ここは小説の中なのですって
「あなた、転生者でしょう!」
平民の聖女、アンナが公爵令嬢である私にいきなり怒鳴りつけました。
王立学園始まって以来の礼儀知らずな行いに、周りの生徒たちが一斉に注目します。
肝心の私は、「てんせいしゃ」とは何でしょう、などと考えていました。
「本当はあたしがルーク王子様と親しいのが悔しいんでしょう? でも断罪されるのが怖くてあたしを虐められないのね!」
返事をしないでいると、どんどんアンナさんの話が広がって行きます。
ルーク王子は私の婚約者ですが、アンナさんと親しいとは思えません。どう見ても平民のアンナさんが学園で困らないよう、王族の義務として相談にのっているだけです。
そんなアンナさんを私が虐めるとか断罪とか……。
「そこまでだ!」
人混みが切れて、護衛に囲まれてルーク様がやって来ました。どなたかが知らせたのですね、
「アンナくん、不満があるのならサロンで聞こう。君も一緒に行ってくれるね」
ルーク様の言葉に頷いた私です。
サロンの一室を借り、護衛に部屋の内と外に立ってもらい、私たち三人はソファーに座りました。
アンナさんの言う事には、この世界は『愛ときらめきの聖なる乙女は王子様に溺愛される』という小説の世界なのだそうです。
「まあ……。そのようなおかしなタイトルの小説、聞いた事が無いですわ」
「そりゃそうよ。異世界で書かれた小説だもの。あたしは、前世でそれを読んだの。あたしは異世界転生者なのよ!」
自慢されても全然羨ましくないのですが。
えっとつまり、何の根拠も無い話という事ですのね。
「その小説の中で、あたしは王子様と愛し合い、公爵令嬢から虐められるの。でも、真実の愛で公爵令嬢を断罪して王子様と結ばれるのよ」
……ルーク様、嫌そうな顔を表に出さないでください。
「それなのに、なんであなたはあたしを虐めないのよ」
「なんで……ですか?」
「てっきりあなたも転生者だと思ったのに。もしかして、王子様を愛して無いの? 政略結婚ってやつ? 王妃の座が目当て?」
本当に礼儀知らずですわね。ぷちっと、どこかが切れましたわ。
「私だって怒ってますのよ」
せっかくなので、言わせていただきましよう。
「あなたが井戸の浄化が面倒くさいって我が儘を言ったせいで、説得にルーク様が呼び出されて私とのデートの約束が反故になったり。あなたが試験で赤点を取ったせいでルーク様が教えなくてはいけなくなって私とのお茶会が中止になったり。あなたが他国の大使と会談するというのに相手の国名すら発音できなくてルーク様が付き添う事になって私との街歩きがキャンセルされたり。怒って当然でしょう? 何とかという小説の中の私があなたを虐めたくなる気持ちが、よーく分かりますわ」
淑女の嗜みとして、笑顔で淡々と伝える私にアンナさんが引いてます。
「それでも私が虐めないのは、私には趣味があるからです」
「趣味?」
アンナさんが食いついてくれました。ルーク様、遠くを見ないでくたさい。
「そうですの! 私、小説を書くのが大好きですの。特に、嫌な事があった時その相手を小説の中で酷い目に遭わせますの。するとスッキリしますのよ」
「は……はあ。そうですか」
「お読みになります? アンナさんの話は、火炙りになる話と、ギロチンにかけられる話と、マッドサイエンティストの人体実験になってピーされたりピーーされる話が書き上がってますのよ」
「あたしが……火炙り……?」
「読まない方がいい。夜、うなされるぞ」
ルーク様ったら余計な事を。せっかく忖度なしで感想を聞かせてもらえると思ったのに。
「アンナさんの言うように、書いた小説がどこかの異世界で現実になっているとしたら素敵ですわね。アンナさんが火炙りになったりギロチンにかけられたりするのを、ぜひ私も見てみたいですわ。断末魔の表現に苦労しましたのよ」
「え……?」
なぜ、アンナさんの顔色が変わるのでしょう。ご自分が言った事なのに。
「だって、この世界が誰かの小説の中なら、私の書いた小説だってどこかで現実になっているかもしれないでしょう?」
夢のようなわくわくする話です。
「小説を現実にしたいのなら、君の小説に火炙りとかギロチンとかピーが無ければ舞台に推薦するんだけどね」
「あら、ちょうど次回作はフカのエサになりますのよ!」
「うん、分かってないね。アンナくん、異世界の君がフカのエサにされたくなかったら、立派な聖女になるんだね」
アンナさんが固まった表情でコクコクと何度も頷きました。
なぜか、問題は解決したみたいです。




