第92話 コミュ強
店長から聞いた話。
送りさんから、車の中にあったと落し物を届けられた。
安産祈願のお守り。大掃除をしたらシートの隙間から出てきたらしい。
嬢がこんなものを持つわけがないから、プレゼント用だろうか。
しかし、それにしては何の包装もないのがおかしい。不審に思いながらも連絡用のグループチャットに落とし物があったことを書き込んだ。
当然のごとく、落とし主は現れない。
お守りだし、捨てるのも気持ちが悪いな……とデスクの引き出しにしまって何週間か過ぎて、すっかりその存在を忘れた頃だった。
一年近く前にやめた嬢が突然事務所を訪ねてきた。
時間は明け方の四時頃。閉店時間後で、残っているのは店長一人だった。
「忘れ物。お守り、取りに来ました」
「お守り? ああ、そういえば……」
引き出しからお守りを取り出し、手渡してやる。一瞬触れた指がやけに冷たくて、慌てて手を引っ込めた。
しかし、懐かしい相手だ。働いていた頃はよくおしゃべりをしていた。少し雑談をしようと言葉を続ける。
「安産祈願のお守りなんて、どうして持ってたの? ひょっとしておめでた?」
自分の太鼓腹をさすりながら尋ねたが、返事はない。
冗談のつもりだったのだがどうも滑ったみたいだと、頭を掻いて次の言葉を継ぐ。
「わざわざ取りに来たんだ。連絡くれたら郵送でもしたのに。着払いなんかにはしないよ。さすがにそんなにケチじゃないからさ」
「そういうの、無理なんで」
返ってきたのは冷たい反応。
いまの住所を教えたくないのだろう。勤続中は積極的なコミュニケーションを心がけて上手くやっていたつもりだが、この仕事のことはもう忘れたいのかもしれない。まあ、よくあることだ。これ以上引き止めても会話にならないだろう。
翌日、出勤してきた嬢の一人に彼女が来たことを話した。
彼女と仲良くしていたことを覚えていたからだ。嬢同士の交流関係にも日頃から注意をしている。
すると彼女は一瞬目を丸くして、それから顔をしかめた。
「店長、そういう冗談、よくないと思いますよ」
「え、なんで?」
明らかに怒りを含んだ声にぎょっとする。
「なんでもなにも、■■ちゃん、亡くなったじゃないですか」
「えっ!?」
初耳だった。
「ど、どうして死ん……亡くなったの?」
「妊娠してお店やめた……のも聞いてないんだ。で、お産のときに、その、よくなかったみたいで……」
「えっ、出産のときに死んじゃったの? 赤ちゃんも?」
「そういうとこ! マジで最悪。コミュ障通り越してバグってんだよ」
会話はそこで打ち切られてしまい、それ以上のことは聞けなかった。
死んだ彼女が幽霊になってやってきたのだろうか。
しかし、そんなことよりもショックだったのは、仲良くしていたつもりの嬢に嫌われており、そんな大事な話を何も聞かされていないことだった。
以来、スタッフには必要以上に気安くしないよう態度を改めたという。




