとわかる、あまりにもあっけなさ過ぎる。
周りの貴族たちも死んでいるとわかり、倒れた男と妻を見た。
そして視線は薬師だけではない。
王に向けられた。
薬師は王を見た、無言で何も言わない。
王は言葉が出ない、石の噂を聞いて、薬師を城に呼んだ。
石を見たいと言った。
そのせいで、自分の家臣である貴族が死んだ。
薬師は王を見た。
「以前、森へ狩りに行きましたね。そしてたくさんの獣を狩った」
突然、何を言い出すのかと王は薬師を見た。
「冒険者と一緒に、小さな魔獣の子まで狩って、殺して」
薬師は笑った。
「周りに自慢して、楽しかったですか」
女の顔が少しずつ変わっていく。
それは人の顔ではない、同時に広間に風の音がし、砂塵が舞い上がった。
長い時間ではなかった。
広間は血の海だ、貴族たちは怪我をしていた。
手や足が切断されていた者もいた。
顔に大きな傷をうけた者もいた。
痛みがあるのかもしれない。
薬師は王と貴族たちを見た。
「王の体には石がある、昔、魔獣を殺して奪った石だ」
貴族たちが王を見た。
「血と肉に、石の力がある。それを口にすれば、お前たちの」
言葉は最後まで続かない。
一人の貴族が、いや、次々と王に近づいた。
その目は血走っている。
王が感じたのは恐怖だ。
近づくな、来るんじゃない。
ふと隣を見た、自分の妻、彼女の顔には大きな傷がある。
「あなた、私の為にっっ」
悲鳴があがる。
城を出た薬師は本来の姿に戻った。
王だけでない、貴族が死ねば、民はいずれ他所の国へと散らばっていくだろう。
国がなくなる、土地が広がる。
森が大きくなる。
また仲間を増やせばいいのだと魔獣は笑った。




